皆が死ぬ。
そう、直感した。
あの冬は、絶望を、絶凍を纏って歩く。
その一歩一歩が死刑宣告だ。
ブレイズが全力で熱を放ってさえ、作戦行動を取れる範囲は限られて────いや。
作戦行動を取れる範囲など存在しない。
作戦行動など不可能だ。
彼女のアーツは、既に僕ら全員の身体に纏わりついている。
あとは凍らせるだけ。
そのような状況下で────誰が何をしようと、意味は無い。
攻撃しようとすれば凍る。
撤退しようとしても凍る。
詰んでいる。最初から。
為す術なく凍らされて終わる。百歩譲って、ブレイズだけがそれを免れたとして────ブレイズの刃もまた、彼女には届かない。
どうしようもない、敗北。
その先にあるのは────フロストノヴァ自身を含めた、僕ら全員の亡骸。
────嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
喪いたくない。嫌だ。
思考が空転する。この極寒にあって、灼けるような熱が脳を侵す。
────気付けば、僕は走り出していた。
「────フグリ!?」
ブレイズが叫ぶ。しかし、オオイヌノフグリに静止の声は聞こえない。
代わりに、疾駆する身体を静止させんと、氷が身体を覆い始める。
だが────止まらない。誰が止まるものかと、鬼気迫る表情は語る。
そして────フグリは、身体を覆う氷の一つ一つを、ことごとく
彼のアーツは、推進する物体に作用する。つまり、彼自身が推進している今────それを覆う氷もまた、推進することになる。
故に、氷はオオイヌノフグリのアーツの対象になる。そして、彼のアーツの効果は────『ベクトル合成』。
単純にして明快。既に動いているものを対象に力を発生させる、それだけ。
このアーツで自身を覆う氷に引き剥がす力を加えることで、オオイヌノフグリは凍結を防いでいた。
彼のアーツは、対象物が小さければ消耗も小さい。凍り始めた段階でアーツを発動すれば、問題なく動くことが出来た。
だが────
「戻って、フグリ!!いくら動きを制限されないからって────その冷気の中じゃ、体温がもたない!!」
────際限なく、身体は冷えていく。凍結しない事は、極寒に耐えられる事とイコールではない。
⋯⋯。
────だから、どうした。
「ブレイズ。僕は戻らないよ」
「何、言ってるの────戻れって、言ってるでしょ!!」
オオイヌノフグリは駆ける。当然、フロストノヴァのいる方へ。
────そうだ。このままじゃ、数分ともたず僕は死ぬ。
だからどうしたっていうんだ。数分────?十分すぎる時間だ。
それだけの時間があれば────十分。
「来るか、耳長。だが、お前の弾丸は私には────」
「撃たない。これが効かない事なんてわかってる」
十分すぎる時間だ。
僕が彼女の元にたどり着くまで、数分という気が遠くなるほどの猶予が残されている。
それほどの猶予があれば、攻撃を避けながらでも、十分、彼女の元まで辿り着ける。
────そう、考えた矢先。
僕の右足は、地面に張り付いた。
「────え」
「凍えれば、動きが鈍る。それは、氷に包まれなくとも変わらない」
フロストノヴァの言葉は、冷酷だった。
気付かぬ間に、僕の身体はその動きを緩慢にしていた。
そして、それはアーツも同じ────
氷を吹き飛ばすより早く、氷が僕の右足を包んだのだ。
「っ、クソ⋯⋯!」
「無駄だ。もう動けない」
「⋯⋯!」
凍った足、凍り出す身体、止まってしまった自分。
ここまでか。
⋯⋯いや。
何故なら────
そうしなければ、仲間が死ぬ。
ならば可能かどうかは論点ではない。
────決意は、思考を追い越した。
銃声が鳴る。
アーツによって破壊力を増した弾丸は────僕の足を貫き、氷漬けになった膝下を引きちぎった。
「⋯⋯!」
今度は、フロストノヴァが目を見開く。
まさかこんなことをするとは思っていなかったらしい。
────僕だって、普段ならもう少し躊躇しただろう。自分の足が惜しくないわけじゃない。
だが────今回だけは話が別だ。
────元から特攻を仕掛ける前提で動いてる僕に、失うものなど何も無い。
彼女が命を費やさんと燃やす
────左足で、飛ぶ。
その跳躍は、フロストノヴァとの距離を縮める最後の一踏。
彼女からすればいい的だろう。だが、僕を刺す氷は全て、僕のアーツで止める。凍っていく身体は────もう、放っておいていい。顔と腕、それだけが動けばいい。
「⋯⋯なんだ?そうまでして距離を詰めて────」
答えてみようか。口を開く。
できない。
口は凍っていた。
なら、鼻で笑おうか。
できない。
鼻は凍っていた。
じゃあ、どうしよう。
────もう、彼女は目の前だ。
僕は右手を突き出した。
たった一押し。フロストノヴァの身体を、押す。
彼女の身体を────
『さよなら』
僕は、声を出せないから、代わりに心の中で唱えた。
その瞬間────フロストノヴァの身体は、視界を振り切らんばかりの速度で吹き飛んだ。
彼女は、推進した。僕が押した。
その瞬間、彼女は僕のアーツの対象になった。だから後は────ただ、力を加えればいい。ありったけ。思いっきり。
彼女が命を捨て去らんとして、己の冬を放つなら。僕だって同じ土俵に立たなければ────彼女に勝つなんて、到底無理だ。
フロストノヴァは、軽かった。右手には────儚い命の感触が残っている。
だが、それでも人間サイズの身体を吹き飛ばすなど、僕のアーツではできない。あまりにも消耗が大きすぎて────確実に、命を落とすから。
だから出来なかった。今までは。
だから出来た。今だけは。
皆が死んでしまうなら、僕だけが死ねばそれでいい。
フロストノヴァが死ぬのなら、僕も一緒に逝ってあげよう。
命の限りに、僕はアーツを振るった。
酷使されたアーツは、身体の中の源石を異常に震わせる。
身体のどこかで、内臓の弾ける音を聞いた。
────構うもんか。
もはや、フロストノヴァは視界にいない。それでも、まだアーツの使用はやめない。
どうせなら、最上の成果をあげたかった。なにしろ────
これが、僕の最期の仕事なのだから。