トレーナーはウマ娘に……。   作:あさのひかり

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トレーナーはウマ娘に……。

 洗面台の前で一人のウマ娘が、憂いを帯びた表情で鏡を見つめていた。

 トレセン学園指定のジャージに身を包んでいる。どこからどう見ても学園の生徒。

 ウマ娘特有の整った顔立ちに、少し薄めの尾花栗毛(おばなくりげ)の髪がその整った顔によく似合う。淡くウェーブのかかった髪は、まるで秋に見るススキの草原のようでなんとも美しい。

 

「……はぁ」

 

 鈴の音のような声と言ったらいいだろうか? どことなく凛々しく、それでいて甘く…。もし声をかけられたのなら、誰でも靡いてしまうほどな音色。

 ため息だけでこの破壊力である。

 そんなウマ娘の少女は、自らの胸に手をかけて軽く持ち上げる。そしておろすと、肩に抱える重量感にまたため息をついた。

 

「ある……間違いない……」

 

 そして少女は少し泣きそうな表情で手を下腹部に持っていく。何かを確認するように触れると…。

 

「ないし……まじかよ……」

 

 うるっと瞳を潤ませながら、少女はその顔立ちから出るとは思えない、少し粗暴な言葉を紡ぐ。

少女は…いや、少女なんてもう言う必要はないだろう。

 

 『俺』はこの状況に頭を抱えた。鏡の『少女』は同じように頭を抱える。夢であっては欲しかったが、この鏡の少女は俺である。それは間違いようのない事実だった。

 

 申し遅れたが——

 俺は断じてウマ娘ではなく、歴とした男性トレーナーなのだ。

 ……そんなことを言ったら、頭がおかしいウマ娘だと思われるだろう。こんな姿で誰が人間の男性だと思うだろうか。

 

「どうしてこうなった…」

 

 少し長くなるが、この状態に陥った理由を話さなければならないだろう。

 

 

 これは今から数時間前に起こったことである——

 

 彼女たちのトレーニングに何か生かせることはないか。俺は今トレセン学園の敷地内をうろうろと歩き回っている。

 こんなことをするから『ウロウロトレーナー』とかあだ名されることはあるが、この状態が一番ひらめきに出会えるのだから仕方がない。

 サイレンススズカの旋回癖。あの気持ちも痛いほどわかる。

 

 ボーッと思索に耽っていると、いつの間にか校舎の中に入っていたようだ。思い込んでいると、周りが見えなくなるのは悪い癖だと分かってはいるのだが、よくもまぁ、誰にもぶつからずこんなところまで来れたものだ。

 そろそろ自分のトレーナールームに戻ろうと思って振り返った時だった。

 

「どうしましょう……」

 

 そこに悩める一人の女性。レース場のターフを思わせる緑を基調にした服がなんとも目を引く人物。『駿川たづな』が、オロオロと周囲を見ていた。

 自分が新人で、何もわからなかった時にいつも手助けしてくれた人。三年経った今でも、仕事以外でも交友を続けている数少ない人。

 そんな彼女が困っているのだ。声をかけずにはいられない。

 

「何か困りごとでも?」

 

 声を掛けると彼女は、こちらを見てハッとした表情をすると駆け寄ってきた。そしていつも通りの笑顔を見せると、恥ずかしそうに頬を掻く。

 

「トレーナーさん、こんにちは……えっとそれがその……」

 

「また理事長に無理難題でも押し付けられました?」

 

「いえ、それほどじゃないんですけど……」

 

 彼女から話を聞くと、困っている理由はダブルブッキングらしい。

 ウマ娘たちにレース関係の資料を渡しに行こうとしたところ。理事長に言われた書類の整理を思い出したらしい。

 彼女にしては珍しいおっちょこちょいな一面だが、困っているのなら助けるべきだろう。

 

「俺で良ければ資料を配っておきますよ? 流石に理事長の書類の方は俺じゃ出来ないですけど、資料を配るぐらいなら出来ますから」

 

「えっ、でも悪いですよ。これ全部ですし……」

 

 彼女が胸に抱えている資料は数十冊。まるでタワー。確かにこれを全て配るとなると骨が折れる。

 しかし、ここまで一緒に頑張ってきた仕事仲間が困っているのだ。

 

「大丈夫! 任せてください! ほら、悩んでいる時間はないですよ?」

 

たづなさんは少し考えて。

 

「……わかりました。それではお願いしますねトレーナーさん?」

 

 一度頷くと俺に資料を渡してきた。受け取るとドサっと重みが腕に伝わる。三年間でウマ娘たちに随分と鍛えられたと思っていたが、これは確かに重い。

 たづなさんは心配そうにこちらを見つめる。

 

「あのやっぱり……」

 

「大丈夫!大丈夫ですから! ほら、たづなさんも書類頑張ってくださいね!」

 

 少しだけ強がりを見せた。請け負ってやめたら男としての格が落ちる……。にしても彼女は、なんて怪力なのだろうか。前に見た足の速さも相まって、三年間一緒にいるが謎な存在だ。

 

「トレーナーさん……本当にありがとうございます! 配る子たちのリストはここに……。よろしくお願いしますね!」

 

 少しジャンプして、資料タワーの上にリストの紙を置く。

 やはり急いでたのだろう。忙しなくペコリと頭を下げると、彼女は珍しく焦ったように走り去っていった。

 でも、たづなさん。

 

「リストを上に置くことないんじゃないかなぁ……」

 

 いったん資料を下ろしてリストを読み上げると、俺は配るために行動を開始するのだった。

 

 

 トレーナー宅配便は思いの外、順調に進んだ。初めはもう少しかかると思ったが、一時間もすればその資料を残り一冊を残して配り終えることができたのだ。

 

「あとは…えっと。うぁ、アグネスタキオンか……」

 

 ——アグネスタキオン。

 超光速のプリンセスと言われる彼女。あまり関わったことはなかったが、いろいろな噂は聞いている。なにやら薬を作っているとか、その薬を飲んだら、体が七色に光るとか。実験用人間を探して、夜な夜な校舎をうろうろしているとか……。

 最後のは盛った話だろうが、まぁそんな噂が絶えないウマ娘なのだ。そんな彼女にも、一応トレーナーがいるらしい……。

 そんな物好きがいるんだなぁと思いながら、実験室の前まで来てしまった。ここに立つだけでも薬品の匂いが漂ってくる。

 

「はぁ」

 

 資料を渡すだけ渡したら、この場から離れよう。そう固く思い、扉に手をかけた時だった。

 

 瞳に飛び込んできたのは閃光——。

 

 ……そして衝撃を受けたときにはもう俺の意識は闇に落ちていた。

 

 

「っ……。頭いてぇ……」

 

 意識がいきなり覚醒する。そして瞳に飛び込んだ知らない天井……。

 俺は思いっきり飛び起きると、頭痛を感じて頭を押さえる。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 聴き慣れた声がよく聞こえる。たづなさんの声だ。彼女の声がする方を見ると、心配そうな表情で俺を見つめていた。

 

「大丈夫ですよたづなさん……。まだ少しふわふわしますけ……ど?」

 

 声に違和感を覚えた俺は、喉を押さえて小さく咳払いをした。

 

「こほん。あーあー、声が変だな……」

 

「……トレーナーさんなんですよね?」

 

『トレーナーさんなんですよね?』

 

 変なことを聞く彼女。

 俺がトレーナーじゃなかったら、なんだというのだ。声も変だし、一体何があったのだろうか。

 

「たづなさん……何があったんですか……声も変だしなんか頭が重い……?」

 

何かかぶったように頭が重い。後頭部が引っ張られる様な感覚だ。俺はおもむろに頭を触る。

 

「……かつら?」

 

 すると肩にかかる金色の毛を見つけてしまった。少なくとも俺はこんなに長い髪を持った覚えはない。いつも洗いやすいように短くしてるのだ。それにこんな髪色ではない。

 

「やだなぁたづなさん……。悪戯ですか? かつら被せるなんて……いでっ!?」

 

 肩にかかった髪を思いっきり引っ張ると、頭皮に痛みを覚えて数本毛が抜けた。ちょっと待て、なぜ頭に痛みを感じる……?

 

「あの、トレーナーさんですよね……? それを前提としてお話するんですが……」

 

 何かかしこまったように、しかも俺がトレーナーだと確信が持てないような言い方だった。

 

「トレーナーさんはアグネスタキオンさんに、資料を届けにいった。そこまでは覚えてますか?」

 

「覚えてますよ」

 

 全て資料を届け終わって、アグネスタキオンに届けようと部屋に入ろうとして、光を見たまで覚えている。

 ……ということはまさか。

 

「って! もしかして俺! タキオンに何かされたんですか!?」

 

 恐れていたこと。知らぬのうちに実験台にされてしまったのか。俺は思いっきりベッドから体を乗り出して、たづなさんの肩に手を置いて迫った。

 

 そのとき肩にかかる重み。

 

 ぷるんっ、と揺れる胸……。

 

「ちょっ、近いです……!」

 

 揺れる胸……。

 

 なぜか顔を真っ赤にしてこちらから目を逸らすたづなさん。

 俺は冷静になるために深呼吸して話を切り出す。

 

「たづなさん」

 

「はっ、はい!」

 

「質問なんですが……。これなんですか……?」

 

 自分の胸から垂れ下がる双丘を指差して尋ねる。

 

「むね……ですかね……?」

 

「えっと、男ってこんなに膨れた胸ありましたっけ? それになんで俺は生徒用のジャージ着てるんですか……?」

 

 なぜか着ている生徒用のジャージを押し上げる胸。太ってるとかそういうのじゃない。

 明らかに『膨れている』のだ。

 

「その、非常に言いづらいのですが……」

 

 たづなさんは顔を真っ赤にしたまま、顔をそらし続ける。その言葉に俺はゴクリと喉を鳴らす。

 

「トレーナーさんはその……ウマ娘になったみたいです……」

 

「はぁ……ウマ娘に……?」

 

 なるほど、ウマ娘になったからこんなに豊かな胸があると……。

 

「それならなっとく……」

 

「納得してくれましたか?」

 

 たづなさんの言葉をどうにか噛み砕こうと、脳内で整理するが、すぐにバグって飲み込めなくなった。

 俺は一瞬動作を止めたのち。

 

「できるわけないだろおおおおおおおお!? あぁぁぁー! なにがどうなってんだーっ!? うわっ、声かわいぃぃっっ!?」

 

「トレーナーさんっ! 落ち着いてっ!!」

 

 興奮にブンブンと振り回される尻尾が、辺りのものを吹き飛ばして散乱させていく。

 

「尻尾……」

 

 俺は無意識に振り回される尻尾を見て。

 

「きゅぅぅぅっ……」

 

 また気絶してしまうのだった。

 

………………

…………

……

 

・たづなSide

 

 しかし、驚きました。まさか人がウマ娘さんになってしまうなんて……。

 私の目の前で気絶している人は、私とよくお出かけに行ってくれたトレーナーさん……です。と言っても、今は美しい『尾花栗毛のウマ娘さん』寝ている姿はまさしく眠れる森の美女。絶世の美女です。

 先ほど迫られたときには、思わず目を逸らしてしまいました。直視できないほどの綺麗さだったので……。

 

 でも、役得でしたね。こんなに可愛いウマ娘さんに迫られる機会なんてそうそう。

 じゃなかった。

 

 一体どう説明すべきなのでしょうか。起きたらまた錯乱して気絶しちゃうんじゃないでしょうか。

 先ほどの本人の発言と『爆発した実験室』に倒れていた『トレーナーさんの服を着て、トレーナーのIDカードを持った』ウマ娘さん。この条件から、このウマ娘さんがトレーナーさんであることは間違いないのでしょうけど。

 

 このことを知っているのは私と理事長と、先に起きたアグネスタキオンさん。

 アグネスタキオンさん曰く、実験の失敗でこうなった。どうして彼がウマ娘になったかは全くわからない。と笑いながら話しました。私は「笑ってる場合じゃないでしょう!」と思わず声をあげてしまいました。

 

 アグネスタキオンさんは原因を探す。と言って早々と去って行き……。理事長も「驚愕!」とは言っていたが、このことはまずは内密にとのことでした。確かに、これが知り渡れば混乱が起こるのは必至……。

 

 下手すればトレーナーさんは研究機関に……。

 

『あげません!!』

 

 心の中の誰かが私に問いかけた気がしました。こんなに可愛い『ウマ娘』さんを渡すわけがないでしょう!

 私のせいでこうなったのだから……。私が助けてあげなくては……。私が守らなくては……。

 

 そんなことを思いながら、私は眠れる美女ウマ娘さんの髪を梳くように撫でるのでした。

 あぁ、とても可愛い。

 

「んっ……あれ……」

 

 どうやら目が覚めたらしいです。

 

………………

…………

……

 

・トレーナーSide

 

「ということなんです……」

 

「なるほど……認めたくはないですが……。たづなさんがここに運んでくれたんですね? ありがとうございます」

 

ははは、と俺は乾いた笑いを浮かべながら、たづなさんにお礼を言った。

タキオンの実験に巻き込まれて、この姿になってしまった。そしてその原因は未だ不明で……。今後のことは未定だから、とりあえず寮に籠っていてくれとの事らしい。

 

「お礼を言われるようなことは何も! 元はと言えば私のせいですし……」

 

やはり責任に思ってるのか、たづなさんは俯く。彼女が責任に思う必要はないのだが。

 

「資料配りをやるって言ったのは俺ですから。それに、たづなさんが俺を保護してくれたから、ややこしくならなくて済んだんですよ」

 

 なんとかして励まそうと、俺はたづなさんの手を取って出来る限りの微笑みを見せた。なんとか安心させないと。今回は事故であって、誰のせいでもないのだから……。

 いやタキオンは責任あるかもだけど。

 

「は、はぅっ……」

 

「あ、あれ……?」

 

 何か対応を間違っただろうか? たづなさんは顔を真っ赤にして驚きとか困惑とか。そう言った感情を含んだ顔を見せる。

 そして、うっとりと俺を見つめる。

 

「……ます」

 

「……へっ?」

 

「私が必ず守りますから!! 安心してくださいね!! ウマ娘さんっ!!」

 

「ちょっ!? たづなさんっ!?」

 

 がばっ、と思いっきり抱きしめられた。何が起こったのか俺には理解できなかったが、彼女の匂いを強く感じる。嗅覚でも鋭くなったのだろうか。

 恥ずかしさから耳を垂らしてしまう。無意識に尻尾が振れる。

 このとき俺はさらに、『人ではなくなった』と実感するのだった。

 

………………

…………

……

 

 経緯を話せばこう言ったことになる。

 あの後『掛かり気味』なたづなさんに警護されながら寮に戻った。外を出歩くのはまずいから大人しくしてること。

食料などは後で届けると言ってくれた。

 本当にたづなさんは優しい。体が元に戻ったら食事にでも誘ってお礼をしないと。

 

 まぁ、そんなこんなで俺は寮の部屋にいた。そして鏡に向かって自分の体をチェックしていた。

 別にやましい気持ちがあったわけじゃない……。いや全くないわけじゃないけど。

 

 改めて鏡を見ると、鏡に写ったあどけない少女は、薄いサファイア色の瞳で俺を見つめる。

 身長は160cm程度と言ったところか。まさか身長まで縮んでしまうとは驚きだ。元から高くはなかったが10cm以上縮んでいる。

 年齢は外見から……。高等部のウマ娘といったところだ。

 

 そして何よりも、淡い金髪。光の当たり方によってはアハルテケ系の『月毛』にも見える。ゴールドシチーとはまた違うタイプの『尾花栗毛』で、自画自賛になるだろうが美しいと思う。そしてぴょんとはねる真っ白な流星。

 これは確かに目立ってしまうだろう。たづなさんが外に出るなと言った意味もよくわかる。

 

 次にスタイルだ。

 胸は学園のトップクラス……には及ばないが、ジャージを大きく膨らませている。サイズは測らないとわからないが、いい勝負をしていると思う。

 バスト、ウエスト、ヒップ…毛並み。モデル並だ。腕を組むように胸を寄せて、悩殺するかのポーズを鏡の前で決める。自分でやりながら、恥ずかしさから顔を赤らめてしまった。

 

「っ……!」

 

 これはダメだ。破壊力がありすぎる。俺はすぐにポーズをやめた。危険すぎる。こんなの見せつけられては夜も眠れなくなる。

 とにかく良く分かった。俺は今容姿端麗なウマ娘になっている。

 

「目も当てられないミュータントになるよりはマシか……」

 

 そんなことを呟いて、気分を落ち着かせる。大きく二、三回深呼吸をして、頬をぽんぽんと叩いた。

 とりあえず、たづなさんが来るまで息を潜めておくことにしよう。担当バたちには、風邪で早退したと伝えておくと言ってたし……。訪ねてきても寝ていたといえば免罪符だろう。

 

「さてと……昼寝でも」

 

ぐぅ――

 

 しまった盲点だった。あんなことがあったため、昼食を取り忘れていた。

 興奮が覚めれば思い出したかのようにお腹が鳴った。もしかして代謝もウマ娘並みになってしまっているのではないだろうか? これでは昼寝どころではない。

 

「何かあったか」

 

 基本的に学園内のカフェテリアで済ませているし、夕食なんて出来合いのもので済ませている。カップ麺なんて常備してないし、置いてあるのは段ボールに入った栄養ドリンクぐらいだ。

 人が住んでるのか? と思うほど生活感がほとんどない。

 

「えーっと冷蔵庫には……」

 

 俺は台所に向かうと、小さな冷蔵庫を開く。そこには冷やしてあるビールと、少しの調味料。賞味期限の過ぎた謎瓶。

そして……。

 

「にんじん」

 

 そういえば商店街の福引で当たったから、とりあえず冷蔵庫に突っ込んだのだった。

 赤い野菜。カレーとかに入ってるあれ。いつもだったらなんてことない野菜のはずなのに。鋭くなった鼻腔を刺激する甘い匂い。

 俺の瞳にはそれしか写ってない。なんで今日はこんなにも魅力的に見えるんだ。

 俺は袋を乱雑に破り、一本の人参を取り出すと。

 

 がりっ!

 

 と噛み付いて咀嚼する。

 

「っ!?」

 

 あまりの衝撃と混乱に人参を壁に投げつけ、へたりとその場に座り込む。

 

 ——衝撃。

 不味かったわけではない。逆だ。おかしくなるぐらい美味しかったのだ。今まで食べてたものはなんだったのか? こんなに美味しいものを食べてなかったとは。

 

 ——混乱。

 俺の感覚はウマ娘のそれに変わってしまっている。混乱を通り越して、ある意味恐怖が襲ってくる。

 ウマ娘自体は近くの存在なのに……。自分がなるとこんなにも混乱するものなのか。

 いろいろな衝撃に、胸がきゅっと締め付けられる様な感覚に陥った。

 

「わけわかんねぇよぉ……」

 

 急に不安に襲われて涙がこぼれる。俺はこんなに涙弱くなかったはずだ。

 しかし今はどうか。

 不安に押しつぶされそうなティーンの少女でしかなかった。

 

「壁にも刺さってるしぃ……」

 

 さらに、さっき投げた人参が薄いボード貼りの壁に刺さっていた。

 ウマ娘の力でぶん投げたからだろう。それすら不安材料になってるのだ。

 

 怖い。

 こわい。

 コワイ。

 

 得体の知れない存在になった様な気がして、恐怖が襲ってくる。

 俺は元に戻れるのだろうか。

 俺は——

 

ピンポーン――

 

ドンドン――

 

 そんな不安を引き裂くように、インターホンの音と扉を叩く音が聞こえる。その音にたづなさんと思い、急いで立ち上がって玄関に行く。

 この不安を取り除くために、今すぐ誰かと会いたかった。

 

 しかしドアノブに手をかけようとしたとき、ふと手を止める。頭の中が『待て!』と抑制をかける。急に冷静さを取り戻して、いったん深呼吸。

 

 慎重になるべきだ。

 いきなり開けてこんな姿を『知ってる者たち』以外に見られれば、一発で不審ウマ娘だ。

 危なかった。俺はとりあえず、扉の小さな覗き穴から外を見つめた……。

 

 

 

 

 

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