「.....これで」
「ええ。第一関門はクリアです」
絶叫と共に、怪物同士の争いが開始された。
異音。破砕音。衝撃。
その全てが──人間が生み出せる代物ではなかった。
──魔王の幻覚魔法によって生み出される幻影は、対象の記憶依存で生み出される。
【聖女】と対面した事により殺されかけた魔王であったが──己の姿をその脳裏に刻み付ける事に成功していた。
それ故に行えたこの作戦。
ヤナギ・ソネサキを魔王と誤認させ、【聖女】に襲い掛からせる。
ヤナギは戦闘狂であるが、非常に拘りが強い。
彼女は相手が全力の状態で戦う事に執着している。
そのシチュエーションでの戦いでなければ、興が醒める可能性もある。そして【聖女】もまた少しでもその力を振るわせ、消耗させておく必要があった。──非常に理想的な展開となった。ここまでは。
「後は──少しでも【武王】が【聖女】を追い詰めてくれることを祈るばかりです」
※
鉄槌を左拳で受ける動きと共に。
ヤナギの右拳が、【聖女】の脇腹に突きたてられる。
肉を超え、骨へと至る感覚。その感覚から更に踏み込んで、骨を砕けなかった事は──この人生。一度だってなかった。
しかし。
折れない。壊れない。その骨は──今まで砕いてきたどんな代物よりも硬かった。
修練で砕いた大岩よりも。巨竜のアバラよりも。──硬い。
「ふ、ふふ」
逆に。
己の拳の方が軋みを上げ、そして焼け焦げていく。
東方人かつ、神を信じぬヤナギの在り方は──【聖女】による浄化魔法の対象内。その身体に触れるだけで、灼熱がその身を焦がしていく。
「ふははははははははは!」
笑う。
それでも。いや──そうであるが故に。
ヤナギは笑う。
「──いや、見事なものよ。実に実に砕き甲斐がありそうだ!」
一匹殺され、十五となった妖精。
彼等が飛び回りながら光の座標を作り出し、ヤナギを焼かんと輝き出す。
瞬間。
ヤナギは大地を踏み砕く。
踏み砕き、隆起した地面の奥底から──木々の根が伸び上がっていく。
鞭の如きしなりで空を巻き上げるその根に、妖精は次々叩き落されていく。
ヤナギはその様をしっかりと見届けた後──己の両腕の間に岩石を生み出す。
生み出した岩石を両腕で砕き、投げる。
ただそれだけの行為であるが──地に落とされた妖精に、鉄の雨となって降り注いだ。
砕かれた岩石一つ一つが地面を抉り、その奥の地盤へ貫く威力を孕んでいた。
喉奥から絞り出すような絶叫が十五ばかり重なり──燃え落ちていく森の中に木霊する。
「飛び道具はわらわの流儀ではないがな。鬱陶しい羽虫共をどかすのには丁度いい」
「殺す.....! よくも妖精共を....! 魔王ォォォォォォ!」
「そうだ。わらわが魔王じゃ。そしてお主をここで殺す者! しかとその目に刻めェ! 【聖女】! たとえまやかしの姿であろうともな! はっはっはっは!」
【聖女】の鉄槌が、大地に振るわれる。
振るわれたそれが、ヤナギに屠られた妖精の肉体の上に落とされた瞬間。
粉砕され、ただの肉塊となった妖精の血肉が──鉄槌に纏わりつく。
それが十五匹分。血肉の濁流となり【聖女】の鉄槌へ。
「ほう!」
そうして。
どす黒い血肉の濁流が浄化魔法の輝きを纏い。──炎に照らされながら、星々の光の如く煌めいている。
鉄槌が振るわれる。
振るわれる鉄槌の軌跡は──輝きを撒き散らしている。
妖精の血肉がへばり付いたそれをヤナギはバックステップで避けると同時。ステップの動きと並行した回し蹴りを【聖女】に叩き込む。
その鋭い蹴撃が聖女の顎に到達するよりも早く。
その足は──妖精の血肉で作られた光の本流に絡めとられる。
「がァ!」
光はヤナギの足を焼き、そして瞬時に密集し──爆ぜる。
肉が焼かれ、そして腿が吹き飛ばされる痛みに目尻を歪ませながら──ヤナギはそれでも笑みを崩さない。
「よい! よい! ──お主は最高だ、【聖女】!」
ヤナギは焼かれた右足を思い切り地面に叩きつけ、そこに大地魔法を付与する。
腿が吹き飛ばされ骨も見えている。が、──魔法の効力にて、無理矢理大地に縛り付け、立ち上がらせる。
鉄槌が振るわれる。
──妖精の血肉を集めたアレは、もうまともに受けられぬだろうな。
恐らく、あの妖精一体一体にも聖骨が組み込まれ──その血肉全てが浄化魔法の影響下にあったのだろう。
妖精が全員仕留められたと見るや。聖骨と、浄化魔法に染まった妖精の血肉を鉄槌に集め。更に鉄槌の威力を上げたのだろう。
恐らくアレを受ければ──先程己の腿を吹き飛ばした以上の浄化魔法の爆裂が襲い来るのであろう。
──だが知った事か。わらわはまともに非ず。ならば、受けるのみ
縦薙ぎの一撃。
横へステップ。
ステップ幅を埋めるような、今度は横薙ぎの一撃。
「攻撃の速度そのものも、わらわよりも上か。──だが」
振るわれた鉄槌の、その先。
【聖女】の腕を、ヤナギは見ていた。
「骨を砕かせ──致命を得る」
鉄槌が、ヤナギの肉体に叩きつけられる。
横薙ぎのそれは、爆裂を伴い──ヤナギの脇腹を打つ。
吹き飛びそうになるその一撃。ヤナギは受ける。受けた上で──己の肉体を大地魔法で縛り付け、後退する事を拒否する。
脇腹の骨が砕け、焼け焦げ、骨も粉砕される。
だが、
その瞬間──ヤナギは【聖女】の腕を掴み取る。
「この威力──そっくりそのまま返すぞ。【聖女】」
己に降りかかった鉄槌の衝撃。
受けきったその威力を、大地魔法にて大地に縛り付け。
ヤナギが【聖女】の腕を絡めとった瞬間に──解除。
「おおおおおおおおおおおおおおおおォォォォ‼」
ヤナギは、己の肉体を跳ね上げ。
絡めた【聖女】の腕をへし折りながら、体幹を回し──【聖女】を背負う。
宙に浮いた状態で行使された背負い投げは。
先程喰らった聖女の一撃の衝撃が上乗せされた勢いも付加して、──大地に、【聖女】の脳天を叩きつける。
その腕越しに、確かに聞こえた。
聖女の頭蓋が砕ける音が。
脳天が割られ、血を吹き出しながら──【聖女】は天を仰臥。
血だまりの中、純白の衣装を血に染めて。
──【聖女】は、立ち上がった。
己の肉体に付与された浄化魔法。それが──砕かれた頭蓋もへし折られた腕も。その全てを治癒して。
「やはり──怪物じゃの、【聖女】よ」
一方ヤナギは。
両腕は焼け焦げ、腿は爆ぜ、肋骨は砕け散り、全身の筋繊維の多くが断裂している。
両手両足に埋め込んだ聖骨が、機能しない。浄化魔法が使えない。
それは──この【聖女】から溢れる光の方が、より体内に埋め込んだそれよりも強大であるから。治癒するスピードよりも、【聖女】の異端を焼く浄化の光の効力の方が上回っている。
まさに満身創痍。
──よいよい。
はなから、五体満足で帰れるなどと思ってはいない。
──手負いの獣が如何ほどのものか。その脳髄に刻み付けてくれる。
発狂しそうなほどの激痛。
されどヤナギは意にも反さない。
「....」
【聖女】は。
軽く左手を振りかざす。
そこから現れたのは──
「成程。──まだ手札を切っていなかったのだな」
先程妖精の血肉から作られた輝きから──ふわりと浮き上がるような、新たな生命体。
蝶であった。
蝶は輝く光を纏い、羽根を拡げ──夥しい数と重なり合い、空を満たしていく。
『鏡よ鏡。大地を焦がす光を束ねよ。悪魔がおるぞ。悪魔を映せ。悪魔を焼き焦がせ』
そう【聖女】が呟くと共に。
ヤナギの前には──巨大なレンズが浮き上がってくる。
レンズは。
蝶が放つ光を束ね──ヤナギの肉体に集める。
「.....敗北か。ああ、良い戦いであった....」
光はヤナギの全身を包み。
そして奔流の如き灼熱と化し──大地ごと、ヤナギの肉体を吹き飛ばしていた。
「はぁ....! はぁ~~~~.....!」
一方聖女も。
これまでも不安定であった精神の均衡が。今の戦いの中で完全に崩れかかっていた。
癇癪で暴れていた負担に加え。
頭蓋が割られ、大技を使い。肉体面ではなく、中で無理矢理に転生させた”魂”の消耗があまりにも激しい。
「だが....! 魔王は仕留めた....!」
吹き飛ばしたその姿に、とどめの一撃を与えんと。
ヤナギの下へ、ゆっくりとした歩調で歩いていく。
「....あ?」
そこには。
意識を失い、倒れ伏す──ヤナギの姿。
特大の浄化魔法を食らい、魔王の魔力が掻き消え──彼女本来の姿が露になっていた。
「こ....の...」
先程、全力の戦いを果たしていたのは。
魔王ではなく。
魔王の幻覚を纏った、一切関係のない何者かの姿であった。
「どれだけ....私を愚弄すれば気が済むのだァァァァァァァァァァ! 魔王ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
癇癪のまま、虫の息のヤナギを鉄槌で叩き潰そうとしたその瞬間。
──風の魔力が乗った矢が放たれ、その腕に突き刺さる。
「やあ、お久しぶりですね」
その時。【聖女】は、彼女の姿をはじめて目にした。
エルフ。異種族。許されざる異教の者。──殺す。
その思考が巡るよりも前。
彼女の姿に──どうしようもない既視感を、何故か【聖女】は感じていた。
「誰だお前は....来るな....!」
「ワタシの名前はカガル。そして」
エルフは、笑った。
「貴方の名前は、ウルド」
彼女の名前。【聖女】ミラドリム・パルミ・クルデア。
全く異なる名前を告げられて。
「え」
と。
一つ──【聖女】は呟いていた。
※
本来。
肉体と魂は不可分の関係であるとされる。
それぞれが独立した存在ではなく。肉体と魂がセットで一つの生命体が形成される。肉体が滅べば魂も滅びる。魂は肉体が滅びぬ限り死滅しない。そういう関係であると。
しかし。
ここに”肉体と魂は別個の存在であり、肉体に別な魂を入れ込むことが出来る”という法則の下に生まれた存在がいた。
それが、魔王。
長きに渡る魔王との戦いの果て。
教会はこの法則を、利用する事を考えた。
──教会が保有する【聖女】の魂。これを複製し別な肉体に定着させることが出来ないかと。
その思考と実験の果て。
教会もまた【聖女】のシステムを作り上げた。
エルフの肉体を、人間仕様に再構築し。
そこに、【聖女】の魂を入れ込む。
エルフはその種族として与えられた身体的特徴を消し。その特性と高い魔力のみを受け継ぎ。
【聖女】の受け皿とする。
【聖女】とは、そういう存在なのだ。
「ワタシだけが──貴女に対抗できるのです。【聖女】」
なぜならば、
「外付けに魂を定着させていると言っても。本来魂と肉体は不可分の関係。──本来そこに在った魂は、完全に滅びていない」
まだ、【聖女】の中にあった元々の魂の残骸が。
まだそこに残っているから。
森を焼かれた怒り。ヤナギとの戦い。これらの事象によって精神の均衡が崩れかかっていた【聖女】は。
かつての魂が記憶する──カガルの存在を視界に納めてしまった。
その残滓が──この瞬間のみ。外付けに入れられた【聖女】の魂を抑え、肉体をフリーズさせた。
──カガルが操る魔法は、風の魔法。
”流れる””圧力をかける””物質を移動させる”。この三つが基本線となる魔法である。
されど。
カガルは──この三原則に全く当てはまらない魔法を行使しようとしていた。
「もう散々暴れて疲れたでしょう。──いい加減滅びろ、寄生虫が」
【聖女】の肉体に、カガルの右手が触れる。
浄化の光に満ちたそれは、カガルの肉体を焼く。
それでも。
彼女は──魔法を行使する。
それは。
「──その身体から、出ていけ」
──”魂”を、移動させる魔法。
【聖女】の肉体から。
その外側へと。
本来、不可分の関係である肉体と魂。
だが。
転生という手段をもって人為的に入れ込まれただけの魂ならば──分離させ、その肉体の外側へ連れ出す事が可能なのではないか、と。
そうカガルは推測していた。
風の魔法が行使される。
それでも──対象となるものは”魂”という概念そのもの。
行使する魔法は、それに応じて高度なものとなる。
出来るか否か。
その全てが賭け。
──いいや。ワタシは掴み取って見せる。ワタシの、ワタシの為の幸せを。
右手は焼かれ、もう皮膚は完全に焼け焦げた。肉が焦げる臭いもする。だが決して離さない。
「やめろォ.....! やめ」
「....いいですね。いい表情だ。本当にいい」
「やめろォォォォォォォォォ!」
「この顔を見る為に──ワタシはこれまで屈辱を味わわされてきたんだ....!」
苦痛も激痛も、全てが幸福に置き換わっていく。
今。まさに今。
復讐をしている。
己の過去全てが報われる瞬間を。幸福の味を。味わっている.....!
「ああああぁああぁぁぁぁあああああああああ.....」
次第に。
【聖女】の肉体から──煙のような光が、頭上に浮かび上がっていく。
──肉体を! 肉体を寄こせ....!
「やりませんよ」
その煙は、カガルの肉体に入り込もうと動き始める、が。
その背後から──魔王の姿が現れる。
魔王は、その魔力を左手にかき集め。
【聖女】の魂に向ける。
「さようなら──【聖女】の魂」
黒く染めあがった魔王の魔力が。
【聖女】の魂を覆い尽くしていく。
──ァァァァァァァアァァァ
輝きは闇の中に取り込まれ、──そこから消え去っていった。
「.....やったか」
「.....やりましたね」
ふう、と。一つ息を吐き。
二人は地べたに倒れ込んだ。
「あんな奥の手があったんだな。ただ手札があるとしか聞いてなかったからよ。信じられねぇ」
「そうなのですよ。──これで、一番厄介な【聖女】も倒しきりましたね」
「さっさとここから逃げねぇとなー」
「ですねぇ」
燃え落ちていく森の中。
二人は──火の先にある空を見上げていた。
「.....あ」
そんな中。
ピシ、という。卵が割れるような音が聞こえた。
それは。
魂が抜けた【聖女】の肉体から聞こえてきた。
【聖女】の肉体は、まるで彫像のような無機物となり──そこからひび割れが始まっていた。
「....まさか」
信じられないものを見る目で、カガルはその光景を見る。
「どうした....?」
「...」
事情を全く知らない魔王は、ただ困惑するばかり。
肉体が変貌し、ひび割れ。
──そうか、と。カガルは思った。
肉体の再構築をして、魂を入れる。こういう手順で【聖女】は作られている。そう思っていたが。
その想定はそもそも間違っていた。
最初に魂を入れて。
次に、その魂の容れ物に合う肉体に再構築される。
この順序であったのだ。
だから。
その魂が抜け落ちた後。
残るものは、
遂に、【聖女】の肉体は滅びる。
彫像の如き無機物は砕け散り。
その中から、
「....」
一人の、エルフの少女がいた。
鮮血に染まった【聖女】の服が被さっている
少女は虚ろな目でこちらを見る。
「.....ここは、何処?」
そう尋ねる少女の下へ──カガルは、近付いていく。
「ここは、....貴女が生まれた所」
そう呟いて。
「そう....。全然、記憶にないわ。そういう貴女は、誰?」
「ワタシの名前は、カガル。──君の名前は?」
「私....私は...」
少女は思考の楔を解くように、一つ頭を振って。
答えた。
「....ウルド」
と。
呟いた。
「そんな名前が....夢の中で、聞こえてきた気がしたの。多分、私を呼びかけるような....」
はは、と。
カガルは呟いた。
「こんな奇跡も....あるものなんだね」
復讐に満たされた心中に。
一つ──輝きが生まれたような。そんな、気分が。
「今日は──最良の日だ」
深く、息を吸い込み。
そうひとりのエルフが呟いていた──。
※
こうして。
魔王狩りの祭典は終わった。
森は燃え。
ハンター共の多くは氾濫した河川とともに流れ落ち。
そして
魔王の首は──どの国にも届くことは無かった。
燃え落ちた森の中には何者も存在することなく。
──恐らく魔王が生き残った、という。推測だけが大陸中を駆け巡った。
第一部、終わり~