「.....どうですか? 落ち着いてきましたか」
「.....ああ」
魔王が、ヤナギの下へ赴いている間。
カガルは、【聖女】にやられたベギムの介抱を行っていた。
「それは重畳。──今のアナタには炎を防ぐ装備はありません。傷が治り次第ここから立ち去る事をお勧めします」
「....」
ベギムは。
一つ、尋ねた。
「....貴公が魔王と協力するのは。復讐か?」
「ええ。そうですとも。復讐です」
そうして。
ベギムの目の前には──笑みを浮かべそう答える姿があった。
同じ。全く同じ。
あの時。戦いが楽しいと笑みを浮かべていた、【武王】と。同じ笑み。
復讐が楽しくて楽しくて仕方がない、という。純然たる思いを滲ませた笑み。
片や、己の想定外が巻き起こる戦場を心底愛し。
片や、復讐を行使する事を心底愉しむ。
──この場で笑える存在というのは。やはりどこかに狂気を持っている人間なのだろう。
「あの【聖女】は最強ですからね。──ワタシ一人ではどうにもなりません。この状況と、魔王様というピースがあって。ようやく勝負の土俵に立てたのですよ」
「....土俵に、立てているのか」
「ええ。ワタシはあの【聖女】の手は知っています。──少しだけ、ちょっとした事を教えて差し上げましょうか」
「ちょっとした事...」
「ええそうです。この世界の仕組みの事です。──転生、という言葉はご存知ですか」
転生──。
その言葉を聞き、ベギムは一つ首をひねる。
「輪廻転生、の転生の事か? クルデアの教会が提唱しているという」
「ええ。人間の肉体は死ねども、その魂は滅びず。また別の肉体への帰依を果たし生まれ直す。教会における基本理念ですね。天国に行こうと、地獄へ落ちようと、魂は再度この世界へ戻っていく。──さあて、このシステム。至極本当に正しいんですよ。悲しいくらいに」
「.....?」
教義として存在している転生、という言葉。
これは教義を超えた──システムとして存在するのだと。そうカガルは言う。
「それが世界のシステムとして組み込まれているのが魔王様であり。そしてそのシステムを人為的に利用しているのがあの【聖女】です。──聖女は、ある肉体に、王家の魂をつぎ込み、”転生”を受けた存在なのです」
「転生を受けた、存在....」
「そう。あの【聖女】は、確かに王家の肉体を持っています。それというのも。王家の人間の聖骨を全身に埋め込まれ、それを基に再構築された肉体に──教会の教義を至上とする理念を叩き込まれた幾人もの【聖女】の魂をエンジン代わりに搭載されたものなのです。肉体の再構築に、魂の外部接続。人工的な”転生”です」
「....」
「では。転生先に選ばれた肉体は何処から調達すると思います? ──魂を外部からくっつけるのです。そして肉体に聖骨まで埋め込むのです。その肉体は可能な限り頑丈で、そして魔力がある方がいい」
「.....まさか」
「そうです。エルフです。長い寿命に、高い魔力を持ち、そして人間に近い容姿のエルフは、転生の素体として非常に有用でした。奴等は──エルフを攫って、王族の肉体を再構築する為の素体として利用していたんです。そこに、【聖女】の魂を転生させる」
「....」
絶句。
ベギムは──あまりの衝撃に声が出せなかった。
「待て。──クルデアは、異種族であるエルフを王家の肉体の依代にしているのか」
「そういう事になりますね」
「教義を理由に異種族を差別し、駆逐してきた教会が。その実──異種族の肉体を取り入れていたのか⁉」
「はい」
「何故....貴女がそれをしっているのだ⁉」
「簡単な話です」
カガルは。
更に、その表情を歪める。
「ワタシもまた、【聖女】候補として攫われたエルフで。そして──」
笑みを浮かべながら。
まだ、続ける。
「あの【聖女】の素体は──ワタシの親友です」
これで解りましたか、とカガルはベギムに言う。
「ワタシの人生ってなんなのだろうな、って考えたんですよ。──故郷も親友も失った果て。何処にワタシの幸せがあるのか。屈辱に塗れたまま、絶望を味わわされたまま生きていくのなんて馬鹿らしいじゃないですか」
「....」
「この屈辱を吹き飛ばし、絶望に光差す──実に実に痛快な復讐こそが、ワタシにとってきっと、最高の幸福なのだと思うのです。この屈辱も絶望も。心の底から楽しめばいい。復讐が果たされ、教会の連中が同じ屈辱と絶望を味わわされた瞬間──ワタシの中にある屈辱と絶望が共鳴して、きっとワタシに幸福を運んでくれる。その確信がある。だからワタシは復讐する。その為ならば、この大陸が滅びたって構わない。人類が死に絶えようと知った事ではない。勝手に死んでくーださい。ワタシの幸福の為ならば、そんなもの二の次です」
「....」
「これがワタシが魔王様と手を組む理由です」
もし。
この言葉が取り繕う為の言葉だとしたらどれだけよかったか。
昏い復讐心の為生き、心に虚しさを飼っている女の言葉であれば。
でも。
違う。
この女の語る言葉。その全てに嘘はない。
この女は──本当に、心の底から復讐を”自身の幸福を追求する行為”の一環として取り扱っているのだ。
そこに後ろめたさや虚しさみたいなものは存在しない。
自身の幸福が、そこにちゃんと存在している。
「さて。そろそろ魔王様と【武王】が戦い始めたみたいですね。──風の魔術を付与しておきますので、火のない所に隠れていてください」
弓を手に、カガルは立ち上がる。
「最終局面です」
※
魔王の魔力を食らい、その結果毒が回り──五感を一時的に失って、なお。
【武王】ヤナギ・ソネサキは正確に魔王に打撃を叩き込んでいた。
──まさかここまでとは....!
ただ、ひたすらに──積み上げてきた経験のみが、彼女を突き動かしている。
今、魔王という存在に対して全力で集中しているのだ。
──そりゃあ、付け焼刃の幻覚魔法が効かねぇはずだ。五感無くなっても、こっちを攻撃できる化物じゃあ。
だが。
それでも、こっちに完全に意識を向けているのは間違いなく──こちらが有利。
「....カガル!」
「ええ。解っていますとも魔王様。──援護します」
ここにきて。
ようやく──遠方からの攻撃が、ヤナギに通る状況が整った。
五感は働かず。
そして意識は魔王に集中している。
カガルは風の魔力を通し、ヤナギに向け放つ。
「.....!」
ヤナギは、即座にその矢に反応し掴む。
──この状況でも反応できるとは。本当に、とんでもない怪物。だが、
攻撃が来ている事は理解したとて。
それに対して最適解は選べていない。
万全の状態ならば、きっと最小限の動きで回避していただろう。
なぜなら。
「片手が塞がったなァ、【武王】! ──ようやく」
矢を掴んだ腕側から。
魔王は【武王】に肉薄し──
「テメェを、ぶん殴れる!」
その顔面に。
右ストレートを叩き込んだ。
「がはッ....!」
全身に毒が回ったヤナギの肉体に襲い掛かる、魔王の全霊の膂力。
顔面を殴り込まれ──ヤナギは、地面に倒れ込んだ。
「──よし。後は全力で逃げるだけだッ.....!」
魔王は倒れたヤナギを尻目に。
全力で逃げ出していった──。
※
「ぐぉぉぉぉぉぉォ!」
そうして。
幾らかの時間が過ぎた後。ヤナギ・ソネサキは目を覚ました。
──如何ほどの時間が経った。
まるで気付け薬が全身に回ったような衝撃で、失われた意識が覚醒した。
「──そうか。わらわはあの魔王にしてやられたのか....」
魔王に奸計を通され、毒を仕込まれ。
そこから五感が失われてなお戦い続けてきたが──魔王の協力者の攻撃に咄嗟に反応した隙に、魔王に殴り倒された。
ヤナギは、即座に己の肉体を確認する。
五感は復活している。いや、以前にも増して鋭くなっている。間違いなく。
ぐっ、っぱ。
握力も腕力も一切の不安なし。傷も塞がり、毒も消えている。
──これは。恐らく感覚を増強する薬を仕込まれたか。
今。
ヤナギはあり得ない程に、感覚が鋭くなっている。
何もかも聞こえる。何もかも見える。不思議な程静かなのに、彼方の音も、彼方の姿も、全てが聞こえ、見える。
自然と、あり得ない程の集中が手に入っている。
達人であるヤナギであっても。これ程まで鋭い感覚は持ち合わせていない。
「....」
「成程な」
そして。
その増強された感覚から──身を焦がすほどの殺意が流れ込んでくる。
その殺意の方向を見ると。
──【聖女】ミラドリム・パルミ・クルデアの姿があった。
鉄槌を手に、妖精を纏わせ、殺意に狂った女の姿が。
「やれやれ。──わらわが望む対面ではなくなったが。まあ仕方あるまい。わらわはあの魔王に負けたのだ」
魔王の首を持参し、全力の聖女相手に戦う──という理想の展開は無くなった。が、それは仕方ない。魔王の姦計に対し、己もまた全力で戦い。そして魔王が勝利し、己は敗北した。敗北者は勝者に全てが奪われなければならない。自分の本願が奪われる事になろうとも、それはそれで仕方ない。
恐らくこの不思議な程感覚が鋭くなっているのも──自分がこの【聖女】に勝つ可能性を少しでも上げる為であろう。要は魔王はヤナギにドーピングを施したのだ。感覚が増強される麻薬か何かを仕込んだのだろう。
しかし。
ヤナギは──眼前の聖女に、少しばかりの違和感を覚える。
それは
「....見つけたぞ。みぃつけた、ぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
その【聖女】の目に。
確かな殺意を、感じ取っていたから。
「魔王ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ヤナギは。
即座に──理解できた。
「幻覚魔法.....!」
今、あの【聖女】は。
ヤナギ・ソネサキを──魔王と誤認している。魔王の幻覚魔法によって.....!
意識を失ったヤナギの肉体に魔王の魔力を仕込み。
A→Bの幻覚魔法を仕掛けた。
今ヤナギ・ソネサキの姿は──魔王の姿に映っている。
「成程....。成程.....!」
【聖女】は──自身の不倶戴天の敵を眼前にして、猛り狂い、その力を振るわんとしている。
彼女の目の前にあるのは、ヤナギではなく、魔王。
「感謝する....! 魔王よ。本当に、心から貴様に感謝しよう」
全力。
全力が、ここにある。
己の肉体は万全以上。
そして、相手はこちらを憎悪の対象として全力で潰そうとしている。
全力と、全力。
魔王の首を持参するよりも、恐らく強大な殺意を今確かにぶつけられている。
「なんて幸せなのだ.....! わらわは全力の姦計に敗北して尚、全力の戦いに興じれるのか....! 良かった。この戦場に来て良かった.....! 生きていて、良かった.....!」
ヤナギ・ソネサキは目に大粒の涙を貯め、天を仰ぎ両手を拡げ、全力で笑った。
紛う事なき、歓喜の笑みであった。
己の本願を目前にした人間の、堪えきれない感情が決壊した、笑い声。
「楽しませてもらおう、【聖女】よ。わらわもまた──全力でお相手仕ろう!」
鉄槌と、鉄拳。
この二つが──殺意と歓喜が入り混じる叫び声と共に、交差した。