徹夜で過去の短距離レースの記録を見続けてしまった。
いくらウマ娘の体力があり、休日の前日だったからとはいえ、少しやりすぎてしまったか。
しかし時間がないのも事実で、俺はそのまま駅前の書店へと足を運んで専門書を買いあさった。本を配送する時間も惜しいので、両手には本の入った袋を抱えっぱなしだ。
(弱音を吐いても仕方がない……)
ため息をつくのをぐっと抑えて駅前を歩く。
照り付ける太陽が瞳を刺してくる。一瞬立ち眩みに足を止めて辺りを見回した。
「ん……?」
ふと視線にとまったのは人だかりだった。
お店の行列といった感じではなく、駅前といっても人が多すぎる。
……何かに群がっているような感じに見える。
(有名人でも来てるんだろうか)
トレセン学園の周辺に芸能人やアイドルが来るのは珍しいことではない。
ウマ娘はアイドル的側面もあるため、多くのテレビ撮影やコラボの依頼もやってくるからだ。
そもそもウマ娘も有名な子になると、あのくらいの人だかりができてもおかしくない。ルドルフとか女性人気も高いし。
まぁ、休日の朝からご苦労なことだ……。なんて思いながら、足早に隣を通り過ぎようとする。
「カレンチャン! 私ずっと会いたかったんです!!」
俺は耳をびくっと動かして足を止める。
おそらくファンの一人であろう人が呼んだ名前に反応してしまった。
最近その名前をよく聞く気がする……。
「ありがと! でもカレン急いでて……」
困り顔で人だかりに対応しているウマ娘を見つける。
そんな困り顔の彼女を気にせずに、ファン達は握手をしようと集まってくる。
さすが人気ウマスタグラマー。
(どうするかな困ってるみたいだけど……)
掛かり気味に押し寄せるファンの対応に困っているカレンチャン。
抜け出せる様子もなく、ここはトレーナーとして手を貸すべき状況なのいだろう。
本の袋をまとめて片手で持つと、ファンの人混みを割りながら彼女へと近寄っていく。
「すみませーん! 彼女のマネージャーでーす! 通してくださーい!」
カレンチャンの関係者を装って、彼女に近寄っていく。ファンの人は驚いたように道を開ける。
「カレンさん。次の撮影の予定があるでしょ? 行きましょう」
「えっ、セレストレーナー……?」
「良いから合わせて」
そして素早く驚く彼女の手を取ると、その場を脱出していく。
早歩きでそのまま離れようとするが。
「あれ、セレストレーナーじゃない?」
「ほんとだ! セレストレーナーだ!」
(あ、やばい。今この姿だった……)
人混みから聞こえる声にハッとする。
今の自分の姿をすっかり忘れていた。やはり寝ていないと思考能力が落ちるらしい。
「た、タクシー!!」
あわてて道沿いまで走ると、手をあげてタクシーを止めて飛び乗る。
「適当に走ってください、早く!」
急かされて走り出すタクシー。何とかファンの群れを撒くことができたようだが……。
ため息をついて横を見ると、ポカーンとかわいらしく口を開けて呆然とするカレンチャンの姿が。
「あ、えっと……。こんにちはカレンさん……?」
頬を搔きながら苦笑いを浮かべてしまう。
「セレストレーナー。……強引なんですね? 意外だったかも」
そんな俺を見てカレンチャンはくすっと笑って見せる。
今のこの姿には似合わなかったか……。俺はため息をついて顔をそむけた。
「そういえばどうして駅前に? 何か用事でも?」
「ファッション誌の撮影に向かう途中だったんですけど。ファンに捉まっちゃって」
なるほど。さすが人気ウマスタグラマー。
というか、本当に撮影に向かうところだったのか……。
「カレンならもっとかわいく解決できたかもだけど、助けてくれてありがとうございます。でもカレンよりホットな有名人なのに、よく助けに入ろうと思いましたね? 下手すれば、もっと揉みくちゃにされたかも……」
「そんなにかしら……カレンさんには負けると思うけど……?」
「あー、あれだけテレビや雑誌で話題が持ちきりだったのに、よくそんなこと言えますねー?」
そういってくすっと笑うカレンチャン。彼女の言う通り、あまり大きな行動は避けた方が無難かもしれない。少なくとも『セレス』としてのうわさが落ち着くまでは。とりあえず今は話題を変えよう。
「せっかくだから、このまま撮影場所まで行きましょうか。『強引』に引っ張ってきちゃったんだし」
強引という言葉を強調しながら、彼女に笑って見せる。
「本当ですか? ありがとうございます♪ じゃあ○○のスタジオまで……」
そのあとは軽く雑談しながらスタジオまで向かうのだった。
………………
…………
……
「せっかくだからついてきてくださいよ! カレンのマネージャーなんでしょう?」
始まりはこの一言からだった。
確かにあの時はとっさにそういったが、まさか一日マネージャーにされるなんて思ってなかった……。
カレンチャン曰く。
あの解決法は可愛くなかったらしい。
だから責任をとってカワイイをしっかり学んでほしい。そのためにマネージャーをしてくれとの事だった。
その強引さはカワイイのか? と言いかけたが言葉を飲み込んだ。
俺としては少しでも時間が欲しいところだったが……。
追い打ちの彼女のうるうるオネダリには勝てなかった。
「大丈夫ですよ! セレストレーナーはカレンのこと見てるだけでいいんですから♪」
自分が巻き込まれ体質だとはわかっていたが、ここまで来るとそろそろ対策考えた方がいいんじゃないか。
「あっ!」
そんなやり取りをして、スタジオの廊下を歩いていたところ、何かを見つけたカレンが声をあげてそっちの方に駆け寄っていく。
その先にはきれいな尾花栗毛のウマ娘の姿があった。
(あの子は確か……)
「カレン遅い! って! セレストレーナー!? どうして……」
口を押えて驚きの表情を見せる、自分と同じ尾花栗毛のウマ娘。トレセン学園でも珍しいから名前も知っている。
『ゴールドシチー』
モデルもやっているため、街の広告でその姿を見ることも多い。
「こんにちはゴールドシチーさん……でしたよね? ちょっと訳ありなんです」
「セレストレーナーはカレンを助けてくれたんです♪ で、一日マネージャーに」
「ちょい待ち……話が読めないんだけど?」
頭を抱えるシチー。
こんな簡単な説明では分かるはずもない。俺は彼女に軽く経緯を説明した。
説明してもなお彼女は少しあきれたように。
「断らないって、セレストレーナー。結構お人よしだったりします?」
「ははは……否定できませんね……」
苦労してるね。みたいな表情でこちらを見るシチー。すぐにハッとした表情をして。
「っと、話もいいけど、スタッフ待たせてるから、カレンは早くメイクの方行って」
「はーい!」
促されるまま、カレンチャンは駆け足で廊下を走っていく。
「セレストレーナーは……えっと、どうします?」
「どうするって……?」
「撮影一日かかりますよ? ほんとにマネジやるんですか?」
「えっ??」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
マックイーンの時も撮影関係は全部彼女任せにしてたから、そっち関係には疎かった。
自分は受けるとしてもトレーナー関係の取材ぐらいだったし、ファッション誌の撮影がそんなに時間がかかるものだったとは……。
「帰っても良いんじゃないですか? 付き合うことはないと思いますけど」
「そ、そうよね。じゃあ私は……撮影頑張って」
「だめーーーっ!」
突然の声。
メイクに行ったはずのカレンチャンがこっちに走ってくる。ウマ娘の聴力恐るべきだ。
彼女は俺の手をつかんで抗議のまなざしを見せる。
「カワイイをわかってないセレストレーナーはカレンを見てカワイイを学ぶべきだと思うんです!」
「一回いうと聞かないんだから……。カレンちょい強引すぎじゃない?」
シチーはあきれ顔を見せている。
確かに一日マネージャーを了承したのは俺だが……。
「だめ……ですか……?」
うるうると泣きそうな顔での抗議。あぁ、それに耐えられないこと知ってて……。
カレンチャン。なんて恐ろしいウマ娘なのだろうか。
巻き込まれたなら最後まで責任を持つことにするか……。さらば帰ってのお昼寝。
「わかりました。最後まで責任持ちますよ」
「やったーっ! セレストレーナー大好き!」
「セレストレーナー? ほんとにいいんですか?」
「しょうがないじゃない。一日マネージャーやるって言ったのは私なんですから。それに」
「それに?」
「この子の嬉しそうな表情見ちゃったらね……」
隣で笑みを浮かべているカレンチャン。この表情を見てしまえば断らなくてよかったとも思えてしまうから不思議だ。
「いこっ♪ セレストレーナー!」
カレンチャンは強引に俺のことを引っ張っていく。
今日は一日、大変なことになりそうだと思いながら、俺はカレンチャンに引きずられるのだった。
………………
…………
……
「笑顔笑顔! いいですねー! 姉妹っぽいですよ!」
はい、またもやどうしてこうなった。
俺はカメラに向けて慣れない笑顔を作っている。もちろんしっかりメイクまで施されて。
自分では選ばないようなフェミニンな服を着ながら、カレンチャンやシチーと手をつないでいる。
「笑顔が固いよセレスお姉ちゃん?」
「そうだよセレスお姉ちゃん?」
「絶対からかってますよね?? 慣れるわけないでしょ!」
笑顔が固いことをからかってくる二人。慣れない服装も相まって、恥ずかしくて顔が熱くなりっぱなしだ。
さて……。
どうしてこうなったかだが。
撮影スタッフに
「一緒に撮らせてくれ、報酬を払うから!」
と言われて。
「トレセンを通してくださいー」
と逃げ道にしようとしたが、撮影スタッフが速攻電話して理事長に話を通して……。
理事長も理事長で。
「承認!」
とか言っちゃったせいで、撮影に急遽加わることになったのだ。
さらに、もともと撮影するための服のサイズが合ってしまったので、それを着ての撮影。
仕組まれていたのでは? と疑ってしまう。
そしてなぜ『お姉ちゃん』なんて呼ばれているかというと、なんでも姉妹コーデの撮影だったらしい。
雰囲気づくりのために二人は俺をそう呼んでくる。
……中身が男なのにお姉ちゃんと呼ばれて、さらにはこんな女性らしい格好で、しっくりこなくて表情もほぐれない。
「もー、そんな顔じゃダメですよ?」
「んー、でも私たちと違って、セレストレーナー慣れてるわけじゃないし」
その通りだ。
生まれてこの方モデルの仕事なんてやったことないわけで。そこら数十分で慣れるわけない。
もちろんこれからも慣れる予定はないが……。
「しょうがないなー。ほらほら、お姉ちゃん。もっと笑顔笑顔♪」
「あ、じゃあ私も。セレスお姉ちゃん? ほら、もっと柔らかく」
「ひゃぁっ?!」
両サイドから抱き着いてくる二人。思わず驚きの声をあげてしまった。
緊張をほぐすつもりだったんだろうが逆効果だ。
……いや違う、これは完全に揶揄われているのだ。
「お、いいね! 妹二人に翻弄されるお姉ちゃんみたいで!」
……カメラマン的にはOKだったらしい。
目の前で強くフラッシュが焚かれる。徹夜の目にはその光が刺さる……。
この二人は、普段からこんな仕事をしているのか。
正直、尊敬を覚える。自分がなれと言われてもこの道は選ばないだろう。
これが一日中続くのか。
……明日は一日ゆっくりしよう。
時間ができたのでたまには投稿。お待たせしてしまって申し訳ない。