チームアジェナ——
俺が昔研修を受けていた『チームハダル』の解体をきっかけに、その流れを汲んで作られたチームだ。
チームといっても、その活動が活発になったのは最近のことで、最初はマックイーンとの二人三脚(なぜかゴルシはずっといる)だった。
マックイーンが活躍するたびにメンバーが増えていき、いつの間にかステイヤーのチームと噂されるようになった。
そもそもハダルが中長距離を得意としていた事もあり、俺もトレーニングに関してはそれを中心に行ってきた。
国内の重賞。特にG1は中距離のものが多い。
例えば中央、トゥインクルシリーズでのG1は中距離がジュニア・クラシック限定含めると10鞍あるが、マイルより短い短距離は二つしかない。ダートも同じように二つ。ゆえに一番注目の集まる中長距離が、トゥインクルシリーズの花形と言えるだろう。
もちろん、短距離やマイルも面白い。
レース展開が早く、電撃の6ハロンを最高速度で走り抜けるウマ娘達の姿は見事なものだ。ダートも土煙舞うレース場の熱気がすごい。
……話がずれてしまった。とにかく、そんな花形ウマ娘を輩出するために作られた『ハダル』の流れを汲むチームが俺の指導している『アジェナ』なのだ。
そして俺は今、そんなチームメンバーが待つ会議室のドアの前で立ち尽くしている。
「トレーナーさん……?」
そんな俺を心配するようにマックイーンが俺の顔を見つめる。
「いやぁ、柄にもなく心配というか……」
受け入れられなかったらどうしようとか。変な目で見られたらどうしようとか、そんな心配が頭を過ぎると、扉に手をかけたまま止まってしまった
「大丈夫ですよ。私たちのチームワークはその程度では揺るぎませんからね?」
「ダイヤさんの言う通りですわ。皆あなたを大切に思っているんですもの」
彼女達は確信を持った瞳で俺を勇気づける。
そうだ、ここまで一緒に歩いてきた子達じゃないか。そんな子達を信じずして、なにがトレーナーだ。
「そうだよな」
意を決して俺は、扉を開けると部屋に入っていく。
瞳を閉じて深呼吸、再び瞳を開いて会議室内を見渡すと、ポツンと窓際に座っているウマ娘が一人。
一人?
「ライスとゴルシがいない……?」
俺は思わず呟くと、窓際に座っていたウマ娘が少し目を見開いて、驚いた表情を見せる。ゆっくりと立ち上がると、こちらに歩み寄ってきた。
触れればどこまでも沈むような黒さを持ち、腰まで届く長髪。顔にかかった前髪はミステリアスに表情を隠す。
そんな少女の名前はマンハッタンカフェ。
学園でも相当な不思議ちゃんと言われているウマ娘だ。彼女は俺の目の前まで来ると、じっと顔を見つめて、微かに微笑む。
「トレーナーさんですね……? おはようございます……」
「ん……?」
声をかけられれば一瞬思考が止まる。カフェは確実に『トレーナー』と発した。俺はこの姿になってから初めて会うはずなのだが……。
「え、なんで知ってるんだ……?」
この子の不思議さを見ていれば、未来を予知したとか、うちなる心を読むことができるとか言われても不思議じゃないが、俺は首を傾げるとカフェは頬を染めて言う。
「愛の……ちからです……」
「「は?」」
俺の両サイドで何か怒りの疑問符が聞こえたのは気のせいにしておこう。カフェもそう言って顔を真っ赤にしている。
「冗談です……」
冗談で恥ずかしがるなら、言わなければいいのに。と思ったが言葉を飲み込む。
「タキオンさんに聞きました……。トレーナーさん……大変でしたね……」
そういえば、カフェはタキオンと親しくしてた様な気がする。カフェはタキオンが近くに来ると俺を遠ざけるから、実際親しいかは分からないが、俺以外と話してるのはタキオンぐらいしか見たことがない。
しかし、だ。
「タキオンのやつ守秘義務とか知らないのか……」
タキオンのトレーナーにはしっかりしてもらわないと困る。俺の正体はバレるわけにはいかない……にしてもカフェにバレているとは。さっきまでの杞憂はなんだったのだろうか。
「タキオンさんには……しっかり言っておきました……」
「そうかカフェ……手間をかけたな……」
彼女もきっと、タキオンに振り回されてきたのだろう。ほぼ俺と変わらない身長になった彼女の頭を、優しく撫で回す。猫のようにカフェは瞳を細めた。
「トレーナーさんっ! 今はそんな場合じゃないのではなくて?」
ジト目で俺を見つめるマックイーン。そうだ確かにそれどころじゃない。あと一人伝えないといけない危険人物が残っているのだ。
「カフェ。ゴルシはどこ行ったんだ? ライスもいないみたいだが」
「ゴルシさんは初めから来てませんでした……ライスさんはゴルシさんを探しに……」
なるほど、やはり来なかったのか。予測はしていたが、会議室なんて面白くなさそうな場所にゴルシが来るはずがない。
「待つしかないですわね……でももうそろそろホームルームも始まりますし……」
「あぅ、もっとトレーナーさんと一緒にいたいのに……」
「私は……一時限目は自習なので……トレーナーさんとここで待ってます」
マックイーンとダイヤは恨めしそうな視線でカフェを見つめた。
「とりあえず、俺はカフェとゴルシを待ってるよ。今日は部室の方に集合してくれ。今後について話し合いたいからな」
今後について話し合いたいからな」
俺は二人に教室へ行くように促す。流石に俺のために授業を疎かにするわけにはいかない。
「もちろんですわ! トレーナーさんくれぐれも危険な事はしないでください?」
「私たちが帰ってくるまでいい子にしててくださいね?」
「俺は小学生か何かか……」
確かにウマ娘として生まれて間もないけど。それでも人としては四半世紀近く生きていたわけで……。今となってはそう見える人なんていないだろうけど。
「ほらほら、遅れるぞ。ライスを見つけたら授業に行くように伝えといて」
「わかりました。それではまた午後に……」
マックイーンは一礼すると、ダイヤと共に会議室を去っていった。
俺は思わずため息をつく。
「トレーナーさん……?」
カフェは心配そうに顔を見つめてくる。心配させまいとは思うが、24時間もたたないうちに色々起こりすぎて気疲れがすごい。ウマ娘の体は強靭だが、メンタルはどうしようもないらしい。
「ちょっと色々あってな……。気疲れというか……」
「そう……ですよね……」
メンタル自体はそこそこ強い自信があったのだが、こんな変な状況に対応できる人がいたら是非とも代わってほしい。
「大丈夫……と言っても効果はないですよね……。でも安心してください……」
カフェはそういうと、すっかり細くなった俺の手をとり、ぎゅっと両手で包んだ。
「私たちはトレーナーさんを守ります……」
俺はなぜ、こんなにも優しい子たちに恵まれてるんだろうか。この子たちに優しくされる分、ちゃんと返せてるのか少し不安になる。
「ありがとうなカフェ。みんなに支えてもらえて俺は幸せもんだな」
「あなたと一緒に居れるから……私たちもきっと幸せものです」
カフェは虚空を見つめて。
「あの子もそう言っています」
「あぁ、そこにいるのか。君もありがとうな」
カフェのいう『あの子』。カフェにだけ見えるお友達らしい。
もちろん俺には見えないが、きっといるのだろうと『あの子』にもお礼を言う。そんな言葉を言った瞬間、何だか部屋がすこし暖かくなった気がした。
「あの子も喜んでます……」
「それはよかった」
今思うと、カフェと出会うきっかけになったのも、この子のおかげだったな……。そんなことを思っていたら、カフェは俺の手をふにふにと弄る。
「そんなに面白いか?」
「面白いわけじゃないですけど……。本当にウマ娘になってしまったんだなって……」
「何か違うのか?」
未だに帽子をかぶっていて、ウマ耳とか尻尾は見せていないが、やっぱり人とは何かが違うのだろう。
「匂い……でわかります。すっかり変わってますね……前も好きだったんですけど……」
匂い。
人よりも優れた嗅覚を持つウマ娘は、微妙な違いも嗅ぎ分けることができるとは知っていたが……。俺は自分の腕の匂いを嗅いでみる。
「……わかんないな」
「自分では自分の匂いなんてわからないものです……」
そう言われると少し不安だ。
「変な匂いしてないか……?」
「そうですね……」
俺も臭いとは言われたくない。カフェに尋ねると、彼女は体を寄せて。
「ちょっ。かふぇっ……」
「ん、くんくん……」
彼女は俺に抱きつくと、首筋の匂いを嗅いでくる。くすぐったさから俺は離れようとするが、彼女はそれを許さない。
カフェがこんなに積極的だったことはあっただろうか。二人きりの時も、隣に座ってきたりはしたが、感情をあまり表に出さない子だったし、スキンシップは他の子に比べて軽めだったはずだ。
やっぱり、俺がウマ娘になったことで、距離に対するリミッターとかなくなってるんじゃないだろうか。
「いい……匂いです……甘くて、優しい……すきですよ……?」
カフェは耳をだらーんと垂らしている。心底安心していると言った表情を見せる。
何とも可愛らしいが、顔を思いっきり胸に埋められるのは恥ずかしい。
「カフェ……」
「何ですか……?」
「そろそろ離れような?」
「……はぁ」
ゆっくりと彼女の肩を押し、距離を取る。まさかため息をつかれるとは思わなかったが……。とにかく変な匂いはない。とのことで安心した。
「でも……」
「何か変なことがあったか?」
「ダイヤさんの匂いが強いです……気をつけてください……」
慌てて集中して自分の腕あたりの匂いを嗅ぐ。甘い匂い。確かにこれはダイヤから香っていた匂い。これが嗅ぎ分けられるあたり、俺も嗅覚が鋭くなってるのは間違いないようだ。
「気をつけてください……? 私だからよかったものを……」
「あぁ、気を付ける……」
気付かせてくれたのがカフェでよかった。俺の体からウマ娘の匂いがすると、みんな掛かりやすくなる。
競争心が強いウマ娘というのは、気に入ったモノに執着する。その対象が物品だったり、人だったり、ウマ娘だったりするわけだ。
自分の気に入ったモノに他の匂いがついているのを嫌がる側面もある。その状態は特にある時期ひどくなる。
彼女たちは人間と違い発情期があり、その時が一番執着心が強くなる。その時は薬を飲んで対処してると聞く。
俺も学術書で淡々と書かれていること以外は知らない。まさか本人たちに「発情期ってどんな感じ?」って聞く訳にはいかないし、デリカシー的にしたくないし。
とにかく、匂いについては気をつけなくては。
俺自体が敏感になったことは、ある意味アドバンテージと言えるかもしれない。体臭についてチェックできれば、みんなが掛かることも少なくできるわけだし。
しかし、皆なぜ俺に執着するか分かりかねる。あまり面白い性格でもないと思うのだが……。
「他のメスウマの匂いなんてついて欲しくない……」
「カフェ? 大丈夫か?」
カフェは俯きながら、さっきからカフェが小さな声でぶつぶつと何か言っていた気がした。少し心配になって顔を覗き込む頃には、カフェはいつもの無表情に戻っていた。
「はい……えっと……、トレーナーさんそれ邪魔じゃないですか……?」
カフェは俺の被っている帽子を指差す。
あぁ、確かに部屋に入っているのに帽子をかぶってるのも何かおかしいか。言われてみると、耳を動かせないからストレスを感じる。別にとってもいいか。と帽子を取ると、窮屈そうにしていた耳がぴんっと立つ。
うん、開放感がすごい。
「はぁ……へぇ……」
カフェは俺の耳をみて、珍しく目を大きく見開いた。
「本当にウマ娘……。おそろい……」
カフェは俺の真似をして耳をぴんっと立てて見せる。一緒の動きになんか恥ずかしいような気がしたが、微笑ましい姿に癒される。
「でも髪は私と正反対……。まるで太陽ですね……」
カフェは俺の結われている髪を撫でながらそう呟く。
確かに、この手の毛並みを持っているウマ娘は居ない。本当に数えるほどしかこのトレセン学園にも居ないだろう。尾花栗毛はレースに出てくることも稀なのだ。
知ってる子だと、ゴールドシチー。タイキシャトルぐらいか……。
「俺は太陽って柄じゃないさ。カフェのその夜みたいな毛並み好きだぞ? 俺と並ぶと夜空と月みたいだな……なんて」
少しくさい発言だっただろうか。カフェは案の定キョトンとしている。
「もぅ、貴方はいつもそうやって……」
からかってるように思われただろうか。褒めたつもりだったのだが。
カフェは耳を倒して顔をぷいっ、と逸らしてしまった。
「なんかすまん……」
微妙な雰囲気になってしまった。とりあえず話題をなにか変えなくては。
ズドン――
そう思った矢先、突然、会議室の扉が吹き飛ぶ。俺とカフェはそっちに注目した。
「ゴルシちゃーん大登場! パーティの会場はここかーい♪」
なんでこのタイミングで登場してるんだ。突然現れたゴールドシップにあっけにとられる。
登山用のスポーツウェアに身を包んでいるところを見るに、まじでメッセージの通り山登りにでも行ってたのだろうか……。
「おーっ? なんだなんだ? おいおいシアトルコーヒーが絡まれてんぞ??」
「マンハッタンカフェです……」
「なははーっ、こまけーことはいいのいいの。で、そいつ誰なんだ?」
いつもなら本当に情報が早いんだが、こんな時に限って、ゴルシは何も知らないらしい。俺とカフェは顔を見合わせて、小さく頷く。
「ゴルシ。いつも扉を開けるときは静かにって言ってるだろ?」
「あ? 初対面で指図するとはいい度胸じゃねぇかー。アタシに指図できるのはトレーナーだけって決まってるんだぜ? しらねぇの?」
「あの……ゴルシさん……。この方がトレーナーさんです」
その言い方は混乱を引き起こすだけだと思うのだが……案の定ゴルシは混乱したように変顔で首を傾げている。
「いやー冗談きついぜココアさんや」
「カフェです……」
「こいつが? トレーナー?」
ズンズンと歩み寄ってくるゴルシ。こいつこんなにデカかったか。と思ったが、俺が縮んでるのを忘れていた。
前に立たれると威圧感がすごい。誰かに見下ろされるなんて子供の時以来かもしれない……。
尻尾がだらんと下がって、耳を後ろ向きに倒してしまう。
ゴルシは俺の瞳をじっと見つめて、少し驚く。
「その目。その強い目。いやまさか、お前ほんとにトレーナーなのかよ」
「目だけ見てわかるのか……?」
「ったりめーだろ。アタシがどれだけ見てたと思うんだよ。一心同体だろ?」
「それはマックイーンに言った言葉だと思うんだが……」
ゴルシは俺を足先から耳の先まで舐めるように見つめる。
「タキオンか……ゴルシちゃんのものに余計なことしやがって……でもまぁ、これはこれでアタシ好みだ……」
小さく何か呟いたゴルシの目は、どことなく曇って見えたが、次の瞬間には思いっきりいつもの笑顔を見せる。
「うわっ!?」
ゴルシは俺を軽々と抱きかけると、思いっきり抱きしめて頬ずりしてくる。今の姿じゃ、ゴルシの方がお姉さんに見えてしまう。
軽々と抱き上げられて何だか情けない。
「こんな姿になっちまって……一緒に七大陸最高峰登頂しようって約束はどうなんだよ……!」
「高尾山ぐらいで勘弁してくれないか……」
「
今なんか意思疎通ができていなかった気がするが……ゴルシは頬ずりすることを満足したのか、俺を地面に下ろして後ろを向いて小さく笑う。
「ガッツは無くなってねぇみたいだな……ゴルシちゃん感動したぜ……!」
ゴルシは一人で何か納得したようだった。もちろん俺は何も理解できなかったが。
「こうしちゃいられねぇ! ちょっくら高所トレーニングいってくるわ!」
「あ、いや、ゴルシ! 授業!」
「ゴルシン! ゴルシーン!」
いやそれバクシンオーだろうと突っ込む前に、しっかりと扉を立てて走り去ってしまった。
嵐、いや竜巻が去っていったかのような室内。俺とカフェだけがポツンと残された。
面白いやつなんだけど、絡むのにもカロリーがいるなぁと、つくづく思うのだった。
「……行っちゃいましたね」
「……行ったな」
立ち尽くす俺たちを他所に、学園のチャイムは鳴るのだった……。
………………
…………
……
ゴールドシップSide
何だよ何だよ!! あーっ、くっそ、何だあの可愛いウマ娘はよーっ!
ゴルシちゃんのハートがズッキュンバッキュンしちゃうじゃねぇか……! しかもあの目、ゴルシちゃんが大好きなあの瞳。
(間違いなくトレーナーじゃんかよ!)
あぁ、しかもあんなに綺麗なウマ娘になっちまって。ゴルシちゃんのハートが抑えられないじゃないか。抱き上げて抱きしめて、ドキドキした。
少し困った顔をするトレーナーは、絶世の美人で、このゴールドシップ様にふさわしいウマ娘だ。いつものトレーナーも素敵だったけど、今の姿はもっといい。
身長差もちょうどいいじゃねぇか。エスコートしがいがあるってもんだ。
あーあ、こんなに素敵面白ゴトが起きてるなら、ちゃんと集まればよかったぜ。ゴルシちゃんがパーティに遅れたから、ダイヤやカフェの匂いがべったりついてんじゃねぇか。でも、思いっきり擦り付いて上書きしてやった!
そもそも、トレーナーの1番の担当はアタシになるはずだった。ずっと影から見つめて、隙あれば持ち帰る予定だったのに……マックイーンに先を越されちまったのは驚いた。
だけどそのおかげで難なくチームに滑り込めた。2着ってのは気に食わないけど、最終的に追い越せばいいって寸法よ。ゴルシちゃんは追い込み脚質だからな!
あのトレーナーの可愛い姿を想像しながら、アタシは学園を走り回る。あんな可愛いウマ娘、他が放っておく訳がないよな。
(安心しろよトレーナー)
このゴールドシップ様がしっかり守ってやるからよ。
そしてレースでも魅了して、しっかりと釘付けにしてやるからな。ふふっ、面白くなってきたぜ!
最終的にはゴルシちゃんの嫁にしてやる!
「ゴルシちゃんの幸せ計画開始だなぁ!」
ゴルシは結構重い