トレーナーはウマ娘に……。   作:あさのひかり

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いつもコメントありがとうございます。
やる気に繋がります土下座


黒い刺客・青い薔薇は微笑む

 トレセン学園は日本最大のレース走者の養成施設だ。基本的な教養から、レースに関係する専門のものまでを学習でき、さらにはライブパフォーマンスの為のトレーニングを行う。

 そして、そのための施設も設置されており、広大な敷地面積を持っている。

 なにせ、2000m級の芝コース。そしてダートコース。さらには坂路、ポリトラック、ウッドチップのコースまで存在する。

 それに加えて、巨大な体育館、プール、もちろん校舎や各複合的な施設。

 美浦と栗東のウマ娘寮とトレーナー寮に関係者寮も含めると、かの有名な遊園地よりも広い。

 ここ一つで街と言っても過言ではない。

 

 当然ながら、人がこの中を歩き回って移動するには広すぎる。通常は車や自転車。場合によってはセグウェイのような移動用の機材も用いる。

 

 ではウマ娘はどうか。当然走るのである。

 もちろん全力で走ることは許されていないが、歩ほどの速さなら施設内以外では怒られることはほぼ無いだろう。

 

 俺は今走っている。もちろん歩ほどの速度でだ。

 かけ足と言っても、人間のそれとは少し違う。ウマ娘の歩の速さは分速にして約340m。時速に換算するとだいたい20km/hと言ったところだろう。

 これは人で言うフルマラソンの速さとほぼ同じ速さであると言える。

 

 ウマ娘の凄い点はこれより上の走法がある。

襲歩――

 俗にギャロップと呼ばれる走法は人間で言う全力疾走だ。その速度は分速1000m。時速にして60km/hを超える。

 こんなので衝突でもしたら、もちろん命はない。

 だからこそ、レーストレーニングは整備されたトレーニングコースで、俺たちトレーナーと共に細心の注意を払って行われる。

 

(しかしすごいな……)

 

 俺は今、歩で敷地内を走っている。

 校舎の周りを回って、トレーニングコースへ向かう道のりだ。

 鍛えてはいるが、トレーナー寮から学園までの通勤でもため息を出したくなる距離なのに、この体では全然疲れが出ない。

 それどころか、耳や尻尾に当たる風を感じると心地よさも感じる。

 

 防犯のために設置された照明のみの静かな世界。聞こえるのは俺の可愛くなった息遣いと、足を踏み鳴らす音。

 走るのってこんなにも心地よかったか?

 俺は初めて、彼女たちが見ている世界に触れられた気がした。

 

 こうなれば、全力で走ってみたいとも思ってしまうもの。

 もっと彼女たちの世界が見てみたい。

 そうすれば、もっと色々彼女たちの為のトレーニングが思いつくかもしれない。

 そんな思いを馳せながら、俺はトレーニングコースへと向かうのだった。

 

……………

…………

……

 

 時刻は22時過ぎ。

 トレセン学園のトレーニングコース。

 一周2000m近いコースは、日々の保守点検のおかげで芝もダートも完璧な状態に仕上げられている。

 これも何やら、理事長が私財までつぎ込んだ結果らしい。あの人のウマ娘愛には頭が下がる。

 照明も、簡易的なスタンド席まで用意されたここは、正式なレース場にも負けない。

 

 ウマ娘はここで週1〜2回のトレーニングを行っている。少ないように思えるが、全力疾走のトレーニングなんて、そうそう行えるものじゃない。

 実際ウマ娘達のレースは、レース前と後で体重が数キロ変わってしまう程に過酷なものなのだ。

 レース前の追いきりを除いて、週1〜2回が限界になる。それ以外は基礎トレーニングやライブの練習。トレーナーたちはそれの補佐を行うのだ。

 

 俺はスタンドからコースを見渡して、思いに耽ってしまった。この場所はいくつもの光や影で満ちている。

 だからだろうか。

 鼻に感じる強いターフの匂い。感じ方が変わると、ここまで精神に影響してしまうものか。

 

 俺は大きく深呼吸をすると、トレーニングコースに降りようとした。

 

「やぁーーーーっ!」

 

 ふと耳に届く声。

 俺は耳を動かしそちらに注意を向けた。

 視線の先にはコースを走る一人のウマ娘。もうとっくに門限は過ぎているはずだが……。

 目を凝らすと、それは見知ったウマ娘の姿だった。

 

 とにかく今は彼女を止めないと。

 俺は思わず走り出して彼女の元に向かった。

 

………………

…………

……

 

 木の陰からそっとその少女を観察する。

 少女の名前はライスシャワー。俺の担当ウマ娘の一人だ。

 生粋のステイヤーで、長距離ではマックイーンと並ぶほどの実力者でもある。

 その小さいバ体に似合わないほどに、彼女の走りは鋭い。そんな彼女が、なぜこんな時間に走っているんだろうか。

 トレーニングメニューは事前に渡していたはずだし、それにはこんな時間に走れなんて書いてないはずだ。

 彼女のことを考えると、何か心理的な理由かもしれない。しかし声をかけるにも、突然声をかけては事故の元だ。

 俺は彼女が立ち止まるのを待って、ゆっくりと駆け寄っていく。

 

「門限は過ぎてますよー?」

 

 今の段階では寮に帰すことを優先しなくてはいけない。

 今日はもう遅いし、話をややこしくしないためにも、ここは自分がトレーナーであることは隠しておこうと思い、用事があって通りかかったウマ娘ポジで行こうと決めた。

 

「ひゃわっ!? ごめんなひゃっ……うぅ、かんじゃったぁ……」

 

 ……かわいい。

 俺を見るなり驚き、ウサギのように大きな耳を垂らして、驚いたように謝る姿は実に保護欲を掻き立てられる。

 いや、今はそんな場合ではない。

 できるだけ優しい表情を作って、ライスの近くに立つと視線を合わせるように少し屈む。

 

「怒ってませんよ? でもこんな時間に自主練は危ないから帰った方がいいですね」

 

「うぅ……ごめんなさい……。ライス……何だか眠れなくって……」

 

 今にも泣き出しそうな声をあげるライス。少し震える声は、何かしら不安なことがあったときの声だ。

 

「寝れない理由……私で良ければ聞かせてもらえませんか?」

 

「へっ……? だっ、だめだよ……。ライスに関わったらきっと良くないことが起こるから……」

 

 明らかに何かを気にしているときの仕草だった。トレーニングが上手くいかなかったのだろうか。

 このまま寮に帰すのも忍びない。ライスにもう一度微笑みながら声を掛ける。

 

「安心して? 私、実は悩めるウマ娘さんを助ける『謎のお助けウマ娘』なんだ。

不思議な力を持ってるから、不幸なんてヘッチャラなんですよ?」

 

「謎のお助けウマ娘さん……?」

 

 我ながらこの言い方はバカっぽかっただろうか……? ライスもポカーンとした視線でこちらを見つめてくる。

 

「ふふっ」

 

 その後小さく笑って見せるライス。

 少し落ち着いたように、こちらを見つめると話始める。

 

「あのね……ライスにはお兄様がいて……。あっ、お兄様って言っても、本当のお兄様じゃなくて……」

 

 俺のことだ。

 何か不手際があっただろうか? とライスが紡ぐ言葉にハラハラする。

 

「それでね……? 今日お兄様とトレーニングの予定だったの……でもね……」

 

 話しているうちに声のトーンが次第に下がっていく。

 

「お兄様……お風邪引いちゃって……。それはきっとライスのせいなんだ……」

 

 目尻に溜めた涙が溢れる。

 

「ライスが一昨日、お兄様からもらったペンダントを落としちゃって……。通りかかったお兄様が一緒に探してくれたんだけど、雨が降ってきちゃって……」

 

 そういえば一昨日そんなことがあった。あの時は通り雨で誰も予想できなかったし、ライスの責任ではない。

 

「ライスはお兄様に風邪をひいちゃいけないって言われて……、部屋に戻されたんだけど……」

 

 そう、俺は探し続けた。

 やっぱり悲しい顔はさせたくないし、ライスにこう言った顔は似合わない。

 

「その後、びしょ濡れになったお兄様がライスのペンダント見つけてくれて……きっとお風邪をひいちゃったのも……ライスの……せいで……うぅっ……」

 

 ライスはそこまで話終わると、言葉を詰まらせて涙を流し始めてしまう。

 

「それは違うっ! ライスのせいなんかじゃないっ!」

 

 俺にできることは、ただ声を上げて彼女を抱きしめる事だけだった。小さな彼女を包むように抱きしめる。

 

「ふえっ……?」

 

「俺が勝手にやった事だし、通り雨なんて予測できないよ。ごめんなライス……俺嘘ついたんだ」

 

 泣いて赤くなった瞳でライスは俺を見つめる。きょとんとした視線でまるで混乱したかのようだった。

 

「……お兄様なの?」

 

 ライスは気づいたように、俺の胸あたりから顔を見つめてくる。

 

「隠すつもりはなかったんだ……でもこんな姿になったら気づいてくれないかもって思ってさ……」

 

「少しだけお兄様の匂いがする……。ほんとにお兄様なんだ……!」

 

 いつの間にかライスに抱きつき返される。離さないでとか、嫌わないで。と言った強さで離れる様子はない。

 

「ごめんなライス……? 風邪なんかひいてないんだ。アグネスタキオンの実験事故に巻き込まれて、ウマ娘になっちゃったんだ……」

 

「そうなんだ……」

 

 ライスは少し俯く。

 

「アグネスタキオンさん……お兄様を危ない目に合わせるなんて許せない……」

 

 俺の胸にライスは顔を埋める。そして何かモゴモゴと呟いたようだが聞こえなかった。

 

「ごめんなライス……嘘ついちゃったな……」

 

「ううんっ! ライスは大丈夫だからっ!」

 

 優しい笑みを見せるライス。これならもう大丈夫そうだ。

 

「しかしまさかウマ娘になるなんて……」

 

「お兄様大変だったんだね……で、でも! でもでも! お兄様とっても綺麗だよ?」

 

「あはは……。ありがとうなライス……」

 

 彼女なりの慰めのつもりなのだろうが、俺は苦笑で返すしかなかった。

 彼女の頭を優しく撫でると、んっ、と小さく声を出して微笑む。

 ライスのためにも、早く元に戻らないと……。

 

「さぁ、そろそろ帰ろう? ヒシアマが探しに来ちゃうぞ?」

 

「……や」

 

 ライスと離れようとすると、思いっきり抱きしめられる。胸に埋める顔からこもった声が聞こえた。それは拒否の声だ。

こんなに甘えるライスも珍しい。

 

「ごめんねお兄様……ライスはダメな子だよ……。だって、ライス……。お兄様と離れたくないんだもん……」

 

 俺の顔を見つめて少し涙声で話すライス。甘えん坊なライスも悪くないが、規則は規則なわけで……。

 どうしたものかと悩むと。

 

「そういえば……。お兄様はどうしてここに……?」

 

 ライスは疑問を投げかけてきた。

 そう、ライスのことですっかりと忘れていたが、俺は走りに来たんだった。

 

「えっと、せっかくウマ娘になったんだし、身体の限界を知っとこうかなって」

 

 その言葉に、ライスは耳をピーンと立てて瞳を輝かせる。

 

「お兄様が走るのっ? ほんと?」

 

「せっかくだから、ライスたちが見てる世界を少しでも体験したくてね」

 

 ライスは俺を解放して、一歩後ろに下がって興奮気味に尻尾を振り回す。

 

「じゃ、じゃあ……。お兄様がライスと併走してくれたら……ライスは寮に帰るよ……!」

 

「併走か……」

 

 どうせライスが帰った後に走る予定だったし、それも悪くない。

 悪くないどころか、ダービーに出たばかりの現役最強馬に近いライスと走れるなんて、またとない機会だろう。

 それなら。

 

「いいぞ、この体で初めてだけど……。よろしくなライス?」

よろしくなライス?」

 

「初めて……お兄様とハジメテ……」

 

 ライスは少し顔を赤くして何かを呟いた。まぁ、誰かと並走する時に、闘争心で興奮するのは悪くない。

 掛かってるわけでもなさそうだし……。

 

「とりあえず5分くれ。アップしないと怪我するかもだしな」

 

「あっ、じゃあ、ライスも手伝う!」

 

「そうか? じゃあ頼むよ」

 

 こうして深夜の二人きりのトレーニングが始まったのだった。

 

………………

…………

……

 

「2000mでいいよな」

 

 トレセン学園の芝コースに立つ。

 2000mにした理由は、ほぼ一周で、ゴール板からゴール板まで走ればいいからだ。

 ゲートもないし、他の補助もいないため、それが一番わかりやすい。それに、長すぎず、短過ぎずの距離なのだ。

 俺の適正距離がわからない以上、長く走りすぎるのは怪我の元だし、ライスにとっては短距離は適性はないしすぐ終わって退屈だろう。

 

「うんっ! ライスも準備できてるよ……!」

 

 ルンルン気分で満面の笑み。

 ここまでの笑顔をするライスは久しぶりに見た。いつも笑顔は見せてくれるのだが、どこか遠慮がちなのだ。

 

「えっとね……お兄様が先にスタートして……? 5秒後ライスがスタートするから……」

 

「それじゃ併走にならないぞ? そのままゴール板まで駆け抜けちゃったりしてな」

 

 なんて冗談を飛ばしてみる。俺こんな性格だっただろうか……。

 併走とはいえ誰かと一緒に走るとなると、闘争心が掻き立てられるような気がする。

 ウマ娘の意識がそうさせてるのだろうか。俺の根本にも、きっと走りたいという心が……。

 いや、今は走ることに集中しよう。

 

「安心して……しっかりついてくから……♪」

 

「……まぁいいか」

 

 そう言って俺はゴール板の真横に着く。

 そして深呼吸してターフを見つめる。

 静けさにまるで燃えたつかのように揺れる芝。

 悪くない。

 悪くないどころか心地よい。

 

「お兄様のカウントでいいよ?」

 

「そっか。じゃあ」

 

 深呼吸をして息を整える。

 

「3、2、1」

 

 そしてカウントをすると、俺は。

 

「スタートっ!」

 

 思いっきり足を蹴って飛び込むように前進する。

 

 体が浮く――

 

 そしてついた足をまた蹴り出す。

 

 まさに飛ぶように走ると表現するのが正しい。

 ウマ娘は1000mを1分ほどで走破する。これは1秒間に18m近くを走っている計算になるだろう。

 一回のストライドは3m超える。

 そして一秒間に6歩以上のピッチで走り続けるのだ。

 まるで重機関銃のような音が響く。

 

(驚いた……。俺もその速度で走れてる……!)

 

 どうやらこの体は見てくれだけではないらしい。ありがたいことに、トレーナーとして知識は頭に詰まっている。

 教本通りに走り出せば、驚くぐらいすんなりと走り出すことできた。

 

 風が頬を撫でる。

 

 芝が宙を舞う。

 

 足音だけの世界――

 

 これがこんなに気持ちが良いなんて。

 

 ずるい。

 

 彼女たちはこんなに素晴らしい世界を見ていたのだから。

 

「っ――!?」

 

 そんなことを感じて走っていたところ、後ろに冷たい感覚を覚える。

 もう一つの足音。

 それはまるでナイフのように鋭く背中を突く。

 

「ついてく……ついてく……お兄様に……!」

 

 不敵に笑うライス。

 それはレースでたまに見せる刺客としての顔。

 あぁ、この子に追われたウマ娘たちが、みんなして『怖かった』という意味が分かった気がする。

 

(嘘だろ、いつの間に詰められたっ!?)

 

 音もなく外側の後ろに並ぶライス。俺が振り返ると、満面の笑みで返す。

 

「おにいさまっ! たのしいねっ!」

 

 無邪気に笑う姿は何とも可愛いが、瞳には間違いなく鬼が宿っていた。

 ライスが隣に並んでくる。併走トレーニングとしては正しい姿だが……。

 

 俺は現役最強格のウマ娘の能力を隣で目の当たりにしてしまった。

 今の俺はさしずめ、初めてのG1で意気揚々と出走して『分からされた』ウマ娘といったところだろう。

 

 気づけば、残り3ハロンほどの距離にゴール板が迫る。

 

「じゃあ行くね? お兄様?」

 

 ただ一言だけ、彼女は俺にそう言って、まるで弾丸が発射されたかのように飛んでいく。

 

 あぁ、なんて素晴らしい末脚なんだ。

 

 置いていかれる俺は――

 

 ただその姿を見つめるしかなかった。

 

 彼女に遅れること数秒、ゴール板を走り抜けた。

 タイムを測ってたわけじゃないが、おそらく2分8秒そこそこ。

 一応トレセン学園の入学には問題ないタイムだとは思う。

 

「お兄様っ……! かっこよかったよ……!」

 

 息を切らして肩を上下に動かす俺と、余裕そうに声を掛けるライス。

 こんなに余裕にされると、少しだけ傷つくが……俺が育てたと思うと、誇らしさの方が勝つ。

 

「はぁ、はぁ……いやぁ、ライスは速いなぁ」

 

「えへへっ……。お兄様がライスを強くしてくれたんだよ……?」

 

 そう言ってもらえると、本当にトレーナー冥利に尽きる。

 

「さぁ……はぁ、ふぅ……。約束だぞ?」

 

「うんっ……。寂しいけど……寮に帰るね?」

 

「ん、良い子だライス。つっ……」

 

 ライスの頭を撫でようとすると、胸に少し違和感を感じる。何というか先端が……。

 

「お、お兄様……? どうしたの……?」

 

「いやその……なんか胸が……っていうか……」

 

 とっさに両腕で胸を隠すように胸を押さえる。走ってる時は興奮で気づかなかったが。

 これは間違いなく……。

 

「……あっ」

 

 ライスは何かに気づいたように顔を赤くした。

 

「お兄様……サポーターとかつけてなかったよね……?」

 

「……」

 

 やはりそのせいか……。

 要は先端が擦れて痛い……そういうことだ。

 ウマ娘が走る時に受ける衝撃は人間と比べて大きい。当然胸も揺れる。俺の胸は、今や魅力的なぐらい大きい。

 

「ごめんね……ライスのせいで……」

 

「いや違う。これは俺のミスだ……。ウマ娘の体がわからなかった……配慮が足りなかっただけで……」

 

 恥ずかしくて顔が溶けそうなぐらい熱い……。

 

「お兄様……ううん、お姉さまには、今度ウマ娘の体のことも教えてあげるね……?」

 

「なんか犯罪っぽい発言だが……。あとお姉さまって……」

 

「だって、今はお兄様は綺麗なウマ娘。ライスたちと同じウマ娘だから……。お姉さま……だめ……かな……?」

 

 ライスは上目遣いに俺に尋ねる。

 そんな目をされたら断れないだろう。断ったら全国のライスファンに殺されかねない。

 

「……いや、良いよお姉さまで。それと、あまり変なこといっちゃダメだぞ? 勘違いするファンとかもいるかもだからな?」

 

「お姉さまになら良いのに……」

 

「何か言ったか?」

 

「っ! ううんっ! 何でもないの……!」

 

 とんだ災難だった。いや、まぁライスと走れてよかったが。

 俺はヒリヒリする胸が服に擦れないように、胸を押さえる。明日には治ってくれると良いけど……。

 

「ほら、早く戻りな? ヒシアマが今頃カンカンだぞ」

 

「あぅ……お姉さまも一緒に来てくれないの……?」

 

「そうしたいが、まだウマ娘になったことバレるわけにはいかないからな……」

 

 ライスは耳を垂らして、お願いの視線を送るが、それはさすがに断らないといけない。

 その視線を鋼の意思で跳ね除けた。

 

「……ううん、元はと言えばライスのせいだもんね。分かった。ライス一人で戻るね……?」

 

「偉いぞライス。近いうちにトレーナーとしても戻れるかもだから、安心してくれ」

 

 わしゃわしゃとライスの頭を撫で回すと、ライスは満足したように笑みを浮かべて。

 

「分かった……! えっと、もっとお話ししたいけど、これ以上話すとお姉さまも遅くなっちゃうから……。じゃあねお姉さま!」

 

 駈歩で去っていくライスの後ろ姿を見送り、静かになった練習場を見渡す。

 やはり走らないとわからないこともある。ウマ娘たちと同じ視座になったことで、ライスと走ることで見えるものもあった。

 もしかしたら、アグネスタキオンには感謝すべきなのか……?

 いや……それは違うか……。

 

「っ……あーもう……」

 

 胸のヒリヒリを感じながら、俺は誰にもバレないように寮に戻るのだった……。

 

………………

…………

……

 

ライスシャワーSide

 

 ライスはあの後、お姉さまと別れて寮に戻りました。

 ヒシアマさんにはいっぱい心配かけちゃったけど、ライスはいつも真面目だから、今日だけは許してあげるって言ってくれました。

 遅くなったご飯とお風呂を済ませて部屋に戻ると、同室のロブロイさんが心配してた。と言ってくれました。

 ライスはいろんな人に心配をかけちゃったけど、今日だけは悪いなんて思いませんでした。

 

 ライスはきっと悪い子です。

 

 でも、お姉さまとの二人っきりの併走は、どんなものにも代えられない特別なものでした。

 お姉さまとの二人っきりのことを思い出すと、思わず笑みが溢れてしまいます。

 

 一緒に走ってくれたお姉さま。

 

 ライスがぴったりと後ろについていくと、やっぱり驚いたお姉さま。

 

 最後の直線で抜いた時、横目に見えた絶望したようなお姉さま。

 

 レース後に声をかけると、悔しそうにするお姉さま。

 

 はぁ……お姉さま……♡

 

 あの悔しそうな顔と、ライスを褒めてくれる優しい顔。

 思い出すだけで、何だか背筋がゾクゾクってして、もっと見てみたいって思っちゃう……。

 

 それにしても、ウマ娘になってもお姉さまはライスに勝てないんだ。

 そっか……お姉さまはライスに勝てないんだ……ふふっ……。

 じゃあライスが守らないと。

 ライスに勝てないお姉さまは……弱いんだから……♪

 

「あの、ライスさん? 何かあったんですか……?」

 

「ふえっ? 何でもないよ……?」

 

 きっとライスの顔に出ちゃってたんだね。ライスはロブロイさんに何でもないよ。と、いつも通り返したつもりだったんだけど……。

 

「嬉しいって顔してます。良いことあったんですね」

 

「いいこと……うんっ、ライスね……えっと、お姫様に会ったんだ」

 

 ライスの言葉に、ロブロイさんはキョトンってしちゃいました。

 でもお姉さまは間違いなく、絵本に出てくるお姫様みたいで……。

 きれいな尾花栗毛のウマ娘さんで、ライスも思わず見惚れちゃうぐらい。

 

 お姉さまがお姫様なら、ライスはお姫様も守る騎士様にならないとだよね。

 うんうん、がんばるぞー、おーっ!

 明日からが楽しみだなぁ……。

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