『深紅と共に』if。

1 / 1
冷たい選択

皆が死ぬ。

そう、直感した。

あの冬は、絶望を、絶凍を纏って歩く。

その一歩一歩が死刑宣告だ。

ブレイズが全力で熱を放ってさえ、作戦行動を取れる範囲は限られて────いや。

()()

作戦行動を取れる範囲など存在しない。

作戦行動など不可能だ。

彼女のアーツは、既に僕ら全員の身体に纏わりついている。

あとは凍らせるだけ。

そのような状況下で────誰が何をしようと、意味は無い。

攻撃しようとすれば凍る。

撤退しようとしても凍る。

詰んでいる。最初から。

為す術なく凍らされて終わる。百歩譲って、ブレイズだけがそれを免れたとして────ブレイズの刃もまた、彼女には届かない。

どうしようもない、敗北。

その先にあるのは────フロストノヴァ自身を含めた、僕ら全員の亡骸。

 

────嫌だ。

嫌だ。

嫌だ。

嫌だ。

嫌だ。

喪いたくない。嫌だ。

思考が空転する。この極寒にあって、灼けるような熱が脳を侵す。

────気付けば、僕は走り出していた。

 

「────フグリ!?」

 

ブレイズが叫ぶ。しかし、オオイヌノフグリに静止の声は聞こえない。

代わりに、疾駆する身体を静止させんと、氷が身体を覆い始める。

だが────止まらない。誰が止まるものかと、鬼気迫る表情は語る。

そして────フグリは、身体を覆う氷の一つ一つを、ことごとく()()()()()()

彼のアーツは、推進する物体に作用する。つまり、彼自身が推進している今────それを覆う氷もまた、推進することになる。

故に、氷はオオイヌノフグリのアーツの対象になる。そして、彼のアーツの効果は────『ベクトル合成』。

単純にして明快。既に動いているものを対象に力を発生させる、それだけ。

このアーツで自身を覆う氷に引き剥がす力を加えることで、オオイヌノフグリは凍結を防いでいた。

彼のアーツは、対象物が小さければ消耗も小さい。凍り始めた段階でアーツを発動すれば、問題なく動くことが出来た。

だが────

 

「戻って、フグリ!!いくら動きを制限されないからって────その冷気の中じゃ、体温がもたない!!」

 

────際限なく、身体は冷えていく。凍結しない事は、極寒に耐えられる事とイコールではない。

⋯⋯。

────だから、どうした。

 

「ブレイズ。僕は戻らないよ」

「何、言ってるの────戻れって、言ってるでしょ!!」

 

オオイヌノフグリは駆ける。当然、フロストノヴァのいる方へ。

────そうだ。このままじゃ、数分ともたず僕は死ぬ。

だからどうしたっていうんだ。数分────?十分すぎる時間だ。

それだけの時間があれば────十分。

 

「来るか、耳長。だが、お前の弾丸は私には────」

「撃たない。これが効かない事なんてわかってる」

 

十分すぎる時間だ。

僕が彼女の元にたどり着くまで、数分という気が遠くなるほどの猶予が残されている。

それほどの猶予があれば、攻撃を避けながらでも、十分、彼女の元まで辿り着ける。

 

 

 

────そう、考えた矢先。

僕の右足は、地面に張り付いた。

 

「────え」

「凍えれば、動きが鈍る。それは、氷に包まれなくとも変わらない」

 

フロストノヴァの言葉は、冷酷だった。

気付かぬ間に、僕の身体はその動きを緩慢にしていた。

そして、それはアーツも同じ────

氷を吹き飛ばすより早く、氷が僕の右足を包んだのだ。

 

「っ、クソ⋯⋯!」

「無駄だ。もう動けない」

「⋯⋯!」

 

凍った足、凍り出す身体、止まってしまった自分。

ここまでか。

⋯⋯いや。

 

()()()

 

何故なら────

 

()()()()()()()()()()()()()

そうしなければ、仲間が死ぬ。

ならば可能かどうかは論点ではない。

()()()()

────決意は、思考を追い越した。

 

銃声が鳴る。

アーツによって破壊力を増した弾丸は────僕の足を貫き、氷漬けになった膝下を引きちぎった。

 

「⋯⋯!」

 

今度は、フロストノヴァが目を見開く。

まさかこんなことをするとは思っていなかったらしい。

────僕だって、普段ならもう少し躊躇しただろう。自分の足が惜しくないわけじゃない。

だが────今回だけは話が別だ。

 

────元から特攻を仕掛ける前提で動いてる僕に、失うものなど何も無い。

彼女が命を費やさんと燃やす(アーツ)を止めるなら、こうするしかない。

 

────左足で、飛ぶ。

その跳躍は、フロストノヴァとの距離を縮める最後の一踏。

彼女からすればいい的だろう。だが、僕を刺す氷は全て、僕のアーツで止める。凍っていく身体は────もう、放っておいていい。顔と腕、それだけが動けばいい。

 

「⋯⋯なんだ?そうまでして距離を詰めて────」

 

答えてみようか。口を開く。

できない。

口は凍っていた。

なら、鼻で笑おうか。

できない。

鼻は凍っていた。

じゃあ、どうしよう。

────もう、彼女は目の前だ。

 

 

僕は右手を突き出した。

たった一押し。フロストノヴァの身体を、押す。

彼女の身体を────()()()()()

 

 

『さよなら』

 

 

僕は、声を出せないから、代わりに心の中で唱えた。

その瞬間────フロストノヴァの身体は、視界を振り切らんばかりの速度で吹き飛んだ。

 

彼女は、推進した。僕が押した。

その瞬間、彼女は僕のアーツの対象になった。だから後は────ただ、力を加えればいい。ありったけ。思いっきり。

彼女が命を捨て去らんとして、己の冬を放つなら。僕だって同じ土俵に立たなければ────彼女に勝つなんて、到底無理だ。

フロストノヴァは、軽かった。右手には────儚い命の感触が残っている。

だが、それでも人間サイズの身体を吹き飛ばすなど、僕のアーツではできない。あまりにも消耗が大きすぎて────確実に、命を落とすから。

だから出来なかった。今までは。

だから出来た。今だけは。

皆が死んでしまうなら、僕だけが死ねばそれでいい。

フロストノヴァが死ぬのなら、僕も一緒に逝ってあげよう。

命の限りに、僕はアーツを振るった。

酷使されたアーツは、身体の中の源石を異常に震わせる。

身体のどこかで、内臓の弾ける音を聞いた。

────構うもんか。

もはや、フロストノヴァは視界にいない。それでも、まだアーツの使用はやめない。

どうせなら、最上の成果をあげたかった。なにしろ────

 

 

これが、僕の最期の仕事なのだから。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。