トレーナーはウマ娘に……。   作:あさのひかり

12 / 25
新しい日の始まり

 

 一日が経過した昼下がりのメジロ家。

 『私』はソーサーを持ち上げ、紅茶に口をつけて一口飲み込む。動作から高貴さが滲み出るほどに優雅な動きで味と香りを楽しんでいた。

 音を立てずにそれを机に置くと、対面に座るマックイーンへほほ笑みを向ける。

 

「美味しい紅茶ですねマックイーン」

 

「……えぇ」

 

 眉をピクピクと動かして、マックイーンは『私』に不満げな態度を見せる。

 

「あの、トレーナーさん……?」

 

「どうしましたライアン。何かおかしいことでも……?」

 

 首を傾げ、ほほ笑みを浮かべる『私』に、ライアンも顔を真っ赤にして言葉を濁らせる。『私』はマックイーンに言われた通りに、礼儀正しく動いているにすぎないのだ。

 

「マックイーンをいじめるのほどほどに……」

 

「……わかったよ。元はと言えばマックイーンがめちゃくちゃレッスンを詰め込んだのが悪いんだからな?」

 

 小さくため息をついた後、俺はいつもの口調に戻す。言ったように、元はと言えばマックイーンがいろいろなレッスンを詰め込んだのが悪い。

 社交的なマナーから、はてはダンスのレッスンまで……。この休日は全てそれに注ぎ込まれた。もちろん休む時間もなかったぐらいに。

 わずかばかりの抵抗をと、そのレッスンを全て飲み込んで『淑女』を演じて見せていたのだ。

 しかしそれを見せつければ、マックイーンは、俺のいつもと違う姿に調子が狂ったようだった。

 

「悪かったよマックイーン……ちょっと意地悪すぎたな」

 

「その通りですわ! まったく、トレーナーさんったらからかい過ぎです……!」

 

「ふふっ、言葉まで『お嬢様』にする必要はなかったか?」

 

「だって、調子が狂うじゃありませんの……完璧すぎて……」

 

 あれだけレッスンを詰め込まれれば、誰でも完璧になってしまうだろう。休む間もなくマナー、マナー、マナー。金持ちの家に生まれなくてよかった。と心底思う。

 

「ほんと、私たちよりお嬢様って感じで……」

 

 今まで静かに席についていたドーベルも、お世辞だろうが俺を褒めてくれた。

 

「マックイーンたちの指導も完璧だったからな。でもおかげで学園でもボロを出さずにできそうだ」

 

 これだけお嬢様が板に付いていれば、学園でも完璧な『ウマ娘トレーナー』を演じることができるだろう。そう言ったことを考えれば、メジロ家にお世話になったのは正解だったかもしれない。

 おそらく明日は顔見せになるから、忙しくなるだろう。俺から俺に引き継ぐわけだし、引き継ぎ業務はないにしても、いろんな人からの質問責めにあう可能性もあるわけだ。

 俺はもう一度紅茶を一口飲んで、気持ちを落ち着かせる。

 すごくではないが、緊張している。言うなれば転校して初めての登校をすると言った心境だろう。

 まさかこの歳になって、こんなタイプの緊張をするとは思わなかった。

 

「マックイーン? 明日からも頼むぞ?」

 

「それはお任せください。何があっても守りますので!」

 

 マックイーンは椅子に座りながら、興奮気味に尻尾を振る。

 俺にはおしとやかに、尻尾の先まで意識を集中して。と言っていたくせに、随分とはしたない姿を見せるじゃないか。

 そうやってメジロ家の面々と談笑していた時だった。

 

 〜♪

 

 俺のスマホの音が鳴る。画面を見るとたづなさんからの着信だった。

 

「失礼」

 

 俺は席を外して、廊下に出るとスマホを耳に当てる。

 

『とれ……さん……こんば……』

 

「あの、たづなさん声が小さいような……」

 

 スマホが壊れたのだろうか? 俺は耳からスマホを外して首を傾げる。

 

『トレーナーさん! スピーカーモードにしてくださいっ!』

 

「あっ……」

 

 精一杯の叫び声をあげたのだろう。鋭い聴覚は、小さなスピーカーからの声を捉えた。

 そうだ、今の俺はウマ娘。本来、人の耳がある場所に当てたって聞こえるわけないじゃないか。俺は慌てて、スピーカーモードに切り替える。

 

『トレーナーさんっておっちょこちょいなんですね』

 

 クスクスと少しだけ笑いを含んだ声で、たづなさんは言う。

 

「しっ、仕方がないじゃないですか! まだ慣れてないんですから……」

 

 カーッと顔が熱くなるのを感じる。耳の位置が違う事を理解しておくべきだった。

 

『ふふっ、直に慣れますよ。っと、そう言うことを言いたいんじゃなかった……』

 

 話が逸れてしまったことを修正するように、小さく咳払いをするたづなさん。

 

『トレーナーさん。体調は万全ですか?』

 

「特に問題はないですよ。元気そのものです」

 

『それを聞いて安心しました。明日からの業務は問題なさそうですね』

 

 ウマ娘トレーナーとしての初日。

 たづなさんの言葉でその事実を確かに感じる。

 

「マナーレッスンで全然休めませんでしたけどね……まぁ、ウマ娘の体は丈夫なのか、そこまで疲れも感じませんけど」

 

『今日はしっかり寝るようにしてくださいね。それと、明日の予定なのですが……』

 

 いくつかの業務的な報告を受けて、メモアプリでそれを記録していく。

 

『明日の全校集会でトレーナーさんには、就任の挨拶をしてもらいます。考えといてくださいね?』

 

 俺はどうやら就任挨拶的なのをしないといけないらしい。

 新たにトレーナーとなるものは、新年度に全校生徒の前で自己紹介をするのだが、俺は中途なので特別にその機会を作ってくれるとかなんとか。

 ひっそり過ごしたい俺には、ありがた迷惑と言った感じだが……それもルールなので仕方がない。

 

「わかりました。他には?」

 

『その……実は明日から理事長が地方に出張になり、私もついていくので……』

 

「えっ? 居ないんですか!?」

 

 てっきり、初日はサポートしてくれると思っていたので、驚きの声を上げてしまう。

 

『でも安心してください! 生徒会のみなさんにサポートして頂けるので』

 

「……ルドルフ達ですか。ならまぁ」

 

 一人のウマ娘の思い浮かべる。彼女なら大丈夫か。と胸を撫で下ろす。

 俺がどんな状態かは、生徒会にも伝わっているらしい。彼女たちはしっかり者だし問題ない。むしろ心強い味方かもしれない。

 

「わかりました。なんとかやってみます」

 

『よろしくお願いしますねトレーナーさん』

 

 挨拶を交わした後、俺は通話を切ってマックイーン達の元に戻る。少しため息をついて席に座ると、不安そうにマックイーンは声を上げた。

 

「どうしたんですの?」

 

「別に問題があったわけじゃないさ」

 

「電話の内容はなんだったんですか?」

 

 興味津々にライアンが質問する。俺は軽くかいつまんで彼女達に説明した。

 

「出張なんて急な……。まぁ、元から予定があったんでしょう」

 

「生徒会がサポートしてくれるそうだ。ルドルフとは面識があるし、それはあまり心配してないんだけどな」

 

「セレスさんは会長さんともお知り合いなんですか?」

 

 俺があまりに親しくルドルフを呼ぶものだから、ドーベルは興味を持ったように聞く。

 

「研修を受けたチームでちょっとね」

 

 チームハダルで俺が研修を受けた時のことだ。

 俺は一時期ルドルフのサポートを務めていたことがある。マックイーンを担当してからは、忙しすぎて疎遠になっていたが。

 

「へー、マックイーンのライバルって訳だね」

 

 少し揶揄うようにライアンが笑うと、マックイーンは頬を膨らませてそっぽをむいてしまった。

 

「とにかく」

 

 俺は部屋の雰囲気を戻すように大きく言う。

 

「今夜寮に戻って準備をしないとだし、マックイーン達も門限までには帰らないといけないだろ?」

 

「そうですわね。外出届は今日の夕方までですし」

 

「明日からはまた忙しくなるけど、よろしくな」

 

 明日からは忙しくなりそうだ……。

 

………………

…………

……

 

 夜になり部屋に戻ってくると愕然とした。

 何の変哲もなかった、一人暮らし独身男性の部屋はいつの間にか、20代の女性が使いそうな部屋に変化していた。

 ふわふわなベッドに、シックで高級そうな装飾のドレッサー。その中には女性トレーナー用の衣装と、トレーナー用のジャージ。下着一式などが入っている。

 それだけはなく、お出かけ用の少し洒落た服も入っていた。あまりの部屋の変化に、頭がクラクラする。

 なんと言うことでしょう。凄まじいビフォーアフターだ。

 カーテンすらも全て変わっていたのだから、まるで狐につままれた気分だ……。

 

 辺りを見回すと、リビングセットの机の上に、新品のスマホと一通の手紙が置かれているのを見つけた。

 俺は手紙を取り、それを広げて読んでみる。

 

『謝罪! 君がこんなことになってしまったお詫びがしたくなった』

 

 達筆な文字で書かれた手紙を俺は読み上げる。

 

『贈呈! 君は私の娘となったのだから、部屋の備品は母である私からのプレゼントだ! 是非とも有効活用して欲しい!』

 

 その文字にきょとんとしてしまう。

 自分は母親からプレゼントなるものを貰ったことはない。

 物心ついて自分で考えられるようになった頃には、親父が一人で育ててくれていたし、親父が死んでからは知り合いの家を転々として、何とかこの年齢まで生きてきた。

 そんな訳で家族のプレゼントとは無縁だったのだ。

 

「母親……か」

 

 そう思うと、俺は初めて『母親』からプレゼントをもらったことになるだろう。

 手紙の続きを読むと、最後に、いつもの口調と違う言葉が書かれていた。

 

『親愛なるセレスへ、私は君を幸せにしてあげたい。血縁の関係がなくとも、君は私の娘だ。だから私のことは本当の母と思って頼って欲しい。これから大変だろうが、共に歩んで行こう。愛してるよセレス。私の娘……』

 

 それを読み終えると、何とも言えない感情がこみ上げてくる。じんわりと胸を温かくする。そんな感情に、手紙を胸に抱えた。

 

「お母さん……」

 

 今度会って、二人きりになった時はそう呼んでみてもいいかな。

 俺はそんなことを思いながら、その手紙を大切に封筒に戻して、新調されたタンスに大切に片付けるのだった。

 

………………

…………

……

 

 なんと清々しい朝だろうか。と言ってもまだ朝も早く、日が昇る寸前。俺は教わった通り、シャワーも浴びて、スキンケアも、髪やしっぽのケアも終えた。

 美しく煌めく尻尾に、我ながらうっとりとしてしまう。

 髪もおさげに結って、いつもの姿の完成だ。

 あとはパジャマからトレーナー用の服に着替える。

 白のブラウスに、黒系のベスト。ビジネスライクな服装だが、日本人離れした容姿と、素晴らしいまでのプロポーションのおかげで、見る分にはモデルそのものだ。

 俺は鏡で胸元のリボンを整えて、王冠を模した模様の耳キャップ(メンコ)をつける。

 我ながら完璧な出来だ。

 

「ん、今日もかわいい」

 

 姿見に対してウィンクしてみせる。

 もちろん同じように鏡のウマ娘もその仕草を見せる。

 

「……」

 

 しかし、そこで俺は違和感に気づく。

 

「あぁぁぁっ……」

 

 がっくりと膝から崩れ落ちて、地面に両手をつける。

 何ノリノリになっているんだ。何が今日もかわいいだ……。

 可愛い服装やリボンや耳の飾りに何ときめいてるんだ。

 この姿でいると、男としての要素が消えていく気がする。

 ……でも、着飾るのも悪くない。と思ってる自分もいる訳で。いや、こんなに恵まれた容姿ならそう思うのも仕方のない事だ。

 大丈夫だよな? 戻ったとき女装癖として残らないよな……?

 

「不安だ……」

 

 しかし落ち込んでもいられない。数分だけその落ち込みにひたると、頬をポンポンと叩いて立ち上がる。

 

「今日のスケジュールを確認しないと……」

 

 俺はスマホを見ると、まずは溜まっているメッセージアプリを立ち上げる。

 ほとんどはチームメンバーの伝えたいことや雑談。たづなさんの業務連絡などなどが書かれていた。

 

 まずはたづなさんからのメッセージを読む。

 内容はスマホはこれを使わずに、理事長が用意したものを使ってほしいとの事だった。おそらく手紙と一緒に置かれていたスマホのことだろう。

 身バレを防ぐための措置らしい。

 

「おぉ、アプリや連絡先まで入ってる……」

 

 新しいスマホの電源をつけて電話帳を確認する。

 チームメンバーだけではなく、たづなさんや理事長のプライベートな番号まで追加されていた。落とさないように気をつけなくては……。

 

 あとは、今朝は理事長室ではなく、生徒会室へ向かってほしいとの事だった。たづなさんのメッセージはそれで最後だ。

 次はメンバーのメッセージを見る。

 マックイーンとダイヤは、今朝は用事で来れない……と。毎朝世話になるわけにもいかないから、これは大丈夫だと返信する。

 

 俺はメッセージを見ながら、理事長が用意したであろう『ニンジンジュース』を冷蔵庫から取り出してコップに注いだ。

 

 カフェはいいコーヒーを手に入れたので午後に一緒に。との事だったので了承する。

 

 ニンジンジュースを飲みながら返信作業を続ける。

 

 ライスは今日からのトレーニング楽しみだと書いてあったので、俺も楽しみだよと返信。

 

 可愛らしい言葉に癒やされながら、飲み終えたコップをシンクに置いた。

 

 ゴルシはカツオの一本釣りに目覚めて、その奥深さを一万文字ぐらいの文章で書いてあったが、最後の方が切れてたので寝落ちした模様。

 読み物として面白いから結局最後まで読んでしまった……。返信は保留。

 

 あとは今日のスケジュールを確認して、前のスマホの電源を切り、新しいスマホをポケットに入れた。

 

「っと、こんなもんか……」

 

 そんな朝のルーチンワークを終えると、冷蔵庫から昨日の夕食の残り物を取り出して温めて食べる。

 残り物と言っても、マックイーンが用意してくれたものだ。いつもの適当な食事よりはしっかりしている。

 

 時計代わりに、随分と大きくなってしまった薄型のテレビの電源を入れる。

 理事長……。お母さんが随分と奮発してくれたらしく、こんな高級なもの貰っていいものかと罪悪感も覚える。

 

 食事を終えて、つけっぱなしのテレビの時計を見ると、すでに登校時間となっていた。テレビの電源を切る。

 俺は大きく深呼吸をすると。

 

「そろそろ行くか……」

 

 気合を入れ直して、昨日の夜のうちに用意したカバンを肩にかける。

 玄関に向かって、女性物のローファーを履くと。

 

「大丈夫……上手くやれる。まずは生徒会室へ……」

 

 俺は新たなる生活へと扉を開けるのだった。

 




書き貯めたのここまでなので、次の更新は少し遅れますがご了承ください!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。