何とかできました。結構難産。
難産の割には文字数はかさみにかさんで、最終的に確認したら12000字。どうしてこうなったし。ま、もう一方の作品だとこのくらいが結構コンスタントなので、それを考えれば納得はいきますが。
では今回°ぞ。
IS学園の制服を着ていたということで、特に目立つことはなく部屋まで無事に戻ってくることができた二人は、さっそく料理にかかっていた。もともと、少々失敗しても大丈夫なように、食材には少し余裕を持たせてある。二人分とはいえ、十分に足りる量だろう。
「さて、んじゃま、始めますか」
部屋着に着替えて、軽く袖をまくる。その部屋着の上にはシンプルなエプロンがあり、本格的な料理モードだ。
「そういえば、万殿」
「殿なんてやめろ。今時そんな呼び方をする奴なんざいねえぞ。呼び捨てでいい。それか、さん、または君付け。OK?」
約一名、殿と呼ぶ人間はいるが、そちらのほうがレアケースなので今は省く。
「わかった。それで、私が手伝えるようなことはないだろうか?」
「特にないな。というか、普段の俺の方法は、たぶん普通じゃないから。今日は普通の方法でやるけど」
「そうなのか?」
「ま、俺の場合、能力も使って料理する、とかってことも結構多いからね。でもそれだけだし、今日のメニューはそもそもいつも能力を使わないものだし。だから、問題なし」
「一応聞くが、何を作るんだ?」
「んー、そろそろラーメン用の麺は賞味期限が怪しくなってきてたはずだし、野菜も多めにあるから、焼きそばでもするかな、と思ってるとこ。だから」
そこでいったん区切って、庵の頭に手をぽんと置く。
「安心して座ってろ。できたらもっていってやる」
「それでは万にもしものことがあれば私は食いはぐれてしまう。少しでも料理を覚えなくては」
「その辺はおいおい、な。それに、ある程度コツがつかめれば、料理なんて簡単なもんだぞ?」
そういって、片目をつむる。その顔は、ただひたすらに善意だけしか感じられなかった。
「どちらにせよ、私にはやることがない」
「ならテレビでも見てればいいじゃねえか」
そういわれて初めて、この部屋にテレビがあることに気付いた。どうやらこの部屋、普通に生活できる程度には家具家電一式が揃っているらしい。学生寮というくらいなのだから、娯楽用品は一切ないと思い込んでいた。
「実際そうだぞ。テレビとかはともかく、パソコンとかの家電は俺が持ち込んだものだし」
その言葉に庵は目をむいた。あくまで心のうちにとどめて、口には出していないはずなのだが。
「あんた、自覚ないかもしれないけど、かなりわかりやすいぞ。たぶん、表情を隠すとか、そういったものも催眠っつか、洗脳に含まれていたんだろうな。正規の手順を踏めば、それだけ残してっていうのも可能だったんだろうけど、俺は強制的に全解除しちゃったもんだから、それもまとめて吹き飛んだ、ってとこか。ま、それも訓練していくとして、だ。おとなしく待っとけ」
そうまで言われては、食い下がるのも不自然だろう。おとなしく自分は奥の部屋で待つとした。考えてみれば、アジトの中でそういった娯楽に触ることはあまりなかった。ほとんど初めてといってもいいほど見るテレビは新鮮だった。ニュースなどはもっぱらスコールたちが持ち込んでくるようなものしかなく、どれもこれも味気のないものばかりだった。それもあって、このような、見入るための工夫が凝らされたニュースというのは新鮮で、暫く見入っていた。
暫くすると、大皿の上に乗った、ソースが麺によく絡んだ焼きそばが出てきた。だが、それすらもなかなか気づかないほどに画面に見入っていた。
「聞こえてるかー?」
覗き込むように言われて、初めて今までしていた“いい匂い”が近いことに気が付いた。
「すまない、テレビというものがかなり新鮮でな」
それに対し、万はわずかに顔をしかめた。本当にかすかだったので、傍から見ればすっと表情が消えたようにしか映らなかった。しかし、庵はその表情の変化を見逃さなかった。
「どうかしたのか?」
「どうもしない。予想していたことが尽く的中するような予感がして、軽く嫌気がしただけだ。・・・さて、温かいうちに食っちまおう。くどくなりすぎないようにチーズも軽く入れてあるから、冷めると食べにくくなる」
そういってそれぞれの前に小皿を出し、長い箸―――調理に使った、ただの長い箸(菜箸ではない)なのだが―――をそのまま麺の横において、自分も小皿に麺をとった。
「・・・どうかしたのか?」
手を付けない庵に、万は不思議そうに聞いた。
「いや、このような料理は初めて出てきたもので、少し以上に驚いているのだ」
そういって庵も自身の皿に麺を盛る。それを見て、二人とも箸を進めていく。
「あ、そうなのか?もしかして、洋物ばっかりだったのか?」
「そうだな。基本的には洋風のものが多かった。たまに和食も出たが」
「へえ、どんな?」
「ちらし寿司、だな。あとは肉じゃがとかの煮物の類に、刺身もでたな」
「そりゃまあ・・・手間のかかることで」
「そうなのか?」
「手間がかかるっていうより、神経使う。刺身は均一にしっかりと切るって時点で結構気を使うし、ちらし寿司はすし飯をしっかりと作るのにも結構大変だからな。俺もめったにやらないのに」
「そうなのか。私は料理をしないから、知らなかった」
「てか、普段料理しない人は大抵知らんと思う。少なくとも、しょっちゅうやりたいものではないしな」
そこで一度会話が途切れる。一瞬だけテレビの音が聞こえるが、二人とも気にも留めなかった。
「ところで、先ほどの洗濯物の件なのだが」
「あー、あれな。よく覚えてたな」
「それは、それなりに重要なことだったからな。で、結局あの件は」
「俺がやる」
庵の先手を打つ形で万が言った。
「そっちに理屈が通じない以上、俺が我慢すればいいだけの話だからな。どちらにせよ、そっちができない以上俺がやるしかないわけだし」
「それはそうだし、とてもありがたいのだが・・・。結局、いったい何が問題なのだ
その言葉に、少々万は言葉に言いよどんだ。彼本人にも異性と生活する、などという真似は仕事だけで、滅多になかったといってもいい。それでも、異性の間にそのようなものがあるということは認識している。だからこそ、ここまでとはさすがに考えていなかった。
「まあ、なんだ。異性間には、そういう、遠慮があるんだよ」
「それは、なぜ?」
その返しに、今度こそ言葉に詰まった。大方、そこに端を発する疑問だろうとはにらんではいた。が、こうも正面切って訊かれると、答え辛いというのが本音だった。
「その、まあ・・・。あれだ、男女っていうと、つまりは・・・繁殖するためのつがいでな、で、その、そういうのがわかる年頃―――つまり俺らくらいだけど、そのくらいだとそういうのを嫌がることが多いんだよ。なんか、うまいこと説明しづらいんだが・・・伝わったか?」
「なんとなくは。今後そういうことがあるということは頭の中に入れておく」
「・・・うん、そうして」
我ながらこんな説明でわかるのか、というような説明だったが、本人が分かった、というのだからいいだろう。とりあえずは、庵が分かればそれでいい、ということで、深く考えないことにした。
「ま、でも、あんたがそういうことに抵抗を感じないってなら、俺がやっても特に問題はないだろうから、俺がやる」
「しかし、万のほうにそういった抵抗があるのでは?」
「その程度我慢すればいいだろ。そうすれば丸く収まるのなら、それが最善だ」
なぜか、万と呼ばれたことに対してかすかに体が反応したが、そのことはおくびにも出さずにあっさりと返答した。
それから少しの間は比較的黙々と箸を進めていたが、やがて大皿の上にあったものがなくなってきた頃合いを見計らって、万が切り出した。
「さて、と。飯も終わったところで、ある程度俺らの状況をまとめておくか」
その言葉に、庵の顔も引き締まる。あの手紙の内容に関して、話そうか話さないかというのは暫く悩んでいたが、せめて庵とだけは情報を共有しておいたほうがいいだろう、という結論に至ったわけだ。
「先に言っておく。質問はまとめて後にしてくれ。
まず、あんたの身分だ。
あんたは、IS学園の1年3組に編入することになった。休暇明けだから、あさって、ってことになるかな。一応、一夏の双子の妹、ということになっている。編入の手続きとかに関しては、詳しいことは知らんが、たぶん織斑先生がやってくれるんだろうな。幸いなことに、ゼフィルス、黒騎士ともに顔の半分以上をバイザーで覆う、顔が分かり辛い機体だったこともあるから。ばれてもしらを切れ。
で、俺の機体、アイギスについては秘匿されることになった。無論、あんたにも守秘義務というものが発生する。
レイクナイトに関しては、さっきの塗装の時に、ついでに情報登録の変更も行ってある。普通に使ってもらって全く問題ない。
とりあえずは、以上。何か質問があれば、答えられる範囲で答えるが」
「では、いくつか。
まず、なぜ1年3組なのだ?普通に考えれば、万と同じ1組か、凰と同じ2組、簪のいる4組あたりにして、紐をつけておくと思うのだが」
「まず、1組というのはない。今現時点で1組には専用機持ちが集まりすぎている。これ以上増えてはパワーバランスを崩すだろう。あまりに不公平すぎるからな。で、そもそも学年の先生方はあんたの首にひもを付けるということは考えてないんじゃないか、というのが俺の考えだ」
「それは、なぜ?」
「あんたにかけられた洗脳とかの類をすべて俺が解除したから。加えて、昨日の騒動の、本当の幕引きを知らない人間にとっては、
「わかっている。だが、今の言葉で大体納得がいった。
では次だ。私の身分に関してはばれることはないのだろうか?」
「多少はあるだろうけど、ほとんどないって言っていい。これは俺が保証する。なんたって、ここは女を男と偽って入学させちゃった前例がある学校だぜ?それに、ぱっとみで年子か双子かなんて見分けはつかん。二卵性双生児なら、普通の兄弟と何ら変わらないんだから」
「何だ、その、ニランセ何とかというのは?」
「二卵性双生児。詳しいことは省略するけど、双子ってのには二種類ある。一つは、一つの受精卵が何らかの要因で別々に育った、というもの。もう一つが、たまたま子宮内に二つ卵子があって、それぞれが受精卵として成長したってもの。後者が二卵性双生児。確かに、出産のタイミングこそほぼ同日だけど、実質普通の兄弟だよ。性別が違う、なんてこともあるしな」
「そうか。まあ、早い話が本来の身分が公になることはないと考えていいのだな?」
「少なくとも在学中は」
「そうか。それで安心した。
ところで、食後のデザートというものはないのか?」
「ない。しいて言えば、冷蔵庫に買いためた安物があるくらい。でも今はあるかどうか」
「あれば欲しいのだが」
「あいよ。どちらにせよ、俺一人じゃそこまで食わないしな」
そういってもう一度万は席を立った。ついでに、空になった大皿も流しまでもっていく。再び訪れた沈黙に、まだ続いていたワイドショーの声が克明に聞こえてきた。
「次のニュースです。都内のマンションで火災が発生し、火元とみられる一室が全焼。近隣住人の一部が一酸化炭素中毒で病院に搬送されました。
今日夕方5時ごろ、○○区のマンションの一室から大きな火が上がっていると通報があり・・・」
「またこの手のニュースか」
そういってそれぞれの前にプリンを置く。それより、目の前の青年の言葉に庵は気を取られていた。
「この手の、というと?」
「こういう、火災とか、交通事故とか。そういう手の“事故”が、だよ。そんなのは日常茶飯事だし、誰も気にしないだろうけど、詳しく調べてみると怪しいんだよな」
「怪しい?」
「頭数が合わないんだよ。もっと具体的に言えば、子供がいない。しかも大抵一家全滅だ。ここまで連続で同じような事象があれば怪しいってもんよ」
その言葉が示す意味を、最初は理解できなかった。その顔を見て読み取れるものもまた皆無だった。
「ま、知る必要のないこと、ってやつだ。知らないのなら、そのままにしておいたほうがいい」
「なぜだ。何事も、知るということは悪いことではないはずだ」
「ああ、その行為自体はな。だけど、その行為によって何を感じるかっていうのは別問題だ。今回は、その何を感じるかっていう部分がでかい。知ることで見る地獄があるっていうのなら、知らなければいい。それだけの話だ」
そこまで言われては沈黙するしかなかった。ここまで半直接的に“追求するな”と言っていることが分からないほど鈍感でもない。
「まあ、そんなのは置いといて。いろいろ教えとかないとな。あの学校、普通じゃないほど設備が整ってるし、おたくの暮らしてきた環境を考えれば、校則って何、ってとこから始まるだろ」
「いったい何を拘束するのだ?」
「たぶんそれ字が違うな。大方、縛るとかそういう方の拘束を思い浮かべてるだろ」
「違うのか?」
「違う。ってか、学校の話をしようとしてる時に、一体全体なんでそんな尋問か何かに使いそうな言葉を出さなきゃいけないんだよ、理解に苦しむ」
「だから私もわからなかったのだ」
「校則っていうのは、学校の規則だ。学校の中でこれこれこういうことをしちゃいけません、とか、これこれこういう権利がありますよ、だとか。そういったことを全部ひっくるめて、校則って呼んでるわけ。OK?」
「なるほど、理解した。そういうことなら、理解ができる」
「ん、理解して。で、とりあえずその手のことを一通り教えなきゃいけないわけだ。明日で制服のサイズが合いませんでした、じゃどうしようもないだろうから」
ちょうどそのタイミングでドアがノックされる。そのままの体勢で返答すると、
「私です。庵さんに制服を届けに来ました」
自身の副担任の真耶の声。
「はい、今出ます。・・・噂をすれば、だな」
最後の一言だけつぶやくだけにとどめ、万はドアまで歩く。念のため、外の様子を確認した後にドアを開ける。
「はい、これ。庵さんに渡してください。細かく採寸をしていないので、彼女に合うだろうというサイズを一通り持ってきました。一番丁度よさそうなサイズを後でまた教えてください」
「わかりました。ありがとうございます」
「それと、織斑先生から伝言です。“私の妹に手を出すのならそれなりの覚悟をしておけ”、とのことです。私としては、まだ学生なのですから、婚前交渉なんてとんでもないと思っていますけど」
「そもそも、織斑先生の逆鱗に好き好んで触れようとするやつがいれば、俺はその
その言葉に、真耶も苦笑いを浮かべた。
「それもそうですね。国家代表であろうと誰であろうと、教え子が間違っているのなら問答無用で鉄拳制裁をしそうです」
その言葉に万はくつくつと声をこらえる形で笑った。
「思いっきり想像ができます、その絵。とりあえず、制服に関してはこっちでやりますんで。また後ほど報告に伺います。どちらに報告すればいいですか?」
「どちらでもいいですよ。予備ももう一着ずつ用意してありますから、暫くはその二着で我慢してもらうことになりますけど・・・」
「ま、それは仕方ないでしょう。誰もこんな時期にいきなり編入生が来るなんて想像してないですし。しかもこんな形で。ま、元凶は俺なんですけど」
「本当ですよ。学年団の先生方は、真相を知って一様に頭を抱えていましたよ?」
「あら、それは悪いことをしましたね。ま、とにかく、俺は後悔してません。だから、俺は俺のなせる最善をします。それが、どのような結果を生もうとも、です」
真剣に言い切った万に、真耶はふと微笑んだ。
「そこまで言い切ったからには、それなりには結果を出してもらいますよ」
「もちろん。では、また」
その一言でドアを閉める。渡された制服を手に部屋に戻ると、そこには差し出されたプリンを黙々と食べる庵がいた。
「それが、制服か?」
「ま、そうだ。おたくの体格から考えて合いそうなやつを数種類見繕ってきたそうだ。とりあえず、サイズ合わせるぞ」
「サイズ?ああ、やけに量が多いと思ったらそういうことだったのか」
そういってプリンを置いたかと思うと、さらりとその場で脱ぎだし―――たところで慌てて万は止めた。
「待った待った、いきなり脱ぎだすなバカ」
さすがにこのような行動に出るとは思ってもみなかった。いや、多少は想定していていたが、まさか実行するとは思ってもみなかった。
「さっきの話!まさかもう忘れたとは言わせんぞ」
「ああ、だがそれはあくまで衣服の問題だろう?」
「肉体はもっとだめだから!とにかく、俺は隣の部屋にいるから、これ着替え終わったら教えて」
そういって押し付けるように制服を渡す。そのタグはもう事前に確認済みだった。
慌てて隣の部屋に駆け込んだ万は、ゆっくりとだが肩で息をしていた。
「ったく、何だってんだよ、本当に」
ここまでドタバタするようなことはないが、仕事柄、潜入してサーチ&デストロイ、などということもあった(元をたどれば、IS技師になったのも潜入調査の一環だ)。その性質上、女性と部屋を共にする、ということもあった。なのに、どうしてあの少女相手ではこうも妙な態度となるのか。
(ただ単に仕事じゃないから、か?それだけにしてはこうも動揺するのはいささか不自然なところもあるが・・・。まあ、そんなのはどうでもいいか)
そこまで考えたところで、外から声が聞こえた。着替えが終わったと思った万はそのままガチャリと扉を開けた。そこには、着替えが終わった庵の姿があった。
「で、どうだ。ちっさすぎるとか大きすぎるとかねえか?」
「特にそういうのはないぞ」
「そうか?まあ、念のためちと確認するぞ」
本来は女性にやってもらうのが最善なのだろうが、この場には万しかいない。それに、一応庵のことはまだ秘匿事項で、部外秘でもあるので、仕方なく確認をする。軽く袖や裾を引っ張って、大丈夫そうだということを確認すると、すぐに手を離した。
「うん、大丈夫そうだな」
「だからそういっているだろう。それに、胸元の確認はいいのか?」
「だから!」
そこまで言って、怒鳴りかけた声をすぼめた。これ以上何を言っても無駄だろう、ということくらいは簡単に察することができた。
「・・・男女間の遠慮っていうのは、そもそも肉体的性差に基づくものなわけでな。特に、胸元とか下腹部とか、そういったところはお互い積極的には触りたくもなければ、触られたくもないわけ。男の胸元ならともかくとして、男性が女性に無理矢理そういう行為をするとお縄だ。そこんとこOK?」
「なるほど、そうだったのか」
「そういうこと。でもそれはあくまで一般的な話で、夫婦とか恋人とか、そういうのは例外として存在する。以上、了解?」
その言葉に、庵は素直にこくりと頷いた。
「とにかく、そういうことだから。それは念頭に置いておくこと。
で、それはそれとして、きついところとか緩いところとかない?」
「だから大丈夫だと何度も言っているだろう」
「それならいい。丈も丁度よさそうだしな」
そういって距離をとる。これ以上この至近距離にいては先ほど自分が言ったことに説得力がなくなると自分に言い聞かせた。
「さて、んじゃ部屋着に戻してくれ。それは軽くしわ伸ばして、入稿日の明後日には着れる状態にしておく。それまでは、校則やらなんやらを教えて、だな」
そういうと、万は立ち上がって風呂のほうへと歩いて行った。不思議そうに見上げる庵に対し、万はなんてことはないように答えた。
「風呂入ってくるだけだ。そんな顔すんな。できるだけすぐ出てくるから安心しろ」
そういってぽんと一つ頭をなでて、万は脱衣所へ向かった。
風呂につかりながら、万はぼんやりとこの後のことを考えていた。
なりゆきとはいえ、こういう状態になってしまい、しかも教師に向かってあれだけ盛大に啖呵を切った以上、自分にできる最高の仕事をしなくてはなるまい。もとより、手を抜くつもりなど一切ない。が、与えられた時間は決して長いものではない、ということもわかっていた。
スコールに言われるまでもなく、下剋上のための狼煙を揚げるにはそろそろ頃合いであることは容易に予想がついていた。もっとも、それが明日なのか、あさってなのか、一週間後なのか・・・そこまではわからない。少なくとも、半年内には始まる。万は大体そのような目算を付けていた。
当面、自分のすべきことは、戦力の拡充もそうだが、今の状態からさらに個人個人の練度を上昇させること。そのような短期間で一気に戦力を集めようとしてもそうはうまくいかない。しかし、ここはIS学園だ。ことISに関してなら、敵と此方のどちらの理解度が高いかなど、考えるまでもない。いくら学生とは言えど、ISに関する専門知識を学ぶ此方に対し、相手はあくまで撃破対象としてしか見ていないだろう。ならば、教える知識の、いわば“密度”ともいえるものを上げてやれば、十二分に戦力としては使えるものができるはずだ、と万は睨んでいた。代表候補生、というからには、優秀なISパイロットとなりえる素質が備わっているということでもあるのだから。本来はすべての代表候補生に接触したいところだが、いかんせん時間がなさすぎる。学年が違っていても、代表候補生であることには変わりはないとして、その件は無視することにした。実際、彼の予想に違わず、彼女らの操縦技能は飛躍的な向上を遂げていた。パイロットとしては優秀な部類に入るだろう、というくらいに。しかし、彼女らに決定的に欠けているものがあるのもまた事実だった。それを埋めることはできないだろう、とも万は踏んでいた。
欠けているもの、それは――――人殺しに対する忌避感が強すぎることである。
こればかりはどうしようもならない、というのはわかっていた。軍人であるラウラや、暗部でさんざん人を殺してきた麦野や庵は、―――否、暗部の家柄だという更識姉妹もある程度は大丈夫だろう。少なくとも、人が血の海に臥しているというだけで嘔吐したり失神したりということはあるまい。だが、他の候補生はどうか。人として人殺しを忌避するのは仕方ないのかもしれない。が、それで自体が片付く、ということはないだろう。一番の状態は、候補生はISを撃墜させるだけで、あとの血なまぐさい処理は先にあげた人間と自分の5人で行う、というものだ。しかし、楯無は国家代表で、文句なしで一流のIS乗りだ。そもそも、5人ですべてを行いきれるということは可能だろう。だが、相手はそれこそ雲霞のような大群をなしてくるだろう。それを相手に、楯無とその他の戦力を欠いた状態で戦え、というのも無理な話だ。となれば、状況に応じて人員を割かなくてはならないということは目に見えている。ならば、そういった倫理観のリミッターと呼ぶべきものを解除することも覚えさせておく必要があるだろう。だが、こればかりは万自身もしたくなかったし、現実問題できなかった。そういったものは実地で慣れるのが地道で一番の近道だからだ。だからと言って、今から戦場に送り込むなど正気の沙汰ではない。ただ殺されるか、(一夏以外は)レイプされるのが落ちといったところだろう。
だからこそ、万も対策を織り込んであった。もうどの候補生も気づいてこちらにメールを送ってきているが、目線を覆うゴーグルのようなバイザーをすべてに入れてあったのだ。
無論、これには目的がある。
一つ目はシステム的なアシストの容易化である。いくら仮想ディスプレイの技術が発達したとはいっても、実際的なディスプレイのほうがすぐれている点は多々ある。その一つがこれだ。決まったポイントに特定の情報を表示させるには、仮想ディスプレイだと電力を食ってしまう。電気も立派なエネルギーのひとつである以上、その消費を抑えることは目下一番の目的だ。
二つ目は戦略上の理由だ。戦場では、目線を見て予測する、などという技はかなり役に立つ。もっとも、スナイパーのスコープ越しに相手の目を見るだとか、そこまでの技は求められない。だが、至近距離になればなるほど、目線で相手の動きを予測することは容易になる。実際、照準をつける能力者との戦闘で、目線で動きを読んだり、またフェイントをかけたりということは多かった。だが、それはあくまで相手の目が見えるのなら、という話だ。
そして、三つ目。これが最大の理由だ。だが、これを口にする気にはどうしてもなれなかった。然るべき時がくれば話すこともあるかもしれないが、少なくとも今のところは話す気にはなれない。それが、万の個人的な感情だった。
「それに、この理由は一時しのぎにしかならんからな・・・」
それまでは、シミュレーターを利用した仮想訓練に徹するほかない。どうしてもアリーナを使える時間は限られるからだ。それに、レイクナイトの状態も確認する必要がある。特にこれといって手を加えていないが、念のため確認しておかないと気がすまない。
庵自身の白兵戦能力は文句がない。だが、射撃能力は一夏ほど悪くはないが、決して高いものではない。それは戦った自分自身がよくわかっている。飛んだ感覚はほとんど変わっていなかったところを見ると、催眠を解除したことで身に着けた技能を失ったということはなかったのだろう。だが、催眠を解いたことで得た技能というのもまたないはずだ。なにせ、彼女が催眠を受けたのは幼少期だったのだから。ましてや、戦闘技能などは変わってはいないはず。射撃機能がついていることは確認済みなので、あとは本人の技能を上げるのが先決だろう。少なくとも、一夏のようにシューターフローから練習必要があるということはないはずだから、そこまで時間がなくともいけるだろう。
「ま、それは明日になってから考えるか」
そこまで言ったところで万は風呂を出た。脱衣所で寝巻を着て、軽く頭を拭きながら部屋まで戻ると、そこにはそのままちょこんと座る形で庵がいた。
「風呂、空いたぞ」
「ああ、分かった」
その短いやり取りすら待っていたかのようなタイミングで端末が鳴った。端末が音を立てる、となると、現状九分九厘万なので、急いで端末に駆け寄る。いつものものでなく、映像を映すタイプの画面の表字は“月島深名”となっていた。まさかもう情報を手に入れたのか。ほとんどないであろうその可能性を思い浮かべながら、万は通信回線を開いた。
「よう、久しぶりだな」
『久しぶりじゃないでしょ。たかが数日じゃない』
「あれ、そうだっけか」
そういわれて考えてみると、なるほど確かにそうだ。遠足の初日の夜に電話がかかってきて、その次の日に
「そうだな。ちょっとこっちもいろいろあって、時間間隔が狂ってた」
『人には徹夜とかするな、って言っておきながら、自分が徹夜?体に良くないよ?』
「体に良くないっていうのは重々承知だ。てか、そうじゃなきゃ体晶なんて使わないし」
そんな会話をしていると、後ろから声がかかる。
「誰と話しているんだ?」
「ああ、俺のダチだから気にしなくていいぞ」
一言後ろに向かって声をかける。だが、目の前に映っている少女は大きくその眼を見開いていた。
『今の声って・・・まさか、M・・・?いや、でも・・・』
「そのまさかだが?」
このままでは思考の泥沼にはまっていくだろうということが容易に想像することができた万は先手を打つ形で言った。
『そうよね、あんな声M以外には・・・ってええ!!!??』
「いい反応アリガトウ」
顎が外れんばかりに驚愕する深名に対し、一厘として感謝の念がこもっていない平坦な口調で万が言う。画面の中では、まるで喉に物が詰まったように目を白黒させる、万とほぼ同い年の少女がいた。
『いや、Mって・・・え、どういうこと!?とらえられたってこと!?目的は!?まさかレイプとかしてないでしょうね!?』
「まあ、半分なりゆきみたいなもんだがな。目的は戦力増強と
『なりゆきって・・・Mは
「使い方を誤った大きな力は、上手に使った弱い力よりも劣るってことだ」
矢継ぎ早に疑問を飛ばしてくる深名に対し、万は冷静にそれらをさばいていく。依然として画面の中は大混乱といった様子だが、そんな状態でも彼はとことんまでに冷静だった。
やがて混乱が落ち着いてきたのか、深名がゆっくりと切り出した。
『・・・ふう。とりあえずその件は置いておくとするわ。で、今回はもう一個情報が入ったから、伝えに』
「どんな情報だ?」
情報、という言葉を聞いて、万も顔色を変えた。
『襲撃時期。さっきちらっと聞こえたんだけど、大体1か月から2か月後。でも、2か月も必要としないと思う』
「確かか?」
『たぶん。少なくとも、50%以上は』
「OK、分かった。ありがとう、頭に入れておく」
『気を付けてね』
「そっちも、体は大切にしろよ?」
軽口ともいえる、いつもとほとんど変わらない口調で通信が切れる。完全に切断されたことを確認して、万は自分のベッドに寝転んだ。
「2か月以内、か」
具体的な時期が分からなければ徒に体力を消耗するだけだ。だからこそ、この情報は有益だった。
――― 決戦の日は近い ―――
はい、ということで。
今回もかなり説明回でしたね。ただ、説明の割には会話を多くしてみたので、ある程度は読みやすくなったかな、とは思いますが。
庵ちゃんに関しては、こういったところはあって当然だろうなと思います。なにせあの場に女性しかいなく、組織の人間として必要最低限の知識や情報しか与えられなかったわけですから。万君の苦労はまだまだ続きそうです。
どうでもいいですが、今回タイトルを決めるときに、最初”嵐の前触れ”にしようとしてかぶっていることに気付いて慌てて帰ることになったっていう。ちょっと笑える事態。至極どうでもいいですけど、ちょっとしたギャグでくすっと来てしまいました。
ではまた次回。