未踏査領域。ガストレア戦争で奪われた人類の土地であった場所を一人の少女が歩いていた。少女の瞳には恐怖の色も狂気の色も浮かんでいない。なぜなら少女は人類の敵であるガストレアを恐れていないからだ。
少女は人類に破滅をもたらしたゾディアックと称されるステージⅤのガストレアよりも強い。ガストレアウイルスに母親の胎内で感染した呪われた子供たち。少女もその一人だった。
「今日も暇ですねー。あーちゃんとか、みーちゃんは今のところ大人しくしてるみたいですー。何か面白いものが有りませんかねー」
語尾を伸ばした特徴的な喋り方の少女。散歩を終えた少女は、コンクリート製の重厚な施設に戻る。軍事施設にも見えるそこは半分が廃墟と化した七星研究所だ。ガストレアウイルスの大本となったデビルウイルス。それが研究され実験体が暴走し、結果的に世界に悲劇をもたらした元凶の場所である。
少女と同い年だった実験体の少女たちは醜悪な化け物へと変わり、ただ少女だけが化け物へと変わらなかった。少女は、それが現実ではなかったらと何度も夢想する。しかし、破壊され廃墟となった研究所の南側が少女を現実へと引き戻す。
「おや、人の気配?」
日課の散歩を終えた少女は退屈だった。地下通路を通って送られてくる本や雑誌は少女にとっては不覚興味を惹かれるものではなかったのだ。それでも少女にとっては一応は日常の貴重な娯楽である。
「人と話す方が楽しいですー」
少女は気配のした方へスキップしながら向かった。
「こんにちはー。私に御用ですか?そうですよね?お喋りしましょう」
「い、いや。私の任務は違う。君とは話せないんだ」
黒服に身を包んだ男は怯えながら少女に弁明した。少女は自分が否定されているようで悲しい気持ちになった。
「哀しいです。どうしてお話できないんですか?」
「わ、私には用事があるんだ……あれを届けなければいけない」
男は明らかに怯えていた。少女の胸の内は悲しみと不愉快さで一杯だった。
「…………化け物め」
男は少女に聞こえないと思ったのだろう、小さく少女を化け物と罵った。少女の悲しみは怒りへと変わった。
「ふうん。私って化け物なんだ。ムカつくなー。殺しちゃおっかな」
男は地下トンネルを通って戻るのだろう。ならば、先行して待ち構えて殺してしまおう。男が戻る東京エリアという場所を滅ぼしてしまってもいいだろう。
「ふんふんふんふーん。うっ、痛っ」
少女の腕が醜く膨れ上がり、身体から分離する。一見すると少女の腕が爆発したようにも見えたがそれは違った。少女の身体からは化け物が生み出されたのだ。
「モデルスパイダー。さあ、蜘蛛のワタシ。行きなさい」
少女の生み出した蜘蛛型ガストレアは地下トンネルに侵入し、黒服の男が連絡手段として用いているリニアの屋根にしがみついた。蜘蛛は終点で男を襲い、その後に自滅する。少女がそう設計したのだ。
「あの人、死ぬかしら?それとも生き延びるのかしら?」
少女の関心は男から離れていた。再び静寂に支配された半廃墟の七星研究所で少女は一人ぼんやりと空を見上げる。
「みーちゃんが動いた。ああ三輪車持ってかれちゃったからか」
あの黒服の男は少女の友人の大切な物を持って行ってしまった。化け物となり果てた友人はそれを取り戻しに向かったのだ。
ガストレアになり果てた元人間が元に戻る手段は発見されていない。目つきの悪い青年がみーちゃんと呼ばれた彼女に安息をもたらすことを、少女はまだ知らない。