山岳の麓で休養を行い、二日ほど。
ベギムは充分に体力を回復させ、マルマルは。
「ふひ...ひひ....で、出来ました~!」
――どうやら。大量に採取した竜の骨を用いてまたまたゴーレム君を作ったらしい。
リビングデッド君2号機爆誕。
「も...もうこれで!歩く必要....なし!」
「おめでとさん」
二号機は、やはり急ごしらえで作ったせいか。竜人の頭蓋骨はおろか体型もそのまま。もうなんか肉の代わりに鉄と粘土を混ぜ込みましたみたいな潔さの極致な見目をしていた。所々骨が露出している辺りリビングデッド君という感じがより強まっている。
二日間、徹夜で作ったというそれは滑らかさという概念がまるっきり含有されていない代物であった。なにせどこもかしこも骨が露出しているのだから。
「....」
休養の時間を潰してまで作り上げたのは、運動不足のこいつにとって移動手段がないまま山岳を連れまわされたのが余程トラウマとなったからであろう。カガルが仕込んだ転送魔法の位置までおおよそ二日かかるらしい。もう歩くのは嫌だと発狂し作り上げたはいいが。
「で。何処に座るのよ?」
「ぴぃ....」
急ごしらえで作ったそれはどこもかしこも凶悪な骨が露出したフォルムをしており。座ろうものならケツの穴がもう一つ鮮血と共に増えること請け負いだァ。
「一号君よりは戦闘能力は高そうだなァ」
「そ...そんな。肩部分は騎乗できるように設計したはずなのに.....!」
「いざ動かして姿勢が変化したら肩から骨が飛び出てきたもんな。ウケる」
「わ...わ、わたしにとって、非常事態ですぅ....!」
山岳を歩き回され運動不足の身体を鞭打ってまで出来上がったリビングデッド君は、騎乗できず。
徹夜明けで休養も出来ていない身体で、これより二日間の旅立ちである。死ねますね~。同情は出来ないけどなァ~。
「あ。それじゃあよ」
グラハムが、ポンと一つ手を打ちそう言った。
「一つ提案があるんだが」
※
「成程なァ。頭いいじゃんおっさん」
「そいつはどうも。俺もあんまり歩きたかないからよ。丁度いいだろ?」
グラハムは麓の山岳より木材を運び込み、キャリッジを作成していた。
軍人時代に、サバイバル用の錬金術を嗜んでいたという。実に手早く木材より台座と車輪を作った。
その提案に狂喜乱舞したマルマルはキャリッジの補強を行い――無事、ゴーレム車が完成した。
「もう俺も歳だからよ~」
「歳かァ」
「歳だなァ」
グラハムは「あ~疲れた」とぼやきつつキャリッジに乗り込み、そのまま空を眺めていた。
実に、疲れてそうな顔をしている。
「....ビスク。煙草持ってない?」
「持ち合わせはございません。全て屋敷で燃え尽きました」
「チッ」
「何度も言いますが。ご自身の健康の為にも煙草はお控えください」
「いいじゃん.....。吸わせてくれよ....。あぁ....はやく街に着きたい....。吸いたい....。そろそろ限界が来そうだ」
「お前ヤニカスだったのか....」
魔王は一連のやりとりを聞くと、そんな事をぼやいた。
失った記憶の最中。なんとな~くだが。煙草の味とか。禁断症状の苦しみとか。脳ではなく、身体に刻み込まれた代物が浮かび上がってきたような気がした。
――あ、俺ヤニカスだったのかな。
「なによヤニカスって」
「煙草に命を握られる哀れな野郎どもの事」
「クソが!」
そう毒づきながら、グラハムは昨晩食った竜の干し肉の切れ端を取り出すと口に含んだ。
タバコ吸えない時に口寂しいからガムを噛むヤニカスがよくいたが、どの時代もニコチンを血中に迎え入れた連中の生態というのは変わりはないらしい。ここの世界の煙草もニコチン製かどうかは不明だが。
「浄化魔法で煙草の禁断症状って消せねぇの?」
「完全に消せはしませんね。軽減させる事は出来ます」
「素晴らしい世界だな」
「実際、煙草をはじめとする麻薬関連の禁断症状を和らげる事業で、クルデアはかなりの利益を出しています」
「へぇ」
「自国民には医療目的以外の麻薬の使用をを禁じつつ、他国には積極的に原料の葉を輸出していたりします。医療目的を名目にしていますけどね。大体裏で流通されています」
「マッチポンプ‼」
「煙草も本来、教会の教義上禁忌なのですが。グラハム様は軍人時代に異国で吸い始めてからもう後に引けなくなってしまったようで.....」
「禁じられて止められるようだったらなぁ。こんな風になってねンだわ」
はぁ~、とグラハムは溜息をつくと。硬い竜の干し肉をコロコロと口の中で転がしていた。
「アンタについてきた兵はどうすんの?」
「一旦グラムベルまで来るように指示している。サレイムにはギルドってぇ体制があるみたいだしな。一旦、グラムベルで傭兵ギルドとして登録して地道に働こうかと思っているわ」
「アンタ歳いくつだ?」
「もうそろそろ40だねぇ」
「ヤニ止めた方がよくないか?早死にしたら着いてきた連中にクソほど恨まれそうだが」
「ヤニってなんだヤニって....。まあ早死にしたら、それはそれで.....」
グラハムが言葉を続けるよりも前に、
ビスクが、口を開いた。
「グラハム様。――以前約束した通り、私より早く逝去なされそうな場合は、眷属になっていただきますので。その辺り、お忘れなきよう」
「.....」
「眷属?」
「はい。ラミアの儀式と吸血を受け取って頂きまして、同じラミアの血族となる。――もし私より早死にされそうな場合には、グラハム様にはラミアになって頂く。そういう契約をグラハム様と私の間で結んでおります」
無表情のまま。ビスクはそんな事を淡々と言った。
「なので、まあ。――出来るだけ長く人間でおられたいのでしたら、健康の為に励んでいただくのもまた一興かと思われます」
解る。
これは、本気の本気。淡々としているが故にむしろ解る。本気の言葉だ。
ラミアなる種族の寿命がどれくらいなのか解らないが。仮に人間と同じ程度だとしても、まあ普通にこのヤニカスで不健康そうなおっさんよりかは長生きするだろう。
「.....ま、元気出せよおっさん」
将来的に人間やめる事になりそうなおっさんに、魔王は一つ心の中で合掌していた――。
※
その後。
ゴーレムで目的地――森の中に隠した風魔法の紋章式が刻み込まれた大樹の下まで来ると。そこから転送を果たす。
ちなみにゴーレムは転送できないらしく、そのまま乗り捨て。ぎゃあぎゃあとマルマルは喚いていたが無視。
一同は、グラムベル付近の廃村へ転移し、そこから半日ほど歩き、都市まで到着した。
巨大な城壁が街並を隠し、その上空を見上げれば街を囲むように強風が螺旋状に巻き上がっている。
そして。
そびえたつ城壁はおろか。雲すらも突き抜ける程巨大な樹木が――都市の西端にそびえ立っている。
「あれが、グラムベルの聖樹です。――こちらもサレイムのと同じ、魔力が宿った樹木となります」
「でっか....」
「あの樹木を中心に森林地帯が広がっておりまして。そこが加護地区となっております。――では早速向かいましょう」
グラムベルの城門まで、一同は向かう。
「.....待て。お前等、何者だ」
憲兵が当然の如くそう声をかける。
でかくて浅黒い肌の奴。全身包帯塗れな奴。陰っぽくじめっぽい女。女騎士。耳を削られたエルフ。旅装のおっさんと女。もういっぺん周囲を見渡して何一つ一貫性のないこの集団。怪しまれるもむべなるかな。
だが。
「申し訳ありません。....これらの者は、加護地区の長老からの招かれた者でございます」
カガルがそう憲兵の前に立ち、そう呟く。
エルフであるカガルがそう言った瞬間――顰めていた顔に畏敬の皺が刻み込まれる。
「こ...これは、加護地区のエルフ様でございましたか.....」
「通ってもよろしいですか?」
「は、はっ!」
一も二もなくそう呟くと――憲兵は即座に城門を開けた。
「.....お前、あの憲兵の弱味を握っているの?」
「まあ遠からずですね。この都市は――エルフに弱味を握られているのです」
「へ?そうなの?」
「そう。――この都市は、この風の結界なしでは成り立ちません。そして、結界を維持しているのはエルフ族です」
「ああ、成程」
確か、ここの加護地区なる自治領は――魔王の侵攻の際にエルフ族が結界を張り守り切った事で、自治領を手にしたのだったな。
「この風の結界は、以前の戦いでワタシが行使した魔法と同じ原理が働いております。――あの巨大な聖樹が生み出した”水”の魔力を、あの風が空に巻き上げ。雨を降らせています」
「へぇ~」
「元々この辺りは雨があまり振らない地帯でして。その理由が、あの馬鹿でかい聖樹が空の水分を吸い取っているからなんですよね。それをエルフの風魔法で空に還元して、一定ごとに雨を降らせているのです」
「傍迷惑な樹だことで」
「結界が出来るまでは迷惑千万でしたが、今となれば中々に便利ですよ。あらかじめあの大樹が水をタンクしておいて、必要な時に必要なだけ雨を降らせられるんですよ。これは大樹と結界があるからこそできるのです」
城門を通り抜けると、大きく開かれた広場があった。
広場の中央には舞台が一つ設置され、その周囲には露店を開く商人がひしめき合っている。
「これは?」
「グラムベルの討論台ですね。伝統的に、サレイムは貴族による討論を通じて政治がおこなわれています」
「へー」
「政治であり、エンターテインメントでもあります。討論が行われるたび人だかりができるので、商人も集まっている訳ですねぇ。――ま、そんな事より加護地区へ行きましょうか」
その後。討論台のある広場から西へ向かうと、街並みとは隔絶された森林区域があった。
あの、魔王狩りの祭典の場と同じ。魔力が宿った樹木が生い茂っている。
そして。その周辺にも――先程城壁の周囲にあったような。風の結界に囲まれている。
「――カガルか」
「久しいですね、ビルーダ」
「久しいもんか。たかだか数ヶ月だ。――ま、よく生き残れたな」
森林区域の前。全身を緑のローブに身を包み、とどめに目深帽を被ったエルフが一人。
ビルーダ、とカガルが呼ぶそのエルフは性別すら解らない。何せ体形はおろか顔すらロクに見えない。だが、目深帽から尖り耳が飛び出ているのでエルフという事だけは解る。まさしく不審者一直線って感じの見目であった。
「で。そこの者共は?」
「祭典での生き残りで、客人です」
「そうか。客人か。――ならついてこい。長老がお待ちだ」
そう言うと、ビルーダは静かに歩き出した。
その後ろを付いていきながら、魔王はそれとなく森の内部を見ている。
ある者は狩った獣を樹木に括りつけ血抜きをし。ある者は地べたに寝っ転がり惰眠を貪り。ある者は矢の練習をしていた。
エルフの家々は基本的に二つ。巨大な樹木を切り抜き地面を掘り下げた空洞のような空間に住まう者。もしくは樹木と布を組み合わせたテントの中に住む者。
狩りと樹木と共に住まう。森林に生きる種族としてのエルフの姿があった。
森と共に生まれ、森と共に生きる。まさしく、共存。そんなエルフたちの生活を見ていたら――。
「.....」
「どうしました、魔王様?」
魔王からの視線を受け、カガルが笑顔でそう尋ねてくる。
「いや.....」
こいつ、それを燃やしたんだなー、って。気分になっただけです。まる。
「.....」
ウルドは、カガルに手を引かれながら。興味深そうに周囲を見渡していた――。
※
「ここが、長老の住まいだ」
なんとなーく想像はしていたが。
あの雲まで届いている馬鹿でかい樹木の中に、長老は住んでいるという。
「一つ忠告するが。長老の前では、建前を使わない方がよい」
大樹を巻くように出来た螺旋階段を昇りながら。先頭に立つビルーダはそう唐突に呟いた。
「へ?」
「心にもないのに礼儀を払ったり、微塵も思っていない事をご機嫌取りで口にすると、むしろ機嫌を損ねる可能性が高い」
「はぁ」
「では、――こちらだ」
螺旋階段を昇り切った先。ぎっちりと蛇のような枝が幾絵も重なっている場所があった。
それにビルーダが手を触れると、枝はしゅるしゅると大樹の下へ向かい――その内側の空間を開いた。
その先。
見えたのは、膨大な空間と。その空間に刻み込まれた夥しい魔法の紋章式であった。
床面や壁のみならず――空中にすら、光によって刻み込まれた紋章が浮かび上がっている。
それ以外に存在するのは。一つの玉座と、一つの天蓋付きの寝台と。
「あらあら。随分賑やかな集まりですこと」
――玉座に座るエルフが一人。
長い。何が長いかと言えば、髪があまりにも長い。
あまりにも髪が長すぎるが故か、風でその髪を巻き上げている。巻き上がった髪は左右に散らばり、空間の天井にまで到達している。
その見目は、「長老」と呼ばれている見目に反し、実に若い見目をしていた。むしろ、日の光が当たらぬ場所に長らく生きているためか。肌からは色素が抜けきって、蒼白さすら感じる。
細く、神性さすら感じる見目に対し。その目は爛々とした生気に満ちている。常にふ、と微笑むその姿には、儚さとは程遠い力強さがある。
「無事生き残れたみたいね、カガル」
「生き残れましたねぇ」
「で、生き残れたという事は.....そこの貴方が、魔王という事になるのね」
「おう。魔王だぜ。――しっかしすげぇ髪だな」
あまりに凄まじい長さをほこる髪を前に。魔王は割と圧倒されていた。
何だよコレ.....どうやって手入れしてんだよ....。
その視線に気づいたのか。長老は魔王に声をかける。
「この髪、長いでしょう。――何千年も切らずにおれば、こうなるのよ」
「へ~」
「ちなみに他の毛はちゃんと手入れしているから安心なさい」
「いきなりブッ込んできたなァおい」
「興味ある?」
「ねッス」
「あらそう」
「あるって答えたらどうなってたんだよ」
「その好奇心が満たされる事は金輪際満たされる事はないわ身の程を知れゴミクズ変態野郎、と激励を与えていたでしょうね」
「何をどうアクロバティックな発想すればその言葉が激励になるんだよ!」
自分で話題を振っておいて食いついてきたら切り捨てる。酷い女だ。これが何千年も生きてきた果てに出来た人格というのか。
ただまあ。興味ないと言えばあっさり引き下がる辺り、建前よりも本音を好むというのは本当らしい。
「そうか。お主見覚えがあると思ったが.....アルデバランか」
「誰かと思えば、千年前の闘争馬鹿じゃない。――貴女とて聖女には後れを取ったみたいね」
「応。見事に負けた」
「で」
エルフの長老、アルデバランと呼ばれたエルフの視線は――カガルの横にぼーっと佇むウルドへ向かう。
「その者が、聖女の素体か」
「....」
「まさかまさか....本当に、クルデアの手から離れるとはね」
くく、と。長老は笑みを浮かべる。
「――魔王」
「なんだァ?」
「貴方は今最大級の幸運を得ているわ。――そこにいる聖女の素体は、千年前の魔王にも成れる逸材よ」
「あ?」
「それは、使いようによっては世界を滅ぼせるわ」
ぼぉ、と佇むウルドを見ながら――その生気に満ちた目を更に深く輝かせていた。