トレーナーはウマ娘に……。   作:あさのひかり

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伝説のウマ

 記者のインタビューにもみくちゃにされたあと、俺は部室に戻って残ってる書類の整理を始める。

 これからさらに忙しくなるし、例の勝負の対策も考えなくてはいけない。

 眠気を吹き飛ばすために、エナジードリンクを買ってみたが……ウマ娘の体にはあまり効果がないらしい。

 これからはウマ娘用のものを買わないといけない。よく覚えておこう。

 

 ある程度の書類の整理を終えると、休憩がてらSNSを確認する。

 話題は俺のインタビュー記事と、例の出来事が半々といった感じだった。

 『新生アジェナ始動当日に事件発生! 勝負の行方は』といった記事を眺める。

 

「どれどれ……」

 

 新生アジェナに立ち塞がる壁! 立ちはだかるは重賞優勝経験のトレーナー。容姿端麗なウマ娘トレーナーはその壁にどう立ち向かうか……。

 要約すると、そんな感じの内容だった。

 大手の記事は、軒並み口悪く言ってきたところが完全に切り取られてるあたり、組織(URA)の監修が入ったらしい。

 それでも、監修を漏れる記事も存在する。悪のトレーナーが俺に対して宣戦布告とか。中央トレーナーの質の低下が問題顕著とか。

 これでもまだマシな方だ。一部始終が動画に撮られていたら、これじゃ済まなかっただろう……。もっとも、あのトレーナーはそれを分かって行動に移ったのだろうけど。

 

「良くも悪くも話題になってるなぁ……」

 

 これは事後処理が大変だな、と他人事みたいに考えてしまう。

 しかし、勝負が中止される様な状況はない様で、そこはURAも話題作りに乗っかったといった感じだろうか。

 エナジードリンクを一気に呷ると、くしゃっと缶を握り潰す。

 どうしたものだろうか。

 スプリンターを見つけるにしろ当てがあるわけじゃない。選抜レースも、もう少し先だし勝負の日時も不透明なままだ。

 腕を組んで、ぎぃっ、と椅子に深く座る。

 

 バンっ!

 

「セレス!」

 

 瞳を閉じて、思考の海に潜ろうとしたところだった。

 声と同時に扉を開ける音が響く。

 慌てて姿勢を戻すと、視線をその方向に持っていく。

 

「あれ? 理事長」

 

 そこには慌てた様子で入ってきた理事長の姿があった。

 珍しく髪をボサボサと乱しているところを見るに、相当慌てていたと見える。

 

「帰還! 出張から帰って、最初にやることがメディアや理事会との話し合いとは……」

 

 この短期間会わなかっただけだが、それでも分かるほどにやつれた様子に、申し訳なさを感じる。

 理事長をこんな姿にした理由は、間違いなくあの勝負の一件だろう。

 

「ということは……もう事の顛末は知ってるんですね」

 

「無論! 君への批判はくると思っていたが、まさかあんな形になるとは」

 

「でも勝負は止めてくれないんですね?」

 

 そんな理事長に、少し意地悪っぽくそう言ってみる。

 彼女は深くため息をつくと、俺の前に歩いてきた。

 

「各社の記事こそはしっかりと監修したが、馬鹿げたことに勝負に関しては理事会も乗り気なのだ。最近は話題に欠いていたのでな……」

 

「さしずめ……俺の能力をみたい。と言った感じでしょうか?」

 

 どうやって俺の存在をねじ込んだかにしても、俺と言う存在はあまりにもイレギュラーだ。

 理事会もそんなトレーナーを、アジェナのトップに据えていいか不安に思ってる人もいるのは間違いない。

 今回の一件を利用して、俺の指導力を測りたいといったところなのだろう。

 

「理解してるのだな……。しかし、あのトレーナーがあそこまで大胆なことをするとは」

 

 理事長は扇子を開いて、暑いのか扇ぎながら話し始める。

 

「彼は口こそ良くなかったが、素行が悪いトレーナーではないのだ。正直なことを言うのなら私自身、今回の出来事に驚いている」

 

「猫被ってた……なんてことは?」

 

「数年に渡って? ボロも出さずにそんなことできたら狂人だぞ……」

 

 瞳を伏せ、腕を組んでそう言い放つ彼女。

 最初の2文字を付けないで話すあたり、真剣に考え込んでしまっているのだろう。もちろん無理もないが。

 取材が終わったあとに彼のプロフィールを見てみたが、一度の重賞優勝経験と数多くのレースで好成績を残している。

 担当ウマ娘のG1出走経験こそないが、未勝利で去っていくウマ娘も多い中これだけの成績が出せれば、相当に優秀なトレーナーと言ったか感じである。

 

「彼への聞き取りを行ったが、処分も覚悟の上で「言いすぎた」と反省をしていた。近いうちに君への謝罪も行われる予定だ」

 

「何か処分は行われるんですか?」

 

「理事会と話し合うことになっているが、問題を起こしたのは今回が初めてだからな……戒告と減給処分と言ったところだろう」

 

「今度次第って事ですか」

 

 メディアが今後どう騒ぐかにもよるが、今の状況じゃそんなところなんだろうな。と納得する。

 

「すみません理事長。こんなことになってしまって……」

 

 出張から帰って疲れてるだろうに、変な手間をとらせてしまった。俺は立ち上がると、彼女の近くに立ち頭を下げる。

 

「気にするな。私こそ勝負を止められなかった……勝算はあるのか?」

 

 理事長は俺を覗き込むようにして、頭を上げさせる。

 

「あると言って安心させたいですが、特に何もといった感じですよ」

 

 実際、手詰まりに近い状態だ。

 マックイーンやライスは現役の選手だから変な癖をつけたくないし、短距離の適性が皆無。カフェはフォームを作る大事な時期だし、同じく短距離適性もない。ゴルシは……ちょっと計りかねるが、中長距離タイプだろう。ダイヤに至ってはまだ走れる段階じゃない。

 

「スカウトするにも当てがいないですからね……とにかく少し考えてみますよ」

 

「そうか……なにか手を貸せれば良いのだが……」

 

「これはアジェナの勝負です。俺も俺の指導の力を示さなきゃいけない。それができてこそ、アジェナは再始動できる」

 

 俺が出来ること、それは実力を見せつけて相手を黙らせる事ぐらいだ。

 俺は今や新人トレーナー。ここでしっかりと存在感を見せつければ、無礼られる事もなくなる。もちろん理事会も納得させることができる。

 相手に利用されたのだ。こちらも最大限に利用してやろう。

 

「理事長、俺は勝ちますよ」

 

「……自信家なんだなセレスは」

 

 俺の自信を持った言葉に、やっと安堵したのか理事長は表情を綻ばせた。

 それと同時に疲れたようにため息をつく。

 

「お疲れのようですね……手間かけさせてしまいましたし、俺にできる事なら何でも言ってください」

 

「ほーう?」

 

 俺の言葉に理事長はにやーっと笑みを浮かべる。

 『なんでも』って言うのは言い過ぎだっただろうか……?

 

「ではセレス。そこに座ってくれ」

 

 理事長はソファーを指差す。意図がわからないまま、言われた通り俺はソファーに腰を下ろす。

 

「うむ、失礼するぞ!」

 

 俺が座ったことを確認すると、理事長はその小さい体で、ぼふっと俺の膝の上に乗ってきた。……可愛いけど、なんなんだこの状況は。

 

「母を労うのも娘の役目だものな!」

 

 労うってこう言うことなのだろうか? 理事長は俺の胸に頭を預けている。

 帽子のせいで表情は見えないが……。

 

「ふにゃぁ……」

 

 猫みたいな声をあげているので、おそらくは夢心地と言った表情をしているのだろう。

 

「にゃー」

 

 帽子に乗っている猫も、呆れ顔でこっちを見ている。

 

「普通なら母が子供にしてあげることじゃないんですか? 誰かに見られたらどうするんです?」

 

「問題ない。親子のスキンシップと言うやつだ気にするな」

 

「そんなもんなんですかねぇ……」

 

 理事長は俺の手を握ってくる。そしてしばらく沈黙した後に口を開いた。

 

「私は自分の母の様な立派な存在になりたいのだ」

 

 理事長の母といえば、前URA理事長の事だ。

 もっとも俺がトレーナーになった時には、すでに膝の上で寛ぐ理事長がURAのトップに座っていたので、前理事長については詳しくないが慕われていた人物であるのは知っている。

 

「私に子供はいないが、母親としても立派になりたい」

 

 膝の上でモゾモゾと動くと理事長は俺と向き合う様に座って、俺を思いっきり抱きしめる。

 

「私はセレスにも認めてもらえる様に立派な母になってみせるぞ」

 

 抱擁と言うにはあまりにも小さかったが、力強い抱きしめ。

 母に抱きしめられた思い出がない俺からしたら、なんともいえない感情を覚える。

 嬉しいとか、幸せとも違う何か。温かい様なそんな感覚にどこかむず痒い。

 

「えっと……なんか恥ずかしいですね……」

 

 俺は頬をかきながら、その自信に満ちた理事長の表情を見てしまう。

 

「……また、トレーナーとしての居場所を作ってくれてありがとうございます。……母さん」

 

 初めて彼女を母と呼んでみる。言った後に恥ずかしくなって顔をそらしてしまった。

 理事長……いや、母さんは少し驚いた様な表情を見せるが、すぐに満面の笑みへと変わり。

 

「セレスっ……!!!!」

 

「ちょ、くすぐったいですって!」

 

 まるで甘える猫の様に、顔を胸に擦り付けてくる母さん。これじゃどっちが母親なんだか。

 ……でもこういうのも悪くない。

 今まで受けたなかった感覚に何か満たされる感覚を覚えながら、そのひと時を楽しむのだった。

 

………………

…………

……

 

『次は、今話題の美人ウマ娘トレーナーの話題です!』

 

 翌朝。

 昨日の取材の後、記者に『今日の取材の一部が明日の朝放送される』と聞いたので、テレビを付けて、パンをかじりながら出勤時間までボーッと眺める。

 普段はあまりテレビを見なかったが、今までいい意味での俺の特集なんて組まれたことはなかったので、とりあえずの気持ちで見ることにしたのだ。

 

『他チームのトレーナーからの勝負の申し込みという波乱もありましたが、毅然とした態度と凛々しい姿を印象付けるレクスセレスティアさん。新生アジェナから目が離せませんね!』

 

 昨日の一件はかなりオブラートに包まれ、『勝負』としての部分がクローズアップされていた。

 あとは、理事長が作った俺のカバーストーリーが履歴として紹介されてVTRが終わる。

 

『どうでしょうか謎多き彼女ですが、……さんはどう見ますか?』

 

 女性のアナウンサーが、競走ウマ娘評論家らしき男に話を振る。

 

『そうですね、彼女の並走トレーニング。実に整ったフォームで、なぜ競走ウマ娘を選ばなかったか疑問を感じますね』

 

『なるほど』

 

 ライスとの並走と昨日の並走トレーニングで、走るのが嫌いじゃないとわかったが、トレーナー業を疎かにするわけにもいかない。

 肉体年齢はともかく実年齢は20代半ばなのだ。そもそもトゥインクルシリーズの出走権利はない。

 わざわざプロリーグにいくために、アマチュアから始めるわけにもいかないしな……。

 

 マックイーンからは行儀が悪いと言われると思うが、頬杖をついてテレビを眺める。

 俺はパンを一口齧った。

 

『走る姿はまさに『インヴィジブル』の再来と思ったのですがね。残念です』

 

「っ……!」

 

『インヴィジブルとは?』

 

 俺は齧ったパンを口から溢す。

 まさかその名前を今聞くことはないと思ったので驚いてしまった。

 評論家の男の話を、俺は聞き続ける。

 

『インヴィジブルは欧州で活躍して、わずか4戦で伝説となったウマ娘です』

 

 その存在はよく知っている。

 インヴィジブルの生涯成績は4戦4勝。そのうち3勝がG1と言うイギリスのウマ娘だ。

 その成績なら他にも有名なウマ娘がいるかもしれないが、彼女が伝説と言われる所以はレースの内容にある。

 

 彼女は欧州三大競走と名高いレースを連勝したのだ。

 

 新馬でありながらOP戦をいきなり勝ち抜き、2戦目ではいきなり『英ダービー』を勝利。

 その勝ち方も、エプソムレース場の最終コーナーの坂を降りたところから完全に囲まれていたのだが、最終直線で一気に外に抜け出し約7バ身を抜き去り、強烈な末脚で差し切ると言った強さを見せた。 

 

 3戦目は『キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス』この勝利も劇的なものだった。

 残り数ハロンのところで、内を差してきたウマ娘と接触。彼女は外へと弾き飛ばされてしまう。

 普通のウマ娘では集中力が切れてしまうところだが、彼女は違った。

 そこから火のついた彼女は、一気にスパートをかけて差し切ってのゴール。

 

 4戦目は彼女の引退レースとなった『凱旋門賞』日本の悲願であり、欧州最高峰と名高いレースだ。

 彼女はロンシャン特有の最終直線前の緩やかなカーブ『フォルス・ストレート』から仕掛けにかかる。

大きく抜け出した彼女だったが、直線に入ったところで後方から追い上げる馬群に沈みかける。

 

 しかし——

 

 まるでロケットの二段目を噴射した様な凄まじい末脚で、後続との差をつけてゴール板を駆け抜けた。

 

 これが彼女が伝説と言われる所以。

 負けなしの汚れなき女王。

 見えざる末脚(インヴィジブル)

 

 父さんが何回もレース映像を見せてくれたので今でも覚えている。

 

 彼女は惜しまれつつ引退し、その後は母国でトレーナー資格を獲得して、同じトレーナーとして交友のあった日本人男性と結婚し日本へ渡った。

 

『そんな彼女は大病を患って以降、精神的に不調を訴えていましたからね……今では中東の名門チームで主任トレーナーをしていますが……』

 

 評論家の言うとおり、彼女は『男の子』を出産後に大病を患って『子供を産めなくなってしまった』のだ。

 そして精神的に不調を訴えてトレーナー活動も休止して、日本人男性と離婚し本国へと戻った。

 それから数年後トレーナー業に復帰し、現在では中東の名門チーム『グリマルキン』の主任トレーナーをやっているらしい。

 

『そんな彼女の子供……と言うわけじゃないでしょうが、レクスセレスティアさんは養護施設の出身と言うことなので、もしかして? と思うジャーナリストも多いみたいですね』

 

 そんなこと噂されてるのか……。

 そう言う記者はきっと陰謀論とかも好きなんだろうな。と呆れつつ、俺は口からこぼしたパンをティッシュで包んでゴミ箱に捨てた。

 

『へぇ、そうなんですね。とにかく、彼女の今後に目が離せません!』

 

 アナウンサーはそれを軽く流すと、次の話題に話を進めた。

 

「インヴィジブル……ね」

 

 まぁ、その噂も実のところ間違いではない。

 

 俺の母の名前は『インヴィジブル』

 

 欧州三大競走を無敗で制したウマ娘なのだから。




■お知らせ
いつもコメントや評価ありがとうございます!
大変嬉しいことに、コメントを数多くいただいてします。
しかし返答の時間がかかってしまうし、その時間も執筆に回したいので、この話まででコメントの返信を一旦やめさせていただきます。
目は通させていただきますので、引き続きよろしくお願いします!

-追記-
このシリーズはしばらく休止しようと思います。
詳しくは、活動報告をご覧ください。
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