そうして夜は明ける   作:moco(もこ)

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本日は夜22時頃にもう一回投稿予定です。
全14章、明日以降毎日22時投稿予定。




 

「……夜って、嫌いだな」

 

 徐々にその青色を濃くしつつあった空を見上げながら、彼女がぽつりと呟いた。

 もう数刻もすれば、こうやって彼女の横顔を見ることもままならない闇夜へと包まれる。

 

「皆と一緒にいても。ふとしたときに、本当は今、私はこの暗い海の上でひとりっぼっちなんじゃないかなって、錯覚することがあるの」

 

 ずっとずっと、一緒だった。四人でいることが多かったけれど、とりわけ俺と彼女はよく行動を共にしていたから。だから他の二人がいないときにふと弱音をこぼして貰えるくらいには、俺は頼りにされていたのだと思う。

 

「──なぁ、手を繋ごうぜ」

 

 だから彼女が不安そうにしていたら、俺はよくそれを吹き飛ばすように笑ってやった。決して自分は勇敢でも強くもないけれど。こうやって彼女のために強がっている自分は、悪くないと思っていた。

 

「……?」

「なーんも見えなくなる前にぬくもりのおすそわけ」

「えーっと」

「あ、なんだよ、その顔」

 

 俺一人だけじゃあ、全てを飲み込む闇夜に立ちすくんでしまうのだとしても。彼女のためなら、例えから元気であったとしても強くなれる。

 

「よーく覚えとけ」

 

 だから俺は彼女のそばにいることが好きだった。彼女を含んだ皆でわいわいと騒ぐのが好きだった。

 

「例え夜になって見えなくなってもさ。俺はずっと、そばにいるから」

 

 ずっとずっと。ただ、漠然とこういう日々が続くのだと思っていた。いや、違うな。こういう日々が続いて欲しいんだと、願っていた。

 

「な」

 

 ただ。ただ、それだけだったんだ。

 

 

 主機を落としてざり、と秋に差し掛かるというのに照り返しの強いコンクリートを踏みしめる。

 

「……はぁ」

 

 それと同時に、ようやっと揺れることのないしっかりとした大地に足をつけられたのだという安堵の息がこぼれ落ちた。

 海風で少々べたつく髪をかきあげながら、ついさっきまで護衛していた船団に視線をやる。安全海域における船団護衛。滅多なことはないとは聞いていたけれども、それでも初めての任務、そして水中聴音機なしの目視での敵潜水艦への警戒というものは、勝手がまだわからないことを差っ引いても中々に大変なことだった。おまけにそっちにばかり注意を払って隊列から外れかけてしまうこともしばしば。無事に任務を終えたとはいえ、反省すべき点はいっぱいだな、とこっそりとため息をつく。

 

「おーい、艦娘さん」

 

 仲間を待っていると、ちょうど荷下ろしを始めた補給艦から一人の年若い男性がこちらに足早にかけてきた。

 ──艦娘。数十年前に突如として現れた深海棲艦という謎の存在。当時の人類はそれに対抗するすべもなく、またたく間に制海権をやつらに奪われ、怯える日々を過ごしていた。そんな中、一縷の希望の光が人類に差し込んだ。

 

「今日はありがとうございまッス」

「あ、いえ」

 

 差し出された手を握り返すと、彼はにかっと笑って言葉を続けた。

 

「俺、今回初めて補給艦乗ったから正直深海棲艦にビビっちゃってて」

「はぁ」

「ていうか何時間も海の上に立ってて疲れないんスか?」

「慣れているので」

 

 ただし今までは演習、演習の毎日で、今回ほどの長期航海は初めてだったのもあり、若干その疲れはあるということは黙っておいた。

 艦娘。深海棲艦に対抗し得る唯一の存在。年若い少女に艤装と、艦魄(かんぱく)と呼ばれるかの大戦時に活躍した艦艇の付喪神を封じた霊珠を身につけさせることで艦艇の知識、力を借り受け戦う存在。そんな存在であるから、民間の人からはこうやって期待に満ちた眼差しを向けられることは多い。そうしてそれを無碍にできるほど、自身は冷酷でもなかった。

 

「艦娘になると髪の毛とか目の色が変わるって本当なんスねぇ」

「え?」

 

 人懐っこい性格なのか、あれやこれと質問を続けていた彼はふとまじまじと私の髪の毛を見てそう呟いた。

 

「船の上から見てて思ったんスよ、きれーな銀色だなぁって」

 

 へへ、と彼が笑うと、少し離れたところでで荷下ろしをしていたおじさんがサボってないで働けー! と怒声を上げた。

 それに慌てて駆け出そうとした彼は、ふと振り返って、

 

「今日、艦娘さん達に護衛してもらえてホント心強かったッス! それだけどうしても言いたくて!」

 

 とつけ足して持ち場へと戻っていった。

 

「……地毛、なんだけどな」

 

 その背中を見送りながらぽつりと呟く。確かに艦娘になると髪の色が変わる。日本人とは思えぬような青、赤、色とりどりの髪色を持つのが艦娘の一つの特徴で、それで民間人に当たりをつけられて声をかけられることもしばしば。だから彼が勘違いをしたのもしょうがないと言えばしょうがなかった。

 

「ナンパかい?」

「わぁ!?」

 

 いつの間にか後ろにいた隼鷹さんに耳元でそっと囁きかけられ、思わずその場を飛びのく。

 

「初任務にしてナンパ受けるとはやるなぁ」

「そんなんじゃありません!」

「誤魔化すなって。こういうのから結婚まで繋げるやつも結構いるんだぜ〜?」

 

 うりうりと頭を撫でられたので思わず振り払って抗議の声をあげる。

 

「それだったら隼鷹さんのがモテるんじゃないですか、美人なんだし」

「……野分」

「お酒抜いて黙ってれば、ですけど」

「お前後で屋上な」

 

 今度はこめかみをぐりぐりと攻撃され悲鳴を上げていると、遅れて上陸してきた響が軽く首を傾げながら声をかけてきた。

 

「初任務でぐったりしてるかと思ったけど。野分は結構タフだね」

「響、見てないでこの人どうにかしてっ……!」

「あー傷ついちゃったー、かわい子ちゃんにでも晩酌してもらえないと元気出ないなー」

「いやだ、面倒くさい」

 

 ──横須賀鎮守府所属、陽炎型駆逐艦十五番艦、野分。それが、今の私の名前だ。

 

 

 呉鎮守府、連合艦隊司令長官室。そこでは、日頃から人相が悪いと噂される呉鎮守府の提督がイライラしながら書類と向き合っていた。

 

「艦娘が足りねぇぞ、霧島ァ」

 

 書類を脇にどけ、どかっと足を執務机に放り出してガンを私に飛ばす彼の様子などなんのその。

 

「そうですね」

 

 長年秘書艦を勤めていた不知火さんが抜け、新しく秘書艦としてすえられてしまった哀れな被害者である私はただ淡々と答えた。

 

「駆逐、駆逐だ。駆逐が特に足んねぇ」

「物資補給が追いついていませんね」

「横鎮のアイツはなんて?」

「こんなんで回せるとお思いか、と。泣いてました」

 

 横須賀鎮守府の提督は、その海上護衛総司令長官という肩書きが示すように主に補給艦の護衛などの護衛任務、及び国全体での資源管理などを担っている。呉鎮守府は戦線を切り開く攻撃の要。それに対して横須賀鎮守府は防御の要といっても過言ではない。過言ではないのだが、攻撃は最大の防御なり、な思想が色濃く残っている軍上層部の影響もあってか、どうにも杜撰に扱われることが多い。

 

「思わねぇな。でも回せっつとけ」

「私にトドメをさせと?」

「秘書艦ってのは提督の代わりにヨゴレ仕事をするモンだろ」

 

 はっとこちらを小バカにした態度に一々腹を立ててはいけない。これがこの男の通常運転である。

 

「……一年くらい前か。あンときの大規模輸送作戦で結構な数の駆逐艦が食われたのが痛ぇな」

 

 煙草に火をくべ、白煙を吐き出しながら彼が呟く。その作戦はかの大規模作戦を辛くも勝利でおさめ、ただでさえ疲弊しきっていた我々に追い打ちをかけるには十分な、苦い思い出の残るものであった。

 

「ただでさえごっそりと減っていたのに、さらにその三割はもっていかれましたからね」

「候補生が艦娘になるまで半年。そこからベテランとして活躍できるまで数年。今の主力は、圧倒的に新しい」

 

 煙草をはじいて灰皿に灰を落とす。その灰皿にはこんもりと吸殻がたまっていた。

 カチン、カチンとジッポライターの蓋を鳴らしながら窓の外に視線を移して彼が口を開いた。

 

「……アイツ」

「はい?」

「覚えてるか、いっちょまえにヴァイオリンなんかこんな場所に持ち込んできたアイツ」

「ああ」

 

 その言葉に軽く頷く。ここ、呉鎮守府は所属艦娘数も多ければ、その入れ替わりも激しい。そんな中、ヴァイオリンと言えばあの子、というくらいちょっとした有名人だった駆逐艦の女の子が昔いたのだ。彼女が演奏をすれば、いつのまにか大勢の人々が立ち止まって聞き惚れる。その性格から多くの人に慕われ、そして艦娘としての能力的にも頭ひとつ抜けていた。

 

「あの大規模作戦を生き延びたってぇのにあれで沈むとは思ってなかった」

「珍しいですね」

「あ?」

「死んだ者に興味はないのかと思っていましたが」

 

 いつの間にかもう一本に火をつけていた彼を一瞥し、そう言葉を続けながら思いっきり窓を開けて換気をしてやった。少々肌寒い新鮮な空気が執務室に流れ込み、後ろから舌打ちのような音が聞こえたが気にしないことにした。私は煙草の匂いが生来好きではない。ある程度我慢はできても限度はある。

 

「使えるモンはできるだけ長く使うのが俺のモットーだ、勝手に死にやがって」

 

 それが死者に向ける言葉か、と思っても口には出さない。艦娘をモノとして扱うここ、呉鎮守府の連合艦隊司令長官を務める彼にとってはこのくらいの暴言は日常茶飯事だ、一々突っかかっていたらキリがない。そんな彼に若干慣れてきてしまっていた自分に嘆いていると、苛立たし気に彼が舌打ちをした。

 

「本当にめんどくせぇ、縁ってやつは」

 

 その言葉の意味するところはよくわからない。と、言うかこの男の言葉は話半分くらいで流してしまうのが一番だ。だから彼のひとり言を無視して、書類に視線を落とした。

 ああ、そういえば。あのあと横須賀へと転籍していったあの子は元気だろうか。

 ──頬を伝う一筋の涙。彼女の、悲痛な心の叫び声。

 駆逐艦が揉めるのなんて日常茶飯事だ。だから秘書艦が仲裁に入ることだってよくある、だけれども。

 ああ、この子はもうだめかもしれない。そう思っていたら、あの事件の後すぐに横須賀へと飛ばされてしまったのだ、あのヴァイオリンケースと共に。

 中々に後味の悪い出来事だったものだから、私もよく覚えていた。だから、せめて今少しでも彼女が元気になっていればいい。そう願いながら書類をめくった。

 

 

「……駆逐が、足らない」

 

 横須賀鎮守府、海上護衛総司令部、長官室。その執務机に腰掛けながら、僕はキリキリと痛む胃を押さえてうめいた。

 

「駆逐だけじゃありませんけどね」

 

 それを受けて秘書艦である大淀がさらりと毒を吐く。つい最近また有能な艦娘を自身の押しの弱さのせいで取られてしまったことを根に持っているようである。

 ここ、横須賀鎮守府は海上護衛における拠点だ。ここに所属する艦娘は駆逐艦、軽巡洋艦、軽空母などが中心で、彼女らの主な任務は輸送船の船団護衛だ。

 

「……うぅ」

「いい加減競り負けるのどうにかなりませんか提督」

「ぬ、ぬぬ」

「提督がそんなんだから、こういう娘達ばかりが回されるんです」

 

 安全海域内に深海棲艦が潜り込んでしまったちょっとした事件を経て、ようやっと重要な資源輸送航路である南方資源航路への機雷敷設線と電探哨戒網の構築が許され、ついでにいうと対潜部隊の結成と共に水探なども雀の涙ほど回されるようになり、少しばかり報われてきたのでは、と思えなくもない日々を過ごしていたわけなのだけれども。未だ、人手不足は解消されていなかった。

 はぁ、とため息をついて大淀が手元の資料をぱしぱしと叩く。その資料には、前線で活躍するのが難しいと判断された旧型の娘、および精神的ストレスで第一線で働くのが難しいと判断された娘達が載っていた。別に、それ自体はいいのだ。大淀の意図するところも、決してその娘達が落ちこぼれであるというところではない。

 

「我が鎮守府が影でなんと揶揄されているかご存知ですか?」

「……存じております」

 

 あ、まずい、余計胃が。思わず執務机の下で腹部の服を握りしめていると、それを見た大淀がまたはぁ、と一際大きいため息をついた。

 

「呉の予備艦隊、お飾り艦隊、腰抜け艦隊、廃棄処理場(スクラップ)

「……」

「まぁ、呉の彼はそれをうまく利用して少し問題がある程度の新型艦の娘を回してくださっているので、悪いことばかりではありませんが」

 

 そうなのだ。僕にとっても、大淀にとっても横須賀鎮守府は大切な場所だ。だからこそ、この場所にそんなレッテルを貼られてしまっていることが耐えられないのだ、彼女は。

 

「……那珂ちゃんが広報活動頑張っているけど」

「それも戦えない腰抜けのする仕事だと揶揄する声が」

「なんで上は脳筋ばっかなんだ……」

 

 補給線の確保、維持。全国的な資源配分に国民に対する広報活動。どれも大事なことなのだ、ただちょっと仕事が地味で、あまり軍っぽい仕事でないだけで。

 

「あと呉から言伝てが」

「聞きたくない」

「もっと回転率上げろ」

「だったら艦娘をおくれよ!!」

「対敵潜専門部隊が発足したときは、もう少し私達の扱いもマシになるかと思いましたが……気のせいでしたね」

「いやでも水探が微々たる量だけど回されるようになったのは大きいよ……海上護衛部隊全体の水探技量底上げにもつながったし」

 

 商船護衛での最大の敵は潜水艦だ。次点で艦載機でのヒットアンドアウェイが可能な空母。思えば空母を護衛に使う、と提案したときも非難轟々雨あられだった。胃薬をかみ砕きながら、ようやっと軽空母を護衛に組み込むことを許され、少しずつ商船被害を抑えることができるようになってきた。大淀が隼鷹を引き抜いてきたのも大きい。大淀は不当な扱いを受け燻っている娘達のデータを集め、その才能を見抜いてうまく引き抜いてくる。他の場所で落ちこぼれと揶揄された娘達は、今や横須賀の大事な大事な仲間達だ。

 

「以前は駆逐艦の丙適性はほとんど有無を言わさず落としていたんですけれどね」

「それだけ数が足りていないということだね。知ってるけど」

 

 パラパラと今年配属になった娘の一覧表を眺めながら大淀に相槌をうった。艦娘には、適性という名の格付けが与えられる。艦艇の付喪神との魂の相性によって定まるとされる適性は、上から甲、乙、丙、丁と分類されている。高ければ高いほどよしとされ、さらに甲適性などは十数年に一度の人材と言われるほどに重宝されていた。だからといって、適性が低いから弱いということでは必ずしもない。現にうちの軽空母の中心にいる隼鷹は丙適性だ。ただ一般論として適性が低ければ艤装反応速度が低下するといわれており、適性が高い子の方が歓迎されるのも事実。それをさっぴいてもどうにも丙適性の子は扱いが不遇だったり差別を受けやすかったりするのだけれども。だからこそ能力的には有能だった隼鷹をうまく引き抜けた。

 基本的には重巡以上の大型艦なら貴重艦種であるという建前のもと、ある程度の丙適性はいる。空母だって本当は艦載機の扱いが他の艦種より複雑であるという理由で乙以上が好ましいとはされているが、隼鷹のようなパターンもある。が、駆逐艦となると話は別だ。駆逐はただでさえ沈みやすい。候補生が艦娘になるまで半年程度、それまでにかかる経費、沈んだ際の艤装などの損害費、そういった諸々を考えると、駆逐艦の丙適性はリスクしかないと言われており、今まではほとんど採用していなかったのだ。

 

「……あんまり、芳しくないね」

「ええ、なまじ表面上の戦果はいいだけに」

 

 人は力。人事はいつだって流動的で、新人が常に入ってくること、そしてその新人がベテランになり戦力を増強し、そして引退艦が新人の指導をするというサイクルを保つことは長期的な戦略では重要だ。ただ今現在の特に駆逐界隈は一年前の作戦での大規模な被害の影響もあり、ベテラン層が手薄なのだ。

 

「あまり、この子に無理はさせたくないんだけれど」

 

 とさ、と書類を置いて思わずぼやく。今期うちに配属された丙適性の駆逐艦。陽炎型とはいっても無茶はさせたくない。させたくはないのだが、状況がそれを許さない。

 

「またいつ鎮守府総力を上げた作戦が始まるともしれません。我が艦隊は守ることにかけては他より抜きん出ていますから、お呼びもかかるでしょう」

「わかってる、わかってはいるんだ」

 

 じっくり時間をかけて一人前に、などと悠長なことは言っていられない。切り開いた海域での前線構築。そうしてそれが落ち着こうが落ち着くまいが、いつE海域と呼ばれる強力個体を中心とした敵勢力がどこに出現するともわからない。とにかく、今は本当に足らないのだ、人が。

 

「やるべきことを、やりましょう。大丈夫です、あの子は人に恵まれています」

「うん。そう、そうだね」

 

 彼女の先輩にあたる第六駆逐隊の皆は面倒見がいいし、隼鷹や那珂も気を配っている。それに。

 

「彼女が入ってきてよかったこともあるし。せめて、前向きにいこう」

「それで胃薬に手を伸ばしていなければ少しは格好がつくんですけど」

「……こればっかりは、許してくれないかい」

 

 そうやって苦笑いをこぼすと、はぁ、と大淀がため息をついた。

 

 

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