秒読みの契約 ~あなたに三つの冠を~ 作:雲ノ丸
「じゃじゃーん! セイちゃん、新聞デビューしちゃいましたー!」
大々的に、同期たちが集まる中で嬉しそうに、彼女は自分が載った零細新聞を取り出して彼女たちに見せつける。
おぉー、と同期三人……スペシャルウィーク、エルコンドルパサー、グラスワンダーは声を上げた。
「あ、ほんとにセイちゃんが写ってるー! すごいすごーい! これってこの前のレースのやつだよね!? いいないいなー!」
そんな中で、大きくはしゃぎ回るように声を上げたのはハルウララだった。桃色のポニーテールを揺らしながら、新聞に一等星に負けない輝きを持つ瞳を向けている。
「あははー、それほどでも……あるかなー」
そんなハルウララの天真爛漫な様子に、セイウンスカイも満更でもなさそうに胸を張り、尻尾を揺らした。
「新聞……レースに勝ったら、新聞に載っちゃうんだ」
「スペちゃんには私、期待してるよー?」
「うえっ!? え、えっと、が、頑張ります?」
「そこ! もっと声高らかに!」
「えぇ!? えっと、は、はい! 頑張ります!」
「うん、その調子その調子!」
どこか他人事のように見つめていたスペシャルウィークに、セイウンスカイは活を入れて気合を入れさせる。それは半ば冗談のようなものだったが、彼女のピンと張りつめていた尻尾は、今は余計な力が抜けていた。
「ワタシも負けていられません! 次のレース、必ず勝ってもっと大きな記事になってみせマース!」
「おっ、やる気だねー。新聞に載ったら是非、セイちゃん宛に一部くださいな」
「はい! その時はみんなに配りマース!」
対抗意識を燃やしてきたのはエルコンドルパサーだった。自分もそれくらいの活躍はしてみせる、という自信とやる気を漲らせ、今にも走り出しそうなほどそわそわした様子を見せ始める。尻尾が勢いよく揺れているのが、その表れともいえた。
「しかし、勝って兜の緒を締めよ、とも言いますよ。嬉しいのはわかりますが、程々にしないと、『差され』てしまうかもしれませんね?」
「うっ、グラスちゃんがそれ言うと、シャレになってないから。それに、セイちゃんは安定感が持ち味の子なんですー。そんな光のように差されたら、どうしようもないので。これからも気楽にいきますよーだ」
そして引き締めてくるのが、グラスワンダーだった。喜びに共感したうえで、彼女は善意からの忠告を口にする。そこには何の悪意もないからこそ、セイウンスカイも無下にするのは忍びなく、そんな風に誤魔化した。
(――って、みんなからは見えるのかな)
慢心と喜びの仮面の奥で、セイウンスカイは手応えを覚えている。
当然、こうやって同期のみんなとわちゃわちゃと学園生活を楽しんでいる、その感情は本物ではあるが。
本物の中にこそ、一滴のスパイスを入れるのだ。
(隠し味は……さてさて、どんな味になるのでしょうか)
安定感が売りのウマ娘。
そこに嘘はなかった。ただ、「安定したレース運び」に定評があるわけではない。世間一般ではそういった評価をされているのかもしれないが、セイウンスカイの自己評価とはまるで違う。
だからこそ、その瞬間に向けて頑張れる。
「安定感」は地を固めるところから。
そうして走りやすい地面を作ってから、彼女は走り出すのだ。
育成方針、というのはトレーナーによって、ウマ娘によって千差万別だ。
とにかく熱血指導にやる気を出すウマ娘もいれば、それでやる気の下がるウマ娘もいる。
トレーニングメニューを組むことを望むウマ娘もいれば、自分で組んだものを推敲してほしいという子がいれば、全く口を出すな、というウマ娘が居ることも事実だ。
トレーナーが四六時中監視していなければ、危ういようなウマ娘もいることだろう。
例えば、スペシャルウィークのような右も左もわからないウマ娘に、自分でトレーニングメニューを考えろ、というのは酷であり、それは指導として明確に間違いだと言える。自分で考えさせるにしても、まずはトレーナーが補助輪となるべきだろう。
グラスワンダーのように、無茶をしがちなウマ娘には目を光らせながらも、寄り添う姿勢が大切だろう。
エルコンドルパサーであれば、目標と成長段階、そして本人のやる気に合わせた練習メニューによって、みっちり鍛えるのが良いかもしれない。
そして、その成否の一端が垣間見えるのが、レースという彼女たちの舞台である。
実戦を経て、何が足りないか。何が敗因か。逆に何が良かったのか。それらを洗い出していくことで、次の指導に活かしていくことは、共通して大切なことだ。
それらをすべて、自分で出来てしまうウマ娘が居ることもまた、事実。
専業にしているトレーナーよりも、質は落ちるかもしれない。それを考える時間が負担になるかもしれない。
だが、それら全てを客観的に捉えて、自分自身に落とし込むことが出来れば、どうだろう。
自分の状態を万全に把握出来て。
自分に足りないものを己で客観視することが出来て。
それらを解消する方法と、自分の疲労状態を、自分であるからこそ誰よりもコントロール出来て。
それら全てを踏まえた上で、本番に練り込んで計画を立てることが出来るとすれば。
果たしてトレーナーは、そんなウマ娘に何をしてやるべきなのか。
セイウンスカイ、彼女を仮にも担当しているトレーナーならば。
「手の掛からない子ですから。次も安心して、座っていることにしますよ」
試合前の会見に同席した彼は、パリッと糊のきいたシャツとスーツに身を包み、人の好さそうな、清涼感溢れる様子でそう語った。
(うわ、誰この人)
などと、隣のセイウンスカイは彼をチラッと見て内心引いていたが、それは余談というものか。
「そうですねー。トレーナーさん、今日は植林されちゃったようでして。いつもは根っこ張ってるんです」
「こらこら、本当のこと言っちゃダメでしょう」
「え、それ自分で認めちゃいます?」
「事実ですから」
ははは! と会場が和やかな笑い声に包まれる。ふわり、ひらりと記者の質問をかわしながら、二人は非常に親しそうに、互いに掛け合いを飛ばして己のペースに持ち込んだ。
「先の『葉牡丹賞』では堂々の一着。手応えは?」
「ずばり、期待通りできたと思います。期待の新人ウマ娘として、これからも頑張りますとも」
「次のホープフルステークス。ここまで同じく3連勝中のキングヘイローさんが出走を決めていますが、自信のほどは?」
「うーん。正直、キング相手には厳しいかなー、って。同じ『差し』でも、切れ味では負けるかも」
でも、とセイウンスカイは言葉を続ける。
「安定感抜群! それがセイちゃんの売りですから。どんなレースでだって、崩れたりしませんとも。だから、蓋を開けてからのお楽しみ、ということで」
「安定感と本人は言ってますけど、ここまで3戦とも、『差し』にしては上がり過ぎですからね。巷では暴走特急なんて渾名もついたみたいで。私としては、もっと腰を据えてほしいですが」
「担当の弱みペラペラしゃべっちゃいます普通? いいんですー。私はアレが走りやすいんですー」
「ほら、この調子です。だから、前に上がり過ぎてたら言ってやってください。セイウンスカイのエンジンがまた『掛かった』ぞ、なーんて」
再び、会場は笑いに包まれた。
そんなペースで進めていけば、会見……G1レース、ホープフルステークス前のそれは、あっという間に終わってしまった。
そして会場から引っ込んだ後、舞台裏で二人は視線を合わせて、一度頷いた。
彼はネクタイを緩めて、少女は大きく伸びをして。
「じゃあ」
「帰ってダラダラしましょー。あ、私は先に車の中で昼寝もします」
「安全運転には定評があるぞ」
「それは重畳」
宣言通り、セイウンスカイは助手席で眠りこけ、彼はゆっくりと、出来る限り車体を揺らさないように車を走らせる。
この時ばかりは、彼も運転に集中して、何かをする様子は微塵もない。
昼寝のゆりかごは学園に着くまで、彼女を優しく揺らすのであった。