IP序列第一位のペアがなんやかんや頑張ってガストレアが絶滅し、呪われた子供は普通の少女になった。

いきなり平和になった世界で蓮太郎は――

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デウス・エクス・マキナ(deus ex machina)

物語が解決困難な状況に陥った時に神が現れ、一石を投じることで解決へと導く古代ギリシア演劇の手法。現代で言うと「ご都合主義」「超展開」「ジェバンニが一晩でやってくれました」的なものである。


デウス・エクス・マキナが頑張り過ぎた結果

 富・名声・力。全てを手に入れた二人、IP序列第一位の民警ペア。

 国連議会の壇上で彼らが語った言葉は人々に希望を与え、奮い立たせた。

 

 平和な世界? 欲しけりゃくれてやる。

 見ろ!! なんやかんやでガストレアが絶滅し、呪われた子供が普通の少女になった世界がそこに置いてある!!

 

 

 

 

プロモーターたちは武器を捨て、ペンを握った。

 

 

 

 

 世はまさに――民警大失業時代

 

 

 

「誰か……俺にありったけの夢をくれ……」

 

 ゴキブリとお友達になれるボロアパートで里見蓮太郎はちゃぶ台に突っ伏していた。卓上には大量の履歴書と不採用通知が広げられている。

 二〇三一年の夏、IP序列第一位がなんか色々と頑張ったお陰でガストレアが絶滅し、「よく分からない不思議なこと」が起こって呪われた子供は普通の少女になった。お陰で民警はお役御免となった。ティナを倒して聖天子と東京エリアの未来を守った英雄も今はただの高校生(&無職)でしかない。

 無職となった蓮太郎は新たな収入源を求めてアルバイトの応募を続けたが、不幸顔とぶっきらぼうな性格が災いして、彼は未だに収入ゼロだった。

 

 パトロンの司馬未織に恥を忍んで金を借りようともしたが、断念した。ガストレア絶滅による銃火器の需要激減で司馬重工は倒産の危機に陥っているからだ。

 偶然、格安スーパーで歴戦の主婦たちに交じり京都弁か関西弁かわからない方言を叫びながらセール品を奪い合う未織(全身ユニクロ)を見て「借りられそうにないな」と蓮太郎は悟った。

 

 ――あ~。モノリスがぶっ壊れて第三次関東会戦でも起きねえかなあ……

 

 バイトの面接で落とされ続けた蓮太郎は心の中で世界の破滅を願った。しかし、ガストレアが絶滅した今の時代、それは叶わぬ夢だ。「東京エリアのモノリス倒壊」「第三次関東会戦」という文字列は架空戦記の中でしか語られないものとなった。

 

「蓮太郎。お腹空いたのだ」

 

 延珠が物欲しそうな顔で蓮太郎の服の裾を引っ張る。

 民警という職業が無くなり、蓮太郎と延珠は赤の他人となった。本来であれば一緒に生活することは法的に難しいのだが、ガストレア絶滅と呪われた子供の人間化が突然のことだったため、元イニシエーター達の新たな受け入れ先や法整備が間に合わず、「元プロモーターが面倒を見てね」ということになった。

 

「そうだな。飯にするか」

「今日の献立は何なのだ? 」

「もやしの塩コショウ炒め」

 

 延珠の目から光が消えた。まるで青空教室の友達が全員バラニウム破片入り爆弾で爆殺されて全員の遺体を目の当たりにした時のような顔をしていた。無論、そんな悲劇は起きていない。今もあの青空教室では元気に少女達が勉学に励んでいる。

 

「with マヨネーズ」

 

 延珠の目に光が戻った。

 

「マヨネーズ……? 今日はマヨネーズを使って良いのか?」

「ああ。好きなだけ使え」

「やったのだー!!」

 

 年相応にはしゃぐ延珠を見て蓮太郎は口元が緩む。金も仕事も無い生活の中で荒んだ蓮太郎の心が洗われる。世界の破滅を願ったって意味は無い。ガストレアですらそれを成し遂げることは出来なかったのだ。今はただ延珠の笑顔のためにバイトを探すだけだと心を引き締める。

 

 

 

 

 ピンポーン

 

 

 

 インターホンが鳴った。蓮太郎は音を殺し、固唾を飲む。大家が家賃を催促しに来たのか、東京エリア放送協会(THK)の集金人が来たのか、腹を空かせた木更とティナが飯を集りに来たのか確かめる。

 ドアスコープで外を覗くが人の姿が見えない。悪戯かと思い扉を開くと土下座した少年が蓮太郎を待ち構えていた。

 

「里見。すまねえ!!金を貸してくれ!!」

 

 訪問者は水原鬼八。蓮太郎の小学生時代の友人であり、これが数年振りの再会だった。

 

「数年振りに会って最初に言うことがそれかよ……」

 

 蓮太郎はうんざりした顔で頭をかく。民警大失業時代に突入してから連日のように木更から金を催促されている中、それをする人間がもう一人増えたのだ。今すぐ廃ビルに呼び出してXD拳銃で撃ち殺したい気持ちだったが、民警が廃止となったと同時に武器を取り上げられたので幸か不幸か手元になかった。

 

「つーかお前なんで金ねえんだよ」

「俺……実は民警やってたんだけどさ。ほら、ガストレアが絶滅して仕事なくなったじゃん? お陰で収入ゼロになってさ。火垂……えっと俺の元イニシエーターも養わなきゃいけないし」

「お前もか……」

 

「バイトもやったんだぜ。だけど、漁師のバイトをやったら漁船が爆発してやむなくティッシュ配りに転職したけど一個も配れず家を泥棒に入られて、その後はCGデザイナーを夢見てパソコンを買ったはいいもののダブルクリックが出来ず家は泥棒に入られた挙句パソコンが爆発して、その後はサッカー選手を目指したけどボールが爆発して選手生命を絶たれて家は泥棒に入られて片思いしていた女子マネージャーからは『火垂ちゃんの視線が恐くて無理です』と拒絶されて、その後は役者をめざし昼夜を問わず内職をしたんだけど内職が爆発して家は泥棒に入られて所属していた劇団は五翔会とかいう宗教団体だったし、劇団を抜けた後は昔のダチとバンドを始めたんだけどジャケット撮影で足を滑らせて俺もメンバーも全員崖から落っこちて、俺以外全員行方不明になっちまったよ」

 

「アンラッキーエンジェルの詰め合わせかよ」

 

 蓮太郎はさりげなく扉を閉めようとするが鬼八が足を挟む。

 

「頼む!! 百円でもいいから貸してくれ!! もう三日も未踏領域に生えてたよく分からない植物しか食ってねえんだ!!」

「俺だって今月滞納したら水道止められるんだよ!!」

 

 ドアを開けるか閉めるか、金を貸すか貸さないか、醜い争いが玄関前で繰り広げられ、ガタガタと扉が揺れる。その振動でネジが緩んだのだろう。扉に備え付けられていた郵便受けが外れ、溜まっていた郵便物を地面にぶちまける。大量の請求書や催促状、退去勧告状の上に一枚のチラシがヒラリと落ちた。

 

 

 

 モノリス解体作業員 募集中!!

 資格・経験不問

 初心者大歓迎

 時給 五百円

※採用となった際、就業期間中は付近の寮で生活していただきます。

(一日三食の賄い付き・風呂・トイレ共同)

※元イニシエーターの同伴可(彼女達の分の寝具と食事も用意します)

 

 元民警ホイホイと言わんばかりなアルバイトに二人が応募したのは言うまでも無かった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ガストレアが絶滅したことでモノリスは日照権を侵害する巨大なハリボテと化した。復興資源としてバラニウムに高い価値が見出されたこともあり、世界中の各エリアでは急ピッチでモノリス解体作業が進められている。

 ヘルメットと作業着、いかにも建設作業員といった服装に着替えた蓮太郎と鬼八は現場に入った。ちなみに延珠と火垂は廃校をリフォームした宿泊施設に預けて来た。

 

「じゃあな。頑張れよ」

「ああ、またな。水原」

 

 振り分けで違う現場になった鬼八は手を振り蓮太郎とは違う方角に去って行った。蓮太郎も鬼八に手を振ると案内板に注意しながら自分が入る現場へのルートを辿っていく。

 

「よう。奇遇だな。ボーイ」

 

 蓮太郎が割り振られた班、そこには同じ作業着姿に黄色いヘルメット、亜麻色のサングラスをかけた片桐玉樹がバラニウム塊を抱えていた。

 

「久し振りだな。片桐。三ヶ月前の大捕り物以来か」

「そうだな。もうガストレアが懐かしく感じるぜ」

 

 玉樹は蓮太郎の背格好をまじまじと見る。

 

「ゾディアックを倒した英雄様もガストレアがいなくなればただの高校生か」

「そう言うお前は大手ゼネコンに就職か? 」

「ふん。皮肉はよせよ。ただのフリーターだ」

 

 玉樹の背後から作業着姿の男が近づく。ヘルメットと逆光のせいで顔がよく見えず、細身の体格ということしか分からない。

 

「片桐。この後のスケジュールなんだが」

 

 その声を聴いた瞬間、蓮太郎は驚愕のあまり目を見開いた。ここ数年久しく聞いていなかった声を聴いて、その声の持ち主がこんなところで働いていることに対し驚かずにはいられなかった。

 

「しょ、彰磨兄ぃ!」

「里見か。久しぶりだな」

「ユー達、知り合いだったのか」

 

 まさかとは思ったが、そのまさかだった。蓮太郎のひきつった表情筋が戻らない。

 

「……え、え? 何で彰磨兄ぃがここに?」

「俺も民警をしていたのだが件のガストレア絶滅で職を失ってな。今はここで働かせて貰っている」

「へ、へぇ~」

 

 蓮太郎は腑に落ちなかった。社会不適合者に片足突っ込んでいる自分や本物の社会負適合者の玉樹ならこんな底辺バイトに縋りつくのはおかしくもない話だ。しかし顔立ちは悪くなく、人当たりも良く人格も問題ない彰磨がどうしてこんなところで働いてしまっているのか分からなかった。

 

「当ててやろうか?何で自分や俺っちが来るような場所にこいつが雇われているんだろうかってな。どうよ?」

 

 ぐうの音も出ない。寸分の狂いもなく当たっていた。

 

「で、どうしてなんだ? 彰磨兄ぃ」

「俺も最初は真っ当な企業で働こうと思っていたのだが、如何せん上手く行かなくてな……。俺のイニシエーター、翠の生活もある。なりふり構ってはいられなくなったのだ」

「彰磨兄ぃも苦労してるんだな」

 

 

 *

 

 ――どうして薙沢彰磨さんを落としたんですか?

 

 ・とある面接官の回答

 

「履歴書に『天童流を破門された』『特技:殴った相手を爆発させる』って堂々と書く超危険人物を採用する会社がどこにあるって言うんですか?」

 

 *

 

 それから数日間、蓮太郎、玉樹、彰磨はモノリス解体工事のアルバイトとして大勢の作業員たちに交じり、肉体労働に勤しんだ。真夏の陽光に日々当てられたことで肌は日に焼け、嫌でも身体は鍛えられていった。

 ある日の休憩時間、バインダーに挟まれたスケジュール表を見て蓮太郎は呟いた。

 

「なあ。このスケジュール表だとこの現場、けっこう遅れてねえか?」

「そういや社員の連中も言ってたな」

「人手が足りないそうだ。致し方あるまい」

 

 そう一言添えた後に三人はリラックスした状態に戻る。あくまで自分達は下っ端のアルバイトでしかなく、上から振られた仕事はきっちりこなしている。全体のスケジュールの遅れは社員が頭を悩ませることなのだ。

 まだ休憩が終わっていないにもかかわらず、他の作業員たちが立ち上がり騒然とする。

 

「おい。例のあの人が来たぞ」

「マジかよ。もう六号モノリスの解体を終わらせたのか?」

 

 ()()()()()とは誰なのか。三人も話題の人を一目見ようと人ごみをかき分ける。

 作業着とヘルメットが似合わない長身の男が皆に囲まれていた。細く長い手足と少女漫画に出てくる若き紳士のような整った顔立ちはこの泥臭い工事現場から浮いていた。

 

「皆、休憩したままで良いよ。私は私のペースで作業をさせてもらう」

「さすがぁ!! 頼りになるぜ!!」

「ヒューッ!!」

「モノリスを3日で解体した男は格が違うねぇ!!」

 

 作業員たちが()()()()()のお言葉に甘えて休憩に戻る中、蓮太郎だけは立ちつくし、じっと例のあの人を睨んでいた。

 

「少年、私に何かようかな?」

「お前……影胤だよな?」

「さて? 誰の事かな?」

「しらばくれるな。小山力也ボイスでバレバレなんだよ」

「いくら短編杯だからってメタネタは良くないよ。里見くん――――あっ」

 

 まだ名乗っていないのに蓮太郎の苗字を口に出すという大失態で「例のあの人=蛭子影胤」という式が成立した。

 

「お前……こんなところで何やってんだよ?」

 

 影胤は顔を隠すようにヘルメットの鍔を掴んで目深に被り直し、蓮太郎に背を向ける。

 

「里見くん……。私はね。居場所が欲しかったんだ。『ガストレア大戦が再び起こり機械化兵士が必要とされる時代が再び来れば、戦場が私の居場所になる』――そう思っていた。けど、ガストレアが絶滅したことでそれが叶うことは無くなった」

 

 目的と手段は最低最悪なものの世界レベルで夢と希望を奪われた男の背中は物寂しかった。「ガストレア絶滅」という目標を自分の与り知らぬところで叶えられてしまった蓮太郎もうっかり同情しそうになる。

 

「しかし、私は居場所を見つけた」

 

 影胤がミュージカルのような大仰な振る舞いを見せる。

 

「ここでは誰もが私を必要としてくれる。過去の行いも素性も問わない。私の力を求めている人間が大勢いる。私がいなくなるとシフトに穴が空き、作業が大幅に遅れて大勢が困る」

「へ?」

「楽しいッ!! 楽しいよ里見くん!! 仕事はきつい。給料も最低賃金以下。しかし素晴らしきかなこの人生。ハレルゥゥゥゥゥゥヤ!!」

 

 蓮太郎はブラック企業に居場所を見つけてしまった可哀想な宿敵を目の当たりにして、視線がどこか遠くへと向かった。

 

「そ、そうか…………。まぁ、その……頑張れよ」

 

 もう色々と面倒くさいので考えるのをやめた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 夏休みもあと一週間というところでバイトが終わり、蓮太郎はバイト代の入った封筒を握りしめて天童民間警備会社に戻って来た。

 今日ぐらいは奢ってあげよう。久々に四人で人間の食事を食べよう。浮ついた気持ちで事務所の扉を開けると、社長席でふんぞり返る木更と上階のヤクザ金融の黒服二名が口論していた。

 

「無いものは無いんだから仕方ないじゃない」

「いくら姐さんでもこれだけは譲れませんぜ」

「頼むからちょっとでも返してくだせぇ!! 俺達だって生活がかかってるんすよ!!」

 

 ――あ、これ逃げた方がよさそうだな。

 

 二千分の一秒で蓮太郎は木更を見捨てる判断を下し、音を立てないようにそっと扉を閉め――「あ、里見くん!!」

 木更が蓮太郎に気付いた。彼女は嬉々と笑みを浮かべて蓮太郎を指さし、

 

「里見くんが払ってくれるわ!!バイト代たくさん持ってるもの!!」

 

 と最低の言葉を発する。

もしこの世に絶対悪というものが存在するとしたら、それはきっと天童木更のことだ。

 

 ヤクザ金融の二人は蓮太郎に詰め寄るとバイト代が入った封筒を取り上げる。中に入っていた一万円札の枚数を二人で慎重に数える。

 

「……返済の足しにもなりませんぜ」

「こりゃゲイバー確定っすね」

 

 そう言いながらもヤクザ金融の片割れが蓮太郎のバイト代を懐に入れる。

 二人の話からなんとなく事の経緯は分かった。大方、極貧生活に耐えられなかった木更が上階のヤクザ金融から金を借り、それを元手に株やFXで増やして返済に充てようとしたところ見事に失敗した――といったところだろう。

 ゲイバーという嫌な響きが耳に残る。蓮太郎はまさかと思い、震えながらも木更に視線を向ける。

 

「木更さん。今度は何を担保にしたんだよ……」

「里見くんがこの先十年間ゲイバーで働くこと。給料を中抜きして返済するらしいわ」

 

 ヤクザ金融の二人が両サイドから蓮太郎をがっしりと掴んだ。

 

「そういう訳ですぜ。蓮太郎の兄さん」

「悪く思わないでください」

 

 二人はズルズルと蓮太郎を引きずり、天童民間警備会社から出ようとする。

 

「チクショウ!! だったら木更さんもキャバクラに放り込めよ!! 見た目は良いから稼ぎは良いだろうし、返済も早くなるからそっちにとっても悪くない話だろ!!」

 

 幼馴染としての情も、数年抱き続けた恋慕も、十年間ゲイバー強制労働の恐怖を前にすれば蟻のようなものだった。バイト代を奪われた恨み、日頃の身勝手さや我儘への不満も一気に爆発し、ヒロインを風俗に売り飛ばそうとする最低のライトノベル主人公が完成した。

 

「確かに。言われてみれば」

「借りた本人が返すのが筋って奴ですもんね」

 

 黒服たちが振り向き、サングラス越しの視線が木更に刺さる。

 

「裏切ったわね!! 里見くん!!」

「こうなったら一緒に地獄に落ちようぜ。木更さん」

 

 蓮太郎と木更がぎゃあぎゃあと醜い口喧嘩を繰り広げる中、ヤクザ金融の二人は事務所の入り口で律儀にそれが終わるのを待っていた。

 下駄の音と共に一人の男が天童民間警備会社に訪れる。

 

「今お取込み中だぜ。オッサン」

「いやお前……どう見たって天童菊之丞だろ」

 

 ヤクザ金融、元民警会社、キャバクラ、ゲイバーがせめぎ合う魔窟の雑居ビルに聖天子補佐官・天童菊之丞の姿はかなり浮いていただろう。

 

「話は外まで聞こえていた。これで十分か?」

 

 菊之丞は法外な金額が書かれた小切手を黒服に渡す。その額を見た二人の目玉は飛び出しサングラスを突き破った。

 

「めめめめ、滅相もございません。あ、お釣りはどこに振り込めば? 」

「いらん。懐にでも入れておけ」

「「ははぁっ!!」」

 

 ヤクザ金融の二人は深々と頭を下げると事務所から立ち去り、スキップしながら上階へと続く階段へと消えていった。

 

「昔から木更さんのそういうところが嫌いだったよ!! 何できのこの山の方が美味しいって分かってくれないんだよ!! 」

「そう言う里見くんこそ分かってないじゃない!! たけのこの里が美味しいに決まってるわ!! 」

 

 バシッ!! バシッ!!

 

「「痛っ!!」」

 

 取っ組み合いをする両者の額に掌底が当てられる。二人は同時に仰け反り、後ろに倒れそうなところを何とか持ちこたえる。

 

「見苦しい。()めんか。蓮太郎、木更」

 

 痛みのあまり額を抑える手を除けると、天童民間警備会社に天童菊之丞がいるという摩訶不思議な光景が二人の目に映った。空腹のあまり見ている幻覚ではないかと思い目を凝らすが光景は変わらなかった。

 

「ご機嫌麗しゅう。天童閣下。こんな寂れた事務所に何の御用で? 」

「ニュースを見ろ。話はそれからだ」

 

 菊之丞がテレビのリモコンを取り、事務所に備え付けられていたテレビを点ける。映し出されたチャンネルはニュースが放送されており、ある男が両手に布を被せられ、パトカーに乗せられる映像が映し出されていた。

 

『解体された三十二号モノリスのバラニウム含有量偽装問題について、モノリス建設の取りまとめを行っていた国土交通省副大臣の天童和光容疑者を横領およびモノリス管理特別法違反で逮捕しました。天童氏は――』

「和光義兄さんが逮捕された!?」

「大方、モノリスのバラニウムに混ぜ物をして浮いた費用を懐に入れてたんでしょ」

 

 番組の話題が別のものになると菊之丞はリモコンの電源ボタンでテレビを消した。

 

「この件だけではない。天童がこれまで隠して来た汚職が表沙汰になった。日向、玄啄、凞敏も既に警察にマークされている。私も例外ではない。()()()()()()()()()()()()()()が明らかになるのも時間の問題だろう」

「そ、それって――」

「近い内に天童家のほぼ全員に手錠がかけられる。木更。お前が復讐を果たす前に天童は司法に裁かれる。あれだけの大罪を犯してきたのだ。判決が下されれば、まず生きて刑務所から出ることは無いだろう」

 

 両親を殺した天童家への復讐――自分が何一つ成す前にそれが合法的に遂行される。自分の与り知らぬところで望みが勝手に叶えられてしまった木更は茫然自失となりその場にへたり込む。自分が手を汚すこと無く天童家を裁けることを喜ぶべきなのか、自分の手で裁けないことを悲しむべきなのか、その感情がぶつかり合って整理がつかない。

 

「で、用は何だよ……」

 

「蓮太郎。木更。これまでのことは全て不問にする。天童に戻り聖天子様を支えてはくれぬか?」

 

 一瞬、蓮太郎は迷った。天童家に戻ればこの極貧生活は終わる。目的を見失ったまま生きるよりは菊之丞が敷いたレールを歩いたほうがマシかもしれない。そう思ったが、延珠とティナのことが頭に浮かんだ。菊之丞は呪われた子供を憎悪している。彼が二人を天童家の敷地に入れることを許すはずがない。離れ離れになることを思うと首を縦には振れなかった。

 

「今更……戻れるかよ」

 

 蓮太郎は意地を張り、菊之丞から視線を逸らす。

 

「そうか……。お前が意地を張って断るのは勝手だ。だが、そうなった場合、誰が補佐官をやると思う?」

「……」

「保脇だ」

「はぁっ!?」

「保脇は今でも聖天子様の隣を狙っている。お前が天童を引き継がなければ、奴は再び成り上がりその座に就くだろう。出世だけは妙に上手い男だ。放っておけばすぐに左遷先から戻って来るだろう。だが、奴の力量では到底務まらない。そうなれば、聖天子様の政権――いや、東京エリアは滅亡を迎える」

 

 菊之丞の言葉は否定できなかった。能力と地位が驚くほどまでに一致しない保脇(クソメガネ)は彼の言う通り出世だけは妙に上手いのかもしれない。そして補佐官が務まるほどの能力もメンタルも持ち合わせていないのは確かだ。

 

「汚職の賠償金を全て支払ったとしてもお前達には多額の資産が残る。お前達が預かっている小娘達も()()()()()()()()

 

 菊之丞の言葉に蓮太郎は驚愕した。あの菊之丞が、敬愛する聖天子を裏切ってまで呪われた子供を憎悪した彼が、天童の屋敷に入ることを許したのだ。

 

「アンタは呪われた子供を憎んでいるんじゃなかったのか?」

「呪われた子供か……。そんなものどこにいる?」

「一体何を……?」

「私はガストレア新法を……呪われた子供達の理性により人間の安全が保障される悪夢のような社会を防ぎたかった。だがその大義名分を失われた今、ここにあるのは個人の憎しみでしかない。お前達が天童に戻らないこと、聖天子様を支える者がいなくなることに比べれば、それは些末なものだ」

 

 世界が平和になってもガストレアに奪われたものは永遠に戻ってこない。菊之丞の中にある憎しみの火が絶えることも永遠にないのだろう。しかし、それを押し殺してでも聖天子と東京エリアの未来を蓮太郎たちに託すことを選んだのだ。

 

「ここで死にしたくなければ天童で生きろ。蓮太郎」

 

 木更の両親の件も、夏世の件も、蓮太郎は菊之丞を許していない。取り返しのつかないことを彼はしたのだ。どんな温情をかけられても許すつもりはない。しかし、国の未来のために憎しみを押し殺した菊之丞と子供のような意地で提案を蹴ろうとする蓮太郎、人としての器は歴然だった。

 子供っぽい意地はまだ捨てられない。だが憎しみよりも国の未来を選び、絶望の中で自分を奮い立たせた命の恩人を見捨てることも出来なかった。

 

「俺は……天童家に戻る。でも勘違いするな。お前の為じゃねえ。あのお姫様を見捨てたら、延珠とティナに怒られるから()()()()戻ってやるだけだ」

 

それは空腹ゆえの幻覚だったのだろうか。菊之丞が少し笑っているかのように見えた。

 

 

 

*

 

 

 

 

 数日後、蓮太郎と木更は天童家の門の前に立っていた。汚職に関わった天童家の者はいなくなり、執事、女給、家庭教師だけが屋敷に残っている。

 

「結局、私の復讐も里見くんの両親を見つけることも出来なかったわね」

「悪い。勝手に決めちまって」

「別に良いわよ。鬱陶しいお兄様達が刑務所入って、この屋敷を自由に使えるようになったんだから、それで良しとしましょう」

 

 リュックサックを背負った延珠とティナが後ろからついて来る。二人は追い付くと疲れたようで息を切らす。呪われた子供でなくなった彼女達に大荷物を持ったまま移動させるのは体力的に厳しかったのかもしれない。

 

「おぉ~。これが妾達の家か。天誅ガールズランドよりも広いのではないか? 」

「そこまではねえよ」

「迷子になりそうですね」

「気を付けてね。ティナちゃん。里見くんはよく迷子になって泣いてたから」

「何で木更さんが知ってるんだよ!!」

「女給長の川島さんに聞いたの。あの人、里見くんの恥ずかしいエピソードをたくさん覚えているから、訊いてみるといいわよ」

「駄目だからな。絶対にダメだからな!!」

 

 門の前でしばらく笑い声が聞こえる。それが治まると木更が一歩前に出て三人の前で仁王立ちする。

 

「今日からここが私達の家よ。だから、ここを通る時の言葉は分かってるわよね? 」

 

三人が笑いながら頷いた。

木更が門に手を当て、押し開く。

四人で合わせて天童家と外の境界を踏み越えた。

 

「それじゃあ、せーのっ

 

 

 

 

 

 

 

「「「「ただいま」」」」


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