「なあ」
「なんでしょう?」
「魔王はともかくとしてもよ。――あの【武王】様は、大丈夫なのか?あんな高さの渓谷から落ちてよ」
「むしろその二人の比較ならば、心配すべきは魔王様ですよ」
「へ?」
「まあ見れば解ります」
――地響きが響き渡る。
渓谷の谷底の暗闇から、光が溢れ出る。
それは閃光の如き光と共に爆炎を巻き起こし、渓谷を挟む山岳の崖先を大きく切り崩しながら轟音を撒き散らした。
「総員!退避!退避――!」
一瞬のうちにそれが竜の魔法であると理解できたグラハムは、影絵を用いて砲兵隊に退却を指示。それに応じ、前線指揮官の激と共に部隊は即座に砲台を転送すると共に山岳から退避を開始させる。
「『我等ダズの谷底より生まれ出し原初の生命。空は我等のものだ。空を憤怒の色に染めよ。汚らわしき大地に山々の禍を』」
渓谷を包む空の青色が、赤に染まっていく。
それは夕焼けのような透明感のある赤ではなく。煮えたぎった溶岩の如き、鈍色交じりの紅であった。
空を割る、噴火がそこにある。
滝のような炎。雨粒の如き高温の岩石。それら全て――渓谷の狭間に降り注いでいく。
滝の上。小柄な少女がいる。
己が魔法の秘奥を解いた彼女であるが。その様相には明らかな焦燥と怯えの色が見える。
渓谷を炎で包み。火砕岩の雨嵐にて山岳を削る。
――かつて己が見た大災害の一部を再現した魔法。空を火山の口に見立て、大地に噴火を叩きつける。
小国であらば、この魔法一つで消し飛ばせるであろう。
本来凄まじいまで広範囲に渡る魔法を渓谷にのみ範囲を狭め。その分、魔法そのものの密度を高め行使。
仕留められた翼竜と竜人から回収した魔力まで回した、竜仙の少女の秘奥魔法。
その照準は、一人のみ。
――ヤナギ・ソネサキ。
「よい魔法だの」
己が視界を埋め尽くす大災害を前にして、そう彼女は呟き――。
「『連結』」
己が左右に、渓谷を貫くような大樹を生やす。
大樹は巨大な幹に、鞭の如きしなりをもった枝が無数に生まれ行く。
ヤナギは、舞うように空を飛び跳ね大樹を蹴り上げ空へ進む。
それは、演舞であった。
空の上であれどその足は力強く踏み込まれ。その両腕は力強く振られる。
その動きと連動するように。大樹の枝は渓谷の崖を巻き込みながらぐるぐると振るわれていく。
振るわれる大樹は迫りくる炎を巻き上げるほどの突風を生み出し。その最中を、ヤナギが舞いながら空を跳ねあがっていく。
舞と共に振るわれる四肢は、迫りくる炎を振り払い火砕岩を叩き割り――上空に浮かぶ竜仙の少女へと肉薄していく。
四肢を振るうたび。聖女に刻み込まれた傷口が開き、血が噴き出る。噴出岩を叩き割るたび、折れた骨と断裂した筋繊維に激痛が走る。
されど。痛みに悶える事も動きを鈍らせる事も無く。狂気の笑みを表情に刻み込み、空へ。空へ。
「『大地へ堕ちろ』」
大樹を蹴り上げ渓谷を抜けたヤナギが、赤く染まった空を指差すと共にそう詠唱を一つ。
その瞬間。空の青々を染め上げていた紅が、引き剥がされていく。
渓谷を炎と噴出岩で埋め尽くしていた元凶が――渓谷へと。
引き剥がされ、崩れ行く鈍色の紅が渓谷へ墜落すると――いっとう凄まじい大爆発が巻き起こる。
炎に巻かれ、噴出岩に貫かれ、大樹の枝に砕かれ、そして――最後に嵐の如き爆発でとどめを刺され。渓谷を形作っていた山岳は、もうその姿を消していた。
「あ――ひっ....!」
浮遊していた竜仙の少女の表情は、恐怖に引き攣る。
竜人共の返り血と、今己の傷口から噴き出した鮮血。
どす黒く染まった血と赤く染まった血。その双方で全身を濡らした女が、赤の狭間を覗き込むように目と口を吊り上げ少女の眼前に。
「まだまだ――見せてくれるな。のぅ、同胞よ?」
血に染まったヤナギの手が伸びるよりも早く、「ああああァァ!」という叫びと共に、竜仙の少女の尾がヤナギの脇腹に叩きつけられる。
その尾から伝わる感触が、より少女の恐怖を引き立たせていく。
脇腹の骨は、既に砕けていた。聖女の鉄槌、その全霊の一撃を受けて。
――なんで。
骨が砕け、全身傷塗れ。なのに彼女は痛みに悶える事もなく、全霊でいられる。
彼女が有している力よりも。
その精神性が、何よりも恐ろしい。
満身創痍の激痛の最中にて、命がけの鉄火場に挑む。地獄そのものでしかない状況が――この女にとって何よりも楽しい代物なのだ。
腕が伸びる。
少女の胸元を掴み、ぐるり体幹を回し少女を、大地へと投げ込んだ――。
※
「お~い。怪獣大戦争はもう終わったかァ?」
ほうほうの体で山岳を全力で降り逃げ込んでいたグラハムは、そうぼやいた。
そのぼやきに――浮遊魔法にてその様子を眺めていたカガルは、一つ頷いた。
「――ヤナギ様が、勝利されたようです」
もうクレーターとなった渓谷跡。その中心にて血塗れにて腕組みするヤナギと――空を仰臥し恐怖の表情にてガチガチと奥歯を噛み鳴らす少女の姿。
地面に叩き落された後も、恐怖のままその力を振るっていた竜仙の少女であったが。その全てを捌かれ、肉薄され、大地魔法にて逃げる事を封じられ――心が先に、敗れた。
「く....かっははははははは!相手の心を折る戦いというのも、これはこれで愉快なものだの!――応、皆の者!もう目的は果たしたぞ!隠れずともよい!」
渓谷を破壊し尽くし、もう山岳全てが崩れ去った跡地にて。ヤナギの声が響き渡る。
その声に、遠巻きにその戦いを見つめていた皆々が集結していく。
カガルはマルマル・エルドとウルドを抱え浮遊魔法にて飛び。グラハムとベギムはビスクと共に影を移動し。
魔王は。
「で――魔王は無事なのか?」
「無事だと思いますよ?」
魔王。
崩れ去った渓谷の真下にて、山岳の生き埋めとなっている。
普通に考えれば死んでいるであろう。普通に考えれば。
が。
クレーターがぼこ、ぼこ、と盛り上がり――地面が派手に吹き飛んだ。
「だァーかァーらァー!死んだら!どーする‼」
「それで死なないんだったらもう浄化魔法以外では何があっても死なないでしょう」
生き埋めになった山岳の土砂やら岩盤やらを地中で破壊しながら、モグラよろしく地中からこんにちは。
グラハムの脳は、心底から理解を拒んでいた。
「さて。――グラハムとやら」
「ん?」
「こ奴はもう戦意喪失しておる。処遇は、お主が決めよ」
「....何で俺?」
「山岳に配置していたお主の兵を殺したのはこ奴で。その主はお主であったのだろう。先程の砲兵の練度を見ればどれほど手塩にかけてきた兵であるかは解る。復讐したければ、するがよい」
「.....」
ヤナギの言葉に、グラハムは少しだけ沈黙し。
倒れ伏す竜仙の少女に近付く。
「....殺したくば、殺せばよい。それが戦で敗れた者の定めじゃ」
「そうさな。――まあだが。こっから祖国を捨ててトンズラこく予定の俺には、殺したところでクソほどメリットがねぇ」
「.....」
「何故、クルデアに侵攻した?」
そうグラハムが尋ねると、「そんなもの決まっておろう」と、竜仙の少女は呟く。
「....クルデアは、潰さねばならぬ脅威であるからだ」
「....」
「アルベルドを抜け西方へ向かえば。聖骨の産地がある。古の竜の墓場じゃ....」
「バラガンの砂漠か」
「そう。古竜の骨もまた、聖骨の資材。――別に我等に祖先を弔う文化はない。既に死した竜共を人間がどう扱おうが、我等は興味など無いのじゃ」
「....」
「だが。それはそれとして、聖骨を用いた浄化魔法の蔓延とそれに伴う人間どもの脅威は無視できぬ。――古代樹木が燃やされ、聖女がいなくなり混乱している今こそが、攻め入る好機であると。そう判断しただけじゃ」
「成程なぁ」
クルデアが所有している聖骨の産地は三つ。古代樹木生い茂る森林と、古竜の墓場である砂漠と、聖人の身投げ場であった聖水湖。
そのうち一つが大規模な火災により甚大なダメージを受け。その上で魔王が逃げ出し、クルデア最大の戦力である聖女も消え。――その上で、残る二つの聖骨の産地のうち一つを潰せれば、クルデアが負うダメージは最早挽回不可能となるであろう。
その話を聞き。――うむ、とグラハムは頷く。
「――成程なァ。そういう目的で攻め込んだなら、交渉の余地がある」
「交渉...?」
「そう。――この交渉に乗ってくれるのならば、俺はお前を殺さねぇ」
まあまず大前提だが、とグラハムは呟く。
「まあ。今の話とこの現状を見て――多分、俺の所領だけじゃなくて。ほんのりとクルデアという国家そのものが結構詰みに近くなってるな~ってのが結構理解できたんだよな」
「....」
「なので。俺がやるべき事は....このそろそろ詰みそうな状態の国から、守り切れるものは運び出す事だと考えた。という訳で」
「....何をすればよい?」
「多分、暫くすれば軍勢引き連れて本国からアルベルドの領主の代理に貴族が送られてくる。多分本国に接収されるんだろうな。――そいつを軍勢ごとぶっ殺せ」
「....正気か!?お主の祖国の軍勢ぞ!」
「ったりめーだ。さんざ俺の足を引っ張ってきた連中なんざクソほども可愛くねぇ。憎さ有り余って燃やしてやるよ。――その上でだ。山岳方面からやって来る本国の軍も追い払え」
「.....何をするつもりなのじゃ?」
「.....俺に付いてきてくれた部下に、選択肢を与えたい。ここに残るか、それとも俺についてくるか」
その言葉を聞き――ようやく、竜仙の少女は得心がいった。
「今、山岳で派手に戦ったおかげで。こっちの部隊員も生きていても死んだ扱いに出来る。ここから領地に戻って、家族諸々引き連れて国境を越えて逃げ出す事が今のタイミングならば可能だ。残りたい奴はこっちに残って勲章を貰えばいい。だが....ついてきたい奴は、連れて行きたい」
「.....」
「その為には、本国の連中にその様を見られるわけにはいかねぇ。だから、本国の連中の露払いをお前に頼むって訳だ。そいつが終わったら――砂漠に攻め込むなりなんなり、好きにしてくれ」
「....連れ出した後。お主等はどうするつもりなのだ」
「さあなァ。俺は戦争にしか脳がないんでね。他国に部下ごと士官させてもらうよう取り計ってもらうか。傭兵団でも作ろうか」
はぁ、と一つ溜息をつき。そうグラハムは呟いた。
「それで。――この交渉。飲む?飲まない?」
※
その後の話であるが。
領主を失い。長く続く山岳を挟んでの竜との睨み合いにしびれを切らしたアルベルド領の軍勢は、山岳に攻め入り決戦を挑む。
砲台を移送してのアルベルド領の得意戦術により翼竜・竜人を全滅させ。群体の王も追い払う事に成功する。
で、あるが。その戦いの爪痕は大きく。アルベルド領軍砲兵隊のおおよそ半数を失う結末となった。
その戦いの程はすさまじく。砲撃が飛び交い、竜族の魔法が飛び交う戦場は渓谷を切り崩させたという。
生き残った兵員はその後勲章が授与された。
その後の話であるが。アルベルド領を接収しに来た代理貴族は何者かの襲撃を受け死亡。山岳の調査隊もまた事故により死亡。
その双方が広範囲の炎魔法にて奇襲を受けた形跡があり。竜との戦いに兵が割かれているうちに魔法を扱える大規模な賊が形成されたとみて、こちらも調査を続けている。
情勢不安の最中であるためか。領民によれば。ある日を境に夜逃げするものが多く見られたと言うが。クルデア国内に大きな人の動きは見られていない。
現在、戦地となった国境線の山岳は封じられ。アルベルドは領主不在の状況が続いている――。
そして。
未だ....魔王と、聖女の足跡は見られず。
その暫くの後に――聖骨の産地であるバラガンの大砂漠が、また竜の襲撃を受け大損害を被る羽目となったという。