──復讐に対する態度をどう考えるべきか。
親しい者からは、やめろと言われた。
そんな事しても、お前の親兄弟は戻らないと言われた。
ごめんね。
──別にワタシは、亡骸の為に戦う訳じゃない。
ぶるり震える。
こんなにも楽しい。
──ワタシの感情の為にやるだけだよ。
復讐という行為は常に自殺志願者や思いつめた病人みたいな不健康そうな面をぶら下げてやらなければならないと誰が決めた。
にこやか笑顔で希望に満ち溢れた表情で行使して何が悪い。
受けた屈辱を晴らすその瞬間。あの時笑顔でワタシの大事なものを破壊した連中が無様に死に晒す瞬間を思い浮かべるだけで──
「ああ...」
少女は恍惚とした表情を浮かべる。
「なんて、素晴らしいのだろう.....」
復讐とは甘味だ。
受けた屈辱を肥料として育つ、果実。
実らせる日を夢に思い浮かべて──少女は何処までも無邪気な笑みを浮かべていた。
「まずは――件の魔王様と、コンタクトを取りますかね」
少女は木々の間を音もたてずに飛び跳ね――轟音鳴り響く彼方まで走っていった――。
※
──魔王は何処だ!
──さっさと殺さねぇと他の連中に先越されちまうぞ!
物々しい声が聞こえてくる。
先程、ゴーレム使いの少女と戦った地点から。
「.....」
その様子を、遠くから見ていた。
非常に遠い場所だ。魔王のフィジカルを以て森を駆け抜け、眼球に魔力を巡らせその様子を。
──恐らく。俺が魔力を解放すると、その魔力を嗅ぎつけて連中は集まる。
だが。
あのゴーレムに投げられた後に、他の連中の介入がなかった。
多分、あの少女が何らかの細工を仕掛けたのであろうと推測する。
──俺の首を狙う。だから連中は大挙して押し寄せる。しかし俺の首を狩り勇者に成れるのはただ一人。だから連中同士も別に仲間ではない。
というか。
多分誰かが仮に首を獲ったのならば普通に奪い合いになるだろう。場合によっては殺し合いすらあり得る。
──あの女をぶちのめした後からああやって人が集まってきているという事は。やはり俺の魔力を隠す細工をしていたのだろう。そして、漁夫を取られたくない心理は皆一緒だ。全員、俺の魔力を隠す手段は持っているだろう。
やはり。
ここで生き残るには、今置かれている状況を活かすほかない。
今自分は確かに囲まれているし狙われているし最悪な状況だが。相手は統率された集団ではなくあくまで個の集まり。そして個々それぞれの利益は完全に相反している。
集団戦を仕掛けられる可能性はそこまでない。
逆に漁夫の利を取られぬように、周囲から魔王の魔力を遮断する手段を持っている可能性が高い。
「.....どうにか、潰し合わせられねぇかな」
勝ち筋があるとするならば、潰し合いをさせる事が前提となる。
魔力そのものは、本当に膨大だ。無限と言い換えてもいいかもしれない。
されどこの魔力を使えば──それを嗅ぎつけられ、囲まれ浄化魔法を浴びせられ死ぬ。
状況はかなり厳しい。
「いや....」
──少し、試してみるか。
呼吸を止めてみる。
──吸い込む酸素の代わりに魔力が自動的に身体を巡る感覚がある。
「最悪──川に潜りながら逃げる事は可能だな」
とはいえ。
仮にそういう手段を以て逃げた所で。この場を乗り切ったところで魔王として生まれた以上殺されるのは時間の問題。
どうしたものか、と。
そう考えていると──。
「こんにちは、魔王様」
いきなり。
まさに唐突。
全身が凍り付くような戦慄と共に心臓が掴まれるような──そんな声が聞こえてきた。
強化された五感でもっても。そしてこちらが最大限に警戒している状況下。
足音一つ。気配一つ。何一つこちらに感じさせないまま己の背後に立ったその女に。
「あ。大丈夫です。ワタシは別にあの野蛮なハンターではありませんから」
にこにこ。
少女は笑みを浮かべ──魔王を見ていた。
その笑みは。他の連中の様な、欲望に塗れたものでも、獣が捕食するようなものでも、アリの巣に硫酸を流し込む時のようでもなく。ただひたすらに根本とする感情にバグが含まれていない純然たる笑み。
敵意はない、と判断した。
少女は──ふわりと浮かぶ柔らかそうな金髪を肩辺りで切りそろえ。長く、尖った耳を持っていた。
「....エルフ?」
「はい。エルフでございます。ワタシの名前はカガル。さて、では魔王様──」
少女は笑う。
笑う。
「──貴方がこの場を生き残る手助けを致しますので。ワタシの復讐に協力して頂けませんか?」
笑って。
そう言った。
※
「──ご安心ください。周囲にはワタシが魔力遮断の結界を張っておりますから」
自分の復讐を手伝え──。
そう告げたカガルは笑みを絶やす事無く魔王と向き合う。
「ワタシと貴方は、きっとお互いの利害が一致する」
「復讐、と言っていたな。アンタは何に復讐するってんだ?」
「よくぞ聞いてくれました。──結論から言うと、クルデア王国の【聖女】。ミラドリム・パルミ・クルデアに対して、ワタシは復讐したいと思っている」
「.....【聖女】」
「そう。【聖女】。奴はクルデア王国の教会における次期指導者であり、教会における最大戦力です」
「.....教会」
「そう。教会。──浄化魔法の本家大本です」
魔王は、浄化魔法によって敗れた。
三人の勇者が魔王との最後の戦いに赴き、その首を獲った事で。
三人は──剣士に、盗賊に、僧侶の三人組だったという。
「そうして。魔王を討ち取った剣士の方は英雄として祖国に凱旋し己の流派を作り上げます。盗賊の方は魔王討伐により恩赦を受け、その後余生を過ごしました。──そして僧侶は、祖国に戻り浄化魔法の体系化を目指し研究を進めていきました。その僧侶の祖国がクルデア王国であり。その浄化魔法の体系化に協力したのが教会でした」
そして。
「浄化魔法は魔王を殺す為の手段でもあり。そしてあらゆる毒性物質を消し去る最高の医療魔法でもありました。体系化された浄化魔法はあらゆる医療機関で用いられ、大陸全土に広まりまして。──そして教会の権威は非常に強まりました」
「権威かぁ」
「そう権威ですねぇ。具体的に言うと、教会に献金しない医療機関は浄化魔法を扱うに必要な道具を卸してもらえず維持が難しくなりましたし。クルデア王家関係者が続々教会の重要関係者と婚姻を結び、様々な理由を付けて国費を教会に落としていっています」
「わァ、カス!」
「浄化魔法そのものは例え教会を信仰していないものでも学ぶことが出来ますし、教会関係の医療機関を受ける事も出来ます。ですが──浄化魔法を簡易的に行使するに必要なある道具の製造法を、教会は独占しています。──”聖骨”というんですけどね」
「聖骨...」
「これ。むか~し魔法の訓練を積み重ねてきた者の骨を杖なり魔道具に埋め込めば、魔法を使うのが簡単になるという逸話から来ているんですよ」
「ああ....。さっきのゴーレム使いが、先祖の骨を埋め込んでるとかなんとか言っていたな...」
「そうそう。魔法使いの人たち、基本的に先祖が死ぬと身体を焼いて骨を取り出して杖に組み込むんですよね。そうすると魔法が使いやすくなるから」
「ええ...」
「で、です。──この”聖骨”。教会が売り出し始めたんですよね」
「え?」
「原材料は、魔法を修練した存在の骨。もしくは、魔力を帯びた古代の樹木。これを用いれば、素人でも、魔力がほとんどなくても、ちょっと訓練すれば浄化魔法が使えるようになる。──教会は聖骨を作り出すために二つの事を行うようになりました」
「それは....」
「国内の異教徒狩り。そして──古代樹木の土地権利を奪う事。この二つ」
すごーく。
嫌な予感がしてきた。
「魔法を修練した後の人間の骨が原動力となる──だからこそ教会は考えたんですよね。魔法の修練に近い事をさせた後に人間を殺してその骨を奪えばいい。──死なない程度の魔法を浴びせて身体を痛めつけて、骨が聖骨になるまで繰り返す。そして殺す」
「ええ....」
ひどい。ひどすぎる。
「そしてですね」
カガルの笑みが、更に深くなっていく。
「魔力を帯びた古代の森で生きてきた私たちエルフはその場所を追い出されました。で、それに抵抗しようものなら──当然の如く殺される羽目になりまして」
「....」
「私の親兄弟は、そうして殺されました。あ、ちなみに」
「なに?」
「この森──私の故郷です。ここにある木々、全部古代の樹木です。教会も頭を抱えたでしょうね。まさか魔王との戦いが、自分の主要産業の原産地で行われると予言に出てしまったとは」
「....」
もう言葉を挟む事すら出来ない。
重い....あまりにも重すぎる....。
「という訳で。私の親兄弟を殺した教会関係者であるあの聖女は──是非とも復讐したい訳でして」
「あのさ」
「どうしました魔王様?」
「復讐する奴って、こんなに楽しそうなものなんかね....?」
このカガルというエルフは。
とても楽し気に話していた。
こう、ほら。復讐ってもっとこう、真剣味というか。暗くてじめじめしたものじゃないの? そういう風情が一切見られなくて、その....何というか。あまりにも恐ろしいんですけど....。
「よく言われるんですけどね。──復讐って、楽しいものですよ?」
「そうなん?」
「そうなんですよね。──ワクワクしません? 自分に屈辱を与えた連中に地獄を見せられるんですよ。その為に必死になって考えて、色々動いて準備して。そういう努力を積み重ねて、同じ屈辱を味わわせる瞬間を思い浮かべると──どうしても、笑みが浮かんじゃうんですよ」
その言葉に、一切の嘘はない。
それが理解できる。
なぜならば──本当に。本当に一切の笑みの形を崩していないのだ。この女は。
「ワタシはエルフですからね。長寿なんですよ。多分もう三百年くらい生きています。この祭りももう生きているうちにかれこれ三回目になりました。──魔王様。どうでしょう?」
「どうでしょう、とは?」
「──恐らく。この森にいるハンターの中でも別格の強さを持つのが、ミラドリアです。あの女、教会の聖女であり、その上で王族ですからね。魔力量もステゴロの強さも化物レベルです」
「聖女なのに?」
「聖女なのに」
「この世界の聖女ってなんなの....?」
「教会が信奉する女神の依り代で、異教徒ぶっ殺し隊のトップですから。強くなければいけないんです」
「こわぁ...」
本当に怖い。
何なのこの世界。
「恐らくは──この森のハンターの中でトップクラスに恐ろしい敵でしょう。先程魔王様が戦ったゴーレムのように、魔力で打ち消し合う戦術は使えないでしょう。なにせミラドリアは生まれながら全身に聖骨を埋め込まれており、そして浄化魔法を刻んだ妖精を従えています。一瞬で魔王様は消し飛ばされてしまうでしょう」
「ええ...。というか」
「はい」
「さっきの戦い――見てたんかい!?」
「はい!」
「何で助けてくれなかったのよ!?」
「あんなところで負けるわけがないという篤い信頼故です!てへ!」
「てへ、じぁねーんだよなぁ!!」
絶対にこいつ。あの戦いを見物しながら、値踏みしてやがったな....と確信を覚える。
畜生....でも足元見られてる。もう本当に首が回らないどころかねじ切られる寸前みたいな状況だもんなぁ.....。そりゃ値踏みもされるだろうけどさぁ.....。畜生.....。
こわぁ。
「と、なれば──。真正面から戦う方法はとらない方がいい。戦術を用意し罠にハメるんです。その為の準備をしましょう」
「準備って?」
「まずは。私から一つ、魔王様に魔法を教えましょう。それを軸にこれから戦っていきます。そして....」
「そして?」
「燃やしましょう」
「え?」
もう何度も言っているが。
この女──本当に楽しそうな表情を崩しやがらない。
「この森を。元々の私の故郷を。取り敢えず燃やして、ハンターを一気に数を減らしましょう。大丈夫です。魔力の籠った森の焼き方は私は存じております。まずはそれからです」
そうして。
エルフから──森焼きの誘いを受けた。
え?
ええ.....?
エルフが森を焼くの.....?
「エルフが森を焼いてはならぬルールはないですから」
「そもそも森は焼いちゃだめでしょ......?」
「ルール無用です」
え、なにこれ。
こわぁ.....。