秒読みの契約 ~あなたに三つの冠を~   作:雲ノ丸

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第8話 プライドの咆哮

 「弥生賞」。

 3月前半に開催される、中山レース場の芝2000のレース。G2レースという格式の高さを持つ一方、クラシック三冠の一冠目を飾る「皐月賞」とはほぼ同条件。季節的にも近い。そのために、G2レースでありながら、「弥生賞」は「皐月賞」のための調整、前座であるという見方がされるのは、トレーナーや出走ウマ娘たちの視点である。

 

 ウマ娘のレースファンは純粋に、この「弥生賞」から、次の「皐月賞」ウマ娘が誰か、と遠慮無用に予想する。あるいは自分の推しを見つける春の訪れになることもある。

 少なくとも、ファン達にとっては期待のレース。今後のレース界隈を見極めるためのもの。様々な考えはあるものの、重要である、という認識は共通であると言っていい。

 

 

 

 だからこそ、誰が思う?

 

(このセイちゃんが、なんとまだ2回の変身を残しているなんて。その意味は……私とトレーナーさん以外知りません、ドドン!)

 

 これからの成長次第では、変身は2回と言わずにさらに増えるだろう。

 そして、あと少しで、最高の舞台が待っているのだと思うと。

 

「さてさてー。今日もゆるっと、セイちゃんらしく頑張りましょー」

 

 当然のように、胸が躍る。心がはやりそうになる。

 それを努めて抑えるように、自分のペースを本能に渡さないように。

 

 マイペースに呑気なことを言いながら。

 彼女はパドックに、その姿を見せつけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 レース場に続く地下道。

 セイウンスカイは呑気に、勝利の歌をハミングしながら歩いている。ほぼ早歩きになりながら、レース場向けて進んでいると。

 

「調子は?」

 

 その途中で声が掛かったことで、彼女の歩みがピタリと止まる。

 

「おや、トレーナーさん。珍しいですね」

「大事なレース前だからな」

 

 トレーナーは壁に背を預けてそこにいる。

 普段は根っこを生やしたように部屋から動かないくせして、レースの時だけは絶対に現地に来る。あまりにも律儀で、セイウンスカイは思わずくつくつと喉を鳴らした。

 

「トレーナーさん、過保護すぎません?」

「放任主義を自負してるが」

「おっと、そうでした。担当ウマ娘のレースに、トレーニングに、ほとんど口を挟まないくらい放任主義でした」

「口を出すことが少ないからな」

「……まったく」

 

 セイウンスカイは、にやりと笑う。

 大胆不敵に、自信満々に。笑いながら、言ってのける。

 

「ここらで一つ、差しで勝ちにいきます」

「それくらいがちょうどいい」

「む、セイちゃんが珍しく本気なのに」

 

 いいですよーだ、とセイウンスカイは言いながら歩みを進めた。

 

「本気なら、見届けるだけだ」

 

 トレーナーはそれだけ言い残して、革靴を打ち鳴らし、セイウンスカイとは真逆に進んでいった。

 

「……だからこそ、勝ちにいきますとも」

 

 力強く、しかしゆっくりと、彼女は前に進む。

 闘争心を煽られた表情を隠そうともせず、セイウンスカイはレース場にその姿を現すのであった。

 

 

 

 

 ゲートに入る前の柔軟運動だけは欠かさない。

 セイウンスカイはいつも通り最後にゲートに入る。入る前に、キングヘイローとは視線が合ったが、お互いに何かを口に出すことはなかった。

 

 そして、もう一人のライバル。

 スペシャルウィークは……柔軟運動に励んでいるものの、どこか動きがぎこちない。重賞レースに緊張しているのか、それとも武者震いというやつか。

 

「さぁてと。今日も……うん。ゆるっと、ゆるっと頑張りましょう」

 

 ペースはそれでいい。

 差しで行くなら、ゆるっとぐらいが丁度いい、とセイウンスカイは今までのレースを思い返しながら反芻する。

 

『さぁ、中山レース場芝2000、G2レース弥生賞。皐月賞の前、勝利を飾るのは果たして誰だ!?』

 

 セイウンスカイはゲートの中、大きく伸びる。手持無沙汰を誤魔化すように、ゲートの中でも柔軟運動に励む。

 

『三番人気はセイウンスカイ! 本日は落ち着かない様子でしたが、果たして今日もエンジンは掛かるのか!?』

 

(おー、好きに言ってくれますなー)

 

 二度、つま先で地面を蹴り付ける。

 

『二番人気はこのウマ娘! スペシャルウィーク! きらめく差し脚、今日はどこまで突き抜ける!?』

 

 踵で二度、地面をこする。大地に足の裏をゆっくりとつけると、彼女はゆっくりと瞼を閉じる。

 

『そして一番人気はこのウマ娘! ここまで無敗、キングヘイロー! 王道を阻む者は果たして現れるのか!?』

 

 息を大きく吸って、吐き出した。

 

『ゲートイン完了。出走の準備が整いました』

 

 目を開き、スタートの体勢に入る。

 その瞬間だった。

 

 すっ、とセイウンスカイの世界から色が抜け落ちる。

 まるで野原が高速で延焼して焼け落ちるように。

 

 彼女の世界から音が消えた。

 そのウマ耳には何も入ってこない。ただただ無音に、何かを感じ取ろうと、体中の神経が研ぎ澄まされる。

 

 その世界に、一条の光が差し込んだ時。

 

 彼女は既にゲートの中から飛び出して、誰よりも前に駆けていた。

 

 

 

『セイウンスカイだ! やはりこのウマ娘が先駆ける! 2バ身……いや、3バ身差! スタート直後に後続と差をつける! これはもうエンジンが掛かっているのか!?』

 

(え、え!? もうあんなに前に!?)

 

 聞いていたよりずっと速い、とスペシャルウィークははやる脚をぐっと抑え、一呼吸おいて何とか冷静さを取り戻す。

 

(トレーナーさんに聞いた通りならこの後、きっと――)

 

 落ちてくる。

 逆流する川に押し流されるように、前からポジションを決める。

 

 それが、セイウンスカイのこれまでの常套手段。ならば、焦る必要は一切ないと、スペシャルウィークは自分のペースを守り続ける。

 

 ハロン棒を一つ、二つ。

 最初の坂を超え、第一コーナーを抜けたところで、セイウンスカイは逃げの先頭集団から落ちてきた。

 

(でも、まだあんなに前に……?)

 

『セイウンスカイ、今ようやく先頭集団から落ちてきましたね』

『最初の400m、非常にハイペースな展開になりました。あのまま行けばコースレコードでしたよ』

『しかし、そのまま行かないのがレースです。さて、第二コーナー。先頭から――』

 

 第二コーナーに差し掛かったところで、セイウンスカイの順位がガクンと落ちる。

 先行集団にごぼう抜きされていく。それを、セイウンスカイは張り合おうとせず、ただ流れるように順位を下る。

 

(……もう、目の前)

 

 レース中盤。そこでようやく、セイウンスカイはポジションを決めて、スペシャルウィークより二つ前の先行集団と差し集団の溝に陣取った。

 その溝は、逃げと先行の集団がスタートダッシュを決めたセイウンスカイに引っ張られたことにより出来たものだった。リードを広げようとするウマ娘と、足をためようとするウマ娘が生んだギャップが、絶好のポジションを生み出していた。

 

 それに果たして、気付いた者は居たのだろうか。

 

 

 

(そこに、来ると思っていたわ)

 

 否、虎視眈々と息をひそめていた王者だけは、それを見極めていた。

 

 キングヘイローは気づいていた。セイウンスカイがスタートダッシュを決めるのは、逃げと先行を最初に引っ張るためだと。

 いくらセイウンスカイに「暴走癖」があるとわかっていても、「逃げ組」だからこそ序盤のリードを意識する。最初に開いていく差に焦った逃げ組が追い付こうとペースを上げて、それに引っ張られて先行集団も足を速める。

 そうして出来た、先行と差しの間に広がったスペースに自分が入り込もうとしているのだと。

 

 内側に入らないのは、序盤のハイペースのせいで垂れてきた先行組に巻き込まれないため。やや外側に陣取るのが、セイウンスカイの走り方。

 その術中にハマってしまい、そのカラクリに運良くも気づいてしまったキングヘイローだからこそ、見抜くことの出来た策略。セイウンスカイの、あまりに型破りな差し走法。

 

(キングに、同じ手は通じないわ)

 

 だから、キングヘイローは後ろにピタリとつく。風の抵抗を流すために。そして、併走することによってポジション不利を背負わされないために。

 

 王者は冷静に、そして着実に、レースの主導権を手繰り寄せる。

 

 

 

(おー、セイちゃん火傷しちゃいそう。乙女の柔肌に跡なんて残したら、キングには責任を取ってもらわないとねー)

 

 背中からヒリヒリと感じる熱と気迫に、セイウンスカイは「さてさて」と舌を巻く。思いの外、キングヘイローが冷静なことに、嬉しいような、それでいて今は厄介だなと、走りながらも考える。

 

(スペちゃんも掛からなかったかぁ。まぁ、先行組じゃなかった時点で仕方ないか)

 

 親指を曲げる。これで都度4回目。

 最初はほぼ掛かり気味になったことに反省を覚えつつも、脚はいつも以上に残っている現状。

 

(これ、キングは相当に脚が残るかな。スペちゃんも結構残ってる。私もいつも以上に残ってはいるけど、二人ほど余ってるわけじゃない)

 

 ずばり、仕掛けるならいつか。

 セイウンスカイが勝つためには、キングヘイローとスペシャルウィークの差し脚を鈍らせる必要がある。それは、バ群に引っ掛けるという方法もありだろう。敢えてペースを上げて、「掛からせる」というのも手の一つ。

 

(……なるほど、ね。ペースコントロールの権利は、一回だけか)

 

 実際にこの状況に陥って、はじめてわかることも多い。

 そしてこれから取れる手は、どれも相手に大きく依存する。そこはセイウンスカイの揺さぶりの手腕に掛かってはいるのだが。

 

(キング、これもう掛からないよね。セイちゃんを盾に、スリップストリームまで使っちゃってさー)

 

 なら今からペースを上げて、セイウンスカイも風よけを手に入れるのか。

 

(いやいや。結局キングには脚で負ける。そんな消極的なことやってらんないね)

 

 だけど、とセイウンスカイはちらりと後ろを見て、確認する。

 

(スペちゃんは……もうちょっと内か。よし)

 

 カチリ、とそこにはない筈のボタンを親指で押し込む。

 セイウンスカイは長く、長く息を吐き出して。

 

(――負けるもんか)

 

 理性の竈の中で、闘争心をくべて火をつける。

 

 隠してきた感情は剥き出しにして。

 見せつけるように、威嚇するように、圧倒するように、ただ負けたくないと本心から内で叫び続け。

 力強く大地を蹴り付けるように見せかけて、ほんの少し内に寄ってから。

 

「絶対に、負けない」

 

 あとはぼそりと、自分でも驚くほど低い声を出してみせれば完成だ。

 

(今日は、特別に頑張る日だから)

 

 力をためる、脚をためる。

 出し抜くタイミングは一瞬だ。勝利の糸はあまりに細く頼りない。

 それでも、可能性はゼロじゃない。

 

 なら、セイウンスカイは走り続ける。

 ただ勝利に向かって、か細い糸をたどって進み。

 

 おひとり様専用の出口に乗り込もう。

 勝機はもうすぐ、迫りくる。

 

 

 

『レースも後半に差し掛かりました。前半に比べ、非常にペースが落ちてきましたね』

『後続との差も徐々に縮まってきました。これから終盤に向けてどれだけ差が縮まるか、気になるところです』

 

 確かに、キングヘイローは内側に追いやられることによって、先行集団の壁に当たったことはある。

 しかし、その状況はセイウンスカイがうまく自分には当たらない位置に調節していた。下準備があり、自分は不利にならない。博打ではなく、計略を以て事に当たっていた。

 

 だから、キングヘイローはこう思い至った。

 

(アナタの背中が、王道を引くのよ)

 

 セイウンスカイの横ではない。真後ろこそが、スタミナを残しつつも、セイウンスカイの小細工をすべて退ける、無敵の盾になるのだと。

 そう信頼して、実践するほど、キングヘイローはセイウンスカイというウマ娘のことを認めている。

 

 認めているからこそ、全力で勝ちに行く。

 余計なことを考えず、ただスパートを仕掛けるタイミングだけ念入りに。

 

 いっそ惚れ惚れするほど、肌が焼き付くような闘争心を剥き出しにしたセイウンスカイの背中を。

 キングヘイローはジッと見つめながら、ピタリと距離をを保ち続ける。

 

 

 

(また、セイちゃんに釘付けになったね?)

 

 先行集団の壁がすぐ目の前まで迫ってきているのに、キングヘイローは外側に避けようとはしない。

 それは即ち、前が見えていない、ということ。

 

(――勝ち筋、通すよ)

 

 だから、足音を響かせる。

 キングヘイローほどの迫力に及ばずとも、それは感情を剥き出しにすることでカバーする。

 

(こんな博打、セイちゃんの柄じゃないのになー)

 

 それでも、勝つためにはこれしかない、と矢のように真っ直ぐ目指し続ける。

 

 先行集団は4人。垂れてきて先行集団と混ざりそうになっている逃げウマ娘が4人。

 親指を曲げた時には、もういつでも併走出来るほど先行集団が近くに迫っていた。

 

(でも、通すから)

 

 内から2番目。先行集団の一人を、徹底的にマークする。

 獲物を狙う蛇のように視線で射抜き、露骨に足音を響かせ近づいているように思わせ、闘争心を剥き出しにプレッシャーを掛け続け。

 

「――ッ」

 

 狙っていたその一人が、前に上がった。

 心臓に掴みかかってくるようなプレッシャーに、背中を焼き尽くすような勝利への執念。後ろから確実に迫ってくる足音。ジッと耐えてきたが、もう限界だった。爆発しそうな心臓も、いつも以上にかいた汗。仕掛けるタイミングを計る前に負けてしまう、と心の余裕を削られていき。

 それらに追われるようにして、そこに居た彼女は前に上がってしまった。

 

(掛かったッ!)

 

 糸が通った。

 曲がりくねった道なれども、誰にも塞がれることのない道に一つ、光の筋が確かに通り抜けた。

 

 セイウンスカイは、その一本。勝利の糸に従って。

 先行集団に出来た綻びを射抜いた。

 

 

 

『先行集団に居たサンドコマンドが上がっていく! まだ先は700もあるが、果たしてスタミナはもつのか!?』

『サンドコマンドが上がったところで、セイウンスカイも飛び出しました! まるで上がるのがわかっていたように、先行集団を中央から射抜いていく!?』

『しかし、先行集団と先頭の逃げ集団は、もはや団子状態。セイウンスカイ、ここで失策か?』

 

 否、失策に非ず。

 それは彼女の掌の上。

 

 先行集団に出来た綻びを一歩、また一歩、縫って走って駆け抜けて。

 先行組全員を追い抜いたところで、逃げ集団の壁に当たる。逃げの四人は内寄りに、縦長。越えなければいけない壁は、逃げ組一番後ろの併走した二人だけ。

 

(――ッ!)

 

 第四コーナーに差し掛かったところで、セイウンスカイは遠心力に任せて外側に膨らむ。

 一息に逃げ集団の二人を追い抜き、そこから徐々に、徐々に内へと寄りながら。

 

「信じていたわよ」

 

 セイウンスカイのさらに外側を、風が吹き抜けた。

 

『最終直線! 先頭に並んだのはセイウンスカイ! キングヘイロー!』

 

 またか、またなのか、とセイウンスカイは前を見つめる。

 併走する王の足音。その迫力。間違いなく隣にいる彼女を意識して、ギリと音を立てて歯噛みする。

 

(こんな、こんなところで――ッ!)

 

 キングヘイローがどうやって来たのか、そんなことはどうだっていい。

 事実並んでおり、もはや小細工無しの勝負をするしかない状況。

 

 セイウンスカイはただただ、己の全力を注ぎこむ。今までためた末脚をすべて出し切る勢いで、その直線を突き進む。

 

『後ろから、後ろからッ! スペシャルウィークが閃いた!』

 

 最後の急坂。

 セイウンスカイは咄嗟に歩幅を狭め、小刻みに足を動かした。未だに横に並ぶキングヘイローから少しでも抜け出ようと、この日出せる最後の奥の手を切り出した。

 

(もう、少し――ッ!)

 

 ここで勝つんだ、と己を奮い立たせる。

 ここで勝てなきゃずっと認めることになる、とセイウンスカイはプライドを剥き出しに走っている。

 

 セイウンスカイだって、一人のウマ娘であり、一人の少女だ。

 だから、認めたくないことがある。折り合いをつけたように見せかけても、心の内で悔しさが燻るのも仕方ない。

 

(私だって、真正面から――勝てるんだッ!)

 

「――ぁああッ!」

 

 急坂を終えたところで、気合に声を吐き出し、前傾姿勢を以て加速する。

 

『坂を越えて、三人のウマ娘が並び立つ! 熾烈なデッドヒートがゴール前で繰り広げられる! 後ろとの差は5バ身! 誰が、誰が一歩を抜きん出る!?』

 

 セイウンスカイの末脚は、決してガス欠を起こさなかった。

 序盤にペースをかき乱し、中盤には逃げと先行集団が乱されたペースのせいで垂れてきた。中盤から終盤に至るまで、セイウンスカイは追い抜きの加速を除いて、決してペースを上げなかった。

 

 だからこそ、脚は残っていたが。

 それでも、キングヘイローが、スペシャルウィークが。

 

『ゴールイン! 僅かに抜き出たのはキングヘイロー! スペシャルウィーク! これは写真判定か!? 一歩及ばず、セイウンスカイ! 素晴らしい好走、闘志を見せつけました!』

 

 一歩、抜きん出る。

 

「は、は……」

 

(やっぱり、柄じゃないよ)

 

 走り終えて空を仰げば、憎たらしいほどの青空が広がっていた。

 たかだかG2レース。それでも、ライバル二人と走った舞台で、優劣の結果は出た。

 

『勝ったのは! 勝ったのは、スペシャルウィーク! ハナ差、キングヘイロー! アタマ差、セイウンスカイ!』

 

 セイウンスカイの敗北だった。

 同時に、セイウンスカイは勝ち取った。もはや皐月賞までに覆すことの出来ない前評判に実績を、物の見事に打ち立ててみせた。

 

(もう確定だよ。キング、スペちゃん)

 

 こみ上げそうになる笑いを、悔しさをもって嚙み潰す。

 今すぐ声を上げて笑いたいが、それは後のためにとっておく。

 

(舞台は整った。仕込みも完璧に出来た。キングの手札も見れるだけ見た。スペちゃんの差し脚も実感した)

 

 やりたいこと、試したいこと、全て惜しまず出し切れた。

 狭い隙間を縫ってキングヘイローの追走を振り切るつもりだったが、それさえ物ともしない堂々とした走りで、彼女は見事セイウンスカイに並んで、追い抜いてみせた。

 スペシャルウィークの視界を塞ごうと軸を合わせたものの、それに惑わされることはなく、彼女は自分のペースでスパートを切ってみせた。

 

 そうした戦略、策略を出し切ったうえで、手札に残ったのは、スペードのエースが1枚に、彼女に向かって微笑むジョーカーが1枚。

 

(最後に笑うのは、私だから)

 

 カチリ、と頭を切り替える。

 これから先に必要なのはプライドではないから。

 

 綿密に、ずっと前から用意し続けた計略。それを黙々と進め続ける理性と、どんな状況にも対応する柔軟な思考こそが肝となる。

 逸って、カードをペアで出すのは悪手も悪手。

 

(――計画通り)

 

 プライドを理性で覆い隠して。

 彼女はずっと、ずっと遠くを見つめた。

 

 

 

 

 


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