マリエによって最悪の状況となってしまった冬休みも終わり、三学期が始まったのだが……
「すごい手のひら返しだなぁ……」
『将来の子爵ゆえ、お茶会の誘いの手紙が爆発的に増えたな』
男子寮の自室、机の上にできた大量の手紙の山にオレはドン引きし、ハーツでさえどこか呆れている。
しかも内容も全部命令口調。屋敷は王都に建てろだの、愛人と使用人の面倒を見れだの、贅沢な暮らしをさせろだの、明らかに下に見ているものばかりだ。
今までお茶に誘っても無視してたのに、期待できると分かった途端にこれだからドン引きしかしない。そもそも君ら、オフリーの一件から怯えてた筈だよね?どういう思考回路をしたらマウントを取れると考えたんだ?
「完全に地位と財産目当てじゃん。ATMとしか見てないじゃん」
『貴族の結婚で個人を求めないのは当然だが……それを加味しても歪だな。王国の男性は少ないにも関わらず、ここまで女性の立場が強いのは何かしらの作為を感じるな』
作為……か。
確かに何か作為的なものを感じてしまうな。酷いのは男爵から子爵……そこそこの階級の人間がほとんどだし。
オフリー家は伯爵だが、経緯が経緯で典型的な学園女子だったけど。そのオフリー家も関係者の処罰も冬休み前に全部片付いたけど。
オフリー家は当主も跡取りも処刑されて正式に取り潰し。関係が深かった家も空賊と繋がりがあったことから同様の末路を迎えた。令嬢の方は
ちなみにオフリー家の財産の一部は、この件の活躍ということで頂いた。お金は色々と必要だからね。オレもリオンも。
カーラの方は、実家と空賊が関係を持ってなかったから敢えて見逃された。代わりに停学も退学もできず、周りの鬱憤ばらしのターゲットとなっている。つまり、一種の見せしめ状態。
カーラには同情する点は確かにあるが、誤魔化しに走ったから積極的に助ける気はない。
閑話休題。
とにかく、爵位が伯爵以上の女子や準男爵の女性はマトモなのに、その間の女性が本当に酷いのだ。
「もしそうなら、王国はどんな意図でこの歪な状況を作ったんだよ。これじゃ、いざという時に離れるぞ」
冷遇されれば、それだけ人が離れてしまう。人間、利益と情で動く生き物だから散々損を被っていて、いざ王国がピンチになったら早々に見限られるぞ。
ここであれこれ考えても無駄だし、それ以上に頭を回さないといけない案件があるのでその辺りの思考は早々に切り上げ、山積みとなっていた手紙を全部ゴミ箱へと捨て去る。
『全部断るのか?』
「どのお誘いの相手も、商売に何も影響を及ばさないからな。それに、やることが多くてお茶会自体開く暇もないし」
リビアにアンジェ嬢、お世話になっているクラリス先輩とディアドリー先輩とはお茶するけど。
それに侯爵の周りがかなり怪しくなってきてるし。四六時中監視してるわけじゃないから、全容は把握できていないけど。
どうやら侯爵は公国と手を組んでオレとリオンを失脚させようと躍起になっているみたいだ。特にリオンのパルトナーを自身の手中に収めようと画策していると。
平時なら、パルトナー強奪を除けば両手を上げて喜べたかもしれない。だが、今の情勢じゃ不穏しか感じない。
そのやり取りの書面はルクシオンが廃棄直前で回収してるし、その話し合いも音声付きの映像としてバッチリ残っているが。
「本当にリオンのルクシオンがいて良かったよ。でなきゃ、良いようにやられるだけだったからな」
情報は本当に大事だからな。でないと後手に回って追い詰められるだけだから。
……もう、だいぶ追い詰められてるけどな。主にマリエのせいで。
『自分としてはアレに頼るのは最悪だがな。だが、証拠を集めるだけでいいのか?キャプテンなら、王妃辺りに密告しそうだが』
「非常に腹立たしいが、あれは政治の中核だ。排除したら、公国にとって格好の攻め時になりかねない。政権の不安定化は、相手の付け入る隙になるからな」
実際、公爵と侯爵、どっち付かずの貴族が多くなったみたいだし。公爵家の力はバカ殿下の件がまだ響いて弱いままだし、侯爵家は力を維持しているしな。
そんな状況で侯爵家が抜ければ、高確率で瓦解する。そんな博打を、積極的に打ちにいく訳にはいかない。
故に、証拠の提示は本当に最終手段だ。ルクシオンが回収した書面はまだしも、音声付きの映像の方は特に。
『本当に儘ならない状況だな。自業自得ではあるが』
「それでも何とかしないとヤバいだろ。このまま泣き寝入りは、オレの主義にも反するし」
例の不本意な昇進を利用して、フィールド家にセバーグ家、アークライト家に割引価格で公国製の技術を模して作った飛行船と鎧を売ったしな。特に鎧の方は新鋼材を使った最新鋭だ。いずれ、勘当が解かれたあの三人にも回されるだろう。後、アトリー家とローズブレイド家にも割引価格で売ってやった。特に以前から繋がりがあったアトリー家には半額で。
人員の増加も抜け目なく出来たし、新しい船も新アーマーの製造も順調に進んでいる。一部の鎧を作業用に転用したのも大きいけど。
しかし、献上したアダマンティアス製の剣はかなり高い技術で作られていたんだな。あれと同じ出来の剣を作るのは、現状厳しいとウチの職人全員言ってたし。
まあ、それよりもマリエだ。
「マジでマリエにどうやって接触するか。聖女認定が正式に広まったから、人が一気に増えて取り巻き衆が出来上がったし」
『人払いになるガードとなったからな。特に前世絡みだと、大勢の前では話せんぞ』
この前まで、貧乏子爵家だとバカにしていた連中が本当に手のひらを返してマリエに媚を売り始めたからな。おかげでマリエは毎日誰かと一緒。話し合いのチャンスが見事に潰れてしまっている。
理想的なのがゲーム知識を持っているリオンが確認する事なんだが……
「将来の寄子の件もあるし、本当に何で思うように進まないんだろうな」
『寄子の件はキャプテンが情けをかけただけだろう』
情けじゃない。いざというときの戦力のアテ作りの一つだ。実際、向こうの負い目を利用してるんだし。後、正式にも決まってないからな。
『それを当主に明かしている時点で情けだぞ』
だから情けじゃない。先に明かしとかないと後の面倒になるだろ。オレは面倒ごとはゴメンなの。
――――――
「……何で俺に平穏を与えてくれないんだ」
ルクシオンが集めた証拠映像の内容に俺は涙が出そうになる。
何で、暗殺という考えまで出てくるの?そこまで俺、危なくないよ?
『私のパルトナーを脅威と判断しましたか。喜ばしい限りです』
「全然嬉しくない!どうして俺を放っておいてくれないんだ!?」
俺、モブだよ!?ちょっと強いチートアイテムを命懸けで手に入れたタダのモブだよ!?何でこんなに危険視されるの!?
『しかし、エドワードも存外甘いですね。すぐに排除すれば安全だというのに』
「甘くないよ!むしろ、良く考えてるよ!!」
だって、俺やエドが切っ掛けで排除したら、絶対にシワ寄せがこっちに来るじゃん!そうなったら、また出世するじゃん!もう、出世したくないよ!!
『まあ、公爵家も勘づいて動いていますし静観しておきましょう』
「お願いしますアンジェパパ。どうか俺の平穏の為に頑張って仕事してください!」
――――――
「マリエ様。今日もお美しいですわ」
「マリエ様。新しい喫茶店がオープンしたんです。ご一緒にどうですか?」
フッフーン。気分がとてもいいわ。今まで散々バカにしていた連中がこうも媚を売ってくるなんてね。
「もう、マリエでいいって言ったじゃない?」
「でも、マリエ様を呼び捨てなんて……」
「“様”は禁止!友達でしょ?」
そんな態度はおくびにも出さないけど。だってここで威張り散らすより……
「マリエ様、なんて優しいのかしら!」
「もう、やめてってば~」
こうして優しくして、さらに持ち上げられる方が百倍も気持ち良いんだもん!!
ホンット、聖女の座をあのお花畑の主人公から奪って良かったわ。まあ、私も“聖女”だからちゃんとこの先の問題は解決してあげるわよ。
でも、あのモブ二人はどうしてくれようかしら……?
あっちのクソ兄貴を思い出させるモブは絶対に私と同じだけど、メガネのモブの方は本当に微妙なのよね……。
あの強い鎧も自作。関わった動機も兄貴モブとは違って明確だったし。冬休み前の決闘でも人命優先とはいえ、あのガラクタを兄貴モブが破壊した慰謝料で百万ディアくれたし。全財産なくなって目の前が真っ暗になったけど、倍になって返ってきたから良かったわ。本当に。
それに、下手に手を出したら後がすごく怖いし。
だってあのメガネのモブ、仕返しが陰湿な上に容赦がないのよね。エアバイクレースの件は特に酷かったし。あれは人の皮を被った悪魔よ。そんな悪魔に喧嘩なんて売りたくないし。
「あら~、あんなところに貴族の面汚しがいるわね」
私のご機嫌取りをしていた女子の一人が嫌らしい声でそう言葉にしたので、その女子の視線の先を確認する。
そこには紺色の長い髪が随分と乱れ、制服にも汚れと破れが目立っている女子がベンチの上で怯えたように縮こまっていた。
確かアイツ……前にブラッドとグレッグがお世話になったカーラという名前の女子だったわね。
……良いこと思い付いた。
私はとびきりの笑顔でカーラに近づき、怯えて泣いて震えているカーラに手を差しのべる。
「……え?あ、あの?」
「貴女がカーラね?色々とあったけど、お友達になりましょう」
この女を私の取り巻きにすれば、兄貴モブはさぞかし腹立たしいでしょうね。メガネのモブも悔しがれば、さらに上々よ。そうなりはしないでしょうけど。
「マリエ様!この女はブラッド様やグレッグ様を嵌めたんですよ。空賊と繋がっていた王国の裏切者です!」
「ここにいるって事は、何か事情があったのよ。本当に空賊と繋がっていたなら、彼女もここにはいないわ」
これは確信持って言えるわ。だって、本当に空賊とこの女が繋がっていたのなら、あのメガネのモブが学園に残すことを許す筈がないから。実際、カイルの調べじゃ教員にいた関係者も排除されたみたいだし。
だから、この女を取り巻きにしてもメガネのモブは無視する。そうじゃなかったら、取り巻きに何かしない。
「それは……ですが!」
「それに謝罪もあったみたいだし。だから大丈夫よ。それから、みんなで寄って集って苛めるなんて駄目よ」
私がそう言うと、周りは一斉に口をつぐむ。
こんな悪い女を許してやれる私……なんて素敵で素晴らしいのかしら!
「だから、カーラ。私とお友達になりましょう」
「は……はい……!」
カーラは泣きながら私の差し出した手を両手で握って頷く。
さあ、ここからは私の独壇場。兄貴モブには今までの仕返しをたっぷりしてあげるわ。
……数分後。
「何でこうなるのよぉおおおおおおお!?」
実家からの借用書(名義は私)に、私はその場で一人泣くのであった。
――――――
学園の校舎にて。
「へぇ。リビアは冬休み中、アンジェの家にいたのか」
「はい。とっても楽しかったですよ、リオンさん!」
「具体的には?」
「それはですね~……これから学校の実技で出るからって乗馬を教えてもらったんです!乗馬姿のアンジェ、とても格好良かったんですよ!」
そう話すリビアの顔は本当に嬉しそうだ。良い冬休みを過ごせてなりよりだ。こっちはマリエのせいで最悪だったけどな。
ちなみに学園の授業は毎回教室を移動する。今は左にオレ、右にリオン、真ん中にリビアを挟んだサンドイッチ状態だ。
「エドさんにリオンさん……何だか疲れてませんか?」
ああ、マリエに対してのうんざりが顔に出てしまってたか。さすがにマリエ関連は話せないので、差し当たりのない理由で誤魔化しておくか。
「冬休み中も大忙しだったからな。やらないといけない事が増えて、休みらしい休みじゃなかったな」
「それに誘いも急に多くなったしな。家の関係もあるから、断るのも一苦労なんだ」
確かにリオンの言う通り、誘いも多くなったな。地位と財産目当てのが。
「エドさんもリオンさんも、英雄ですからね」
……英雄、ね。
「英雄だなんて過大評価だよ」
「右に同じく。英雄なんて柄じゃないね」
英雄扱いされたせいでまた不本意な出世をする羽目になったし。しばらくは出世とは無縁でありたい。切実に。
「……誰か気になる女性はいないんですか?」
「いないね。来年に期待しようかな」
「オレも同じく」
男をATMとしか見ていない女子はお断りだからな。
「でも、お茶会を開かないと、お二人の評判が落ちると聞きましたよ」
「別にいいよ。落ちればATMと見ている女子は離れていくだろうし」
「そもそも英雄扱いの方が異常なんだ。俺もエドも、アンジェとリビアを誘えれば十分さ」
「そーそー。四人でゆっくりお茶できれば、今は十分だよ」
オレとリオンがそう言うと、リビアは少し頬を赤く染めて嬉しそうにしている。
だが、それもすぐに無表情となった。
「―――でも、クラリス先輩やディアドリー先輩はお茶に誘っていましたよね?」
問い詰めるようにそう言ったリビアは、問い詰めるような視線をオレに向けてくる。
……地味に痛い。精神的に。
「先輩二人には世話になってるからな。お茶会に誘わなかったら、さすがにバチがあたる」
「フーン……」
……リビアの探るような視線が痛い。何も悪いことはしてない筈なのに。
実際、クラリス先輩にはエアバイクの件でもかなり融通して貰ってるし。シュヴェールトやアルグレアスと同じ素材を使った新エアバイクはかなり高価になりそうだし。
試乗したダン先輩も、“燃費も良くスピードも出やすいが、全体が軽いからエンジン次第ではかなりのじゃじゃ馬に化ける。特にぶつかり合ったら簡単に弾き飛ばされる”と長所と短所を指摘してたし。
「……エドさんってクラリス先輩のことがお好きなのですか?」
は?
「いきなり何を言ってるんだリビア?クラリス先輩は確かに頼れる先輩だが、恋愛云々はないだろ」
だって、バカジルクと同じ腹黒だし。腹黒が常時近くにいたら、知らぬ内にストレス溜めそうだし。
「エドさんって……意外と鈍感なんですね」
『確かにキャプテンは鈍感だな』
「何故鈍感という扱いになるんだ?それと何でお前は頷いているんだ」
どういう訳かリビアとハーツ、無言で頷くリオンから鈍感の烙印を押された事に疑問を感じていると、掲示板の前にできた人だかりが視界に入った。
「何でしょう?」
リビアも人だかりができてる理由が気になってか、首を傾げている。
リオンも気にした表情をしたので、三人でその掲示板に張られたポスターを遠目で確認していく。
「アルゼル共和国……海外への留学か」
「期間は一年……結構長いな」
確か、アルゼル共和国は魔石を輸出している資源国家だったな。その資源を各国が狙って戦争を仕掛けたようだが、全部失敗に終わってるんだよな。その理由は知らんけど。
「海外ですか。やっぱり学園は凄いですね」
勉強大好きのリビアは興味があるらしいが、アルゼル共和国の長期留学なら、お勧めはできないかな。
噂程度だが、共和国の人間は外の人間に対してかなり横柄だそうだ。その理由も知らんが。
「レイモンド。お前も留学に興味があったのか?」
「ん?いや、違うよリオン。この人だかりは親衛隊設立の件だよ」
レイモンドもいたのか。それより、親衛隊設立?
「親衛隊って……誰の?」
「誰って、聖女様に決まってるじゃないか」
「「げ」」
レイモンドのその言葉に、リオンと揃って嫌な声を出してしまう。
何せ、大忙しとなった元凶だからな。良い感情を抱ける筈がない。
「その親衛隊なんだけど……今回はちょっと特殊みたいなんだ」
「特殊?」
「いや、ほら。マリエ様の恋人って特殊だろ?だから神殿だけじゃなく、王宮も設立に関わっているんだ」
……そういう事か。
「ユリウス殿下か」
「そう。一部では、殿下の女性の見る目は間違ってなかったって騒いでるよ。殿下を王太子に復帰させて、聖女をそのまま王太子妃に……なんて噂もあるからね」
「……マジかよ」
レイモンドの説明に、リオンはどこかうんざりしたような感じで呟く。
完全に政治判断だな。関係を持っているなら、ないがしろにした時点で神殿と敵対してしまう。国家としては、内部分裂は避けなければならないからな。最悪の場合、レイモンドが口にした噂が現実になりかねない。
いや、逆ハーレムを狙ったマリエの事だ。絶対に王太子妃になることも視野に入れている。それをゲーム展開と考えていることも。
本当にリオンよりゲームと現実の境界が酷い奴だ。
だが……これはある意味チャンスかもしれない。
「その親衛隊って、誰でも入れるのか?」
「残念ながら跡取りと領主は入れないんだよ。今回は特例で親衛隊に入ったら騎士爵が与えられるから、嫁の出自が問われなくなる利点がある。その特例が魅力的だから、僕も入りたかったんだけどね……」
レイモンドはそう言って落胆する。
なるほど。王宮に近づけるだけじゃなく、婚活地獄からも逃れられるからここまで人が集まったのか。
『親衛隊に興味があるのか?キャプテン』
(違う。単にマリエの阿呆と話せる機会が作れると思っただけだ)
親衛隊の騎士なら、自然とマリエに近づくことができる。上手くいけば、転生者として話し合える機会に恵まれると考えたんだ。
それも、レイモンドによって泡になったが。
「その特例、本当に羨ましい。領主でなく、アイツの親衛隊じゃなければすぐに立候補したのに」
「リオンは本当にマリエ様が嫌いだよね」
「アイツの親衛隊とか死んでも嫌」
リオンは気付いていないのか、普通に特例とマリエ嫌いの天秤であっさりマリエ嫌いに傾いたが。
オレも今はマリエの阿呆は好きになれない。状況を無自覚に悪化させた元凶だからな。
「リオン。エド」
そんな中、どこか不機嫌そうなアンジェ嬢がオレ達へと歩み寄って来た。
「どうしたのアンジェ?何か怒ってる?」
「いや……実家から連絡があってな」
アンジェ嬢はそう言って、何とも言えぬ複雑な表情で告げた。
「リオンとエド。お前達の聖女親衛隊入りが内定した」
……はい?
「それもリオンは隊長。エドは副隊長だ」
……はいぃいいいいいいいいいっ!?
『良かったなキャプテン。マリエと接触できる機会が増えたぞ』
「―――報告は以上だ。下がりたまえ」
「はっ」
カツカツ
(ここしばらくの間、