これ以上龍気活性してしまうと、あたしはバルファルクになってしまう 作:ハリー・ルイス博士
#17 ことの顛末とこれから
雄英高校教師陣、プロヒーローたちの到着。
それからすぐに生徒たちの救出とヴィランの確保が始まった。
スナイプの狙撃で、危機的状況に陥っていた遠方のA組生徒たちは援護され、その他の先生らもヴィランが残るエリアの鎮圧に加わった。
幹部連中、中央広場に残る黒霧と死柄木に関しては、
だが、もう少しで吸い込まれるという所で、黒霧によるワープが成功。敵連合の幹部2人のみは逃走を許した。
場面が掃討戦に向かった頃、突然天彗の目の前にコンクリートの壁が立ち上がった。
両足骨折が確定的な緑谷を助けるために、天彗と切島が向かった矢先のことだった。
視線を遮るように築かれたコンクリートの壁。
雄英教師のプロヒーロー、セメントスの個性【セメント】によるものだ。
「生徒の安否を確かめたいから、君たちはゲートの前に集まってくれ。ケガ人の方はこちらで対処するよ」
プロヒーローの方が怪我の処置が上手いのは道理だ。天彗の知識も正式なものではなく、救急救護の授業も受けていないヒーロー科1年では、専門家の前でほとんど何の役にも立たない。
しかし、元気よくセメントスに受け答えした切島とは裏腹。不必要に高く長いように見える壁に、天彗は釈然としない想いを抱きながらゲート前の指示された場所に向かった。
「……17……18……19……──」
重体で動けない相澤先生に代わり、到着した刑事がA組の点呼を取る。
「両脚重症の彼を除いて、ほぼ全員無事か」
少なくとも全員の命が無事だったことに生徒らは安堵しながら、お互いの安否を確かめ合うように会話をはじめた。
「尾白くん、今度は燃えてたんだってね」
「赤井さんもいたんだけどとんでもない速さで飛んでちゃったし、そのあとビルをヴィランが駆け上がってくるしで、ヒットアンドアウェイで凌いでたよ。葉隠さんはどこにいたんだ?」
「轟くんのとこ。あれ、赤井さんだったんだ!」
「あの赤い光、赤井さんだったんだね! というか飛べたの?」
「飛べるようになったんよ。ワケわかんないけど」
「やはり皆のとこも、チンピラ同然だったか」
「ガキだとナメられてんだ」
「でも、ヒーロー科の訓練の成果も感じたぜ。チンピラ程度なら圧倒できる」
そんな生徒らを見ながら、刑事は子供達を
「とりあえず生徒らは教室に帰ってもらおう。すぐに事情聴取ってわけにもいかんだろ」
「刑事さん……相澤先生は?」
生徒の安否は聞いたものの、相澤先生の重傷を目の前で見てしまった生徒、蛙吹梅雨は忙しそうな刑事の様子に悪いと思いながらも教師陣の状態を聞いた。
「両腕粉砕骨折、顔面骨折、肋骨損傷……。幸い脳系の損傷は見受けられず。ただ、目にかなりのダメージが入っていたようで、精密検査が必要……。だそうだ」
「ケロ……」
担任の状態だけでなく、他の先生や緑谷の情報も刑事の下に届き始めたらしく。
13号腹背中から上腕にかけての裂傷。
オールマイト、緑谷は軽傷のため保健室で処置。
とのことだった。
───◇◆◇───
翌日の臨時休校。
天彗は1人、公園で素っ転んでいた。
地面には土を抉ったような跡が長く伸びている。
個性訓練。
USJで赤いオーラを利用した移動法を習得した天彗は、その感触を確かめるとともに、制御のための訓練をしていた。
あんなことがあって、いても立ってもいられなかったのだ。
そんな訓練をしていても騒ぎにならないのは、USJ事件の影響によってか、この公園には誰も人がいなかったからである。ヴィランが活性化して被害に遭うことを恐れているのだろう。
雄英に入れないか電話で伺ったが、残党がいる懸念のため警察を入れての捜索を行なっているらしく。関係者の多くを含め、終日立ち入り禁止となっていた。
それで、こんな寂れた公園に天彗は赴いていたのだ。
「ぜんっ、ぜんダメ!」
個性の発現したての子供のように、天彗の新たな力は制御不能だった。まるで緑谷である。
もっとも、出力制御という面に拘らなければ、いくつかの制御方法は習得した。
まず、一定以上の速さを出して飛行すること。出力制御の難はそのあまりの出力の高さによるものが大きいらしく、ある一定の出力を出した付近では、飛行などが安定することがわかった。
問題点としては、何も解決に至っていないことだ。精密制御からはかけ離れているために"漏れ"の改善にも繋がらなければ、技への応用にも繋がらない。
次に、出力のほとんどを地面に向けることだ。地面しか移動できないという、発現した新たな力の最大の利点を放棄していることを除けば、非常に有用だ。訓練にも適していて、支える脚の力とバランスをとりながら精密な制御を習得することも可能。
三つ目が、片方しか使わないこと。単純に出力が半分にさがる。バランスが極めて悪いため、片方だけで飛行するというのはかなり遠い。現状では地面に3点で触れて重心を保つことで、なんとか実現している。
この方法の利点は、片方しか使わないことによるレパートリーの増加だ。将来的な目標は翼の推力を利用した、爆豪のような高速戦闘を実現することにある。爆豪が目標というのは癪だが。
先ほどから天彗が何度も失敗しているのは、二つ目の方法だ。
転ばないギリギリを狙って訓練しているが、一向に成長の兆しは見られない。精密制御をこれ以上高いレベルで習得するには何かブレイクスルーが必要となるだろう。
いわゆる
「よっす!」
公園の芝生に転がった天彗の頬に、冷えた樹脂が触れた。
ジンジャーエールの飲料ボトルだった。
持ち主は
「A組大変だったん?」
「媧恋……」
「ニュース見てビックリしたわぁ。いや、一番驚いたのはウチにUSJがあったことだけど」
天彗は媧恋のその適当なジョークに軽く吹き出してしまった。
シリアスになりすぎていたんだろう。
そう言えばあんなことになる前は、A組生徒らもその
「えぇ…? なんかこんなウケると思ってなかったんですけど」
天彗の前で披露した渾身のギャグが滑る。これが媧恋のよくあるパターンだった。
今回は予想外にウケが良く、媧恋は困惑していた。
そんな媧恋からジンジャーエールを掠め取るようにして奪い、一気に飲み干そうと天彗は蓋を開けた。
「あっ、それは……!」
プシュッという豪快な音と共に、噴水のようにジンジャーエールが吹き上がる。
勢いのまま糖度の高い液体は、天彗のホルターネックのスポーツウェアに降り注いだ。
生姜の効いたスパイシーな香り。
「……。ほう……炭酸抜きジンジャーエールですか。大したものですね」
懐から取り出してかけたパーティグッズの眼鏡をクイッと上げて媧恋は言い切った。
また、随分と古いネタだ。
個性黎明期の混乱では技術革新の低迷に加えて、多くの文化が失われたこともあり、現在流行っているコンテンツというものの多くは昔の文化の焼き直しだ。USJもその一環とも言える。
「……あんたねぇ、こういう勿体無いのはやめてって何度も言ったでしょ!?」
具体的には1/5ほどが泡と消えたジンジャーエールと、ついでにパーティグッズの眼鏡を買うお金が無駄になっている。
今は奨学金で改善したものの、保険金や生活保護で何とか生活していた天彗の貧乏性は治っていなかった。
気の抜けたジンジャーエールとなってしまったが、気にすることなく天彗は一口で呷る。
薄くなった炭酸に、爽やかな甘味と生姜のピリリとした味わい。
ジンジャーエールは天彗の好物である。
元ネタに忠実に炭酸抜きコーラではなくジンジャーエールとなったのも、
そもそも炭酸抜きコーラはインシュリンの急激な分泌を招くため眉唾らしいが、糖分の摂取という観点だけであれば甘ければジンジャーエールでもなんでも構わない。
そのあと、おすおずと媧恋が取り出した追加一本の純粋な差し入れのジンジャーエールで、お腹がタプタプになってしまい。服にかかったことも相まって、訓練どころではなくなってしまったのは別の話である。
───◇◆◇───
「──ってぇ。……両腕両脚撃たれた」
汚れなどは丁寧に落とされ整然としているが暗い雰囲気のバー。寂れた様子のあるそのマンションの一室は、どこかアングラめいていた。
それもそのはず、ここは雄英高校襲撃という大事件を引き起こした
黒霧によるワープで、死柄木はこのバーに戻ってきていた。
「完敗だ……。脳無もやられた。手下共は瞬殺だ……。子どもも強かった」
チートだなんだと言っていた割に、意外なほど素直に負けを認める死柄木。
「平和の象徴は健在だった……! 話が違うぞ、先生」
『違わないよ』
答えたのは、バーの一角にあるPCのモニターだった。
『ただ、見通しが甘かったね』
『うむ、なめすぎたな。敵連合なんちうチープな団体名でよかったわい』
受け答えをしたのは2人。
落ち着いた凄みのある声と、しわがれた老人の声だった。
『ワシと先生の共作、脳無は? 回収していないのかい?』
「吹き飛ばされました。正確な位置座標を把握できなければ、いくらワープとはいえ探せないのです。そのような時間はなかった」
死柄木を責め立てるような問いに、ある意味老人とも親しい黒霧がフォローに回る。
『せっかくオールマイト並みのパワーにしたのに……!』
『まァ、仕方ないか。残念』
「パワー……」
オールマイト並みという言葉に、死柄木は反応した。
「そうだ、1人……オールマイト並みの速さを持つ子供がいたな」
速さだけで見ればあの翼を持つ子どもも同等だが、オールマイトに似ているかと言えば、全く似ていない。
しかし、なんで雄英にいるのかというほどモブっぽい緑髪の少年の個性は、肉体増強系にしてオールマイトに近い出力だった。
『……。へぇ』
モニターのヴィランは、深い興味を抱いた様子だった。
そんなことは耳に入らないほどに、死柄木は急激に機嫌を悪くする。
「あの邪魔がなければ、オールマイトを殺せたかもしれない……。ガキがっ、ガキ……!!」
直前の失敗ばかりが頭に浮かんでいた死柄木は、やがて記憶を遡るように苛立ちを深めていく。
「あいつもだ、あの翼を持ったガキ──」
───◇◆◇───
「相澤くんの復帰祝いだと言うのに、こんな会議を開くのは悪いけれど、校長のボクさ」
「リカバリーガールの処置が過剰なだけです。昨日の会議にだって出れた」
「相澤くん。やる気があるのは嬉しいけれど、回復に専念して欲しいのさ。それが合理的な判断ってやつだろ?」
「さて、まず最初から重くなってすまないのだけれど、議題はコレさ」
そう言って、根津校長が提示したのは『赤井天彗の進退について』だった。
添付されていたのは、天彗の暴力が齎した結果の数々。
幸にして死者はいなかったものの。ヴィランだったとは言え多くの人間が重軽傷を負っていた。
まずは担任からと、相澤は口を開いた。
「USJ事件にいた人間として、私は除籍に反対です。このようなことがあってようやく自分にも明確になりました。彼女の本質はヴィランよりもむしろヒーロー寄りです。彼女はあの場において、誰よりも命を守る行動をとっていた」
「命を守ると言われても、赤井がヴィランに与えた怪我は、他の生徒と比較しても突出して多いのではないか?」
「オールマイトにとっても強敵だった連中です。生徒にとっては言わずもがなでしょう。それは赤井にとっても同じです。全員が全力を尽くした」
暴行などの軽犯罪歴、さらには殺人の容疑を過去に持つ天彗がヒーローになることに対して、反対する教師は少なくない。
しかし、この事件を契機に、天彗の担任である相澤を含む多くの教員がヒーローとしての天彗を支持していくこととなる。
・相澤先生
ちょっとマシになった。
かわりに天彗着弾の衝撃で肋骨を損傷。
目に障害残らなかった場合って、中間試験で勝てるの? と疑問に思ったのでヤオモモ轟対相澤戦を調べた結果、ヤオモモオペレーションだとそんなに影響なさそう。死柄木みたいに何度も使わせれば短くなっていくっぽいし。
ただ、右目下に傷があるのはカッコいいと思うので迷ってます。
・ジンジャーエール
当初、オレンジジュースを燃料とする飯田天哉と同様にジンジャーエール(正確にはビールでジンジャーエールは代用品)を燃料とするという設定がありました。
その名残で天彗の好物はジンジャーエールです。
どうでもいい考察ですが、飯田天哉の燃料がオレンジジュースなのはガソリンがオレンジ色に着色されているからだと思います。その理論から考えると、天彗の燃料は航空機燃料が青色着色らしいのでソーダか、ロケット燃料のヒドラジンは無色透明(着色しているかは不明)でサイダーなんかでしょうか。青と透明な液体では炭酸以外が思いつきませんでした。
・炭酸抜きジンジャーエール
メントスコーラならぬメントスジンジャーエールしないと実際は噴水みたいにはなりませんが、イメージです。
・ホルターネック
天彗は背中に翼があるので、多くのタイプの下着や服が身につけることができません。
SS筆者はそれほど服飾に詳しくないので適当ですが、天彗の私服は背中などを大きく開ける露出度の高い服と翼部分に大きなスリットが入った服の組み合わせなどを考えています。
2種類の翼の通し方をした服を身につけることで、過度な露出を防いだり、単調さを隠すことができると思います。
・文化
個性黎明期の混乱で失われたものは多いらしい。
USJとかTDRって数百年も残ってるんだろうか。遊園地大好き民ですが、疑問に思わずにはいられません。
特に言及もされていませんが、勝手に文化はルネッサンス期のように昔のものが流行っていることにしました。未来のアニメを想像してネタを使ってもいいですが、流石にしんどいので。
・あのガキ
天彗は2回も妨害したので、死柄木に目をつけられました。