城塞都市アルベルド領主、グラハム・アルベルドは癇癪持ちであるが優秀な男であった。
問題を抱える度怒りのまま物に当たり散らし屋敷を破砕しながらも、問題そのものはしっかりと対処する。いや、むしろ破壊の中で解決策に繋がる発想が生まれているのかもしれない。
発狂しながら物を壊し、悪罵の限りを尽くす事は多くあれど。部下・領民共に他者にその矛先を向ける事はなく、その関係は概ね良好であったという。
「グラハム様」
「何だ」
「いえ。何だというのは、まさに今私が問いかけようとした訳でありますが」
「綺麗だろ~」
「ええ。綺麗ですね。ですが絶望です」
して。
グラハムは──側近のメイドにこのような会話を繰り広げていた。
煌々と燃え盛る屋敷を前にして。
「隣の所領で魔王狩りが行われているクソ面倒くさい中で、山岳の兵士が竜にぶっ殺されたと聞いた俺の心情を慮れ。屋敷一つでも燃やさねぇと腹の虫も収まらねぇ」
「その虫、何とか殺すことできません? 浄化魔法浴びせませんか?」
「無理」
「さいですか。腹の虫に職場を燃やされた私の心情も慮っていただけません?」
「俺様、貴族。お前、メイド。理解できたか?」
「貴族様がご自分の屋敷を燃やす意味が甚だ理解できませんが.....。ちなみにこの屋敷に残っている人とかいませんよね?」
「俺の癇癪が発動した時に咄嗟に避難行動できねぇ奴なぞ、この屋敷にいる訳ねぇ。そんな甘ったれた教育はしてねぇんだよ」
「はあ、そうですか」
さあて、とグラハムは呟き。
「俺様は頑張った」
「はぁ」
「国境線に近いクソ所領を押し付けられて、教会の言う事もへーこらして聞いて、そして国境を守る兵士を竜に皆殺しにされても。我慢強く地上戦の準備を拵えてず──―っと睨めっこしてきた訳だ。中央からほったらかしにされる中でな。砲兵部隊を維持するのにどれだけ金がかかると思ってんだあのクソ共が」
「はぁ...」
「兵力切り詰めてひぃひぃ言っている中。中央の連中が何を言ってきたか教えてやろうか? ──魔王狩りが失敗したから国境線付近の警備を強める必要があるから兵士を派遣しろってさ。おいおいおいおいおいおいおい。おいおいおいおいおいおい。俺様の兵士はクソ竜共と睨めっこしている最中だが? もう兵なんざいるわけねぇだろうが。無理と言ったら連中はなぁ。無理を通さねぇと所領没収の上裁判にかけるとさ。まあ十中八九国外に蹴りだされるか最悪打ち首獄門屍骸磔の刑だろうなぁ。軍人上がりのゴミ貴族は辛いね」
「はぁ.......」
「そりゃそうだわな。魔王取り逃がしたなんざあまりにも恥だ。全貴族から兵力動員しているだろうなぁ。俺みたいなゴミ貴族の事情なんぞ聞いていられねぇんだろうなぁ。竜に攻め滅ぼされるより魔王を取り逃がす方がよっぽど恥だろうなぁ。──なあビスク。一つ聞いてもいいか?」
「はい」
「もし兵士を貸して、竜にこっちの所領滅ぼされたら。俺はどうなるでしょーか⁉」
「まあ処刑でしょうね...」
「詰んでね?」
「まあ何というか、.....はい」
「はい。詰みですね。死ね。死んだ」
「死んだのですか」
「うん。──取り敢えずあの屋敷の中で俺は死んだ。そしてこっちを探りに来ていた教会の”引き手”共もな」
グラハムは。
現在──領主としての服装ではなく。旅装を着込んでいた。
たくましく生え揃っていた髭は全て剃り落とし。髪も切り揃え伊達眼鏡をかけて。しっかりと変装をしていた。
「よし。俺達はこれからグレイム渓谷を通ってクルデア領からトンズラこくぞ。お前もさっさとそのメイド服から旅の装いに変えろ」
「はぁ」
「状況が詰んでいるのなら盤面から破壊するしかねぇ。──俺がここまで生き残れた理由はたった一つよ。誰よりも速く危険を察知し、誰よりも迅速に逃げる準備が出来ていたからだ」
「逃げるのはいいですけど、その方法が竜がうよめく渓谷を通って隣国に亡命というのは....」
「他に方法がねぇから仕方がねぇ。まあ何とかなる。いいからさっさと準備しろビスク」
そうですか、とビスクと呼ばれた女性は呟く。
その表情一つ変えない。実にクールな印象の女であった。
女は近くの納屋の中に入り、メイド服を脱ぎ、グラハムから渡された衣類に着替える。
肩口まで切り揃えられたブラウンの髪は、所々光沢がある。恐らくは何かしらの塗料で染めているのだろう。
衣類に巻き込んだ髪を両手で持ち上げた瞬間。
髪で隠された耳が露になる。
その耳には、確かな切断痕があった。
※
「ここがグレイム渓谷です」
して。
魔王一味は──ここ一週間の間、ず────―っと山登りをしていた。
渓谷は大きな山岳地帯のほんの一部。クルデアの目から逃れつつ渓谷に向かうにあたり。山岳地帯の茨道をとにかく踏破し続けていた。
魔王、ヤナギは底なしの体力故に何ら苦労もなくすいすい歩いていき。カガルも山歩きには一日の長。ベギムは山道に慣れていないのか若干きつそう。
して。
「ひぃ...びぃ、びひぃ~~~」
「五月蠅いぞ小娘。たかだか山歩きに悲鳴を上げるでない」
何故か強制連行を受けているマルマル・エルドは生まれたての小鹿の如きぶるぶるっぷりで泣きながら山道を歩いていました。
「なん,,,,なん、なんで.....びべ」
「どうした~。文句を言うならしっかりと言えよぉ~」
「びべぇ~~~~~」
運動など一切、全く、からっきししてこなかった貧弱魔法使いのエルドの移動手段は常にリビングデッド君であった。
だがリビングデッド君は無事戦いの中ただのデッド君に成り果て。現在山道を強制的に歩かされる羽目になっている。
ちなみにウルドであるが──ヤナギに背負われぐっすりと眠っていた。
「まあまあもう少しで渓谷も見えてくるはずです。──ほら、見て下さい」
連なり続ける山岳を降りたり下ったりを繰り返す中。
山岳の上の景色に見える平原に、人の集団が見える。
「対竜兵装で身を包んだ砲兵と、魔法使いの集団が平原に集まっています。壮観ですね」
「クルデアは現在我々の捜索に躍起になっているというであろうにあれだけの兵力を維持できるとはな。領主は中々の政治力を持っておるな」
「まあでも限界でしょう。──竜に襲撃される所領の事よりも、教会は我々を探し出す事の方がよっぽど重要でしょうから」
「.....領主も頭を抱えているだろうな。竜の軍勢が目の前にいるという最悪の状況なのに。援軍はおろか、自分の兵力を分けろと言われるのは」
しかし、とベギムは言葉を続ける。
「ここの領主はかなり我慢強いようだ。──竜の軍勢に国境付近の兵を皆殺しにされて、それでも無理に山岳内には入らず地上に部隊を展開する。合理的ではあるのだが、名誉と体裁を重んじる貴族には中々しにくい判断だろう」
そうベギムが言うと、魔王は首を傾げながら問いかける
「へぇ。自分の有利なフィールドで戦う事が体裁に悪いのか?」
「この場合は、竜という敵に対して”逃げる”選択を与えている事が、だな。自国の兵士を殺した相手が、このまま国境の反対側に逃げる選択肢を与えている。このまま逃げられれば、竜に一方的に兵を殺されただけに終わる。ここで山岳に手勢を仕向けて戦っているポーズを取らせる事くらい、貴族ならば当たり前にやらせるだろう」
「うげぇ。体裁の為に死にに向かわせられるのは嫌だねぇ」
「普通の──特にクルデアの貴族にとっては。兵士の命が自分の体裁よりも価値があるとは判断できない。それが普通なんだ」
「....」
そう、ベギムに似つかわしくない少し露悪的な言い方をすると。
魔王は実に素直に嫌そうな表情をした。
──成程な。今回の魔王は、こういう性格か。
人となりを知っていくごと、ベギムの内心が悔恨に満ちていく。
──うるせぇ! まだ何もしてねぇ、生まれたばかりの生物を殺しにかかっている臆病者の極致だろうがテメェ等はよォ!
「....」
本当にその通りだと思う。
かつて魔王による存亡の危機があったが故に。
次なる魔王は、力をつける前に殺す。
そういう事を、ずっと続けてきた。
いや。
臆病の心故に殺す──ですらなくなっていった。
最早。魔王を殺す事は名誉の為、体裁の為に行われる戦争に成り果てていた。
自らが勇者の末裔であると。そう証明してこいと送り込まれたその先で。
己は流されるまま魔王の命を奪わんとしていた。
流される程に、自らは魔王の命を軽く扱っていた。
自らにとって魔王の命は、水面に流される枯れ葉と同じ存在であったのだ。
そういう傲慢さと、向き合う必要が今のベギムには生じていた。
あまりにも──恥ずべき姿であった。
「陽が落ちてきましたね。今日はここで野営を行いましょう」
夕陽の光が徐々に消えゆく中、そうカガルが言った。
※
対人遮断の結界を張り。
一向は野営の準備を行っていた。
魔王はその中、薪の用意する役割を負い。
カガルは弓を手に狩りに出かけ。
ベギムは料理の準備を行い。
「何も出来ずにすまぬな」
「いえいえ。むしろ満身創痍だというのに、竜との戦いのアテにさせてしまいますので」
「うむ。その分戦いにおいては存分にこの力を振るおう」
ヤナギは手持無沙汰なまま。夜が明けるを待っていた。
「....」
同じく。
特に何もする事のないウルドが、ヤナギの隣にいた。
「....おお。【聖女】の素体か」
「....ウルド」
「ああ。名前があるのならそちらを呼ぶが礼儀か。すまぬな。詫びの代わりと言ってはなんだが。少し話でもするかの」
「うむ。ヤナギ」
「うん?」
「その怪我はどうしたのだ」
「はっは。おぬしが以前取っていた姿にしてやられた。【聖女】にな」
「....そうか」
「気に病むことはない。この戦いはわらわが望み。その結果の産物よ」
「ヤナギは戦いが好きなのか?」
「ああ。好きじゃのう。その為にわらわは生きていると言っても過言ではない」
「....」
なら、とウルドは続ける。
「私を──元の姿に戻そう、とは考えないのか?」
そうウルドに問いかけられると。
ふむん、とヤナギは呟いた。
「確かにの。おぬしを教会の連中に差し出し、またあの【聖女】に変えてくれたのならば。またあの麗しの死闘をできるやもしれぬ。──しかし、やらぬ。それはわらわの信条に反する」
「.....信条?」
「うむ。わらわは戦いが好きだが、それと同じくらいこの世界が好きなのじゃ。この世界を巡り巡る循環そのものがの。人が正しくこの世界の中で営みを行うからこそ、闘争が行われる。類稀なる強者も、大いなる世界の中で自然と生まれ来るものじゃ。世界が産み落とした強者と出会い、戦うからこそ。わらわもまた何の翳りのない、純然たる思いで闘争に身を委ねる事が出来る」
「....難しい」
「それはすまぬ。──まあ、つまりじゃ。わらわは姦計を仕掛けるのが嫌いなのじゃ。何故かといえば、何らかの姦計を仕掛けた瞬間。それはわらわの手がかかった闘争になってしまうからじゃ。それでは駄目なのだ。闘争というのはごく自然と、自由に、生じねばならぬ。だからこそ、仕掛けられるのは大好物なのじゃ。わらわの手の外から、新たなる闘争のタネが芽吹こうとしているのだからな」
「....」
「だから。わらわが自ずからおぬしを教会に差し出す事はない。ただ、教会側の姦計に敗北し、おぬしが奪われ。その結果としておぬしがまた【聖女】に戻ってしまったのなら。──その時また、おぬしと戦いに赴こう」
「じゃあ」
「うん?」
「私がまたその化物に変わったら──ヤナギは、私を殺してくれるのだな」
そう聞くと。
ヤナギは強く、大きく、頷いた。
「ああ。約束じゃ。──必ずやおぬしを殺しに向かおう」
そう爽やかな笑みと共に宣言したのでした。