それから時は流れて、時代も変わった。
とあるロンドン郊外の家に、男性と女性が訪れていた。男性が備え付けられているベルを鳴らす。中でドアホンが鳴る音と、ぱたぱたという音がした。中の人物はこちらを確認してからドアを開けると、笑顔で迎えた。
「ようこそいらっしゃいました、一夏さん、庵さん」
「おう、久しぶりだな、セシリア。元気そうで何よりだ」
「ええ。そちらもお変わりないようで。立ち話もなんですから、どうぞお入りになって」
そう言いつつ、中へと案内した。彼女につれられる形で中に入った二人は、セシリアの言われるままに広い客間に座っていた。
「子供さん、元気なのか?」
「ええ。今ではあの人が結構甲斐甲斐しく子育てをしていますわ」
「万が、か?彼も忙しいだろうに」
「あれやこれやと奔走しながらやってくださっています。しかもしつけなどもしっかりやっていますので、わたくしもよく子供について褒められますの。ささ、お茶にしましょう。あの人も、いつも通りならそろそろ帰ってくる頃合いでしょうし」
そう言っていると、ガチャリと戸が開いた音と共に、「ただいまー・・・?」という、どこか疑問形な声が聞こえてきた。客間のほうに顔を出すと、その本人は得心の言ったような顔をした。
「何だ、来るんならくるって言ってくれればよかったのに」
「そういう立場じゃないんだよ。万も知ってるだろ?」
「ま、そりゃそっか。おたくら二人とも有名人だもんな。壁に耳あり障子に目ありって言うし。それと、ここだから大目に見るけど、俺はアレックスだからな」
「あ、そうだった。つい癖で、な」
「いい加減直せよ。何年経ってると思ってるんだよ。あ、それと、庵は初優勝と、一夏は準優勝おめでと」
「ああ、ありがとう。しかし、世界は広いな。あの機体をもってしてもなかなか勝てない猛者もいるのだから」
「そりゃそーだろ。機体スペックがすべてだったら、なんで
この台詞からも分かると思うが、一夏と庵は国際的なIS操縦者として名を馳せていた。一夏に関しては、世界初の男性IS操縦者となるため無国籍扱いだが、庵は他を寄せ付けないほど圧倒的な力で、ここ数年は日本の筆頭代表を譲らない構えとなっていた。日本IS競技連盟においても、彼女の操縦技術を上回る人間はそうそういないと言われているほどで、先ごろ二人で行われた世界大会では、激戦の末庵が一夏を下し、初優勝の栄冠をもぎ取っていた。
そんな世間話をしていると、さらにベルが鳴る。とっさに対応をしようとした妻を押さえて、万がその応対に出た。
覗き窓から来客を確認すると、これまた意外な人物だった。
「シャルとはこれまた珍しい」
「なに?私が来たら迷惑?」
「いや、そういうんじゃないよ。ま、とにかく上がった上がった。こんなところで立ち話もなんだし、旧知の顔もいるしな」
来たのはシャルことシャルロットだった。当初は学生時代の名残でデュノアと呼んでいたが、いつからだったか本人の要望でシャルと呼ぶようになっていた。また、学園時代にはなかなか抜けなかった、ボーイッシュな言葉遣いも、成長するにつれて自然と女性らしいそれに変化していった。
「おー、シャル!久しぶり!」
「一夏!庵も!久しぶり!元気そうで何よりね!」
「そちらも元気そうだな。会社のほうも、安定して黒字経営のようだし」
「ええ。それについてはみんなのおかげかな」
あれからシャルロットはデュノア社を引き継いだ。何とか兵器開発などにスイッチしつつ、万の武装を基とした量産第三世代型を生み出したことで業績が再び上向きになったデュノア社を引き継ぐ形となったシャルロットは、女性ながらもその卓越した経営手腕で、IS業界では一目置かれる存在となっていた。
「ま、俺も結構役に立ててもらってるしな。いろんなところでデュノアの文字は見かけるし、使いやすくはないこともあるけど痒い所に手が届くってもっぱら評判だしな」
「私は操縦者としては二流だからね」
この言葉の通り、操縦者としては大成しなかった。だが、その経験を生かしてデュノアの製品が生み出されていることは間違いない。
談笑していると、ベルが鳴る。セシリアはなんとなくそんな予感はしていたろう、少々大目に紅茶を作っている。再び万が覗き窓で外をのぞくと、これまた珍しい取り合わせがそこにいた。
「おいおい、明日の予報は晴れなのによ」
「む。それはどういうことだ」
「それはお姉さんも聞きたいかなー」
「「お姉さんって年(か)?」」
見事に重なった声にわざとらしく「ぐはあ」とやっている約一名を完全に無視しつつ、万は扉を開いた。
「ま、とにかく、いらっさい、ラウラ、簪」
「ちょっと待って、私は!?」
「あ、あと楯無さん」
なおもうがーとやっている最年長をあっさりとあしらいながら、万は三人を客間に案内した。
「お、珍しい取り合わせ」
「だな」
「お前たちもそんなことを言うのか」
「ま、そりゃ実際珍しいし」
この三者が選んだ道は三者三様だった。
楯無は、国内での操縦者の台頭で、完全に指導者になっていた。だが、学生時代から国家代表を務めていたことから、国際的な指導者として名を馳せている。その影響か、簪に言わせると妹へのスキンシップがどんどんエスカレートしているのだとか。
簪はISの技師となっていた。ISの、ことソフトにおいて彼女の右に出るものはいないとされるほどの天才となっていた。その関係上、彼女も様々なところから引っ張りだことなっていた。
ラウラは黒兎隊の隊長をそのまま務めている。だが、黒兎隊はIS部隊ではなく対IS部隊となっていて、彼女も世界的な、ことヨーロッパにおける軍隊の指導者として名を馳せていた。
もう少し世間話をというタイミングでさらにベル。何だ今日は千客万来だなと思いつつ、覗き窓で外を見てからドアを開けた。そこにいたのは、凰、箒、深名の三人だった。
「変わんねーなーおたくら」
「むしろあんたが変わりすぎなだけだと思うけどね」
「そうだな。あのころとは大違いだ」
「ま、そりゃそーだな」
「元気そうじゃない、アレックス」
「おう、そっちも元気そうで何よりだよ、深名。さて、今日は本当に珍しい日だからさ、上がってけ。てか上がれ」
半ば強引に三人の手を取って客間に連れていくと、他のみんなは一様に笑った。
「いやー、ここまで揃うとは思ってもみなかったー」
「ほんとよねー。もう進んでる道も全然違うっていうのに」
「まったくもってそうよねー」
そう言って笑いあう。それを一歩引いた位置から見ていた。
凰は現地で後継の育成に取り組んでいる。彼女の門下生は堅実ながらも確実に結果を出すということで知られており、現地では人気指導者なのだとか。
箒もIS操縦者として名を馳せている。彼女の機体の性能上、国籍はこれまた事実上の無国籍扱いなのだが、先のIS世界大会では決勝の前に庵と戦い惜敗していた。だが、その戦いが終わった瞬間にスタンディングオベーションが起こったことからも、両者の腕前が知れる。
深名はイギリスでIS技師をしている。簪がソフト面での天才ならば、彼女はハード面での天才だった。簪とタッグを組み世に送り出すと世界がすぐにそれと分かるほどに、深名の名前も売れていた。
そして、セシリアは有力資産家として世界を股にかけて活躍していた。その活動範囲はかなり広範に広がるが、彼女が一般人であるアレックス・P・ナガブチ―――つまりは万だが―――と結婚してからは、イギリスを拠点としてその活動を行っている。今は凪とでも言おうか、仕事がかなり落ち着いたこともあり、こうして家でゆっくりとしているが、一番忙しい時期は移動中に仮眠をとる生活を続けていた。今は二児の母として、仕事に家事にと精を出している。
「これで麦野さんも揃えばなー」
「そりゃないものねだりってやつだろうよ」
「そうなんだけどさー。でもそろえてみたくないか?」
「ほぼ無理だろう、それは」
「・・・だよなー」
麦野は学園都市に戻った。それからどうなったのかは誰にもわからない。だがあの麦野のことだ、しぶとく生きているのだろう。
それから少し談笑していると、万の携帯に着信が入る。画面に表示された件名を見て、内心で顔を思いっきりしかめた。楽しい時間というのは得てしてすぐに過ぎ去るものなのだろう。
「行かれるのですか?」
本当に些細だったであろう表情の変化に気付いたセシリアが確認のように聞いてきた。これはもはやいつものことだ。
「ああ。みんな悪いな、ちと仕事が入っちまった。ゆっくりしてってくれな」
それだけ言い残すと、自分の部屋でぱぱっと準備をする。玄関先に行くと、妻のセシリアがそっと後ろから声をかけた。
「あなた。どうかご無事で」
「ああ。わかってる」
優しく返答して、ひとつ触れるようなキスをする。そのままドアを開けた。
「行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
優しく見送る妻を背に、万は車を車庫から出して走らせた。
仕事場に着くと、同僚はもうほとんど揃っていた。
「ごめんなさいね、急に呼び出したりして」
いつの間にか、豊かな金髪の女がするりと傍に寄ってきていた。いつものことだからもう慣れっこだが。
「そんなのはいい。急務ってなんだよ?」
「今から換算して約一時間後。ISを使ったテロが行われるわ。それを処理するのが今回の仕事」
「場所は?」
「サウサンプトンよ。わかる?」
「てことは船か。海の上っては面倒くさいが仕方ねえか」
「陸路の侵入経路はデメテルが潰すから、あなたは容赦なくやってもらっていいわよ。やりすぎないようにね」
「あーはいはい分かった分かった。後ででいいから、念のため座標データを送ってくれ」
言いつつ、通り抜ける形で外に出て、左手を前に出した。直後に体を鈍色の機体が包む。直後に、その機体は南西に向かって飛んでいった。