「俺の勝利条件は、ここの連中全部ぶっ倒す事じゃねぇ」
探す。
この状況下かから、逃れることのできる方法を。
「連中全員から逃げる事ができて──尚且つ、魔王であるという事を隠蔽できる術を見つける事だ」
まずはこの──生まれた瞬間から詰んでいる状況から逃れる事。
その上で、魔王である事を隠せる方法を見つける事。
仮にここで生き残れたとしても──浄化魔法が溢れているこの世界で、魔王である事がバレている状況で生き残れるわけがない。己が魔王であるという痕跡を隠す事の出来る方法を探さねば、生き残れない。
「まあ、何にせよだ」
全方位から囲まれている状況。
そして逃げ場のない山頂にいる。
この状況のまずさは理解できている。
「逃げるがァ~、勝ち!」
地面に手を付け、一つ詠唱。
「”放出”」
己が魔力を、衝撃として打ち出す。
生まれてすぐ使用法を理解できた。眼前の相手を黙らせる為に。もしくは喧嘩をするために反射的に殴る蹴るが選択肢に上がるような自然さで──それは行使できた。
手を付けた地面が衝撃で砕け散り、そのまま崖が砕け崩落していく。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
崩落した方角から登ってきた連中が、血相を変えて虫のように崩落から逃げていく。
──やはりか。こちらの魔力に対して浄化魔法で消し去れると言っても、こちらの魔力から発生した副次的な事象に対しては抵抗できないわけだ! がはは!
こちらの魔力によって発生した事象は浄化魔法で消し去れるのだろうが──こちらの魔力によって起こした地滑りについては、連中は特に抵抗する手段はない訳だ。
地滑りによって生まれた、空間の上を──走る!
「ちょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
走る。
そして、
「げえぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
転げる。
至極当然の論理として地滑りした場所に足を踏み出してまともな体勢を維持できるわけもなく──そのまま躓き、ゴロゴロと転がり落ちていく。
普通に砕けた崖だったり露出した岩肌だったりが当然のように己の肉体を打ち付けていくが、流石は魔王の肉体。痛みこそあれ特に怪我をすることも無くただただ転がり落ちていく。
「あびゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
されど。
転がり落ちていく肉体に向け──周囲から浴びるような魔法の嵐が降りかかっていく。
それは、──車のヘッドライトのように、楕円上に拡がる蒼色の光であった。
その光が己の身を照らすたびに──激痛が走っていく。
それは熱した針で皮膚を何千回と突き刺されたのちに、その傷口にバーナーを当てられ、神経に電撃を浴びせられ、骨が鉄槌で砕かれるような──要は”血が沸騰”するという事象から発生するような痛みであった。
己の肉体を巡り、形成し、そして力の源泉として存在する”魔力”。それら全てが反逆し己の肉体に激痛を与える。一瞬でもその光を浴びた瞬間に、全身を巡る激痛が喉を哀れに掻き鳴らさせる。
──浄化魔法であった。
一度喰らっただけで解る。これはもう、紛うことなく天敵であると。この魔王という肉体にとってどうしようもない致死の毒なのだと。
──ひゃへはははは! 聞こえたかよあの悲鳴! 魔王なんて大層な身分なのになっさけねぇなぁ~!
ぐるぐる回転する視界の中激痛に咽び泣きながら──豚面の巨漢がこちらを見据えながらそう笑った姿が見えた。
激痛。
回る視界。
──その声が聞こえてきた瞬間だけ。それらがピタリ、と止んだ瞬間があった。
激痛も収まり、視界も固定される。時間が一瞬止まったような、そんな感覚。
怒りが脳味噌に駆け巡った瞬間──全ての思考が”こいつ絶対ぶっ殺してやる”という方向に舵を取った。
ガ、と。
己が右腕が──その豚面の顔面を掴んだのは、一瞬の間だった。
「テメェも──豚みてぇな悲鳴を上げろよぉ。なあ.......。なあああああああああああああ!」
「えげ、げぇ」
怒りで何もかもが動いた。
痛みも収まり、視界はその豚面を捉え、そして──何故か関節部から伸びた右腕が、その豚面をがっしり掴んでいた。
そして。
「おご! いで、いでぇぇぇぇ! げぇえええええええ!」
「聞いてるかよテメェ等! このなっさけねぇ悲鳴をよぉぉぉぉぉお! 二足歩行できたくらいで粋がった豚風情がぁ! テメェ等から愛嬌抜いて何が残るってんだ死ねぇぇぇぇぇ!!」
そのままその豚面の両鼻に人差し指と中指を突っ込み引っ掛け鼻フックの状況を作り出し──転がり落ちていく己の肉体と縺れ合わせる。
魔王の肉体に合わせ──豚面の巨漢が、鼻フック状態で共に転がり落ちていく。
「やめ! やめえ! 鼻! 鼻が! おでの立派なオーク鼻がァァ! 千切れるぅぅぅ!」
「勝手に千切れてろこのクソ豚がァ! 後から首落として血抜きして焼いて塩振ってそのまま廃棄してやるから、豚の餌にでもなってろ!」
みちみちと己が鼻が軋んでいくと同時に、共に岩肌を転がり続けていく豚面の巨漢は、次第にその痛みに意識が遠のいていき、遂には泡を吹き気絶した──と同時。
「げぇ!」
己が肉体が──何かにぶつかった。
それは、
「ひひ! ──魔王様、見つけたぁ~.....!」
巨大な、ゴーレムであった。
煉瓦を積み重ねたような円柱状の建造物に、同じような煉瓦で積み上げた手足を生やしたような。石造りの、ゴーレム。多分マウンテンゴリラ二匹ならべていい感じに縦横のバランス整えたくらいにはでかい。何故肉親の記憶は消えているのにゴリラの姿は覚えているのだろうか。
その右手が己が肉体を持ち上げると同時。
腰を捻りながら、縦振りに──ぶん投げていた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
もう本当に冗談みたいに木々がべぎべぎ音立ててぶっ壊されながら自らの肉体がカッ飛んでいく。──なんだこれはなんだこれは。なんかさっきから怒涛の展開過ぎて叫ぶ以外の行為を特に行っていないんですけどもしかして俺の方がよっぽど豚じゃないすか? 主に屠殺場の方だろうけど。
多分人間だったら全身骨折ともれなく全部の内臓が破裂してプレス器具に突っ込まれた死体よりもひどい有様になること請け負いな状況であったが、魔王だったので耐えた。魔王故に耐えてしまった。本当冗談みてぇな頑丈さしてんな。
ようやく地面に転がり落ちた瞬間。
全身くまなく痛みが走り、ついでに千切れた鼻が指に引っ掛かっていた。ああ、あの豚面の鼻衝撃で千切れたのか。哀れ。
その後、自分が吹き飛んだ軌道に沿って──更に木々を破壊しながら前進してくるゴーレムの姿──その肩に乗る、少女の姿。
「──ひ、ひひ。す、すごぉ~い。耐えてる....」
その少女は──間違いない。これは間違いない。確実に陰陽における陰のものだ。からり、というよりは、じめり、としているし。地下培養したもやしに一応血色を与えてみました的な顔色の悪さをしているし。そのくせ目はバッキバキ。言葉のたどたどしさは幼さよりも人付き合いの無さゆえであろう。泥沼に叩き落したスライム位にじめっとした陰の者がそこにいた。
「耐えてる.....じゃねーんだよ! 死んだらどうする!?」
「え? 幻滅する....」
「正直でよろしい!」
人の頭を金属バットでゴルフスイングでぶっ叩いた後に「死んでない! 凄い!」って言われているような状況だろうか。死んでたら幻滅していたらしい。なにこの子サイコなの?
周囲が慌ただしい。
派手に吹っ飛ばされた故に囲まれている状況からは逃れたが。派手に吹っ飛ばされたが故にもうほぼ全員に位置が割れてしまった。
「”放出”」
右手を差し出し、マウンテンゴリラ二匹分くらいのデカさのゴーレムに魔力を放出する。
が
「ひひ.....! 無駄ですよぉ、魔王様.....。リビングデッド君の手には浄化魔法が仕掛けられていますからねぇ....」
先程崖肌を崩壊させた膨大な魔力も──浄化魔法を付与されたというそのゴーレムには通らない。ゴーレムは両手を突き出し、光を放ちながら魔力を打ち消していく。
「リビングデッド.....?」
明らかにリビングしていないし、それ故にデッドもあり得なさそうな存在なのですが、どの辺りがリビングデッドなのでしょうかね?
「はぁい。これ私の先祖の骨の一部を砕いて付与して作られていますから」
「ネーミングが罰当たりにも程がある.....!」
先祖の骨を砕いて作ったものをリビングデッドって名付けるの、発想からして怖すぎて泣いちゃうわ。
「それじゃあ──」
リビングデッド君の右拳が振りかぶられる。
「もう一発、耐えてくださいね。耐えた上で、出来れば意識は失ってくれると助かりますぅ~」
「気絶させてなにするつもりなの.....?」
「ひ.....ひ、ひ・み・つぅ...」
「うわぁ」
可愛げのないじめじめ女のあまりに出来損ないの愛嬌が、リビングデッド君の右拳と共に放たれる。何だこの地獄絵図は。
というか。
その拳にも、淡い光が見えている。──浄化魔法だ。
あの右拳の質量分の浄化魔法。さっき放射されたのが掠っただけでもあのダメージ。喰らったら死ぬ。間違いなく死ぬ。
「どぉりゃあ!」
突き出された拳を、避ける。
大きな質量を持った拳は、面積が馬鹿でかい。回避するにも、大きく動作を行使しなければならない。
「”放出”」
回避しながらも、反撃をねじ込む。
己の魔力を集め、解放する。それだけの魔法。
先程も防がれた。されどもう一度、繰り返すーー。
「無駄ですよぉ」
周囲一帯が吹き飛ぶほどに強烈な威力を持つ魔法だが──それでも。
ゴーレムの両腕から放たれる蒼い光によって、その全てが消えていく。
だが。
今回のこれは、倒すためではない。情報を知るための攻撃だ。
──目ェ離すんじゃねぇぞ。
魔王の魔力を”無効化”するという情報は得ていた。
ただ。
”無効化”という言葉の解釈を、求めていた。
浄化魔法と魔王の魔力が打ち消し合っての”無効化”なのか。
それとも打ち消し合う事すら不可能なのか。
それによって──状況が変わる。
放出された己の魔力と、浄化魔法。
その二つがぶつかり合った瞬間──。
「──いいじゃねぇか」
ぶつかり合い、干渉し合い──そして浄化魔法も己の魔力も消える瞬間を、確かに捉えた。
「これならば──まだ希望があるなァ!」
”魔王”は浄化魔法の前に無力だ。
だが。
”魔王の魔力”は──”浄化魔法を打ち消す”という『効果』が、確かに存在している。
魔王の魔法は全て浄化魔法に打ち消される。
転じてそれは。
浄化魔法は──魔王の魔力で打ち消す事も、また出来る。
二撃目。
横薙ぎのリビングデッド君の拳が叩き込まれる。
今度は、避けない。
試す。
──あの気持ちわりぃ女は、俺を殺すつもりはねぇ。だったらこれは好機だ。殺すつもりのねぇ奴と、このタイミングで当たれたんだ。俺の力を、魔王の力を
恐らく初手で己を遠くに投げ飛ばす選択をしたのも。他のハンター共に殺させないため。
そして、魔王をこの場では殺さず連れ帰る事が目的であると。そうはっきり告げていた。
だから。
試すならば──ここだ!
両腕を交差し、その拳を受ける。
浄化魔法が籠められた、金属の腕。
そこに。
受けた両腕から──己の魔力を可能な限り、流し込む。
先程のように、拡散した代物ではない。
己の肉体から、相手へと。直接己が膨大な魔力を流し込む形。
「な」
激痛と共に流れる、その浄化の魔力。
されど。
それと同等以上の己の魔力を──己もまた直接ゴーレムの腕に流し込む。
打ち消しあっている。確かに、打ち消しあっている。
だからーーダメージは腕で止まっている。全身には行き渡らない。
「やはり.....浄化魔法、という”壁”さえ突破できれば......俺の魔力は通ってくれる!」
己が両腕は焼け爛れ。
そして。
「所詮は先祖の石ころだな」
ゴーレムの腕は──流し込まれた魔王の魔力により、吹き飛んでいた。
「あ、あ、あ~」
残る腕で行使された殴打を避けつつ──懐に潜り込む。
焼け爛れた腕から伝わる激痛を無視し、魔力を込めて今度は左足を殴りつける。
関節部がへし曲がると共に──リビングデッド君のバランスが崩れ。
肩に乗っかった少女が──その肩から、落ちる。
そこには
崩れ落ちたリビングデッド君の残骸と。腰を抜かした少女だけ。
静寂を、森に抜ける風が縁取っている。
「.....」
「あ、あの....魔王様ぁ」
「なんだ」
「わ、わたし、私の名前は.....マルマル・エルドと申しますぅ...」
「そっか」
「は、はいぃ....なので、この場を、どうにか....見逃してもらえませんかぁ....?」
「....」
どこら辺が「なので」なのか一切意味不明であるものの。
ちっこい首をひょい、と持ち上げ。
空を見る。
「えっとぉ.....何をするつもりですかぁ....」
「さようなら~」
そのまま左斜め上方向へ足を上げて、腕を背中側に回して。
「あばあああああああああああああああああああああああああ!」
「じゃあな。お互い生き残れたらまた会おうぜ」
魔力で強化した腕力と共に──上空へと投げ飛ばした。
森を超え、空へと昇り、そしてその軌跡が楕円になる頃にはもうその姿は見えなくなっていた──。
「あの程度で死ぬようなヤワな女じゃないだろう。頑張ってくれ」
流れ星となったその女に軽く敬礼をして──その場を離れていった。