鉄槌を手にした女が、眼前に現れる。
光り輝いている。
その光だけで、目が潰れそうになるほどに。
しかし。
魔王の目には──その姿は神々しくは映らない。
「──禍々しい聖女様だなぁ、おい」
その光は。
その身に宿す邪悪を隠すための代物であろう。そう魔王は感じていた。
聖女は。鉄槌を手に、魔王へ向け言葉を放つ。
「お前がこの世に生れ落ちた事。まずもって第一の罪」
「そりゃ俺じゃなくこの世界のシステムに文句言ってくれ」
「この神聖なる森に火を放ったこと。第二の罪」
「異種族虐殺して追い払って占拠した身分でよー言うわ」
魔王の台詞を耳にし。
聖女は笑う。
「神の御旗に付き従いし我々が、神の愛も、富も、この大地も、全てを支配する。当たり前の道理。愛なき生き物は魔である。故に、──貴様らは生きてさえいない。この世に生きる価値もない。死して空に帰る塵と同じ。ならば無為に死ね。魔は魔として」
「わァ! 典型的なカスの原理主義!」
「──死になさい」
最後の発言と共に。
周囲を飛び回る十六の妖精が、光を纏って魔王の周囲を囲んでいく。
そして。
「なんだァ、この羽虫共──」
妖精同士が、それぞれが位置する空間との間に光の線を引いていく。
十六の座標。座標同士が線を引き、囲み、空間を象っていく。
「げ」
妖精に囲まれた魔王は。
その正体に気付く。
囲った空間に──浄化の光が満ちていく。
「あ、死んだかこれ?」
──妖精同士が座標となり空間を形成し。その中に、浄化魔法の光が充満していく。
自身の肉体が外側から焼かれていく感覚が、じゅくじゅくと。
死を覚悟したその瞬間。
風が吹いた。
石礫と砂塵を纏った強風が彼方から吹き荒れる。
「──ナイスだ!」
それがカガルの魔法であると理解した瞬間──絶叫を上げながら魔王は走り出す。
妖精は強風で座標から流されていき、纏った石礫でダメージを負っていく。
「逃がすかァァァァァァァァァァァ!」
聖女もまた金切り音のような絶叫を上げ、逃げ出す魔王の背中に妖精を一匹放つ。
それは光を纏った弾丸となり、妖精の肉体が崩れるほどの回転と共に直線で放たれる。
「──んなもん喰らう程ボケちゃいねーんだよこのゴミカスがァ!」
振り向きざまに──魔王は魔力を圧縮した右腕で妖精を掴み、握りつぶす。
魔力と浄化魔法を相殺しつつ妖精を絶命させると、即座に捨て去る。
そして。
風が運んできた砂嵐の中に紛れながら──魔王はその場から逃げ去った。
「.......ひひゃ。ひ、ひっひっひ。ひひひひひ」
魔王を取り逃がした【聖女】は。
「ああああああああああああああああががががあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
癇癪のような感情の起伏と共に末魔の如き叫び声を上げ、怒りのまま鉄槌を振り回す。
振り回された鉄槌が、火の中に沈む古代樹木をなぎ倒し、紅に浄化の光を撒き散らしていた。
「神よ! 神よォォォォォォォ! まだ! まだこの私に試練を与えるというのですか! あああああああああああああああああああああああ何故だあああああああああああああああああああ何故ェェェェェェェ!」
【聖女】は、壊れていた。
聖域たる森を燃やされ。多くのハンターがすでに森に燃やされ。祭典は滅茶苦茶に破壊され。
その報いを与えんと魔王と対峙し、その挙句に逃げられ。
彼女の人格の中にある理性は、崩壊していた。
その人格が纏う理性は脆く、内包する感情は爆発するかの如き屹立を見せ。感情のまま肉体が動く。
【聖女】とは──そういう風に設計されていた。
※
「......いや。すまねぇな。調子こいてあの女騎士と戦ったせいであのぶっ壊れ女を呼び込んでしまった」
「いえいえ。むしろこれで脅威の一つが排除された訳ですから。それはいいのですが──」
魔王は、【聖女】との邂逅からどうにか逃げ出すことに成功し。その後カガルとの合流を果たしたが──。
「何故に──その脅威をわざわざ助けたのですか?」
魔王は逃げる途中。
甲冑を砕かれ意識を失っていた──ベギム・クスフントも背負い、あの場から連れ出していた。
「多分こいつの火の耐性は、甲冑の性能によるもんだろ。あのまま放っとけば死んでただろ」
「うーん。こういう言い方はまあアレですが。別に死んでも構わないとは考えなかったのですか? 殺し合っていたわけですから」
「そこには俺の中で線引きがある。殺し合いで殺すのも殺されるのも仕方ねぇ。だが──助けられるのに見殺しにする事だけは、よっぽどの悪人でもなければしねぇ」
「へぇ。それは何故ですか」
「俺が不愉快だからだ。殺しにくる連中を返り討ちにして、結果として殺すのと。見殺しにするのとではタチが違う。──クソほど小物くせぇし。単純に胸糞悪い。そういう諸々の不愉快味わってまで見殺しはしたくねぇ」
その瞬間。
──カガルは一瞬、呆けた表情を浮かべ。そして、大いに笑った。
「なにを笑ってんだよ」
「いや。申し訳ない。少しワタシは貴方の事を甘く見ていました」
──魔王は古来。己の心のあり様のまま振舞っていたという。
己が愉快な世界を創出し。己にとって不愉快な事物を排除する。その行動原理の一環として、人間を滅ぼさんとしたと。
「貴方は魔王の素質がありますよ」
「はァ?」
たとえ直前まで命を奪おうとした相手であれ。どれだけの苦境の中であれ。それがどれだけ不合理であれ。
己が不愉快な事象は排除する。
そういう性質を持った──魔王なのだと。
「....」
「お。──目が覚めたか」
そして。
その言葉を──うっすらとした意識の中で、ベギム・フスフントは聞いていた。
「.....この期に及んで。私は情けをかけられた.....のか」
最後に見せた気迫の炎も尽きたのか。
ベギムは力のない声でそう呟いた。
「....別に。殺しても、構わない....。お前の言う通り、私はお前を殺そうと...したのだからな....。情けは、要らない」
騎士の声は、恐らく心底からの本音を吐いているのだろう。
それは騎士の矜持故、というより。今自分の命に情けをかけるほどの価値がないと自嘲している──といった感じ。
「情け情けってうるせー奴だな。命拾いできたんだからちったぁ純粋に喜べや」
「....あの甲冑と、剣は。始祖の勇者の遺物だ。アレを失ってしまった私が、魔王の首を獲れずして国に帰ったところで...」
「はいはいうっせぇ。何を言われようが俺はお前を殺さねぇぞ。死にたいなら勝手に死ね」
しっし、と虫を払うような仕草をして。魔王はベギムとの会話を打ち切った。
さて、と魔王は言う。
「なあおい。アレがアンタの復讐対象?」
「そうです。アレが【聖女】。ヤバいですよね」
「勝てるの?」
「我々だけじゃ無理でしょうねぇ」
「だよなぁ」
あれはもう、何というか。戦うにあたっての次元が違う。
──もう災害だよ災害。
勝つ勝てないではない。災害に対して勝敗の概念など存在しないのだ。あの化物はそういう存在なのだ。
「あの【聖女】は、浄化魔法を極めた怪物です。普通浄化魔法は医療魔術ですから。魔王様以外に対しては通常無害なんですが。──あの【聖女】の浄化魔法だけはちょっとどころじゃない理不尽な性能なんですよね」
「どんな性能してんの?」
「”浄化”の解釈が、恐ろしく拡張されているんですよね。皮膚の色が違う異種族があの光を浴びれば全身が焼け爛れますし、瞳の形や色が違えば目を潰す。種族どころか人種の違いでさえ、”浄化”の対象になっている訳ですね。魔王だけではなく、異民族や異種族をぶち殺せるように設計し直されてるんです」
「なにそれこっわぁ....」
「怖いですよねぇ。なので、あの女の浄化魔法はワタシが浴びてもマズいのですよねぇ。そして見ての通り──浄化魔法抜きでも、勇者の遺物を一発で破壊できるだけの膂力もあります。そしてあの【聖女】の浄化魔法によって、どれだけ怪我を負おうとも瞬時に再生されます。不死身の怪物でもある訳ですね」
「えぇ....」
種族や人種が違うだけで問答無用で焼き尽くす魔法に、不死身の肉体に化物じみた膂力。え? あの女の方がよっぽど魔王じゃない?
「対策そのものは用意しているのですが.....。まずはあの鬱陶しい妖精を仕留めない事にはどうにもなりませんね。その上で少々地力が違いすぎるので──ちょっと疲弊してもらう必要もあります」
「暴れているうちに疲れてくんねぇかな....?」
「暴れているだけじゃ無理でしょうねぇ。異種族の軍勢丸三日殺し回ってケロリとしている怪物ですよ」
「なんかアイツについての情報聞くだけでもうお腹いっぱいなんですけど...」
ねぇ聖女っていったい何だっけ......?
「聖女というのは、教会製の兵器みたいなものでしてね」
「なあ。アレ、次期指導者なんだろう。あんな気狂いで大丈夫なんですかい?」
「大丈夫ですよ。人格なんてあの化物にとって肉体を動かすための燃料のようなものです。壊れたら修復すればいい」
「ええ...」
「元々の人格なんて、もうあってないようなもんですよ。──元々【聖女】というのは。浄化魔法に高い適正と耐性を持つ女性を連れてきて、その魂を破壊して、再構築して、肉体に大量の聖骨を埋め込んで製造されたもの。魂なんて外付けの装置のようなものなんですよね。ああやって過負荷がかかってぶっ壊れればもう一度入れ直すだけ」
「マジで兵器じゃん....」
魂すら入れ替え可能な、人間。しかも肉体も究極まで改造されているときている。魂をエンジン代わりにした人間兵器じゃーん。
「ただ──そういう入れ替え可能な程に脆い魂だからこそ、やりようがあるのです。やりようはあるのですが、それでもまだ足りない」
「.....どうすればいい?」
「我々がどうこうする前に──我々以外の人間にあの化物と戦ってもらいましょう」
「.....誰だ、そりゃ」
「──東方連合共和国の武闘家。ヤナギ・ソネサキです」
カガルは。
──【武王】の名を、唱えた。
※
破壊音が、響き渡る
彼女は、至極解りやすい方法で──己の肉体を炎から守っていた。
それは、純粋な破壊。
地盤を踏み砕き、木々を破砕し、炎の根元を叩き壊し、鎮火させる。
堂々と派手に破壊行為を行いながらも──彼女は、一切の魔力遮断を行っていない。
目立って狙われるならば──それこそが本望。
「隠れずともよいぞ。魔王」
周囲の炎を叩き壊し払うと──ヤナギは均した大地の上、胡坐をかいて座る。
「言葉を交わしたいというのならば幾らでも聞くぞ。──その後は闘争であるがな」
クク、と笑みを浮かべヤナギは両手を広げる。
──結界張ってんのに、何で解んだよこいつ。
現在【聖女】が癇癪と共に破壊行為を行っている地点とは逆方向。
そこに──また別な破壊活動を行っていたヤナギの居所を知るのは実に容易かった。
ヤナギは、堂々としていた。
小柄な肉体。されど一たび振るわれれば万力の暴風が吹き荒れる。
暴力を行使する為に作り上げられた肉体が、そこにあった。
「....何で俺の場所が解ったんだよ」
「気配、というと曖昧な言い方だの。おぬしが存在する事による空気と大地の変化をわらわが読み取ったからだ。魔力探知なんぞ頼らずとも、五感だけで獲物の位置なぞ解かるものよ。ま、ひとまず座るがよい」
ヤナギに促され、魔王もまた座る。
二人が、向かい合う。
「それで──おぬしは何のためにわらわの下へ?」
「単刀直入に言うなら、──俺と協力しないか、って提案をしに来た」
「ほう。──魔王が人間に協力を求めるか」
「ああ。魔王だろうが何だろうが。あの腐れバケモン聖女は勝てねぇ。勝てないなら協力を求めるまでだ。──アンタは別に、勇者の名誉が欲しくてここに来たわけじゃないんだろう?」
そう聞くと。
少しだけ呆けた表情をして──ヤナギは、獣の如き笑みを浮かべる。
「よく知っているではないか。協力者の情報かの」
「.....協力者がいる事。アンタは気付いているか」
「うむ。当然よ。──そして、おぬしの言う事は正しい。わらわは、名誉も金もどうでもいい。求めているのは闘争のみよ」
「ならはっきり言う。俺なんぞよりも、あそこで暴れ回っている聖女の方がクソ強い。あっちと戦ってくれ。こっちは絶対邪魔しないと約束する」
「結論から言おうかの。断る」
ヤナギは──笑みを浮かべたまま、告げる。
「わらわは戦いが好きだが──戦いを好む者というのは二種類いる。戦いの果てにある結果が好きな者と、戦いの過程が好きな者。わらわは圧倒的に後者だ」
戦って勝つ事。
戦う過程を味わう事。
ヤナギは──後者に、戦う理由があるのだと語る。
「わらわを殺しにかかるもの。破滅させんと挑む者。その全てが愛おしい。愛している。愛しているが故に、──全力であってほしいのだ」
グっ、と右拳をヤナギは握る。
「わらわは、挑むよりも挑まれる方が好きなのだ。なぜならば、挑むという心理状態は──わらわに対して全力であってくれるからの」
全力。
それがキーワードなのだと。そうヤナギは言う。
「確かに。あの聖女の下へ赴き、わらわが聖女に挑みかかって戦う事は簡単だろう。だがのう。わらわはあくまで、挑まれたいのだ。そして──挑まれるための代物が、目の前にある」
それが。
おぬしの首だ、と。そうヤナギは言う。
「わらわが挑みかかるよりも。──おぬしの首を持参して、それを奪いとらんと【聖女】がわらわを襲い掛かってくれる方が。より全力で奴は戦ってくれる。そうは思わぬか?」
「....」
――ああ、駄目だ。本当にダメだ。
――こいつは。想像よりも更に三段階くらい、頭のねじが外れていやがる――
「それともう一つ。わらわは姦計を仕掛けられるのは大好物だが、仕掛けるのは死ぬほど嫌いじゃ。魔王を狩る為の祭典で、魔王と協力するなどという姦計はわらわには出来ぬ。──まあ、だがの。魔王」
ヤナギは胡坐を解き、立ち上がり。
おぬしも立て、と。そう魔王に告げる。
「わらわを聖女と戦わせたければ──おぬしの姦計と、力を以て戦わせればよい。それが実現できたのならば。わらわはおぬしに感服し、喜んで【聖女】と戦ってやろうぞ。生き残りたくば、己の力で──掴み取れ」
眼前に、【武王】が立ちはだかる。
それは――巨大な岩石の如く。静かで、されど重圧を感じる代物。
地割れの如き踏み込みと共に――ヤナギは、右拳を放った。
ヤナギちゃんはとっても純粋で真っ直ぐな素直な子です。