秒読みの契約 ~あなたに三つの冠を~   作:雲ノ丸

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第3話 風に乗った雲になろう

 トゥインクルシリーズのデビュー戦はフルゲート(最大出走人数)9人での出走で行われる。

 格式高いG1レース……例えばクラシック三冠の皐月賞、日本ダービー、菊花賞ではフルゲート18人であり、現在のトゥインクルシリーズでフルゲート割れ――出走ウマ娘が18人に満たなかったこと――はまず起きないと言っていい。

 

 デビュー戦のフルゲートはG1レースの半数にまで絞り込まれているが、これはトゥインクルシリーズが狭き門である……というわけではない。むしろ、可能な限り広い門にするための措置である、と言ってもいい。

 何故なら、同レースで現れる勝者というのは、完全同着という異例を除いてたった一人だけなのだ。1レース中に18人走れるとしても、デビュー出来るのは1人だけ。それ以外は未勝利戦から勝ち上がるしかない。そうなれば、必然的にトゥインクルシリーズを駆け抜けられるウマ娘は、フルゲート計算して半数になってしまう。これでは、競技人口が減るだけでなく、逆に狭き門となってしまう。

 ならば、デビュー戦の回数は多くして、フルゲート9人という設定にした方がいいというのは必然だと言えるだろう。

 

 そもそもの話、デビュー戦を迎えるウマ娘たちというのは、いくらトレーナーの指導があろうとも、中央トレセン学園の高い倍率を抜けてきた全国屈指のウマ娘たちと言えども、新人なのだ。例えエリート中のエリートという立場であろうと、クラシック世代と比べてさえ、レースに関しては初心者と変わらない。

 

 そんなレース初心者たちが、初のシリーズデビューを懸けた初陣で、果たして18人というライバル達を意識しながら、自分の実力を十分に発揮できるだろうか。

 

 当然、出来るはずがない。

 

 クラシックはおろか、シニア世代のG1ウマ娘たちでさえ、フルゲート18人での出走の中、バ群に呑まれて思うように走れなかった、という事例は枚挙に暇がない。

 バ群に呑まれない、好位置に控える、適切なスパートで一気に先陣を切り抜ける。そんなものは、練習を積み重ね、シミュレーションを重ね、レースを重ね続けることで伸ばしていくものであり、間違っても最初から万人に身についている「当然のもの」ではないのだ。むしろ身についているのなら、そのウマ娘は「天才」という評価をする他にない。

 

 だからこその、フルゲート9人。

 バ群に呑まれにくく(そもそも固まることが少なく)、個々の才能を思う存分に発揮出来て、且つ競技性(駆け引きやライバル関係など)が失われず走れる最低限のライン。それこそが、フルゲート9人なのである。

 

 

 

 そして、そんなフルゲート9人、という点に目をつけたウマ娘が一人。

 

「さて、ほどほどにがんばりましょうー、っと」

 

 ゲートに入りながら、掴みどころのない様子で気の抜けた声を上げる。

 宙に浮いているような、風に吹いて飛ばされそうな印象。気迫とは無縁の様子。その証拠に、誰も彼女に注目していない。

 

 つま先を二度、ゲート内の地面につけてから、彼女はゲートの中でスタート体勢を取る。

 

『ゲートイン完了。出走の準備が整いました』

 

 そんな軽い調子の彼女だからこそ。

 

『今、スタートが切られ――』

 

 一陣の風が吹き抜けるように、誰よりも前に抜きん出る。

 そして吹き抜けた風がピタリと止まれば。

 

 彼女はまた、ゆっくりとそよ風に乗った雲のように、マイペースに脚を溜めるのだった。

 

 

 

「スカイさん。デビュー戦、まずは一勝おめでとう」

 

 整備された芝の練習コース。今日はどうしようかなー、と他のウマ娘たちの練習風景を座って見ていた彼女の前に影が差した。

 見上げてみれば、そこに立っているのは学友でありライバルでもあるキングヘイローであった。「キングじゃーん」と気の抜けた返事と共に手を上げたセイウンスカイは。

 

「ありがとねー。ちょっと危なかったけど、勝てて本当に安心したよー」

 

 これまた気の抜けた、そよ風のようにお気楽な調子の声で返す。

 

「アナタは相変わらずね。それに、『差し』を選択するなんて、このキングに対する挑戦状ってことかしら?」

「ありゃ、バレちゃいました?」

「えぇ! わざわざこの私と同じ脚質を選ぶなんて。でも忘れないことね。同じレースに当たった時、勝つのはこの私、キングヘイローよ! おーほっほっほ!」

「確かに、このままキングと当たったら、勝つのは難しいかなー」

 

(『差し』なら、ね)

 

 いい傾向だと、セイウンスカイは間の抜けた表情の裏に笑顔を隠す。仕掛けの第一歩は好調、といったところだろう。

 

「キングの方も凄いって聞いたよー。大差勝ちだってね。さっすがー」

「えぇ。でも、ここで止まってなんていられないわ。だって、私はキングだもの。このまま、勝利に向けて突き進むわ」

「いいねー。やる気十分、って感じ」

「……スカイさんは、もう少しやる気を出した方がいいんじゃないかしら」

「えぇー。セイちゃん、頑張ったら三か月はお休みもらいたーい」

「またそんなことを言って。本当に、私が圧勝しちゃうわよ」

「ま、それはレースがどう転ぶか次第、ってことで」

 

 それもそうね、とキングヘイローは引き下がる。

 

(おや?)

 

 いつもなら小言が始まる場面。しかし、それが始まらないのは一体どういうことか。

 もしかすれば、お互いに学友ではなくライバルになったことで、過干渉を控えているのかもしれない。なるほど、確かにそれなら納得はできる。

 

「……それはそれとして。スカイさん、アナタ、ちゃんとトレーナーが居たのね」

「え? どしたの急に」

「別に。ただ、いつの間にトレーナーを決めたのか、気になっただけよ。他意はないわ」

「うーん、成り行き?」

「……そんな調子で大丈夫なの?」

「なるようになりますとも」

 

 そう言いながら、セイウンスカイは立ち上がる。そしてポケットに手を入れたところで……思いとどまり、その手をポケットから出してキングヘイローに手を振った。

 

「じゃ、私は用事があるのでこれにて。またねー」

「えぇ。レースで当たること、楽しみにしているわ」

 

(……ホープフルステークス、出ようかな)

 

 キングヘイローに背を向けて、宙を見て歩きながら、セイウンスカイは考える。

 

 「ホープフルステークス」。

 格式高いG1レースの中でも、ジュニア期のみに出走が可能なフルゲート18人、中距離2000の中山レース場で行われる、一生に一回しか出られないレース。開催時期は12月後半、年末付近に行われる。

 ジュニア期のG1レースは、この「ホープフルステークス」を除いて、12月前半に開催される「朝日FS」と「阪神JF」だけであり、この二つのレースはマイル1600の阪神レース場で行われる。同時期の開催ということもあり、この「朝日FS」と「阪神JF」はどちらか一方にしか出走登録が出来ないようになっている。

 

 この「ホープフルステークス」の特徴的なところは、あのクラシック1冠目の「皐月賞」と同じ距離、同じレース場で開催されるということだ。天候に左右されることもあるが、条件は同じ。また、この「ホープフルステークス」には次のクラシック三冠を狙うような強豪ウマ娘たちが出場しやすい傾向にある点も見逃せない。

 ただし、ジュニア期といえども最もグレードの高い「G1レース」であることに違いはない。もしもセイウンスカイが出場するとなれば、デビュー戦1位だけでなく、余剰に1レース、どこかで走り1着を取る必要があるだろう。そうでなければ、そもそも出場権がもらえない可能性さえ出てくる。

 

(出るなら「芙蓉ステークス」か「葉牡丹賞」だけど……)

 

 当然、他の「紫菊賞」など、中距離2000のレースは開催されているが、こちらは開催場所が「京都」ということもあり、移動時間がどうにも負担になりやすい。さらに言えば、レース場が違うせいで全く参考にならないのだ。

 そうなれば、千葉の中山レース場に行く方が、移動の負担も少ないのは明白。セイウンスカイが候補に挙げた二つは、どちらも中距離2000の中山レース場開催のレースである。

 

 違う点を挙げるとすれば。

 

 「芙蓉ステークス」は9月後半に開催されるオープン戦であり。

 「葉牡丹賞」は、11月後半に開催されるプレオープン戦である。

 

 実績として、プレオープンよりもオープン戦の方が比重は重い。しかし、開催時期は9月後半。

 今は、真夏の猛暑が照り付ける8月の後半である。

 

(オープン戦に仕掛けも何もないけど……予行演習、実感と勘を養うなら)

 

 レースはできるだけ近い感覚で行いたい。

 幸い、セイウンスカイは重賞レース(G3、G2、G1レースのこと)以外で「逃げ」を使おうとは思っていない。すべて「先行」に近い「差し」で勝負を進めるつもりである。脚の負担は、「逃げ」よりも軽く、消耗の方はそれほど気にする必要もない。一ヶ月も間隔が空いているならなおさらだ。

 

(でも、「芙蓉ステークス」なら二着でも多分、「ホープフルステークス」の出場権はもらえる、はず)

 

 いやいや、とセイウンスカイは拳を握り考えを改める。

 

(「葉牡丹賞」で一着取れなきゃ、どっちにしたってダメだ。「差し」でだって、私は勝てる。あの子たちが居なければ、今はまだ、通用する)

 

 それに、とセイウンスカイはようやく前を向いて、確かな足取りで歩きはじめる。

 

(まだ、回数が足りない。もっと走らないと、わからない)

 

 方針は決まった。

 あとはトレーナーに考えを伝えて、彼女は彼女の戦いをするだけである。

 

 だから。

 いつもの位置についたら、トレーナー室に向けて走り出す。

 

 カチ、カチと音を立てながら、彼女は着実に、前に進んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

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