トレーナーはウマ娘に……。   作:あさのひかり

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マックイーンによる突入劇


葦毛の少女は掛かりやすい

トレーナーSide

 

 俺は扉の覗き穴から細心の注意を持って、外を見つめた。

 その場所には美しい葦毛の耳が見える。

 

(この耳は……。マックイーンか……)

 

 かのメジロ家出身のウマ娘。

 俺が新人の頃に出会ってこの三年間を共にした担当ウマ娘だ。たづなさん以外に一番最初に来るのであれば、マックイーンだと思ってはいたが……ここまで予想が当たるとは思わなかった。

 耳のぴこぴこした動きからも、心配してることが伺える。

 扉を開けなくて正解だった。もし開けてしまったのなら、俺はどう見ても『トレーナーの部屋に入り込んだ不審ウマ娘』で、明らかに泥棒とか空き巣とかそういった類に見えてしまうだろう。

 

「トレーナーさん申し訳ございません。差し出がましいとも思いましたが……その、心配で……」

 

 声色から、心からの心配が聞き取れる。彼女の息遣いも、いまこの頭の耳に届いていた。

 俺もこの体になってから耳が敏感になった気がする。この部屋に来る間にも、環境音が耳をくすぐって、周りをきょろきょろと見てしまったぐらいだ。

 だからこそ、細心の注意を持って居留守を使う。俺はそっと扉から離れる。

 

「寝ていらっしゃるのでしょうか……。今音が聞こえた気がしたのですが……」

 

 息を殺してそっと扉から下がる。明らかにこちらの存在感に気づいていたようだ……。

 

「聞こえてなくても良いんです……」

 

 消えてしまいそうな声で、マックイーンは言葉を続ける。

 

「でも、わたくし達のトレーニングメニューを作って、無理をしていたのではないかと思ってしまって……チームを持ってからと言うもの、トレーナーさんは夜遅く徹夜もあったと伺っていますわ……」

 

 違うんだマックイーン! と思わず叫びそうになる。君たちのための無茶なんて無茶に入らない。そんなに悲しくなるようなことを言わないで欲しいのに。

 伝えたいが今のままじゃ伝えられない。この声で反応してしまえば、確実にややこしくなる……。

 

「わたくしはトレーナーさんと一心同体。苦楽を共にしてきた身として、貴方の看病をと思ったのですが……寝ていらっしゃるんですわよね……」

 

 自分の耳が垂れるのがよくわかる。マックイーンのこんな悲しい声を聞いたのは久しぶりだ。

 最近はチームのことばかりで、あまり構えなかったこともあるかもしれない。

 すまないマックイーン。俺の体が治ったら、必ずスイーツ食べ放題に連れて行ってやる。そう意を決して、ゆっくりと振り返ろうとした時だった。

 

「あっ!?」

 

 ドテーン——。と音を立てて尻餅をつくように転んでしまう。ズボンの端を踏んでしまったようだ。今のは確実にマックイーンに聞こえてしまったことだろう。

 我ながら何と迂闊なことか……。

 

「トレーナーさんっ!? 大丈夫ですのっ!?」

 

 ドンドン——ドンドンドンドン——

 

 マックイーンの扉を叩く音が強くなる。あぁ、厄介なことになってしまった。いっそのこと窓から逃げるか。

 しかし、ここは二階。さすがに着地ミスって骨折は勘弁願いたい。

 

「トレーナーさんっ! 返事を! 返事をしてくださいまし!」

 

 ガチャガチャ

 

 扉を叩く音から、ドアノブを思いっきり回そうとする音に変わる。ミシミシと音を立てて、今にも扉ごと取れてしまいそうなほどだ。

 ウマ娘の力恐るべし……ってそんな場合ではない!このままでは扉が壊されるっ!

 

(えぇいっ! こうなったら一か八か!)

 

 こほんと小さく咳払いして、最低限できる低い声で。

 

「俺は大丈夫だから! マックイーン。入らないでくれ……!」

 

 そう声を上げた瞬間、扉を開けようとする音が止まる。ふぅ、止まってくれた。扉は壊されずに済んだようだ……。

 

「……ですの?」

 

 俺の耳がびくっと震える。

 一瞬聞き逃してしまったが、明らかにその声は重く、鋭く、俺の耳に刺さる。

 

「アナタは誰ですの……?」

 

 ……あぁ三女神様。多分俺は選択を間違えたみたいです。

 

「アナタは誰ですの? 何でトレーナーの部屋に女の方の声が聞こえるんですの? トレーナーはいるんですか?トレーナーさんは無事ですの?」

 

 矢継ぎ早な質問に俺は答えることができない。

 今のマックイーンには、なぜか言葉だけで射殺せそうな凄みがある。俺はただ、腰を抜かしたように後ずさることしかできない。

 

「……答えないんですわね? 良いですわ。だったらっ!」

 

 ズシン――

 

 空気が揺れるように、部屋が揺れると……。

 

「こうするだけですわ!!!」

 

 ドアノブがメキメキと曲がり、蝶番が悲鳴を上げて……。防犯用のために結構分厚い扉が空を舞って……。

 何と言うことでしょう。最悪な形の対面を果たしてしまった。

 

「……へぇ?」

 

 逆光で表情はイマイチ見えなかったが、その瞳には明らかに鬼が宿っている。

 ゆらりと部屋に入ってくるマックイーン。俺はその凄みに後ずさることしかできない。

 まるで猛獣のように距離を詰めるマックイーン。

 

「トレーナーさんの気配がありませんわね……そしてアナタは……!」

 

「っ!?」

 

 突如マックイーンは俺の上に馬乗りになると、地面に押し付けるように覆いかぶさる。両手首をガッチリと押さえられ、腰付近を両太腿でホールドされる。

 3年間一緒だったとしても、ここまで密着されたのは初めてだ。ギリギリとマックイーンの手に力がこもっている。

 

「トレーナーさんをどこに連れて行きましたの? あの方は風邪で寝ていたはず……」

 

「やっ、やめっ……」

 

 どんっ! と地面にマックイーンの手が押し付けられると、フローリングが凹む。次はお前の顔だ。と言わんばかりの凄みに息が詰まる。

 

「そんな言葉は聞いてませんわ! わたくしは『トレーナーさん』をどこにやったと聞いているんです!! アナタの体からトレーナーさんの匂いがしますわ。アナタが連れ去ったのでしょう!? その体でっ! あの方を誑かして……!」

 

 あぁ、これは完全に掛かり気味だ。昔にも勘違いからこんなことがあったが、ここまでひどいのは初めてだ。

俺を見つめる瞳は恐ろしく……怒りの興奮に肩を揺らす彼女の姿なんて初めて見た。

 マックイーンは掛かり気味で、こっちは命がかかってる。

 

「答え次第では……。メジロ家の力を使って、アナタを泣いたり笑ったりできなくして差し上げますわ」

 

 なんかすごいこと言ってないかこの子……。

 とにかく、今はマックイーンを落ち着かせなければ、物理的に俺の明日はない。怒ったウマ娘なんて、暴走した重機と一緒なのだから。

 

「あの、マックイーン? ちょっ……」

 

 どんっ! とまたフローリング凹むほどの威嚇。

 本当にやめてくれ……修理代は俺に回ってくるのに……。

 

「アナタに気安く呼ばれる名前ではありませんわ!」

 

 ここまで掛かってるウマ娘を落ち着かせる方法は、さすがにトレーナーの講習でも習わなかった。

 

「……メジロマックイーンさん。トレーナーさんについてお話しさせていただけないでしょうか?」

 

 とりあえず一旦落ち着かせるように、丁寧に言葉を紡ぐ。相手を刺激するべきじゃない。

 

「……良いでしょう。しかし答え次第では」

 

 メキッと音を立てて、フローリングがまた変形した。

 ……さようなら俺の月給。

 

「いったん降りてくれな——」

 

「嫌ですわ」

 

 ……即答とは恐れ入った。まぁ、離せば逃げると思うのは自然なことか。

 相手要求通り、無理に動ことはせずに言葉を続ける。

 

「おーけー……言う通りにするよ。まずこうなった経緯から話そう」

 

………………

…………

……

 

 

 俺は掻い摘んでこうなった経緯をマックイーンに説明した。

 ジト目で俺の話を聞くマックイーンは、どう見ても信用していないように見える。

 それを通り越して、頭でもおかしい不審ウマ娘を哀れむ目に見える。

 

「言いたいことはそれだけですの?」

 

「やっぱり信じてはもらえないよね……わかってた。わかってたさ……」

 

 いまだにマックイーンは俺を押し倒す状態で、顔も吐息が絡まるほどに近く、離してくれるつもりはないようだ。

 

「それでトレーナーさんはどこに連れ去ったんですの? あの方は、わたくしの助けを待っているはずですわ! さぁ、早く吐きなさい!」

 

 こうなっては、何を言えば信じてもらえるだろう。俺しか知ってないマックイーンの情報は……。

 

「トレーナー室の冷蔵庫のモンブラン。一緒に食べようと言ってたのに、いつの間にか二つともなくなってたよな」

 

 俺の言葉に驚いた顔でマックイーンは耳をピンとたてる。

 

「何でアナタがそれをっ!?」

 

「あ、やっぱお前が食べたのか……」

 

 犯人は予想ついていたが、やはりマックイーンだったか。

 この情報は、トレーナー室に入れる人間しか知らないだろう。冷蔵庫にモンブランがあったことを知ってるのも、俺とマックイーンだけだ。

 

「……まだ信じられませんわっ!」

 

「じゃあ何を言ったら信じてもらえる?」

 

「……トレーナー室に保管している紅茶の銘柄は?」

 

「ダージリン。メジロ家の契約農場のものだよな。よくカフェと紅茶とコーヒー。どっちを俺に淹れてくれるか言い合ってるよな。ちなみにカフェのコーヒーはマンデリンの深煎りで、豆は毎日煎って補充してる」

 

 これは流石に俺しか知らない情報。ここまで知ってたら、ストーカーを超えて超能力者のはずだ。

 

「っ……まだ、ですわ! では、その……。わっ、わたくしのレース前のルーティーンは……?」

 

「それは……」

 

 よく知っている。

 メイクデビューからずっと続けているルーティーン。

 彼女の気持ちを落ち着かせる方法。マックイーンの俺を拘束する力が弱くなる。俺はマックイーンの手を取って両手で包み込んだ。

 

「大丈夫。大丈夫。大丈夫。心はいつも君と共にターフの上に」

 

「っ——」

 

 マックイーンは目を見開いて驚きの表情を浮かべた。

 これは控え室でだけ行っているルーティーンだし、他の誰にもやったことはない。つまるところ、俺とマックイーンの秘密の『おまじない』だ。

 

「分かってくれたかい? マックイーン?」

 

「わっ、わわっ、わたくしはっ……なんてことをっ!」

 

 苦笑いする俺に、マックイーンの顔は焼いた鉄のように赤くなる。

 そしてすぐさま俺から飛び退くと、鮮やかな形で土下座して見せる。

 

「おいおい、やめてくれよ……! 俺を心配しての行動だったんだろ?」

 

「自らのトレーナーを信じられないなんて! メジロの恥ですわ!」

 

 今度は別の掛りを見せるマックイーンを落ち着かせるのだった……。

 

………………

…………

……

 

マックイーンSide

 

あぁ、やってしまいましたわ……。

トレーナーさんの部屋に押し入っただけではなく、押し倒して暴言まで使ってしまって……。

 一心同体と言ってくれたトレーナーさん。ここまで導いてくれたトレーナーさん。心まで繋がった気持ちでいたのに、それをわたくしの方から裏切ってしまうなんて。

 

「終わりました……契約解除の流れですわね……」

 

「いや、しないからね。まだまだ君の走りを見たいし」

 

「トレーナーさん……」

 

 トレーナーさんが台所から戻ってきて、私に紅茶を差し出す。

 そして魂が抜けかけている私を引き戻す言葉。優しく美しいウマ娘の声ですけど、言葉遣いはいつも通りのトレーナーさん。

 いまのわたくしには最高の慰め。きっと訳もわからずウマ娘になった、貴方の方が何倍も不安でしょうに……。

 

「……」

 

 なんとも気まずいですわ。

 次の言葉がなかなか切り出せずに、時間だけ何倍も引き伸ばされたかのよう。とりあえず深呼吸をすると、机を挟んで向こう側のトレーナーさんの顔を見つめる。

 さっきは興奮でよく見えていませんでしたが……。

 美しい尾花栗毛のウマ娘。まるで欧州の貴族のような整った顔立ち。

 人のときも素敵でしたが、やはりこの方はきっとどうなっても素敵なのでしょう。

 

 わたくしの眼差しに、首を傾げる姿はなんとも可愛らしく……。キョトンとした表情なんてもう。

 あぁ、わたくし以外に見せたくない。独り占めしたい。そんな顔を他の誰かに見せれば、きっと勘違いしてしまいますわ……!

 

「トレーナーさんはわたくしが守らなくては……」

 

「えっと……程々にな……?」

 

 メジロの名にかけて、トレーナーさんはこの私が守ってみせます。

 ウマ娘になろうが関係ありません。共にあると決めたお方なのですから。性別の違いだろうと、乗り越えて見せましょう。

 

………………

…………

……

 

 

トレーナーSide

 

 うん、どう見ても別の方向性で掛かってるね。

 ふんすふんすと鼻を鳴らして、しっぽが大きく左右に振れて、耳も忙しなく動いている。

 

 しかしマックイーンが来てくれたおかげで、さっきの不安もどこかに消えていた。きっと受け入れられない不安。とかもあったんだろう。

 しかし話してみれば、少し危なかったとは言え、マックイーンは信じてくれたし、受け入れてくれているようだ。

 

 もし俺一人であのまま居たら、ウマ娘になった不安で号泣していたかもしれない。

 ポジティブに考えよう。マックイーンが扉を壊して入ってきてくれたから、俺は不安が消えた。

 そして月給も消える………。

 はぁとため息をつき、俺は紅茶を啜りながら、キラキラとした視線を送るマックイーン見つめ返した。

 

「安心してくださいまし! たとえ戻らなくても、私が一生守って差し上げます」

 

「いや、うん。タキオンは戻れる研究するって言ってるし、そのうち戻れると思うよ」

 

「そうですの? ウマ娘のトレーナーさんも素敵ですのに……むしろ近い存在になったと思うと……」

 

 頬を赤らめて言うな……。とツッコミを入れたくなったが必死に飲み込んだ。

 

「それより問題はトレーニングの穴が開くことだね……。この姿じゃトレーナーをするのも難しいし」

 

「その事でしたら、わたくしに。メジロ家にお任せください!」

 

「とりあえず言っとくが程々にな……?」

 

 いつも以上に掛かり気味になる彼女を抑制するが、こうなっては言葉なんてなんの意味も持ちそうにない。そんな雰囲気が見て取れる。

 

「私が言えばきっとダイヤさんのサトノ家も協力を……戸籍ぐらい簡単に………」

 

 今メチャクチャに危険なことを言ったような。ウマ娘の耳は、色々拾ってしまうのが困りものだ……。

 

「このあとたづなさんが来ると思うから、マックイーンも交えて話し合いたいんだ。少し残ってくれない? ちょっと一人じゃ不安だし……」

 

 話題を変えようと話を逸らす。

 中等部の少女に、不安だから居てほしいなんていうのも、恥ずかしくて頬を掻いて照れ隠しをする。この体になってから、精神面も引っ張られているのか、何かと不安に陥りやすい気がするんだが……。

 

「……かわいい」

 

「なんか言ったか……?」

 

「なっ、何でもありません! もちろん……! わたくしがお守りするので安心してくださいまし!」

 

 マックイーンも顔を真っ赤に俺に返す。だいぶいつもの感じが戻ってきた。俺はため息と共に胸をなでおろす。

 

「ありがとな。マックイーン」

 

 そして、マックイーンにいつも通りの微笑みを返すのだった。

 

「はぅっ……!」

 

 なぜかマックイーンは鼻血を垂らした訳だが……。

 

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