「──と。いう訳でお前を探していた訳だ。俺達一行をアルドミアとやらに案内しやがれ」
「....」
魔王は、──マルマル・エルドの眼前でそう言った。
背後に──濃密な暴力の気配を漂わせながら。
「.....わ、私に拒否権は?」
「たとえ奴隷であろうとも何かを拒否する自由は万人にある。──まあ代償は無論払う事となるだろうがな。敗者は勝者に全て委ねられねばならぬ。はっはっは」
「ははぁ! 過ぎた事を
包帯に塗れたヤナギは、からからとした笑い声と共に──実に、実に、物騒な言葉を吐いていた。
──はい。ごめんなさい。拒否権など生まれた時からありませんでした。この身は卑しい敗北者でございまする。敗北者の上に遠くから出歯亀していたどうしようもない愚か者でやんす。お許しくださいでザンス。
そんな言葉を心中でぼやきながら、絶望をちょっとだけくべた、媚びた色をその目に浮かべて。マルマル・エルドは背骨と首が砕けるが如き勢いで【武王】に頭を下げていた。
「あ、案内はで....出来ま、す。けど...」
「けど?」
「基本的に....アルドミアは、学園の在籍資格者か、教員か、産業体の関係者か、その家族と従者以外....入国できない仕組みに、なっています...」
「ふぅん」
「なので皆さんは....そのぅ....。産業体の関係者になるか、学生になるかのどちらかでしか....アルドミアへ入国する事は出来ないです...」
「ふぅん。──ならお前の従者になればいいって訳か」
「いえ....。わ、私は....今まで人付き合いひとつ、しなかったので....。いきなり従者なんて連れてしまったら....きっと目立って仕方が...」
ふむん、と魔王は呟くと。
「その学園の学生になるにはどうすればいいんだ?」
「ね、年に一度、....試験があります。そこで合格すれば...」
「その試験ってのはいつだ?」
「あ、あと七十五日...」
「オーケー。結構時間があるんだな──では」
魔王は、皆の方を向いて尋ねる。
「この中で──学生になりたい奴、挙手!」
「....」
「....」
「....」
「.....?」
三者は「こいつ何言っているんだ?」という言葉を無言という手段で出力を行い。
そして──ウルドのみが、ただ状況の理解が追い付かず無言のままであった。
「いや。みんな学生になりたくないの? いいじゃねぇか学生。青春! 青春だよ!」
「勝手にやってろ魔王。わらわは御免じゃ」
「えー....ベギムは?」
「もう騎士団で六年近く活動していた私に今更学生になれと? 馬鹿を言うな」
「でももうお前無職じゃねぇか」
「──すぞ...」
「ごめんなさい」
割と本気の殺意を受け取った魔王は即座に謝った。物事は何よりもスピードが重要であり、謝罪という行為もまたその物事の最たるものである。
「三百歳の学生なんてお笑いものですね。断ります」
「いいじゃん。婆ちゃんが学生になっちゃいけねぇなんて誰にも決められていない。老いらくの夢を見ようぜ」
「いっぺん全身の水分抜きましょうか?」
「すみません...」
魔王は即座に謝った。物事は何よりもスピードが重要であり、謝罪という行為もまたその物事の最たるものである。さあ繰り返すのじゃ。
「.....魔王」
「なんだ、ウルド」
「がくえん、とは何だ?」
ああそっか、と魔王は呟き。
「学園というのはな。──色んな人と勉強するところだ。ウルド」
「そうか。勉強をするのか。だが勉強は一人で出来るだろう。何故他の者と一緒にするのだ?」
「そいつはな。勉強の出来のいい奴が出来の悪い奴を合法的に見下し馬鹿にし競争心を捻りだしカスを自立させる為....いてぇ!」
頭上から風を感じると共に、そこから石礫が叩き込まれる。頭蓋に響く衝撃が魔王に襲い掛かる。
にこやかに笑みを浮かべ。カガルが魔王の頭上に指先を向けていた。
「申し訳ありません魔王様。魔王様の頭上に吸血虫がいたものでして」
「ありがとよ。多分虫百匹分くらいの血が噴き出てるんだけど。魔法食らわせるだけの価値がその虫にあったのか?」
「力加減というのは難しいものですね。一つ学習できました。ありがとうございます」
ササ、とカガルはウルドを魔王から取り返し、向き合う。
「学園とは学ぶところです、ウルド」
「うむ。先程魔王からもそう聞いた」
「そして──学ぶというのは、書架から知識を得る行為だけに留まりません」
「そうなのか」
「そうなのです。──究極を言えば。人を学ぶ場所が、学園であると。ワタシは考えています」
「人を学ぶのか」
「そう。人を学ぶ。違う過去を持つ人との繋がりが幾つも生まれて。その中で自分が好きな人が出来るかもしれない。嫌いな人も出来るかも。もしくはアナタを好きな人が出てくるかもしれない。嫌いな人が出てくるかもしれない。もしくはアナタが好きなものが、好きだと言ってくれる人がいるかもしれない。嫌いという人がいるかもしれない。──違う人たちと関わる事で、自分を知り。他人を知り。そして人を知っていくのです。それは、一人で知識を入れていく行為の中では、学べないものです」
「....成程」
「....行ってみたいですか?」
カガルがそう聞くと。
「──行ってみたい」
そうか、と。魔王は言う。
「決まりだな。──じゃあウルドを学園に入学させて。関係者各位として俺達は学園に入り込めばいい」
「そうだの。我々の役割もその間に決めておかねばならぬな。──とはいえ。あと七十日近く。何処に潜伏するべきか...」
「それならばワタシに案があります。──ワタシが元々潜伏していた場所なのですが」
カガルは懐より地図を取り出し、拡げる。
「そういえば魔王様はまだ大陸の全体像が解っていなかったですね。現在我々は大陸の中央部からちょい南に外れた、この辺りにいます」
大きな森が描かれた地図の上を、カガルが指をさす。
「ここは当然、クルデアの領地ですので。一刻も早く抜け出す必要がありますが──。我々はこれより、東へと向かいまして。サレイム領に入ります。そこには──エルフの加護地区があります」
「加護地区?」
「自治領のようなものですね。特定種族による自治を認めた区画です。クルデアの実験施設から逃げ出したワタシは、加護地区の長老に保護されて暫しそこにいました。──ちなみに自治領ではなく、加護地区と呼ばれているのは。その長老がおおよそ千年近く生きているエルフでして。かつて初代魔王との戦争の中で風の加護を用いた結界を開発し、城壁都市を守り抜いた実績もあって加護地区と呼ばれるようになっているのです」
「へぇ。凄い奴なんだなぁ。──で」
「はい」
「俺は入れるの....? 魔王なんすけど....」
「大丈夫ですよ」
なぜなら、とカガルは続ける。
「そもそも魔王と手を組んで”聖女”を仕留める事を提案したのは──その長老ですから」
「へ?」
「あの方は凄まじいエルフではありますが──皆が思うような聖人君子ではありません。まあその辺りは直接会えば解かるでしょう。一先ず、魔王様が会うなり誅滅される事はありません。そこはご安心ください」
という訳で、
「まずはサレイム領まで目指しましょう」
※
さてさて。
現在、クルデア王国内は──地獄の中にありました。
彼等は、彼等が保有する二つの象徴を喪ってしまったのです。
一つ。魔王の祭典。
二つ。【聖女】。
クルデア国教会の権威というものは、おおよそ浄化魔法と結びついて作られているのですが。
その浄化魔法は、一言で言ってしまえば”神の慈愛”であると教えられています。
人を癒し、そして魔を祓う。
かつて溢れていた魔物を絶滅させ、そして魔王を滅したその光が──かつての戦いの中、神が慈愛と共にこの世に降り注がせた慈雨の光であると。小難しい事を抜きにすれば、浄化魔法は魔王に抗う人間へ神が与えてくれたもの。人を救ってくれた神を愛し敬え。という理屈である。
魔王狩りの祭典というのは、その”浄化魔法”という存在の権威を証明する為の定期的なプロモーションであり。
【聖女】はそのプロモーターかつインフルエンサー。
聖骨の原材料地である森が戦場になった事は大きな痛手であったが。その分、戦いの象徴としての意味はより大きなものになるのだと。そう彼等は思っていたのだが。
結果!
森の大部分は焼き払われ!
ハンターは皆散り散りに逃げ回り!
【聖女】は死に!
魔王の死体も発見されず!
聖骨の産地の一つが見るも無残に燃やし尽くされ。
──何より。”浄化魔法”あっても魔王を殺し尽くせなかったという、あまりにも致命的な汚辱が彼等の頭上に降りかかる事となった。
浄化魔法は魔王を殺す為の神の恵み。
それが大前提での、教会の権威。
──その神の依代とされている【聖女】は死に、そして魔王の死体も上がらず。
仮に魔王が生き残っていたら、まずいことこの上ない。
「.....【聖女】の亡骸は」
「”抜け殻”だけ発見されました。素体の死体は見つかっていません」
「素体も消えたか....! と、なるとまた一から【聖女】を作らねばならないのか....! だがもう大陸のエルフの多くは忌々しいサレイムの”加護地区”まで逃げている! 他の素体を探す事は出来ん! どうにかならんのか.....!」
どうにもならない。
【聖女】は、クルデア国教会においてまさしくキーアイテムであった。権威としても。そして外交としても。
「....何としても”素体”を探せ! 死骸でも構わん! 【聖女】の不在だけはあってはならない.....!」
【聖女】がおらず。
魔王も死なず。
──千年を楔にして、かの最悪の時代が幕開けたのではないかと。そう知らされた際の混乱は計り知れない。特に、その伝説が前提となって国教会が作り上げられたクルデアにとって。
「”引き手”の全霊を上げて、捜索を開始せよ! ──任務は魔王の亡骸と、素体の回収! 急げ!」
※
「さて。ここからサレイムまで向かう方法ですが」
方針が決まり、向かう場所も定まれば、後は手段。
だが──ここもまた困難だ、と。カガルは言う。
「おう」
「まともに関所を通れることは期待できませんね。恐らく、三日も経たずに──今回の祭典の”失敗”がクルデアに届く事かと思います」
「はいはい」
「これは一つの例ですが。関所に浄化魔法の使い手が派遣され、検問代わりに浄化魔法を浴びせられる可能性があります。そうなれば、幾ら”幻覚魔法”でその身を欺こうとも、魔王様が検問を通り抜ける事は厳しいでしょう」
「あー...」
成程なぁ、と魔王は呟く。
「そもそも、ヤナギもベギムも魔王狩りの祭典の参加者だもんな。──顔を見られちゃ祭典の顛末についてあれこれ聞かれる可能性がある訳か」
「そうなるだろうな」
「魔王もそうであるが....。カガルの推測が合っているのならば、ウルドは【聖女】の素体。彼女の身柄も抑えるように教会側が通達している可能性もある。まともな道でクルデア領外に出るのは、厳しいだろうな」
「正面から突破すればよかろう。止められたならば皆殺しにすればよい」
「馬鹿言うんじゃねぇヤナギ。そりゃあ外に出るだけならそれでいいだろうが。関所の兵士皆殺ししちゃったらサレイム側まで敵に回す事になるだろうが」
「ならば身分を偽装しサレイムに入るのか。わらわは姦計を行うのだけは御免だぞ。何度も言うが、姦計を仕掛けられるのは好きだが仕掛けるのは嫌いじゃ」
「大丈夫ですよヤナギさん。──抜け道を、正々堂々と通りましょう」
「抜け道?」
「そう。抜け道」
ニコニコと、カガルは告げる。
「グレイム渓谷と呼ばれる場所があるのですが。ここはサレイムとの国境近くにある山岳地帯の中にありますが──最近、巨竜と、巨竜に付き従う竜人の集団によって山岳の兵士が虐殺される事件が起きました」
その説明に。
目を爛々と光らせる者が一人。
──ヤナギ・ソネサキ。
「山岳を管轄する城塞都市の領主は慎重派でして。巨竜の支配下に置かれた渓谷に兵を派遣するよりも。竜たちが山を下ったタイミングで地上戦を仕掛けられるように山岳付近に砲兵と対竜魔法の使い手たちを集め、砦を作り、待ち構える姿勢を取っています。竜たちは頭がいいですからね。こうして示威行為をすることで──あわよくば山岳の向こう側のサレイム側に竜を押し付けることが出来れば、と考えているのでしょう」
つまり
その渓谷には──クルデアの兵士がいない代わりに、竜がいる地帯があるのだと。
「.....なあカガル。まさか」
「ええ──渓谷の竜を蹴散らし、正々堂々と山岳を下ってサレイムまで行きましょう。大丈夫です。我々ならばやれます!」
「賛成! 大賛成! さすがは長きを生きるエルフよ! よくぞ言った! さあ竜と対決しに行くぞ! 素晴らしい!」
皆が皆閉口する中。
ヤナギの狂喜の声だけが、パーティーの中、響き渡っていた──。