秒読みの契約 ~あなたに三つの冠を~   作:雲ノ丸

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第18話 駆け引きの消失

『スペシャルウィーク』

 

 鋭い差し脚が脅威ではあるものの、まだ磨ききれていない原石。

 3月後半から太り気味の所見あり。歩幅と姿勢の切れ味が落ちている。弥生賞勝利での油断か、皐月賞においては大逃げをしたところで捕まることはないだろう。

 

 しかし、日本ダービーにおいては要注意すべき相手である。

 坂路に対するアプローチはトレーナーから克服させる。パワーとスタミナはどちらも見違えたものになる。よーいどん、の真っ向勝負など勝ち目がない。

 だが、坂路で加速できるほど洗練されることはないだろう。

 

 また、本人の気質上、多くに気を配ることはまずしない。したところで何も成さずに終わるだろう。

 日本ダービーにて目覚ましい姿を見せるとはいえども、やることは一極集中。セイウンスカイが何をしようと、走りを変えるとは全く考えられない。

 

 

 

『エルコンドルパサー』

 

 直線に抜け出した時の爆発力は他の追随を許さない。

 皐月賞への不参加は判明しているので詳細を省く。

 

 日本ダービーにおいては、最終直線でリードキープが出来ていないのであれば、そのまま抜き去られることは間違いない。その末脚は直線においてはスペシャルウィークにさえ並び、あるいは初動においては彼女が一歩先を行くだろう。

 特筆すべきは闘争心の高さ故の悪癖があるところ。しかし、決して地頭が悪いわけではなく、頭脳明晰でありながら勝負勘を備えているところを考えるに、生半可な策略は軽々と飛び越えられるだろう。

 

 凱旋門賞を目標にすると思われる手前、日本ダービーへの出走は間違いない。そして、作戦は「差しやや後ろ」での様子見を取るだろう。

 相手の全てを見極めてから勝つ。相手の全力に真正面から打ち勝つ。その闘争心故の癖から、逃げ先行の選択は有り得ない。途中、スペシャルウィークが先行を選択したのであれば、そこまで上がる可能性はあるが、レース展開に委ねるものとする。

 追込に関しては、今までスペシャルウィーク、セイウンスカイ、キングヘイロー三名が誰も選択しなかったことから、その選択はないと判断。

 

 坂路に対しての苦手意識は特になし。得意というわけでも、対策をとっているとも見られない。

 

 

 

『キングヘイロー』

 

 クラシック三冠において、最大の壁として立ちはだかる存在。

 身体能力は間違いなく同世代最強であり、走行フォームにおける悪癖さえ抜ければ、もはや勝ち目さえ潰れるだろう天賦の才能を持ち合わせている。過剰な足音は彼女の走行フォームの悪さが原因だ。

 

 皐月賞では格付けは済ませたと思われている可能性が高いため、特別な対策は取ってこないものと考えられる。

 しかし、皐月賞で彼女に土をつけたのであれば、それ以降、もはや作戦は全て看破されると考えた方がいい。

 

 日本ダービーにおける作戦は、逃げ以外と予想がされる。先行策によって逸早く対策に乗り出せるようにする可能性もある。無難に差しを選び、その実力をもって差し切ることも考えられるが、弥生賞の結果を見るに、確率は先行より低めと見ていい。

 そして、最も注意すべきは「追込」を選択してきた時である。

 

 中途半端に順位を繰り上げた追込ならどうとでもなる。

 しかし、もしも最後方に位置取り、レースを俯瞰するような作戦を取ってきた場合。

 

 第三コーナー終わりまでに対処しなければ。

 セイウンスカイに勝ち目はない。

 

 

 

 

 

 まだか、まだか、と背中がジリジリと焼けつくような焦りが生まれ始める。

 レースは後半に差し掛かろうとする上り坂。第三コーナーより少し前の地点から、先頭集団はペースこそ変わらないものの、砂利が擦れ合うような音が聞こえ始める。

 無論、幻聴だ。ただ、確かに精神力は削れていっている。早く脚を使いたいと、本能が叫び続けてやまない。

 同時に、勝つなら待て、と理性が悲鳴を上げている。

 

 しかし、それで我慢を続けられるほど冷静なウマ娘ばかりではなく。

 虎視眈々と、彼女たちは狙っている。

 

 先頭争い。逃げの華道。あるいは、王道を自らが敷くためのその地位を、あの場所で覆すんだと意気込んだ。

 

 ゆるい上り坂。そこを越えれば下り坂。

 

 バン、と下り坂の勢いに乗って、3位争いをしていた三名が飛び出した。

 慌てて、その音を聞いて状況を察した2位の少女が、ほんの少し遅れて加速し、追い抜き態勢に切り替えた。

 

 四名がほぼ同時に追い抜こうとした故に、先頭集団は横長に、それでいてお互いに隙間はほとんどなく、競り合うように広がっていく。

 

 追いついた!

 一息に千切る!

 絶対に先頭に!

 早いけど、今行かないと!

 

 そこには確かに駆け引きがあった。

 二位だった少女は、後ろの三人に追われるように飛び出す、不本意な加速であった。しかし、そこで行かなければ手遅れだと、勝負勘が囁いた。

 

 この先頭争いが勝負を分ける。まさしく分水嶺だと足を進める。全力は無理だが、ここで抜き出ると力を込めた。

 

 

 

 カチリ、と親指を曲げながら。

 ちょん、と小さな力で、セイウンスカイは速度を上げる。

 

 今までの遅すぎたペースを、ただのスローペースに戻すだけ。

 それだけで、セイウンスカイは頭ひとつ分抜き出た。

 

『レースも後半の下り坂、先頭集団がペースを上げた! 激しい先頭争いだ!』

『ようやくエンジンが温まってきましたね! 後続の子達も、釣られるようにペースを上げています!』

 

(今回だけは、絶対に先頭は譲らないよ?)

 

 レートをつり上げる。まるでオークションのように、横並びになった相手が速度を上げるたびに、そこにほんの少しだけ、後出しで上乗せして先頭だけは保ち続ける。

 

 それは本来デッドヒートだ。普通のレースならば、セイウンスカイは一度先頭を譲って、自分のペースを維持するだけでいい。そんなものに付き合うのは体力を浪費するだけの罰ゲームだ。

 しかし、今回ばかりは違うのだ。

 

(余ってるよね? そりゃそうだ。セイちゃんだって余裕は十分!)

 

 超スローペース。

 走るという行為にあたって、当然ながら遅いより速い方がスタミナ消費は激しくなる。足の消耗が早くなる。それはどんな人間もウマ娘も共通事項であり、例外があるとすれば「自分のペースに合った最適の走り」と誤差が生じた時くらいのものだ。

 

 故に、前半通して繰り広げられたレースペースによって、今この場に居る誰もがスタミナ過剰に陥っている。どれだけペースを上げようが、3ハロンは絶対に尽きないスタミナを、各々が余らせている。

 

 そのスタミナ過剰こそが肝である。

 激しい先頭争い。速度という名のチップレートを後出しでつり上げ続けるデッドヒートは、もはや不毛な争いではない。今から終盤にかけて、いわば助走をつけているような形となっている。

 本来、そんな無茶な走り方をすれば一瞬でスタミナを擦り減らし、垂れていく。しかしその無茶を押し通せるだけのスタミナを――

 

(掛かったね?)

 

 ――セイウンスカイは、意図的に他のウマ娘に与えた。

 当然、逃げ集団が上がってしまえば、今まで垂れていた先行集団まで釣りあげられるように上がってくる。それに追従するように差しも、追込もペースを上げるのは間違いない。

 

 そうなってしまえば、レース後半から終盤の間、1200m地点から1600m地点の間に、バ群の詰まりが解消されてしまい、そもそも仕掛けの意味がなくなってしまう。

 

(って、思うじゃん?)

 

 しかし、それはあくまで各々の仕掛けるタイミングがバラバラであった場合の話である。

 ウマ娘のレースにおける仕掛けどころとは、基本的にはレース終盤における、自身の残りスタミナからゴールまで全力で走れる区間、そのスパート開始前後を指す。

 当然ながら、道中における抜きつ抜かれつ、といったポジション争いにおける仕掛けどころというものも存在するが、それはセイウンスカイが超スローペースの展開に持ち込むことで完全に潰されてしまった。

 

 何せ、逃げ集団がしかけ始めたのは第三コーナー手前の下り坂から。開始地点からおよそ1330mの場所であり。

 

(もうぜーんぶ、後の祭りってね!)

 

 セイウンスカイの真の狙いは、ただ単純にバ群同士を詰めさせてライバルを埋もれさせる。そんな半ば博打じみたものでは断じてない。

 序盤、中盤における駆け引きの凍結。バ群を詰まらせ、それを維持したまま後半に突き進み、誰もが同じスパートを切らざるを得ない状況に追い込む、仲良しこよしのラストスパート。

 

 自分以外の全員に競り合いを強制させ、自分だけが悠々と抜け出る最高の一手。

 布石は、今まで全てのレースを通じて打ってきた。

 

(『セイウンスカイは必ず下がる』? そんなの、セイちゃんの気分ひとつで変わりますとも!)

 

 デビュー戦から皐月賞まで続けてきたセオリーを、セイウンスカイからひっくり返した。そんな走りの傾向があると思わせることで、レース後半になるまで誰も彼女を抜かそうと思わなくさせる。今はまだダメだ、と逆に理性で制止させる。2400という距離もまた、体力の消費を避けさせた。

 目の前に見える、しかし一度も切らなかった手札。先頭キープという罠を、誰も看破できるはずがなかった。そもそも、皐月賞まで「逃げ」すら見せてこなかった彼女の変則的な走りから、そんな予想をしろというのが無理だった。

 

(でも、もうちょっとだけ、セイちゃんの気まぐれに付き合ってね?)

 

 カチリ、と親指を曲げてレートをつり上げる。

 セイウンスカイは、止まらない。

 

 

 

 

 

 

 そんな彼女の後ろから、刻一刻と迫るは無双の地響き。

 雷の如き足音を轟かせる行進曲。

 

 逸早く羽ばたき、避けて進み、翼を休めず飛び続けた鳥の風切り音。

 

 音すら上がらない閃きは、まだ雌伏の時をやり過ごし。

 

 

 

 

 いよいよ、レースは決着に向かう。

 

 

 

 

 

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