本当にひどい目に合った。
結局夕方まで撮影は続き、俺はカレンチャンと一緒に学園への帰路に就いた。
夕日はあたりをオレンジに照らして、一日の終わりが近いことを感じさせる。
シチーとはスタジオで別れた。
どうやらこの後、明日の撮影の打ち合わせがあるらしい。さすがプロのモデルといったところか。
日用品の買い出しを忘れていたため、帰りに近くの商店街に寄ることにした。
目当ての物も手に入って、今は学園への道を歩いている。
「ごめんなさいね? 荷物持たせちゃって」
自分は本を持っていたので、カレンチャンに少しだけ荷物を持ってもらっている。
「良いんですよ。今日一日カレンのわがままに付き合ってもらっちゃったし。すっごく楽しかったです」
わがままということは自覚してたのか。と少しあきれながらも彼女の笑顔は嫌いになれない。
まぁ、こんな休日もあっていいかな。と思い始めていた。
「それならいいんだけれど……。ありがとうね?」
「いえいえ、気にしないでください」
そんな他愛もない会話を交わしつつ帰路を歩く。
そういえば、俺はまだカレンチャンのことを何も知らない。ウマスタも詳しい方ではないし。
こんな機会だ。少し話題を広げるとしよう。
「そういえばカレンさんは珍しい時期に転入してきたわよね?」
「あ、それは……。そうかも……ですね」
……いきなり地雷を踏んだかもしれない。
少し歯切れの悪い言葉で返すカレンチャン。
落ち込んだような悲しい表情を見せている。よっぽどの理由があるのだろう。
これ以上、聞くべきではないのかもしれない。
「ごめんなさいね? 話せないこと聞いちゃったかしら……?」
「あっ、ううん、違うの……。って、はぁ……違わないか」
困ったように笑うカレンチャン。少し無理して笑ってるようにも見える。
瞳からは落ち込みの感情が漏れ出している。
「ダメダメ! こんなの可愛くない」
彼女はそういうと、ブンブンと顔を振っている。
「カレンさん……? もしかして学園で上手く行ってないの? お友達関係とか、トレーニングとか? それなら私が相談に乗るわ」
落ち着かせるように声をかける。
いつも明るいカレンチャンがこんなにも落ち込みを見せるなんて、明らかに様子がおかしい。
俯く顔を覗き込んでみる。
「……セレストレーナーは優しいんですね」
カレンチャンは少し詰まったように声を紡ぐ。
「でも大丈夫なんです。これはもう口に出しても叶わない事だもん……」
ため息をつきながら、夕日に染まった空を見上げる。
その横顔はどこか悲しく、あきらめといった表情だった。
「あーあ。こんなのかわいくないですよね」
「そんなことないわ。誰だって落ち込むことぐらいあるんだもの」
「セレストレーナーも落ち込むことってあるんですか?」
カレンチャンは意地悪そうに聞く。
「失礼ね。もちろんあるに決まってるでしょう?」
俺は冗談っぽくそう返すと、昔話の一つでもしてみようと思いつく。
「少し昔の話でもしようかしら。あれは、えっと、私がトレーナーを目指して勉強していた頃の話なのだけれど」
………………
…………
……
勉強に行き詰って、何もかも上手くいかないって思い込んでた時があったわ。
そんな時期に私は柄にもなく、遊園地なんかに遊びに行ったの。場所を変えれば気分転換になると思ったから。
「なんだかなぁ……」
流れる人を見ながら、ベンチに座ってた私は小さくため息をついた。
本当に落ち込んでる時は、何をやってもネガティブに考えてしまう。
アトラクションに乗る気もなく、ただ、時間が過ぎていった。
そんな時ね。
「おねーさんも、まいご……ですか……?」
声のする方を見ると、小さい女の子がこっちを涙目で見てたの。
「おねーさん……。パパとママは……?」
「え?」
私はその質問に何と返せばいいか分からなくて、でも必死でこっちを見る女の子を無視することもできなくて。
「まぁ、私も……ある意味迷子か」
なんて、曖昧な答えをしたのよ。
確かに何をすればいいか分からなくなってた時期だから、迷子もある意味正解ね。
「じゃあ、わたしといっしょ……だからいっしょにいてあげるね……」
涙目になってる女の子は、迷子になって心細かったのね。私の隣に座ってきたのよ。
「君は迷子なの?」
「パパとママときてたの。でも、どこかにいっちゃった……」
とりあえず落ち着かせてから迷子センターにでも連れていこうと思って、話しかけることにしたの。
「おねーさん……まいごだからおちこんでたの…?」
「うーん、お姉さんの場合は、ちょっと違って……。何をすればいいか分からなくなったの」
女の子は首をかしげる。
「お姉さんね、トレセン学園って分かるかな……? そこでウマ娘さんたちのトレーナーになろうと思ってるの」
「とれーなーさんに?」
すっかり泣き止んだ女の子は、食い気味に私の話しを聞いていたわ。
「そう、でもお勉強が難しくて、何をすればいいか分からなくて。元気になろーってここに来たんだけれど……」
「げんきでない……?」
「おかしいわよね。ここでも何すればいいか分からなくなっちゃって」
私は苦笑いを浮かべて女の子を見た。
そうしたら、女の子は小さな手で私の頬を触って、満面の笑みを見せたの。
「えがおじゃないと、げんきでないよ?」
さっきまで泣いてた子が、輝くような笑顔に変わったから、驚いちゃって。
「ほら、私のまねをして? おねーさん、もっとかわいいえがおみせて?」
「ふふっ……あっ……」
女の子の変わりように思わず笑っちゃって。その時気づいたの。最近笑ってなかったなって。
「おねーさん、とってもかわいくなった!」
「ふふっ、貴女ほどじゃないわ」
そう言って笑いあって、しばらく女の子と他愛もなく話してるうちに、悩んでた事もなんだか馬鹿らしくなって……。
「おねーさんがトレーナーになったら、わたしがたんとーうまむすめになってあげるね!」
「そうね。じゃあお姉さん頑張らなくっちゃ」
なんだか勇気づけられて、頑張らないとなって思ったの。
………………
…………
……
「そのあと、その子のパパとママが見つかって、彼女は駆け寄って行っちゃったからそれっきりね」
たどりついた公園のベンチに座りながら、途中で買った缶コーヒーを飲む。
今の姿に合うように脚色したが、そんな感じの出来事があった。
今トレーナーをやれてるのも、彼女のお陰かもしれない。
「トレセンでも会えるかも……。なんて思ったけど、そんな奇跡が起きるはずもなく。……カレンさん?」
ふと横を見ると、驚いたように目を見開くカレンチャンの姿があった。
「その話……誰かから聞いたとかじゃないんですよね……?」
「え? 私の昔話だけれど……。何かおかしかったかしら?」
「その女の子の名前は……?」
「聞いたはずなんだけれど……忘れちゃったわ……」
「そう……ですか……」
昔話のつもりだったが、何かいけないことを言ってしまったか……。
困惑気味のカレンチャンは、ぶるぶると頭を振って、気持ちを落ち着けようとしていた。
何が地雷だったか分からないが、とりあえず話題を変えよう。
「暗くなるといけないわね! そろそろ行きましょう」
そういって一緒に帰路を急ぐことにした。
………………
…………
……
カレンチャンSide
そんなはずない……。
そんなはずないのに、あまりにも似すぎてる。
私が小さいころにあった出来事に。
遊園地で迷子になった時、一緒にいてくれた優しい『お兄ちゃん』との思い出。
トレセン学園に来る切っ掛けになった思い出……。でもセレストレーナーがその思い出を知るはずがなくて。
……セレストレーナーはアジェナのトレーナー。お兄ちゃんが担当していたチーム。
突然の病気とか、明らかにおかしいことが多すぎる。もしかしてセレストレーナーとお兄ちゃんには何か関係が……。
兄妹……。
それはない。
兄妹の思い出をあんなに懐かしむように語れるはずがないし、兄妹であることを隠す必要なんてないし……。
(……もしかして)
私は、隣を歩くセレストレーナーを見て、一瞬だけバカらしい考えが頭の中に浮かんでしまう。
(セレストレーナーが、お兄ちゃんだとしたら……)
人がウマ娘になることなんて、あり得ないことかもしれないけど、セレストレーナーはすんなりとアジェナのトレーナーになれた。
普通新しいトレーナーが引き継ぐとなると、どんなにうまくいったとしてもトレーニングで何かしらの不具合や、チーム内でぎくしゃくするものだと思う。
でも、セレストレーナーは全くそういった噂を聞かない。
一部の生徒の裏垢も把握してるけど、そういった噂一つない。
いま思えば完璧すぎる。
その完璧さは、まるで『間違わないように完璧を演じている』ような違和感を感じる。
普通の人は騙せても、それでは私を騙せない。
馬鹿らしいけど、しっくりくる。私の脳内はそんな答えに支配されていた。
『セレストレーナーはお兄ちゃん』なのだと。
そうなれば、確証を得るためにカマをかけるしかない。
私が黙ってたせいで、セレストレーナーはどこかぎこちない表情をしている。
動揺している今がチャンスかもしれない。
うまいこと、話にのせて言質を取る……。
そのためには……。
………………
…………
……
セレスSide
学園に続く長い坂を歩く。
隣には黙り切っているカレンチャン。
俺が昔話をした後から、カレンチャンはこんな感じで神妙な顔をしながら、俺の隣を歩いている。
時折、俺の顔を見てはまた考え込む。俺は相当な地雷を踏んでしまったらしい……。
トレーナーになって長いが、コミュニケーションというのは難しいものだなと実感する。
「セレストレーナー?」
「はっ、はいっ!?」
沈黙からいきなり声をかけられれば、びっくりして尻尾をビンっと伸ばしてしまう。
そんな姿を気にせずに、カレンチャンは話しを続ける。
「セレストレーナーはアジェナのトレーナーでしたよね? 前のトレーナーから引き継いだって」
意外と普通の質問だった。
「えぇ、前のトレーナーが急病で、私が引き継ぐことになったの」
だから普通に返す。考えてくれたカバーストーリーも、今ではすんなり自分の事として語れるようになってきた。馴れって怖い。
「引継ぎ大変だったんじゃないですか? アジェナに所属してる子たちって、あの名優って言われるマックイーンさんとかも居ますし」
「そうね……。大変じゃなかったか、って聞かれると大変だったわ。でもみんな協力的で助かったわね」
なるべく無難な答えで流していく。
「そういえばうわさで聞きましたよ? 宣戦布告されたとか。やっぱり大変じゃないですか」
あの話は流石に学園全体に広まってるようだ。
「実は今も頭の中はその事でいっぱいなのよ。短距離の子の当てもないもの」
今もそのことで悩みっぱなしなわけで……。
早く帰って対策を考えないといけない。短距離のウマ娘を所属させるっていう目途すら立ってない。
もう時間がない中、重賞級のウマ娘に勝つウマ娘を見出すことなんてできるのだろうか。
しかも今は無名も同然なトレーナーなのに、そんなトレーナーと共に走ってくれるウマ娘なんて居るとは思えない。
「万事休すってやつね……」
「マックイーンさんの天皇賞秋の時よりもですか?」
「あぁ、あの時は確かに大変だったけれど……マスコミに囲まれないだけマシね」
正直あの時は堪えた。
マックイーンの降着処分で四六時中マスコミに追っかけまわされたのだ。
あれ以降、俺は世間にあまりいい印象を持たれなくなったわけで……。
メディアが嫌いだったのもあるけど、あの時は前に出ないとマックイーンに火の粉が……。
「あ」
「ねえセレストレーナー?」
「な、何かしら……?」
「やっぱりそうなんですね?」
もしかしてバレた……?
考え事をしながら返答していた自分も悪かったが、なぜカレンチャンが俺の正体に目星をつけてきたんだ?
全く脈略が分からない。
脳内を混乱させながら俺は、まだ誤魔化す言い訳を考えるが。
「おかしいと思ったんです。どうしてウマ娘になってるかわからないですけど……」
「何の事かしら……?」
笑顔でそう迫ってくる彼女に顔が引きつってしまう。
俺にポーカーフェイスは無理だ……。
「他のみんなは誤魔化せても、カレンは誤魔化せないよ?」
初めて会ってからそんなに接点もなかったはず。
「あ、あと、それ以上誤魔化そうとしたら、みんなに言いふらすし、ウマスタに載せるから♪」
悪魔のほほ笑み。そんな姿すらかわいらしいカレンチャン。
これ以上誤魔化せないことを悟る。
「観念してね? ○○お兄ちゃん」
俺の過去の名前。今ではもう自分のものと思えない名前をささやく彼女。
「……どこで気づいた。バレない様に動いてたはずだ」
「ふふっ♪ とりあえず人のいないところでお話。しよっか?」
………………
…………
……
「人の居ないところって言ったけど、お部屋に連れ込むなんて、お兄ちゃん大胆なんだー」
そんな軽口を叩くカレンチャン。
街中で誰かに聞かれるよりはマシだと思い、ここまで来たが……。
あたりはすっかり暗くなってるので、明かりをつけて椅子に座る。
彼女は興味津々に部屋をキョロキョロと見ている。
「そういうのは良いから。誰から聞いた? タキオンか? それともアジェナのメンバーか?」
当然の質問攻め。出所を知っておかないと取り締まりようがない。
カレンチャンはくすっと笑うと、ベッドにぽふっと座る。
「勘って言ったら怒っちゃいます?」
「怒る。そんな適当な事あってたまるか」
こっちは本気で演じていたはず。
……最終的にはポロってしまったが、目星をつけてないなら、そんなこともできないはずだ。
それが『勘』の一言で片付けられたら困る。
「うーん、嘘じゃないんだけどなぁ……」
彼女は少し考えると、優しく微笑んで。
「古くからの約束……ってことじゃダメかな? お兄ちゃん」
「いや、本当に意味わからないぞ……。それになんださっきからお兄ちゃんって……」
自分がそう呼ばれる理由が見つからない。
まぁ、ライスからはそう呼ばれてるかもしれないが、カレンチャンが呼ぶ意味が見つからない。
「お兄ちゃんって呼ばれる理由も、古くからの約束って……」
何か引っかかる感覚に苛まれる。
脳を刺激されているような……。
「いや、待てよ」
深く考え直してみる。
その二つの単語で脳内がフル回転し始める。
「……いや、まさか」
そんなはずは……。
「いやあり得ない。気づいた原因も……、俺……なのか……?」
さっきカレンにした話を思い出す。ずっと昔に出会った女の子の話。
カレンの顔をよく見つめる。
くりっとした綺麗な瞳。
美しい葦毛を見れば、脳細胞がフル活動して思い出させる。
「わたしね『かれん』っていうの」
あの頃の声が聞こえて、カレンと姿が重なる。
俺はただ唖然として、目を見開いた。
「……あの頃の女の子って。カレンチャンだったのか?」
俺の言葉を聞いて、彼女は瞳をウルウルとさせて泣きそうになりながら、俺に飛びついてきた。
強く抱きしめられ、甘い香りが鼻をくすぐる。
「お兄ちゃんッ! 思い出してくれたのっ?」
「いや、そんな奇跡あるはずないだろ!?」
脳内で理解していても、未だ混乱が止まらない。
「カレンもね? 本当のことをいうと少しだけ忘れてたの。お兄ちゃんの顔……。でもね? 去年の天皇賞秋のマックイーンさんの降着処分の会見を見た時にピンときて」
「それでわざわざ編入してきたっていうのか……? 確証もないのに?」
「トレセン学園に入るために、クラブにも通ったの。それでやっと今年の推薦枠に入れて」
「俺に会うため……? 子供のころの約束を守るために?」
「カレンは、お兄ちゃんの担当ウマ娘になるためにここに来たの」
カレンはゆっくりと俺から一歩離れると。
「カレンのトレーナーになってくれる……よね?」
少しだけ不安そうに、でも確信をもって尋ねる彼女。
「……拒否る理由はないな。俺に会いに来てくれたんだろ?」
こんなところで古い約束を果たすことになるとは……。
そう思いながらも、彼女に手を差し出す。
「俺と一緒に走ってくれるか? カレン?」
カレンは、ぱぁと不安を吹き飛ばすような笑顔を見せる。
鮮明によみがえる記憶。あの時と同じ『カワイイ笑顔』
「よろしく! お兄ちゃん!!」
カワイイ彼女は俺の手を取るのだった。