トレーナーはウマ娘に……。   作:あさのひかり

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利用するなら……

カレンチャンSide

 

 私は浮かない顔でトレセン学園の廊下を歩いていた。

 それは無理もないことだと思う。

 だって、この学園に来る理由。ただ一つの理由だった人が、もうこの学園にはいないのだから。

 

「はぁ」

 

 窓ガラスに映る顔は、最高にかわいくない……。

 切り替えないといけないのに、そんな気持ちにもなれなかった。

 長年探しても見つからなかったけど、ふと見たニュースで見つけた『お兄ちゃん』の存在。

 レース自体はさほど興味がなく、普通の学校へと進んだ先で話題になったニュース。

 メジロマックイーン天皇賞秋で降着……。特段それに興味があったわけではなかった。

 ただ、私のおにいちゃんが、メジロマックイーンというウマ娘のために必死に謝罪していた姿を見た時には、胸が張り裂ける気持ちになった。

 久しぶりに見た姿が、そんな姿なのだから仕方がない。

 

 実のところお兄ちゃんとは一回しか会ったことはない。

 しかし、テレビで頭を下げる彼が、間違いなくお兄ちゃんだと確信していた。

 誰かのために必死に考えて、守ろうとする姿。カレンにしてくれたみたいに。

 たとえ成長していても、そんな彼の根底までは変わっていなかったから。

 それと、心惹かれあう……。有り体に言ってしまえば愛の力だ。

 

「なんで……」

 

 窓ガラスに映る姿を見つめると、映ったカレンが問いかけるように私に愚痴る。

 私はこの数か月、SNSの活動に勉強、そして雑誌やモデルなどの芸能活動に加えて、レース走者のトレーニングクラブにも通った。

 すべてはトレセン学園に転入するためだった。

 お兄ちゃんがトレーナーをしている学園に入るため。それは血のにじむような努力だったと思う。

 お兄ちゃんを幸せにできるのは、カレンしかいないと思ったから。

 

 でも……。

 

 ニュースを見て、私は言葉を失った。

 アジェナのトレーナーが、病気で交代になるとの内容だった。

 お兄ちゃんが、病気による無期限の休養になったとのこと。

 なんてタイミングが悪いんだろう……。それはトレセン学園への転入が決まった二日後の出来事だった。

 

 私は手当たり次第に情報網を駆使して、お兄ちゃんのいる病院を見つけだそうとした。

 しかしメジロ家が本人の意思を尊重して、情報を出していないとの事だった。

 私とお兄ちゃんの最高にかわいくて、幸せな計画が振り出しに戻ってしまった。

 

「あれってカレンチャンじゃない!?」

 

 ふと聞こえた声に、私は無理やり笑顔を戻す。

 そして私に声をかけてくれた生徒に対して、かわいく手を振って見せた。

 

「きゃー! 本当にあのカレンチャンだ!」

 

 いま私にできることは、お兄ちゃんの帰りを待つことだけ。

 私のかわいい人生には、お兄ちゃんが必要なんだから。

 

………………

…………

……

 

セレスSide

 

「というわけで、これが正式なレースの内容となります」

 

 俺はちょうど、たづなさんにレースの説明を受けているところだった。

 

「予想した通り、マジで短距離持ってきたみたいですね……」

 

 予想した通り、芝1200mでのレース内容。短距離でも新潟の1000mを除いて最短の距離だ。

 展開が素早いこの距離なら確実に勝てると踏んだのだろう。

 

「とにかくできることを考えないと……いっそタキオンに……」

 

 いや、この考えは最終手段としておこう。タキオンに相談してこれ以上ややこしくなっても困る。

 今できることは、俺が短距離のウマ娘も担当できるように勉強することぐらいか……。

 協力してくれたウマ娘とはそれだけの関係。というわけにもいかないし、何よりそんな中途半端は俺が許さない。

 

「トレーナーさん?」

 

「ん、あぁ、大丈夫ですよたづなさん。心配しないでください」

 

 また考え込んでしまったようだ。いけないいけない。と俺は首をぷるぷると振ってたづなさんに視線を戻した。

 心配そうに見つめる彼女に軽く笑みを向けた。

 

「時間は三週間もないですけど、とにかくやれるだけやってみます」

 

 本当にやることが山積だが、別に苦とは思わなかった。

 新しいことを始めるというのは、ワクワクするとでもいうか。短距離の勉強もできる。そういうことで自分を納得させることにした。

 でも負けるビジョンが見えないあたり、俺は思ったよりも自信家なのかもしれない……。

 

「わかりました。くれぐれも無理はしないでくださいね?」

 

 たづなさんは一礼すると部屋を出ていった。

 俺は立ち上がり、部屋にかけてあったカレンダーを見つめる。

 そしてペンを取り出すと、レースの開催日時に〇をつける。

 

(休日に駅の方の書店でも行ってみるか……あそこは専門書もあるし)

 

 カレンダーをめくると、そこには夏合宿の文字も書かれている。

 何もこのレースがゴールというわけじゃない。勝っても負けてもきっと、チームのみんなとの日々は続いていくわけで。

 

「ほんと山積みだなぁ」

 

 俺は一人部屋の中で零すのだった。

 

 コンコン――。

 

 その時だった。

 ノックの音が響く。

 

「どうぞ」

 

 俺はドアに向かって声をかける。

 少し静まり返った後、ガチャ。とドアを開けて入ってきたのは、勝負を仕掛けてきたトレーナーだった。

 

「失礼します」

 

 あの時とは対照的に物静かに入ってきた彼は部屋の真ん中まで来ると、近寄った俺向き合う。

 

「謝罪ですよね?」

 

「……」

 

 先に口を開いたのは俺のほうだった。彼は視線をそらして口ごもった。

 そして少しの静寂のあと、彼は口を開く。

 

「正直、酷い真似をしたと思ってます……。本当にすみませんでした」

 

 彼は深く頭を下げる。俺からの言葉を待っているようだった。

 しかし俺は今、謝罪より聞きたいことがあった。

 

「今回のことに、貴方の担当ウマ娘は同意していたんですか?」

 

「えっ……?」

 

 罵倒なり苦言を彼は待っていたのだろう。

 思いもよらない言葉に、素っ頓狂な声を上げて顔を上げる。

 

「話題集めのために私たちを利用しようとしたこと。担当ウマ娘と合意の上で行ったんですか?」

 

「……」

 

 彼はまた沈黙する。

 話すべきか、話さないべきか。悩んでるような仕草を見せたため、俺はもう一度言葉で突き刺す。

 

「利用されるんです。聞く権利ぐらいあると思いますが?」

 

「……もともとはあの子からの提案なんだ」

 

 観念したように、彼は静かに語り始める。

 

「ラッキーシグナル。アジェナを任されたアンタなら、もう経歴ぐらい見てると思うが、彼女は去年のスプリンターズステークスと、今年の高松宮記念の出場を逃してる」

 

 彼の言う通り、俺は彼女の経歴書を確認済みだ。

 重賞の優勝経験はあるものの、ファン数の関係でG1を逃しているウマ娘。

 

「彼女はレースは目を見張るものがあるが、パフォーマンスが苦手でな。ファンの伸びが悪い」

 

「だから話題を欲して私たちを利用しようと彼女は言った。あなたは止めるべき立場じゃなかったんですか?」

 

「もちろん止めた。でも彼女は……」

 

 少し口を止めた後、また言葉を続ける。

 

「あなたは『何をしてでも』私をG1ウマ娘にすると言った。だから私は貴方をG1トレーナーにすると言った。これは彼女をスカウトした時に交わした約束なんだ。その言葉を言われて……」

 

「腹をくくった……と」

 

 まさかウマ娘側からの提案だったとは思わなかったが、だいたい話の全体像はわかった。

 少なくとも彼の深刻そうな物言いは、嘘をついてるようには思えなかった。

 しかし……。

 

「よかった」

 

「えっ?」

 

 俺は彼の言葉に心底安心していた。

 

「貴方が先走って今回のことを行って、担当ウマ娘との関係悪化なんて、どちらも幸せになれない結果になったら悲しすぎますから」

 

「アンタ……怒ってないのか……?」

 

「半分は怒ってますよ。でも気持ちはわかりますから。本格化を迎えて一番いい状態なのにG1に出れない。そんな子何人も見てきましたし」

 

 焦ってるがゆえに故障して引退した子。焦ってるがゆえにトレーナーとの関係が悪化した子。

 この業界に数年いるだけでも、そういった話は入ってくる訳で。

 

「それに半分怒ってるっていうのも、貴方に罵倒されたから。ってわけじゃないんですよ」

 

「じゃあ……なんで……?」

 

「貴方がラッキーシグナルさんの力を信じてあげてなかったからです」

 

 担当ウマ娘からの提案でも、彼は意地でも彼女を止めて、彼女の力を信じて指導してあげるべきだった。少なくとも俺はそう思う。

 確かにきれいごとかもしれないが、正道に勝る邪道はきっとない。

 

「導くべき立場のトレーナーが掛かってどうするんですか?」

 

「……返す言葉もない」

 

 彼は瞳を閉じて、ただ俺の言葉を聞いていた。

 

「さて、謝罪とかお説教はこの辺にしましょう」

 

 俺はポンと手を叩いて、彼の目の前にずんずんと進んで行き、顔を見上げる。

 

「勝負を受けたからには、私も勝ちにいきます。不利な勝負でも、貴方に勝つことで私のトレーナーとしての力も証明できますから」

 

 彼の目の前で腕を組み。胸を張りながら不敵な笑みを浮かべて。

 

「利用させてもらいますね?」

 

 逆に宣戦を布告するのだった。

 




登場するオリジナルのウマ娘は架空のものですのでご了承ください
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