──戦場となっている森は、古代樹木が集まって形成された代物である。
古くから存在しているものに、魔力は宿る。
森の木々も、そういう存在であった。
その森が。
紅に染まっていく。
煌々とした光の中。朱色に呑まれていく。
突如発生した風が、赤い粉塵となった枝葉を巻き上げて。
うねりを上げて。濁流のように。強風に煽られ炎が燃え盛っていく。
「逃げろ! 逃げろォ!!!」
魔王狩りのハンターを囲うように、森の端々から燃え盛っていく炎は。
血色の槍衾の如く、侵食していく。
「何でだよ! ここの木は古代種だろ! 何で燃えるんだよ──!」
魔力を宿した木々は、燃えないし腐らない。
そう言い伝えられてきた者達にとって──眼前の光景はあまりにも信じがたい光景であった。
「──何という事を.....!」
その光景を見て、
【聖女】は奥歯を噛み締め、わなわなと手を震わせ。
「──これは、何が起きている....!?」
【原初の勇者の末裔】は困惑の言葉を呟き。
「ハハハハハハハハッハ! 成程! そういう手段があったか! やはり──戦場とはこうでないといけない!」
【武王】は、高らかに笑った。
古代樹木が燃え盛る。
その光景の中──絶叫の音が間断なく鳴り響き続けていた──
・ ・ ・
「さて。基本的にここの樹木は、ただ火をくべるだけでは燃えません」
カガルは、そう説明していた。
「なんで?」
「理由としては、樹木に魔力が宿っているからです。その魔力というのは、自然由来の地・水を元素とした魔力です」
「.....解らん」
「まあまあ。木というのは、基本的には大地に根を張り、そして大地の恵みを糧として生きている訳です。そして木そのものもまた大地に別の恵みを還元する。このサイクルを長く続けてきた木々は、大地から得られる元素を魔力に変換し、より効率的にこのサイクルを回そうとするものなのです。──まあ説明はこの辺で切り上げますか。要するに、この辺りの木には”水”の魔力が宿っている訳です。だから燃えにくい。これだったら解りやすいでしょう?」
「ああ。解りやすいな」
「基本的に山火事が起きるのも、大気が乾燥していて、なおかつ木そのものも枯れて水分がない時とかに起こりやすいですよね? ここらの樹木は基本的に魔力変換のサイクルを回す事で水を絶やす事が無いんです。そして木そのものが燃えようとすると、内部から魔力を循環させて水の膜を作って燃焼を防ごうとするんです。多分防御本能ですね」
「すごいな....」
いや。本当にファンタジー、という感じがする。
魔力という概念が、生命体だけではなく。植物にまで適応されているという現実。本当に別の理屈や法則で動いている世界なのだなぁ、と謎の感動を覚えてしまう。
「さて。では燃やし方ですが」
「はい」
まあ。
感動したところで燃やすんですけど。
「ワタシはエルフでして。基本的に風の魔法を操ります」
「そうなんだ」
「そうなんです。魔王様の魔力が毒の元素を持つならば。ワタシの魔力は風の元素。基本的には、”流れる””圧力をかける””物質を移動させる”みたいな効果と結びついている魔法が扱えるわけです」
「へぇ。そういう効果が定められてるんだな。──なら魔王の”毒”の元素ってどういう効果と結びついているんだ?」
「あ。それは簡単ですね。──”魔王様以外の生命種に害を与える”。これが根本の効果となります。なので魔王様の魔法は、基本的に病を撒いたり、生物の攻撃性を増させたり、生体組織を壊したりと。基本的に相手に益ではなく徹底して害を与える方向のものを覚えやすいですね」
「.....」
解っていたけど、魔王って本当に生きているだけで傍迷惑な生命体なのね.....。もう駄目じゃん。
「さて。話を戻しましょうか。──ワタシは風の魔法の使い手ですが。やはりこればかりは年の功といいますか。三百年間使い込んできた分──研鑽もかなり積んできましてね」
「三百年...」
「魔法というものは、習熟すればするだけ。効果が及ぶ範囲を拡張できるんですよ。ワタシの風の魔法も、基本は”流す””圧をかける””移動させる”の三択ですが。例えば、これが初歩」
カガルは石を拾うと、フ、と息を吹きかける。
その息の”流れ”に沿うように、勢いよく石が飛んでいき、樹木にめり込む。
「これが中級」
一つ足踏みすると、カガルは己の身体を浮かし、樹木を蹴り上げ空中で思うがままに身体を動かし続ける。
「そして──ここからが上級」
カガルは樹木に手を触れると──その樹木が一気に枯れ果てていく。
触れた手先には、──びしゃびしゃと水が流れ落ちていく。
「え。何やったの?」
「最初は、息を吹きかける事で風を生み出し、石を飛ばす流れと圧力を作る魔法。次は、自分の肉体に上方向の流れを生み出し浮遊し、別方向に圧力をかける事で身体を自在に動かす魔法。最後は──樹木内部に存在する水分を、風によりこの手に移動させたのです」
「えぇ...」
「今回は掌で触れるという過程を経て水分を飛ばしている訳ですが。掌ではなく、砂塵を纏った強風を発生させる事で辺り一帯の樹木の水分を砂塵に移動させます。そうして、木々を枯らす」
「.....そんな事出来るの!?」
「ええ。出来るんです。──ワタシはこれが限界ですけど。何千年レベルで生きているエルフの最長老なんかは、最大魔法で人間の水分を飛ばしてミイラにする事だってできるんですよ。凄いですよねぇ」
「こわ...」
「水分を移動させた砂塵は、森よりもずっと遠くに吹き飛ばします。せっかく樹木を枯らしても、湿った砂がそこにあったら燃焼速度が落ちますからね」
そして、と。
カガルはいう。
「魔王様は、この炎を
「.....隠れ蓑?」
「そう。──魔王様の弱点は浄化魔法ですが。そもそも浄化魔法が生み出される前まで本当に打つ手がなかったんですよ。浄化魔法以外の攻撃は、魔王様が己の魔力を御自身の肉体に巡らすだけで耐えられますし、ダメージを負ってもすぐに回復します。──ほら。さっきのゴーレムにやられた両腕も、もう回復していますよね?」
「ん? ──ああ。本当だ」
「魔王様の魔力は、他者に害を与える性質。そして魔王様の肉体は他者に害を与えるべく存在している。それ故に魔王様は自分の魔力で自己再生と自己補完が可能。凄まじい能力です」
「ちょくちょく俺に現実突き付けてくるのやめてくれない? 俺のメンタルをちゃんと考慮してくれ」
「なので──炎の中であっても、魔王様が魔力をきちんと巡らせていればダメージは負いません。火災の中で呼吸が出来ずともそこも大丈夫。これで、少しは勝ちの目が出てくるでしょう?」
「──おお!」
成程、と手を打つ。
確かに。他の連中は炎で道が制限されていくのに、炎に耐えられる肉体を持つ魔王は、逆に安全な場所が増えていく。
「とはいえ。これだけでは結局の所──炎の対処法を持っているハンターに浄化魔法を撃たれたら終わり。なので魔王様には、もう一つ対策を持ってもらいましょう」
「魔法を教えてやると言っていたな。何を覚えるんだ」
「それは──」
カガルは一つ。
魔王の前に何かを差し出す。
「なにこれ?」
「アルマジオン・ネジリムシ・クラピリア・マッシュルームです」
キノコであった。
藍と紫と黒色で形成され、芯が真っ赤な──キノコ。
見るだけで解る。食ったら死ぬやつ。
「毒キノコだよね?」
「普通ならば。このキノコには常人が食せば全身の穴という穴から水分を垂れ流し、血反吐を吐き出し、脳味噌が溶かされ死に至る猛毒を孕んでおります。しかし存在そのものが毒で出来ている魔王様には、要素の接取でしかございません。多少苦しみはするでしょうが、命に別状はないでしょう」
「ちょくちょく毒を挟んできてんなこのエルフ.....。それで、こいつを食ったらどうなるの?」
「魔王様の魔力を用いて──この毒キノコと同じ効果を相手に与える魔法を、さっさと習得できます」
「効果って?」
「吐き気倦怠脱水効果等を付与する毒性効果。そして何より大きいのが──強大な
「げ、幻覚...」
「はい。幻覚です」
いいですか、とカガルは魔王に言う。
「魔法の一番最初のステップは、要素の取得とイメージの構築です。──毒の魔力要素を持つ魔王様は、今は純粋に魔力を放出する魔法しか使えません。それだけでも強大ですが、されどこの状況を打破するには更なる方法を覚えなければ厳しいでしょう。その為には──魔王様には”幻覚”魔法を覚えてもらう」
「....何故、幻覚?」
「理由を説明しますと、例えば毒性魔法で相手を病にしたところで結局浄化魔法で治癒されてしまいます。これだと対して効果はない。されど幻覚は違います。その幻覚を自覚しなければ、敵は自分がそもそも
「......成程」
確かに、と呟く。
幻覚は、自身がそれを認識するまで幻覚であると自覚を覚えない。
つまりは──それを認識するまでの間、浄化魔法で打ち消すという発想を抑えることが出来るのだ。
「キノコ食うだけでそれが使えるようになるの?」
「はい。──魔力の放出も、特に誰が教えるでもなく使えるようになったと思います。要素と、イメージの構築。それさえ出来れば初歩の魔法くらいは使えるようになるはず」
「そうか」
「そーれ。ガブっと」
「マジでこれで死んだら化けて出てやるからなこの野郎....」
もう魔王の皮被って化けて出てるようなもんだけど。
しかし。もうこいつを信じて進むほかない。
──いってやる。せーの、
ガブ。
もぐもぐ。
「あ」
視界が回る。
ブラックアウト。黒から紫が滲んで、光が遮断される。
「あががががああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
針を纏った蛞蝓が喉を嚥下し、内臓器官が内側から食い破られる。
冷たい。熱い。冷たい。熱い。
上半身と下半身が同時に灼熱が訪れたり感覚を奪う程の寒気を叩きこんだり。
ヤバい。
なにこれ。
頭からぐちゅぐちゅとした感触が跳ね回る。蛞蝓が全身を這い回り、そして全身に焼き鏝を当てられているような。
「がんばれっ、がんばれっ。ほら魔王様。全身に魔力回してっ。ほら」
「て....でめ、おま、だま.....し」
「騙してなどおりませぬ。頑張ってこの死地から抜け出しましょう。ほら魔王様、頑張れ~」
ニコニコ笑顔のエルフを前に、
味わったことのない苦痛を前に、のたうつ。のたうつ。のたうつ。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
のたうつ。
「さて。これで魔王様が魔法を習得したら早速動き出しましょう。──丁度。いい感じに仕掛けも出来上がった感じですし」
カガルは同じ表情でにこやかに笑みを浮かべながら。
得物を取り出す。
それは、一つの弓。
「エルフが弓を好むのも、やはり風の魔法と非常に相性がいいからなんですよね。一度魔法で流れを作ってやれば──こうして決まった所に着弾させるのは難しくも無いんです」
取り出すは
鏃の代わりに、油が滴る字が巻き付かれた五つの矢。
それに火をかけ空に飛ばすと。
矢を掲げ、息を吸い込み。
『吹き抜け枯らせ、潮干風』
そう一つ詠唱を放つ。
五つの矢が着弾した場所。
そこには、幾つもの樽が存在していた。
着弾した樽からは──大量の油が漏れ出し、火を纏いて更に別の樽へと燃え移っていき。
そうして生まれた炎に、風が吹き抜けていく。
風は──木々を揺らし、大粒の砂塵を纏って吹き抜けていく。
砂塵は徐々に水を含んで黒ずんでいき、それは森の外へと消えていく。
残されたものは。
風に吹き荒れる炎と──枯れ果てた木々と枝葉のみ。
「ただいま。ワタシの故郷。そして──さようなら」
着火点の火花を見つめ。
うっとりと──カガルはその様を見た。
「貴方達も──復讐の輪に入りましょう。ワタシの故郷よ」
そして、次第に周囲のハンター共の悲鳴が響き渡っていく音と共に。
轟々と燃え盛る灼熱を感じ──より鮮明に。より深く。笑みを浮かべていた──。