朝日の満ちているトレセン学園への道を歩く。
ここは職員寮からの道なので、当然のようにウマ娘の姿は見当たらない。
まぁ、ウマ娘の職員がいないわけではないのだが。それでも絶対数が少ないわけで、俺は目立った存在だろう。
いろんな意味を含んでいるであろう視線には、早いものでもう慣れてしまった。
そんな視線を受けながら、俺は内心いろいろなことを考えて歩みを進めていく。
トゥインクルシリーズはウマ娘が行う競技の中でも、最も商業的だといっても過言ではないだろう。
古代から続く『競バ』と呼ばれる競技は、時代の流れとともに今の形へと変わった。
最初は力を示す純粋な競走として、のちに賭け事の対象にもなり、それも廃れて現在ではアイドル的な要素も加わって、トゥインクルシリーズが成立した。
トゥインクルシリーズの財源は、各レース場の入場料や、ライブのチケット、そして様々なメディアミックスである。
有名なウマ娘ともなれば、映画や小説、果てまではぬいぐるみやお菓子といったもののモチーフになる。
走者寿命の短いウマ娘にとっては、レース賞金とともに貴重な収入源の一つだ。
もちろん、トレーナーの収入もそういったものの一部から支払われる。一部は出来高制なのだ。
そういった資金の中からサブトレなどを雇って、チームを運営していくものなのだが……。
人材の当てもない自分からしたら、今は関係ない話である。
さて、俺はなぜそんなことを考えていたか……。
トゥインクルシリーズは、競争の中でもエンタテイメント寄りである。
だからこそ、前のような暴挙がある程度許されるのだ。この傾向は最近は危ぶまれていることの一つなのだが……。
まぁ言ってしまえば『面白いかどうか』それが重要視される。
もちろん競争は本気で行っているため、八百長などは行われていないが、それでもエンタテイメントであることには変わりがない。
挑戦状とか、宣戦布告とかライバル関係とか。
そういった話題も好まれる業界であることには変わりないのだ。
実をいうと、前回の喧嘩を吹っかけてきたトレーナーの気持ちは痛いほどわかる。
話題にならなければいけない理由があるからだ。
レースの出走権というものは、レースの勝ち数やファンの投票で決まることが多い。
メイクデビュー、オープンクラス、重賞と段階を経てそのランクを上げて最終的にはG1を目指す。
その勝ち数と共に、重要なのがどれだけファンを獲得できるか。である。
ウマ娘はファンに推されて走る。と言われるぐらいにファン数は重要になってくる。
例えばマックイーンの場合だが、聞いて驚いたが公式ファンクラブの人数は20万人を超えるらしい。
このランクまでくれば、どのレースに出たいといっても優先的に出走できるだろう。
ではあのトレーナーのウマ娘のファンはどのくらいだろうかというと。
資料を調べてみると、概ね1万5000弱。
未勝利に終わるウマ娘も多い中、これは十分な数ともいえるのだが……。
短距離路線はG1レースも少なく、注目を浴びにくいためかファン数を獲得するのが難しい。
活躍してもこのクラスのウマ娘が出走権を取り合ってしまうのだ。
この子は短距離での重賞勝利もあるが、去年のスプリンターズS、今年の高松宮記念には惜しくも漏れてしまったとのことだった。
ファン数獲得のための、決定的な何かが欲しかったのだろう。
ウマ娘の走者としての期間は短い。本格化を迎えていたらなおさらのことだ。
俺も同じ立場であれば、何か行動を起こしていたかもしれない。
しかし、どうしたものか。
短距離のウマ娘をトレーニングしたことはないが、この勝負を負けるわけにはいかない。
この勝負に勝たなければ、この姿になっても立場を守ってくれた理事長にもチームのメンバーに示しがつかない。
いわばこの勝負は、俺が正当なるアジェナのトレーナーとして示すための闘い。
何としても勝たなければいけない……。
そんなことを思いつつ歩いていると、いつの間にか校門の前まで来てしまっていた。
「ふぅ……」
考えても仕方がない。深くため息をつくと、俺は今できることをしようと気持ちを切り替えることにした。
「あれ?」
考え事で周りが見えていなかったのだろう。
気が付くと校門には、人だかりができていた。その服装を見ると、トレセンの制服であるため生徒であることはわかる。
皆そわそわと耳をそばだてて、しっぽを振る姿は何かを待っているように見えた。
興味こそ特になかったが、ここに固まっているとほかの者の邪魔になるだろう。
「あの、何かあったんですか?」
注意をかねて、何かを待っている鹿毛のウマ娘に声をかけてみる。
「あっ、あぁっ!? セレストレーナーっ!」
慌てた様子で声を上げる鹿毛のウマ娘。驚かせてしまっただろうか。
「驚かせてごめんなさいね? えっと……、みんな誰かを待ってるのかしら……?」
慌てる彼女を落ち着かせてさらに情報を聞き出す。理由も聞かずに注意するのも気が引けるし。
「ええっと! はいっ! あのCurrenが転校してくるんですっ!」
この集まりの規模を考えるに、学園に知り合いがいるから集まっている。といった感じではないだろう。
きっとその『Curren』とか言った子は、この集まっているウマ娘のアイドル的存在と考えるのが正解だろう。雰囲気もそんな感じではあるし。
「へぇ、これだけ集まるってことは、そのCurrenさんって子は有名人なのね」
――ピキーン
俺がその言葉を発した途端、背筋が凍りつくような感覚に襲われた。
そこに集まっていたウマ娘が全員、俺を見つめて固まっている。
「あのっ、失礼ですが……セレストレーナーはCurrenをご存じでない……?」
震え声で語り掛ける鹿毛のウマ娘。その顔はどこか引きつっているようにも見えた。
「えっと、ごめんなさいね……?」
「ご存じないのですかっ! Currenといえば、ウマスタグラムでフォロワー300万人を誇るカワイイの化身! Currrenをご存じでない……?」
割って入るように別のウマ娘が語り始める。相当な早口で言葉を紡ぐ姿に、俺は少し引いてしまっていた。
どうやらそのCurrenというウマ娘は、SNSでは相当な人気者らしい。
Currenに対しての愛を語るウマ娘を後目に、端末でウマスタを確認する。
説明通りフォロワーは300万人超え、しかも自撮りの投稿には毎回5万近くの反応がついている。
(どうやら有名ってのは本当みたいだな)
俺自身こっち側には無頓着だったし、これからはチームの情報発信の面も含めて勉強するべきなのかもしれない。
そうしているうちに、校門の前に高級そうな一台の車が止まる。そして、一人のウマ娘が降りてきた。
「ありがとうございましたー♪」
かわいらしい声の葦毛の少女は、車の運転手に笑顔でそう伝えると、集まった生徒たちに笑顔を向ける。
その瞬間だった。
「「「「キャーーーーーーー!」」」」
黄色い声援を通り越してもはや悲鳴。あまりの声に俺は耳を押さえて立ち尽くす。
数十人集まったウマ娘たちは、感動に泣く者、もはや動けずに石化したように固まるもの、サムズアップしながら気絶するもの……。
それぞれの反応を見せながらCurrenを出迎えていた。
「もしかして、カレンのために集まってくれたの?」
満面の笑みを振りまきながら、普通ならあざとらしさを感じるポーズを流れるように決める。なぜか彼女がそのポーズをすると、いやらしさを感じなかった。
それが当たり前のような、それが彼女の自然体なのだろう。
「はいっ! Currenのためなら私たちはっ!」
Currenの愛を語っていたウマ娘が、びしっと姿勢を正しながら話す。
「ありがとー♪ でもでも、ここに集まったらみんなの迷惑になっちゃうから……」
あたりを見回すと、Currenは通りづらそうにしているウマ娘を見つけて。
「後で全員とツーショットできるようにするから、いったん解散っ。お願いしてもいいかなー?」
「「「「はいっ! カワイイカレンチャン!!!!」」」」
その一言を受けると、集まっていたウマ娘が一瞬にしてその場を離れていった。
統率の取れた動きにあっけにとられていると、解散していくウマ娘たちに手を振る彼女と目が合ってしまった。
「あーっ! もしかして、セレストレーナーですか?」
足早に駆け寄ってくる彼女は、上目遣いにこちらに視線を向ける。
「え、えぇ……えっとあなたは……そのCurrenでいいのかしら……?」
「はーい♪ カレンチャンでーす♪ えへへっ、ニュースで見た時から会ってみたかったの!」
「こ、光栄だわ……?」
ぐいぐいと勢い良く迫ってくるカレン。
これだけフレンドリーなアイドル的存在。確かに人気は出るだろう。
「あっ、そーだっ! ツーショットお願いしてもいいですか?」
「えぇっ、それはちょっと……」
写真に撮られなれてないため、とっさに断ろうとしたが。
「何よ、ツーショットぐらい良いでしょ」
「Currenがお願いしてるのに……」
周りから、解散したはずのファンのウマ娘の声が聞こえて視線が刺さる。
「だめー?」
追撃とばかりにうるうると瞳を輝かせてのお願い攻撃。
「……少しだけよ?」
最後には折れてしまった。
「やったーっ♪ じゃあえっと、セレストレーナーはこう……」
ポーズの指南までされて、どこから取り出したか自撮り棒で撮影を開始している。
「セレストレーナー! 笑顔笑顔♪」
真似してみて? と言わんばかりに隣で満面の笑みを見せるカレン。
最大限彼女の要望に近づけるために笑顔を見せるが。やはりぎこちなくなってしまう。
「もー、かわいいお顔がだいなしだよー?」
「そんなこと言われても……」
「んー、じゃあじゃあ、セレストレーナー。ちょっと屈んでみて?」
彼女の言う通り、少し膝を曲げて彼女と同じ位置に顔を持っていくと。
「ちゅ♪」
「へっ……?」
間髪入れずにいきなりの出来事。頬に柔らかい感覚を感じる。
自撮り棒の先にあるディスプレイには……。
頬にカレンのキスを受けて、顔を真っ赤にしている尾花栗毛のウマ娘の姿があった。
シャッター音が鳴るとしばらくしてキスをやめるカレン。
俺はただただ驚いたように、キスを受けた頬を手で押さえるしかなかった。
「「「「キャーーーーーーー!」」」」
周りの黄色い声も届かないほどに、俺はあっけにとられていた。
「#親愛のキス #セレストレーナーの初めて #カワイイカレンで悩殺 #秘密のツーショット っと」
「ちょ、カレンさんっ!?」
「すごいっ、もう2000件も反応が来てるっ!」
そして投稿を止めることもできず、嬉々としてディスプレイを見せるカレン。
この反応数は……、これだけ拡散すれば消しても意味がないだろう……。
「……今度からは許可を取って頂戴ね?」
深くため息をつきながら、注意だけで済ませることにした。
朝からなんかすごく疲れた気がする。午後のトレーニングまで持つだろうか……。
「ふふっ♪ カワイイ写真ありがとー♪」
カレンはご満悦の様子でまたかわいらしくポーズを決めて感謝を伝えてきた。
「カレンね? これから職員室に行かないといけないの。だから、またゆっくりお話しできるとうれしいなー?」
「転入初日だったわね? どこにあるかわかる?」
「うんっ、学園の地図はもう覚えてるの。じゃ、またねセレストレーナー!」
そういうとカレンは笑顔をみせて、足早に離れていこうとする。
「あっ、よければウマスタのフォローお願いね♪」
思い出したように踵を返すと、ウィンクをしながらそう告げるカレン。
その後、いろいろなウマ娘に声を掛けられながら、その一人一人に手を振って学園へと入っていった。
嵐の去った孤島に取り残された気分の俺は、ただ一人立ち尽くすのだった。
「トレーナーさん?」
そして不意にかけられる声。
振り向くとそこには、カレンとは違った意味の笑顔を俺に向けるマックイーンの姿があった。
「あ、あら、マックイーン……?」
「これ、どういうことですの?」
あぁ、SNSって怖いんだな。そう実感するのだった。
カワイイカレンチャン