これ以上龍気活性してしまうと、あたしはバルファルクになってしまう   作:ハリー・ルイス博士

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#15 凶星

 

 天彗の脳裏には、過去の情景がぼうっと映し出されていた。

 "飛ぶ"という行為は、彼女の思っていた以上に自身の過去を触発させるものだった。

 

 それは赤井天彗という少女の原点。

 

 

 

 赤井天彗は、赤井天祐、旧姓()()()()という男の()()()()()()()()()()()と母親の個性【滑空翼】を掛け合わせるための個性婚によって生まれた。

 

 その目的は、【エンジン】の個性婚における有用性を示すこと。ひいては飯田家というヒーロー一家の正統性を訴えることだった。

 もっともらしく聞こえてもその実態は、飯田家の一員でありながらヒーローとなることができなかった飯田天祐が、ヒーローを従える根拠を作ることである。

 そんな時代遅れな個性婚思想が受け入れられるはずもなく、飯田天祐は飯田家を追い出されていた。

 

 飯田家を追放された飯田天祐は世間的にはその思想を隠し、天彗の母親となる女、赤井翼と出会い強引に結婚。一人娘を赤井翼との間に設けた。

 

 

 しかし、そうして生まれた天彗は失敗作だった。

 【エンジン】すら持たず、生来手にしていた個性は母のように風を掴んで飛ぶこともできない名ばかりの個性、【可変翼】。

 飯田天祐が望んだ、エンジンによって空を飛ぶ個性は実現せず、ましてや生まれた一人娘は突然変異型の個性だった。

 

 例によって、赤井翼は浮気を疑われた。【エンジン】の要素を持たずに生まれた天彗の【可変翼】は別の誰かとの子だったからだと、飯田天祐は短慮したのだ。

 元より暴力的だった飯田天祐の家庭内暴力はエスカレートして行き、やがて翼自身も精神に異常を来すようになる。

 初めは天彗に母親らしく振舞っていた赤井翼も、飯田天祐への恐怖からネグレクトに走り、ついには天彗にストレスをぶつけるようになっていったのだ。

 

 結果として、天彗は幼少の頃より母親からはネグレクト、父親からは暴行を受け。両手で数える歳となった頃には、双方から暴行を受けることとなった。

 

 

 特に、母親から受けた暴行は、深く天彗の心に刻まれている。

 幾度となく「飛べ」と脅されながら、ベランダから突き落とされる日々。

 何度も。

 時には、母親自身が飛びながら、落とされることもあった。

 

 飛べなければ、殴られ。何度も。

 

 何度も、地面に叩きつけられた。

 

 

 やがて何度も地に墜ちる内に、天彗はその天才的な身体能力を開花させ。地面に打ち付けられても怪我をしないための受身や着地、そもそも親に捕まらないための手段を習得していった。

 

 

 そんな天彗の家族は、後にとある事件によって離散することとなる。

 

 

 

───◇◆◇───

 

 

 

「なんだぁ? あれ」

 

「花火? こんなところで?」

 

「A組でこんなことができそうなのって、八百万さんかな」

「ヴィランの連絡手法かもしれないわ。通信も止まってるし……」

 

 

 ウソの災害や事故ルームでも目立つ赤色の火災ゾーンから放たれた、赤い尾を引く光はルーム内のほとんどどこからでも見ることができた。

 

 彗星のような光点は一直線に天井へと打ち上がり、そして天井を沿うように旋回を始める。

 

 

 

 

 赤い尾を引く光の主、赤井天彗は内心、大焦りだった。

 

「ヤバい、ヤバ過ぎ! 天井!! ヤババババ!!」

 

 意気揚々と火災ゾーンの展望デッキから飛び出したはいいものの、翼から噴出された赤い粒子の反動は思った以上に強く。ふと気付いたときには天彗の目の前に天井が迫っていた。

 

 ロール方向に急旋回して、奇跡的に天井に着地。

 そのまま、向心力を利用する形で天井を急速に旋回していた。

 

 

 1周もすると天彗も慣れてきて、地面方向を観察する余裕が現れる。

 

 上空という高い視点から天彗元来の視力を利用することで、天井を覆われた施設以外にいる生徒は、その位置を大体把握することができた。

 

 

 見当たらない生徒は、爆豪勝己と切島鋭児郎、常闇踏影と口田甲司に青山優雅。それから飯田天哉と葉隠透。

 

 常闇と口田、飯田や青山はわからないが、爆豪と切島は黒い靄のヴィランによるワープの時正面に立っていたので、どこかに飛ばされているのだろう。コスチュームを着た葉隠はどこにいてもほぼ行方不明だ。

 

 ゲートが薄く開いていることから、合理的に考えれば飯田は連絡のためにUSJを離れたと見ることができる。

 二人で抜ける意味もないため、葉隠を除く残りの五人は上空から内部がうかがえないエリア、火災ゾーンか暴風・大雨ゾーン、倒壊ゾーンのいずれかのどこかにいると考えるのが自然だろう。火災ゾーンは今まさにいたところなので、他に残っていたとは考えにくい。

 

 生徒の安否はともかくとして、有用そうな戦力、八百万と轟はそれぞれ山岳ゾーンと土砂ゾーンに確認することができた。

 

 

 

 次は教師陣。

 これはかなり酷かった。

 

 まずは13号。背中のコスチュームが削げて、血塗れの背中を晒して倒れている。おそらく戦闘不能。

 

 続いて相澤先生。あれから脳味噌ヴィランに組み敷かれたらしく、脳味噌ヴィランにマウントを取られている。気絶しているかはわからないが、これ以上の戦闘は厳しいだろう。

 

 

 

 最後にヴィラン側。

 

 残念ながら、わかりやすく電波妨害をしているヴィランはいなかった。

 中央では、13号を倒したらしき黒靄ヴィランがゲート付近にいるが、そのうちまたワープで幹部と思しき脳味噌ヴィランらと合流するだろう。

 その脳味噌ヴィランと手首ヴィランは広場の噴水近くで2人体制。他のヴィランは味方のはずの脳味噌ヴィランにビビっている程度のチンピラだ。

 

 上空から確認できない火災、暴風・大雨、倒壊ゾーン以外の場所のヴィランについて。

 水難は湖の真ん中で一塊になって身動きが取れなくなっている。中央広場に向かっていた緑谷たち3人組が倒したのだろう。

 土砂ゾーンは氷漬け。おそらく轟の仕業。

 山岳ゾーンはかなり数のヴィランが残っており、八百万、上鳴、耳郎の3人が奮戦している。

 

 

 

 救援は既に呼ばれているため、最善手は教師陣およびその周辺の生徒を助けることだ。

 つまり、中央広場近くの3人をどうにかしなければならないということになる。

 

 この速度での上空からの奇襲であれば、一撃離脱で比較的安全に攻撃を加えることができるだろう。問題は誰を狙うかだ。

 黒靄はワープゲートを張られたら終わりなので論外として。

 手首ヴィランか脳味噌ヴィランだ。

 

 手首ヴィランの個性は割れている。手で触れたものを何らかの方法で傷つける発動型の個性。

 脳味噌ヴィランの方は微妙だ。オールマイト並みの身体能力があることからそれが個性に見えるが、相澤先生の【抹消】が効いていない様子からプラスアルファが存在する可能性がある。

 

 

 つまり、手首ヴィランを仕留めるか、脳味噌ヴィランの個性を暴きに行くか、ということになる。

 戦闘の基本は敵の数を減らすことだが、今回は特殊だ。何せ、脳味噌ヴィランは倒せない敵、入試の0点ヴィランのようなものだ。

 

 天彗だけなら現状、飛んで逃げればどうにかなるが。A組全員を生還させるためには、少なくとも脳味噌ヴィランから逃れる方法、弱点を見つける必要がある。もしくは弱点を作るでもいいだろう。

 

 

 

 ここまでの思考を2周目の半ばまでに完了させ、天彗は脳味噌ヴィランに狙いを定めた。

 

 この緊急事態、敵の命に配慮する余裕はない。

 狙うは胴体、心臓かその他諸々の臓器ごとぶち抜く。

 

 

 そうして、突撃を敢行するという段階に至った時、天彗に不安の念が押し寄せた。

 現時点で、制御もできない超高速。そのまま地面に突っ込めば大怪我を負ってしまうかもしれない。着地の衝撃を全てあのヴィランに叩きつけることができたとして、その後は? 怪我を負った状態で、手首ヴィランやらの相手をするのか。

 

 実を言うと、天彗は自身の強度というものを知らない。

 天彗は一度たりとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。幾度となく殴られながらも、幾度となく喧嘩を経験しながらも、一度として病院にお世話になったことがないのだ。

 

 しかし、それでも天彗は躊躇してしまった。

 

 

 衝撃によって怪我を負ったことがないと言ったが、天彗の人生は痛みを感じた事のない物理無効人生というわけではない。

 怪我をした経験といえば、主に切創。病院に行くほどではないものの、刃物による怪我は何度か負った。そのため、コスチュームの要望には防刃性を一番にあげたのだった。

 

 加えて、当然ながら天彗はここまで高高度からの墜落経験も、ましてや地面に向かってロケットを噴射して突撃した経験もない。

 現在の速度は新幹線並みだが、いくら怪我をしないと言われても、新幹線に飛び込めと言われたら誰でも竦むものだ。そんなことを平然とできるのは、そこにいる緑髪の気狂いくらいである。

 

 結局、さらに半周をかけてようやく天彗は覚悟を決めることとなる。

 

 

 

 奇しくも、この余分な一周近くはヴィランたちの心理的隙を突く上で最良の一手となった。

 

 火災ゾーンから飛び立った当初には、赤い光に対して最大限の注目を払っていた黒靄ヴィランや手首ヴィランらも、表面上注意を払っていても2周目に入ると無意識にこう結論付けてしまう。

 

 何もしてこない、と。

 

 

 瞬間。

 

 音を置き去りにする、天空からの一撃が舞い堕ちた。

 

 

 どんな理屈かも不明な赤黒い爆発と共に、ドーム中に鳴り響いた大爆音。

 赤黒く光り輝く粒子からなる爆煙に覆われ、赤い光の墜落地点、脳味噌ヴィランと相澤先生がいたあたりは完全に視界が失われる。

 

 赤いオーラのような何かがエネルギーでも発散しているのか、爆煙の中雷鳴のようにバチバチと瞬く。

 

「一体、何が……」

 

 

 中から響いてきたのは甲高い吸気音だった。

 

 煙幕の赤黒い光も落ち着き、舞い上がった粉塵による灰色のそれに置き換わった頃。薄れる爆煙の中から、赤い燐光を纏った異形の翼を持つ少女の姿が浮かび上がる。

 

「赤井さん?!!」

 

 

 緑谷出久の目に入ったのは、同級生の少女、赤井天彗だった。

 今朝、見た時の姿とはまるで違う、赤いオーラのようなものを纏った姿。

 

 そもそもとして天彗は飛ぶことはできないと、少なくとも個性診断テストの時には他の女子に話していた。根っからのヒーローオタクの緑谷は未来のヒーローの情報収集として横から聞いていたのだ。

 

 しかし現実はどうだろう。

 思いっきり飛んでいる。

 

 速度だけで言えば、かの"速すぎる男"よりも速かったかもしれない。

 

 

 

 そんな速度での突撃だからこそ、煙幕が晴れてもう一人姿を現したシルエット、脳味噌ヴィランの姿に緑谷は驚愕した。

 

 ただ、ヴィランに加わったダメージも0ではなかった。

 飛んできた天彗に合わせるように伸ばされた腕、いや伸ばされていたと言うべきか。

 それと言うのも、左腕が半ばから吹っ飛び、残った付け根も肩にかけて骨が見えるほどの大きな裂傷が残っていた。

 

 

 けれども、天彗の表情には達成感はなかった。

 浮かんでいるのは、驚嘆。

 

「(……逸らされたっ!)」

 

 天彗のそれは襲撃の瞬間を、当事者として目の当たりにしていたが故にこそのものだ。

 

 

 先程の襲撃、狙いは完璧で威力も申し分なかった。

 本来であれば、胴体を無慈悲に貫くか、ヴィランの強度によってはそれでも生徒や相澤先生から遠く吹き飛ばすことができただろう。

 

 しかし、脳味噌ヴィランのオールマイト並みの能力、その見積もりがまだ甘かった。

 この脳味噌ヴィランはあろうことか、音速に迫る天彗の突撃に、あの一瞬で対応していたのだ。

 

 全力で胴体を抉りに行く殺しを狙った攻撃を、まるで合気道かのように左腕一本で逸らして、致命傷を躱す。

 天彗の翼が裂傷を齎すそれでなければ、一切の傷も負わせることはできなかったに違いない。卓越した技術か個性によるものか、それほどまでに、全く手応えがなかった。

 

 

 それでも現状、どう見ても脳味噌ヴィランは重症だ。天彗の攻撃がヒーローの卵としてギリギリだったこともともかくとして、腕一本を失わせたことはヒーロー側にとって大きい。

 弱点を作ると言う目標は、概ね達成できたと言えよう。

 

 そう、天彗は思っていた。

 

 

 ヴィランは腕を失うレベルの重症にもかかわらず、顔を顰めることもなく相澤先生を組みしだいている姿勢を解こうともしない。

 静寂があまり不気味だった。

 

 と。そこで、全身に青褪めた手首をつけたヴィランが、陰湿な笑い声を上げる。

 

 ニタニタと笑みを浮かべ、嘲るような目で手首ヴィランがヒーローの卵たちを眺める中、脳味噌ヴィランに異変が起きた。

 

 

 始まりは筋肉の隆起だった。

 酸化していない肉に特徴的な、紫掛かった赤色の筋組織が傷口を覆い、そこから風船のように膨らんで瞬く間に元の左腕の形を取り戻して、奪ったはずの左腕の再生が完了した。

 

「ご苦労様。だけどこいつは対平和の象徴、改人"脳無"。見た通りの身体能力に、個性は……【超再生】だ」

「うそ、だろ……こんなん勝てるわけねぇって!!」

 

 オールマイト並みの速度に加えて、希少な再生能力。

 諦めがちな峰田でなくとも、皆同じことを感じていた。

 

 

 しかしそんな最中、手首ヴィランの側に黒い靄が現れる。

 

 

「死柄木 弔」

「黒霧、13号はやったのか?」

「行動不能にはできたものの、散らし損ねた生徒がおりまして……。1名、逃げられました」

 

 飯田のことだろう。

 

 

「……。は?」

 

 死柄木弔と呼ばれた、手首がいくつもつけられた格好のヒョロっぽい体躯のヴィランは、その報告を聴いてイライラしたようにガリガリと身体中を掻きむしり始める。

 ストレス性のアレルギーなのだろうか。どちらにせよ、掻き壊した部分をさらに掻いてしまうのは悪化するだけなので良くない。

 

 

「はー……。はあ──黒霧、おまえ。おまえがワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ」

 

 黒い靄を纏ったようなヴィランは黒霧という名前で呼ばれていて、その個性は【ワープゲート】で間違いないようだ。

 この死柄木という男、色々ユルい。聞いていれば、各種情報を漏らしてくれそうだ。しかし、その迂闊さと裏腹に、ヴィランらの行動や言動を見る限りどうやら死柄木が主犯らしい。

 

「さすがに、何十人のプロ相手じゃ敵わない。ゲームオーバーだ、あーあ。()()()ゲームオーバーだ」

 

 オモチャに興味を失って放り出した子供のように、突然死柄木という男は執念じみた雰囲気を失う。

 

「……帰ろっか」

 

 その唐突な様相の変化に、生徒たちは緊張の糸を切らしてしまった。

 

 

「けども、その前に……──平和の象徴としての矜持を少しでもへし折って帰ろう!!」

 

 

 それ故に、緑谷出久も蛙吹梅雨も峰田実も、生徒たちは蛙吹へと伸ばされた死柄木の腕に反応することができなかった。

 

 

 

「本っ当、かっこいいぜ。……イレイザーヘッド」

 

 相澤消太というヒーローを除いては。

 

 死柄木の触れた相手を壊す個性は、相澤先生の見た相手の個性を一時的に消す個性【抹消】によって防がれ。五指で触れられた蛙吹の顔は崩れることがなかった。

 

 

 そして、彼ら彼女らが稼いだ時間は、遂にとある最高のヒーローの到着を招くこととなる。

 

 

「私が、来た!!!」

 

 オールマイトの到着を。

 

 




・飯田家
具体的な関係を深く考えていないですが、飯田天哉とは、はとこくらいの関係です。
天彗父はヒーローではなかったので、飯田家を追い出されたことはそれほど世間的にも知られていません。委員長も知りません。
このSS上ではステインは知っていて、インゲニウムを襲った理由になっているかも。

・飯田天祐
かなりクズ
故人です。
何をやったかと言うと、家督を奪いにかかるようなアレです。

・赤井翼
同情の余地はありますが、轟母よりはクズです。
生きています。
今後出てくる可能性は高いです。

・登校初日の伏線
気づいた人もいるかと思いますが、
天彗の初対面での対応は、潜在的な敵に対しては積極的と言いました。
初対面の飯田天哉への対応は……?
実は他にもいくつか、天彗が飯田くんを注視しているような描写を入れています。

・天彗の強度
衝撃に強いです。元々は人並みの設定だったんですが、冷静に考えてそのままだと強襲したら死んでしまうなと。
ただ、そのまま他の耐性も引き上げてしまうと物理無効人生になってしまうので、切り傷などは負うことにしました。原作バルファルクが打撃より切断に弱いということはないですが。
骨と筋肉が強いくらいに思ってください。

・天彗の強度②
火傷について触れていませんが、切創と同じ理由でノーマル天彗には普通に効きます。ただ、喧嘩が怪我の主な原因なので、天彗の中では火傷よりも切創のイメージの方が大きいです。
一方、バルファルクには龍気を纏った部位に属性(火、水、氷、雷)が通らなくなるという設定があります。なので、今後これらが効きにくいという一応の設定がありますが、触れるかは不明です。

・中央広場のヴィラン
死柄木対相澤先生のシーンやオールマイトの登場シーンを見ると、まだ何人かヴィランが残っているっぽいんですよね。その割に緑谷らを襲う様子がない。
なので脳無にビビってたんじゃないかなぁと。

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