ベギムが斬りかかった瞬間。
こう、叫んだ。
「そうだ! 俺が魔王だ! ──かかってきやがれ!」
この声を聞き──より迷いのない動きと共に、剣が振り下ろされる。
剣は、分厚い。
柄先から鉄塊の如き支柱が打ち立てられ、その周囲に刃を纏っている。重厚なそれは、刃そのものの切れ味で斬撃を生み出すというより、その剣の重さで肉を潰し骨を叩き折る。
全身に甲冑を着込んだ騎士は、鉄塊のようなそれを軽々と扱い、縦に斬り降ろす。
魔王の背後は崖。
崖の先は、激流の河。
逃げ場はない。
──その肉体が、魔王でなければ。
「そのどでかい鎧とどでかい剣背負って追ってこれるのならば──やってみろォ!」
斬撃の軌道から逃れると共に。
魔王は──迷うことなく崖下の急流へと落ちていく。
「バーカバーカ! 時代遅れの甲冑野郎! 何が”構えェ! ”だクソだっせぇ! 崖で斬りかかれば避けられないだろうっていう打算が見え透いてんだよビチグソ脳筋縦振り猿叫女! 悔しかったらこの水の中追ってこいよ出来るもんならなァ!」
可能な限り。そう可能な限り。あくまで戦術的行動の一環として。魔王は瞬時に脳内で弾き出された単語を軸に、崖から水の中落ちるまでのほんの数秒にも満たぬ時間の中──悪罵の限りを尽くす。
魔王にとっては激流の河川の中溺れようが大したダメージにもならない。だが相手はあの重装備で泳いでくることはあり得ない。そう判断した魔王による、実に合理的な判断であった。
追う事も出来ないのならば可能な限り冷静さを奪っておきたい。ここで怒りに身を任せ甲冑を捨てて追ってくるような馬鹿ならば重畳。
──わざわざ名乗りを上げて襲い掛かってくるような奴だ。プライドが高いし、目的に対する手段の選び方がそのプライドが基準になるのだろう。
だからこそこんな幼稚な罵倒でも──効果は十二分であろうと。
その推測は、当たっていた。
本当に。
ただ──見誤っていた部分があるとするならば。
「成程な。そういう奴か。──下賤め。所詮は魔王か」
彼女──ベギム・クスフントは、【原初の勇者の末裔】であり。
そして。
──水の中追わずとも、魔王を迎撃できる手段があるという事を知らなかった。
「──『天地の境なく。我が剣は振るわれる』」
彼女は青筋をこめかみに浮かび上がらせ、剣を天に向け振り上げる。
ベギム・クスフント。
保有魔法──『天地』
ベギムは崖上から──魔王が流れゆく河川の更に奥にある崖先へ──剣を振り下ろす。
「へ?」
その剣先は、空を切る。
切った空は──斬撃と化し。
魔王の頭上に──巨大な岩石と土の塊が、斬り裂かれ落ちていく。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお⁉」
魔王はたまらず空中へと飛び上がり河川より脱出し、ベギムから見て向かいの森林地帯に向かう。
「──判断を誤ったな魔王。崖に押しつぶされようがお前は生き残ることが出来るであろうに.......!」
ベギムは即座に崖から飛び上がると魔王の後を追いかける。
──火の中に逃げ込みてーが。あの女、火の中から出てきてたな。
恐らくあの女は火の対策が出来ている。
──いや。炎の中に入れば俺自身の姿は見えにくくなるだろうし。あの女自身の肉体に火の耐性が付いてんのか。それともあの甲冑に付与されてんのか。それをどうにか見極める為にも、一旦火の中に逃げ込むか。
魔王は即座に火の中に飛び込んでいく。
追うベギムもまた、躊躇なく火の中へ飛び込んでいく。
「──逃げるな臆病者!」
「うるせぇ! まだ何もしてねぇ、生まれたばかりの生物を殺しにかかっている臆病者の極致だろうがテメェ等はよォ!」
「......ッ! 流石は魔王....! よく口が回るじゃないか....!」
「よっわ~!
「.....]
その沈黙に。
静かなる怒りを感じた。
それ故に──ベギムが剣を横薙ぎに振った時──防御本能で腰を曲げ頭の位置をずらすことが出来た。
その斬撃は、魔王には届くはずのない距離。だが──頭の位置を下げた魔王のその先。燃えている樹木までも斬り裂く。
「....」
その様子を。
ジッと、魔王は見る。
──斬撃の延長をしているのか? それとも斬撃を飛ばしているのか? まだ判別がつかねぇな。
もう一回くらい、見てみたい。
「おらァ!」
左の掌より魔力をかき集め、ベギムに向け──”放出”
瞬間。ベギムは剣で己の身体を覆い隠し防御態勢をとる。
ベギムは剣と甲冑に付与された”浄化魔法”により、その魔力を打ち消す。
その動きを見越し──魔王はもう一発。右の掌から魔力を飛ばす。
「馬鹿の一つ覚えだな.....!」
同じ構えのままベギムはその魔力の放出を防ごうとして。
「馬鹿はテメェだよバ────カ!!!」
その魔力は。
ベギムの肉体ではなく。
その足元。
火の手が上がる地面に向けられている。
炎と土煙が巻き上げられ──ベギムの視界が塞がれる。
「な.....!」
即座に剣を頭上に振り上げ、視界を塞ぐ土煙を払うが。
その時には──甲冑に、衝撃が叩き込まれる。
それは──魔力が籠められた魔王の右拳による一撃。
腹部に叩き込まれたそれは──魔力そのものは浄化魔法により打ち消されるが。魔力で強化された殴打の衝撃までは消す事叶わず。
ベギムの肉体を吹っ飛ばすことに成功した。
が。
「あいぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! やっぱりいてえェェェェェェェェェェェよぉぉぉぉぉぉ!」
浄化魔法を付与した甲冑に直接触れてしまった魔王もまた。
右腕全体から血を吹き出していた。
されど。
これにて。
魔王は、己の右腕を犠牲に──ベギムとの間に距離を作ることに成功した。
即座に逃げを選択するかと思いきや。
魔王は──ただそこに佇み、左拳を地面に叩きつけていた。
ベギムは──その隙を見逃さず、魔王に向け斬撃を放つ。
魔王はその斬撃を見ながらステップを踏み、斬撃の軌道から逃れる。
されど。
先程浄化魔法でボロボロになった右腕だけは、その軌道上に残して。
肉が押し潰され、骨が砕かれ、そして切断される。
その感覚を覚えながらも──魔王はそれでも、笑みを浮かべていた。笑みを浮かべ、背後の様子を眺めた。
己の背後。やはり──そこにある樹木も、傷がついている。
魔王は切断されたその右腕を左腕でキャッチし、そのまま遠くに投げ飛ばす。
その右腕が地面に落ちた瞬間──
ベギムの眼前から。斬り飛ばされた魔王の右腕も。魔王そのものの姿も。双方とも消え去る。
「......幻覚!」
そうだ。
魔王は、幻覚魔法を用いる。
今魔王は──この森の景色の一部を切り取って、己が存在する光景に張り付け、己の位置を隠したのだ。
即座に騎士は──その幻覚の景色の中に走り寄り、先程魔王が左拳を地面に叩きつけた位置まで走り寄り。
そこに、剣先を落とす。
浄化魔法の光が地中にある魔王の魔力を打ち消した瞬間──景色が戻る。
もうそこには、魔王はいない。
──逃げられた。ベギムはそう呟き、奥歯を砕かんとするかの如く口内を噛み締めていた
※
「.....さあて。騎士ちゃん。まだまだこれからだぞぉ、っと」
あの瞬間、魔王は。
コピペ幻覚魔法を用いて、騎士から逃れた。
AとA´。
近しい空間同士に同じ魔力を込め、繋ぎ合わせる事で発生するこの魔法。
あの時。
魔王は自身がいたA´の位置には左拳経由で魔力を地面に込め。
Aの位置には──斬り飛ばされた右腕に同じ魔力を込め、それを投げこむことで、それを座標として空間同士を繋ぎ、幻覚魔法を成立させた。
「畜生....右腕の再生がおせぇ...」
解ってはいたが、あの剣にも浄化魔法が仕掛けられている。
切断面から浄化の魔力がこびりつき、それを己の魔力で打ち消す作業と並行しながら右腕の再生をしなければならないのだ。
あのゴーレム使いの時は、右腕の原型は留めていた上に、最初から魔王の魔力を込め浄化魔法の打ち消しが行使出来ていたが。今回は最初から浄化魔法が付与された鎧を殴りつけた際に打ち消しようの魔力を使ってしまっており、更にあの斬撃に対して魔力での打消しが間に合ってなかった。
これらの事情が合わさり──今、魔王の右腕の再生は非常に遅い。
「だが....これであの斬撃の正体は大体解った」
今までの、あの女騎士の一連の斬撃。
それを頭の中で回帰する。
崖を斬り裂き、水流で逃れようとする魔王の動きを阻害した斬撃。
炎の中、魔王を追う中で放ち、そして回避できた斬撃。
そして。最後──己の右腕を斬り裂いた斬撃。
「アレは──刀身を伸ばしている訳でも、斬撃を飛ばしている訳でもねぇ。”空間の奥行きを限定的に無くす”効果の魔法を使っているんだ」
恐らくは。
あの騎士の斬撃は──騎士の視界を一枚の絵のように、奥行きの無い二次元的な空間として認識し、そこに刃をなぞるように斬撃を行使している。そう魔王は判断した。
撮った写真を引き裂けば。奥行きに関係なくどれだけ遠くにある事物であろうと同じように裂けるように。
あの女の斬撃はどれだけ遠くにあろうとも。そこに物体があればそれは斬り裂かれる。
最後。
己の右腕が斬り裂かれた瞬間。
魔王は──その様子をしっかりと観察していた。
剣が伸びている様子もない。
斬撃が飛ばされているような、衝撃の余波らしきものもない。
そして。
自身が斬り裂かれた瞬間の斬撃は、確かに己の背後にある樹木は傷ついていたが。
しかしその傷は──切断された右腕が重なる部分だけは、存在しなかった。
それらの要素を勘案し。
魔王は──あの騎士の斬撃は、奥行きの概念を飛び越えて行使されるものであると。そう判断した。
「流石に奥行きを無くせる距離には制限があるんだろうが.....。それでも基本的には”視界に入ると、即攻撃対象”ってのは意識しとかねぇとな....」
凄まじい。
その上、攻撃全てに浄化魔法が乗っかるというオマケつき。
──天地魔法。
それは、事物の境界を取り除く魔法であると言われている。
その使い手であるベギム・クスフントの魔法は──自身の斬撃を、己の視界に入る限り届かせるという効果を持つ。
「クッソつえーな。いい加減にしろや....。だがまあ、チャンスだ。俺の推測が正しければ、アイツの魔法は”視界”が重要になる。火の手が上がっているのは、それだけでこちらに有利。それに、──俺の魔法は視界を欺ける」
非常に強力な魔法であるが。
されどこちらの魔法との相性は決して悪くはない。戦うフィールドもこちらに有利。
この条件で勝ちを拾えないのならば──どの道殺されてしまうだろう。ここが正念場だ。
「絶対に勝ってやる。──待ってやがれよこの野郎」