トレーナーはウマ娘に……。   作:あさのひかり

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好奇心

 その後たづなさんと合流して、今後のことについて話し合うことになった。

 

 吹き飛んだ扉に、驚きの顔を見せたものの、時々ある事ですから。と笑顔で言ってみせたたづなさん。

 マックイーンが修理代を出すと言って謝っていたので、俺の月給が消える事はなくなった……。

 

 マックイーンが電話をかけると一瞬で修理屋が飛んできて直していった事には、流石に俺もたづなさんも驚いたが。

 

 そして今、話し合うために、たづなさんにも紅茶を出して、机を挟んで座っている。そして二人はマジマジと俺を見つめる。

 

「そんなに俺の顔が面白いですか……?」

 

「あっ、いえ違うんです。その……やはりお綺麗だなといいますか……」

 

「そうですわ! エプロンなんか本当に似合ってて」

 

 そういえば、お茶を用意するためにエプロンをつけていたが、それが綺麗となんの関係があるのだろう。

 キレイで言えばきっと、俺よりたづなさんやマックイーンの方がキレイだと思う。

 まぁ、俺はまがい物なのだし、比べるのも失礼か……。

 

「俺的にはかっこいいって言われたいんですが……」

 

「いえ、可愛いです」

 

「そうですわね。間違いなく可愛いです」

 

 即答で、しかも真顔で返されちゃもはや反論はするまい。小さくため息をついて、話を切り返す。

 

「そろそろ本題に入りましょ。理事長はなにか言ってましたか?」

 

「その事なんですが、理事長は『猶予! 時間がほしい!』と言っていました」

 

 たづなさんは、理事長に預かったであろう扇子を開き、理事長の声真似で俺たちに伝えた。

 

「……トレーナーさんがその姿でも、トレーナーをできる用意をしているようです」

 

 ほんのり顔を赤くして、たづなさんは扇子をいそいそとしまう。恥ずかしいならやらなくてもいいのに……。

 

「なるほど……まさか偽の戸籍とかじゃないですよね?」

 

 ははは、と乾いた笑いを浮かべて、マックイーンを見ながらそう言う。

 

「……」

 

 たづなさんはその言葉に視線をそらした。まさかマジでその作戦でいくのか……?

 

「ならばわたくしも協力いたします! メジロ家の力を使えば、偽物と言わず本物の戸籍でも用意してみせましょう」

 

 待て待て、それは本当に犯罪なんじゃないか? というかメジロ家はそのレベルの事ができてしまうのか……?

 

「メジロ家の力があれば、理事長も助かるはずです。この場合、マックイーンさんにバレたのは怪我の功名ですね」

 

 いや止めて!?

 貴女は止める立場でしょうに。たづなさんの事も段々とわからなくなってきた気がする……。

 

「そんな顔しないで、安心してくださいトレーナーさん。トレーナーさんは私が守ります」

 

「わたくしもですわ! トレーナーさんの出来事はわたくしの出来事も同然ですので」

 

 俺の諦め顔が、これからの不安かなんかに見えたらしい。こんな顔になってる原因は、目の前のあなた達なんですが……と言いつつ、俺のためを思ってくれる。

 そんな二人の厚意を無碍になんてできないし、雇われの身で理事長にも逆らえない訳だ。

 やる気が絶好調な二人を見てると、何とかなる気にもなるし、どんよりとした空気よりかはマシだろう。

 

 しかし、ウマ娘トレーナー。

 いない訳じゃないが圧倒的に数も少ないし、トレセンでは教官を含めて数える程しか居ない。

 能力あるウマ娘は自分で走ったり、上位のリーグに進む子も多く、わざわざトレーナーになろう。と言う子も少ない。

 

 そもそも、トレーナーは狭き門である。俺だって一回は試験に落ちたし、本格的にトレーナー活動する前に、チームで2年近く研修を積まなくてはいけなかった。

 その後、運良くマックイーンと出会ってここまでこれたわけだ。

 

 容姿端麗でモデルにもなれる。力仕事も問題ない。ダンサーなんて選択肢もある。

 色々活躍できる分野があるのに、こちらを選ぶほうが珍しいのだ。

 

 しかしだ。

 ……もし俺がウマ娘のままトレーナーになったら、俺のチームの奴らはトレーナーが変わる事にはなるのか。

 

「あの……たづなさん」

 

「はい? なんでしょうか?」

 

 マックイーンと白熱した議論を行っていたたづなさんに声をかける。

 

「もし俺がこのトレーナーになったらチームの子たち混乱すると思うんですよ。それでなんですけど……。チームの子たちにだけでも、俺の状態を話したほうが良いんじゃないですか?」

 

 遅かれ早かれバレる事ではあるし、トレーナーが変わるのに隠せる事じゃないだろう。そう思って俺は提案をする。

 

「確かにチームには隠せる問題でもないですからね……」

 

「皆さんわたくしのトレーナーさんを慕っていますもの……。やはり、情報を共有すべきだとわたくしも思いますわ」

 

 マックイーンは俺の意見に同意してくれたようだ。

 

「それに、チームにはダイヤさんも居ますし、メジロ家とサトノ家が協力すれば、敵はありませんわ」

 

 ……なんか余計な言葉がついてた気がするが。

 

「俺はどうなっても良いんですが、あの子達はレース一回一回に命をかけて臨んでます。やっぱり不安は怪我にもつながると思うんですよね」

 

「分かりました。このあと理事長と相談しますね?」

 

 携帯端末で理事長に確認を取るたづなさん。レスポンスが早くて助かる。

 

「でも、自分はどうなっても良いなんて言わないでください? トレーナーの代わりは居ないんですから」

 

 理事長に確認のメッセージを送ると、たづなさんは俺に困った顔をしてそう言った。

 

「ははは……気をつけます……」

 

「トレーナーさんはやりすぎる事がありますものね……」

 

「それはマックイーンもだろう?」

 

 今ではすっかり新品になってしまった扉を指差してジト目で見つめる。

 

「あっ、あれは! そのっ……返す言葉がございません……」

 

 顔を真っ赤に反論しようとするマックイーン。しかし言葉が見つからなかったのか、耳を垂らして、しゅんとしてしまった。

 

「悪い悪い。俺を思っての事だもんな」

 

 手を伸ばしてマックイーンの頭を撫でる。

 

「はっ、はうぅぅ……」

 

 俺も幸せものだ。

 掛かる事があるとはいえ、こんなにも慕ってくれる子が居るのだから。

 

「羨ましい……」

 

「なにか言いました?」

 

「何でもありませんっ」

 

 そしてなぜかそっぽを向いて拗ねるたづなさん。……なにか対応を間違ったか?

 

♪――

 

 そんなやり取りをしていると、たづなさんの携帯端末にメッセージの着信音が聞こえた。

 彼女はそれを確認すると、ゆっくりと立ち上がった。

 

「理事長が会議をしたいとの事です。ひっじょーに名残惜しいですが、これで失礼しますね?」

 

「迷惑かけますね……」

 

 不満そうな顔をするたづなさんに謝る。業務外の事をしてるのだから、不満になるのも当然だろう。いつか穴埋めをしなくちゃな……。

 

「トレーナーさん安心してください。わたくしは一緒に居ますので」

 

「あ、マックイーンさんの話も聞きたいそうなので、同行お願いしますね?」

 

「へ……?」

 

 そう言うとたづなさんは、マックイーンを小脇に抱える。文字通りバッグのようにだ。そして、そのまま部屋を出ていこうとする。

 本当にこの人の筋力どうなってるんだ……。

 

「離してください! トレーナーさんにはわたくしが必要なんですの!」

 

「マックイーン……」

 

 そんなにも俺を思ってくれてるんだな。必死にたづなさんから離れようとする。

 俺を不安にさせないためか……。

 もとから優しい子ってのは知ってたが、ここまで必死になってくれると、嬉し恥ずかしという感じだ。

 マックイーンは俺に手を伸ばし――

 

「トレーナーさんが不安にならないためにも、色々なお世話から、あわよくばその流れでお風呂や添い寝、夜のお供をしなくてはいけませんのに!!」

 

「たづなさん。回収お疲れ様でーす」

 

「トレーナーさんっ!?」

 

 その手は握られることは無かった。握り返したら俺の貞操が危ない。

 

「台所に買ってきた食料を置いときました。お代は結構です全部理事長持ちなので」

 

「あ、わざわざありがとうございました」

 

 俺は若干呆れ顔のたづなさんを玄関まで見送る。

 

「トレーナーさん。あんまりですわーー!」

 

 扉を出ていっても、マックイーンの悲壮感ある声が木霊していた。

 

「一心同体って仰ってたのにーーーー!」

 

 俺は悪くない。

 

………………

…………

……

 

 たづなさんが置いていった食料で腹を満たした。しかし、ほとんどカップ麺。しかもラーメンとは……。

 俺も料理に関しては無頓着だが、たづなさんの食生活が心配になってきた。

 

 とにかく、腹も満たされ数時間が過ぎた。すっかり日も落ちて21時を回っている。

 ここ数年はまともな休みもなく、いざ何もすることがなくなると、暇なとき何をしていたのだろうと思い出せない。極度のワーカーホリックになってしまったかのようだ。

 

(暇だ……)

 

 なにか無かったものか。と部屋の隅に置かれたカラーボックスを漁る。整理されていない事が、丸わかりな程に乱雑に物が入っている。

 ほとんどがゴミ袋のような生活用品。ゲーム機の一つもあれば良いのに、ただ寝るための家という場所に、そんなものがあるはずもない。

 最後の段を開ける。

 いくつか物を退けると、箱が入っていた。ボール紙でできた箱には、ウマ娘用のシューズメーカーロゴが入っている。

 

「これは確か……」

 

 もう2年前になるだろうか。

 蹄鉄の整備に関しての講習に使った靴だ。もちろん俺が履けるわけもなく、ここに眠っていた訳だ。

 

「懐かしいなー。蹄鉄はめるときにマックイーンが指を叩いて大変だったな……」

 

 箱から靴を取り出して、眺めてみると思い出が蘇る。箱に書いてあったサイズは24cm。ふと思い立って、自分の足の横に並べてみる。

 

「おぉ……意外とぴったりじゃないか?」

 

 ウマ娘用の靴を履く機会なんて、そうそうあるものじゃない。

 片足だけ履いてみると、まるで自分のために買った様にぴったりだった。

 白を基調に、薄いピンクのラインが入っているそれは、如何にもウマ娘用といった感じだ。

 靴底には蹄鉄がはまっており、フローリングに足を軽く打ち付けると、ガチャガチャと音がなった。

 

「……」

 

 

……おかしい。

 

 その音が耳に入ってから、いきなり無性に走りたくなってくる。

 これもウマ娘の性なのだろうか? 好奇心も相まって、しっぽが忙しなく揺れる。

 

「もうすぐ門限も過ぎるし。他に人も居なそうだよな……」

 

 少しぐらい外に出たってバレないだろう。浅はかな考えかもしれないが、好奇心は止められないのだ。

 ウマ娘の体になったのだから、そりゃ走ってみたいと思うのは当然の事だろう。

 もちろん、この体の限界を知っておくのは悪いことじゃない……。

 これはテストだ。そう自分の中で理由をつければ、あとは早かった。

 玄関で靴を履き、扉を少し開けてあたりを見回して、誰もいないことを確認すると。

 

「よし、行ってみるか……」

 

 俺は闇夜に出かけて行くのだった。

 




次回。トレーナー走る。
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