※
今回の旗艦である大井さんが、ぐるっと辺りを見回してため息をつく。
「……本当、寄せ集めって感じね」
型もばらばら、合同訓練を行ったこともなければスクリューの回転整合すら行っていない面々を見てため息をつく。そうして全員が全員万全じゃない。泣き言のひとつくらい言いたくなるだろう。
だけれども、大井さんはそれだけ言うと、きっとこちらを睨むように見回しながら言葉を続けた。
「回転整合をとるための艦隊航行をしてる時間はないわ。だから複雑な艦隊形は避けて単縦陣でいくわよ。それから駆逐水鬼に万が一接敵しても夜明けまでには空母の攻撃圏外に退避できるくらいで引くから」
大井さんは今までの誰よりも理詰めで戦う人のようだった。木曾さんのように私達駆逐艦を鼓舞するような言葉はかけない。それでも冷静に、淡々と理論的に作戦を語る彼女にはある種の安心感があった、信用に足るだけの安心感が。
なるほど、軽巡洋艦とはかくあるべきなのかもしれない。それぞれ個性はあれど、こと駆逐艦の信頼を勝ち取る才を持つ。そういう人達が軽巡洋艦として選ばれるのだろう。
「それから、未分類人型個体に接敵した段階で作戦は中止して帰還する」
「帰還、ですか?」
「ええ。あいつとやりあうと艦隊ばらっばらに分断されて滅茶苦茶になるのよ。未だ行方不明の娘もいるし。だからあれと会った段階で各人、生き残ることを前提に撤退戦へ移行すること」
未分類人型個体に接敵したことがない子もいたので軽く説明しながら大井さんが軽く舌打ちする。
「あいつのせいで中々駆逐水鬼のとこまで辿り着けないのよ。まるで門番ね」
「門、番」
大井さんのその言葉に舞風がちいさく呟く。ちらり、と彼女の方を見やったものの、その後彼女は黙り込んでしまった。
「いい、やるからには最大戦果を目指す、だけどそれは長期目標を視野に入れてこそよ。目の前の戦果にかまけて沈んでみなさい。人手が足らない中人を一人失うということが、どう今後に影響するのか。今まさに人手不足で苦しんでいる私達の状況を鑑みた上で行動すること」
守ってやるなんて言わないわ。そう彼女は言っていた。確かに彼女はそんな言葉は一言も発さなかった。
それでも彼女は理詰めでもって、言外に死ぬな、と私達に伝えてくれていた。
※
海に出たその瞬間から、そんな気はしていた。
『──各々近くにいる奴と連携取りなさい! 一対一、多対一に絶対持ち込まれるんじゃないわよ!!』
またあいつは来るんだろうな、という予感は。
未分類人型個体、舞風曰く嵐は前回同様、単縦陣で進んでいた私達を分断するように突っ込んできたのだ、あろうことか煙幕をたきながら。そうしていたずらに一人に絡んでは離脱、というようなことを繰り返し、気がつけばその煙幕による視界不良のせいで皆バラバラに動き始めていた。
煙幕の残り香から逃れるように抜け出すと、そこには嵐が待っていた、と言わんばかりに待ち構えていた。
『■■、■■■?』
だから、何言ってるかわからないんだってば。息を調えながら、奴から目を逸らさずに周囲を素早く確認する。離れたところに舞風がいた。どうやら嵐は私達と個人的にやり合いたいみたいだった。いや、というよりかは。
『■■■、■■──!!』
びりびりと殺気が空気を伝う。
ああ、違うな、違う。あいつの明確な敵は、多分“野分”だ。そんでもって舞風の目の前で沈めてやろうとか、そんな感じじゃない?
嵐は舞風への牽制弾をいくつか撃ち込んだのち、こちらへと舵を切りながら、明確な殺意でもって砲を向けてきた。
その寸前に、反射的に舵を切る。すると、自身の左すれすれへと嵐の砲弾が流れていった。落ちた砲弾で海面が荒れ、足が持っていかれそうになる。それをぎりぎりのところでこらえて、主機の回転数を上げながら自分を叱咤するように吠えた。
「絶対に、足はとめるな!!」
速力は攻撃力であり、防御力である。純然な防御力を有しない駆逐艦は、誰にも追いつけないその足でもって攻撃も防御も何倍にもできるのだと、何度も何度も言い聞かされてきた。思えば、那珂さんは敵を倒すことより私自身が生き延びるための技術を伝授しようとしてくれていたのだと思う。
──敵の動きを見て動いてたら、野分ちゃんは死んじゃうよ。意識する前の無意識。先の先の行動を直感で掴み取らないと。
「──左だ!!」
さらに増速させながら、左へと舵を切る。艤装をかすめ、すれすれのところを砲弾が落ちてゆく。まだだ、まだ遅い、思い出せ、那珂さんとの訓練を!
艤装の反応速度が他の艦娘より遅いというのなら、判断速度を上げればいい。思考することで時間をロスするのならば、そのもっともっと前。本能的な直感で正しく生き残る道筋を選び取れ、それが、それくらいしか。
『野分ちゃんは脳筋だよね。──でもだからこそ、丙適性として合ってると思うよ』
今の私には、できることはないんだから!!!
波に乗り上げ、体が跳ねる。着地点を勘で選び取って前へ。例え被弾しようとも、波に足が持っていかれそうになろうとも前へ前へと進み続ける。最大戦速はとっくに越えていた。それでも知ったことか、弱い私は、せめて常に限界を破り続けることくらいでしか生き残れないんだ!
ぜ、と息を切らせながら砲を嵐へと向ける。砲撃は二の次だ、そんなところまで思考を割いていたら死ぬ。速力と偏差でこれくらいと辺りをつけて散発的に撃っては逃げ続ける。近、近と落ちて勘で次を撃つと今度も近、近。へったくそだな! と自分で自分を罵倒しながら砲から手を放して全力で逃げる。ただそれをひたすら繰り返した。
嵐は執拗に、私だけを、いや、“野分”だけを狙ってきた。どんなに舵を切り、針路を変えたところで同航戦にもってきて砲弾をぶち込んでくる。嫌な感じがするところを勘で避ける、多少のかすり傷は気にせず、ただただ生き延びるための道を選び続ける。何度も、何度も訓練で繰り返し磨いた感覚を総動員して砲弾の雨で荒れ狂う海面を限界を超えて駆け抜ける。
「っと、に、なんでこんなに恨まれてるんだ、野分!」
必死に逃げながら、自身の艦艇に文句を言いながらなんとか背部のアームを操作し、魚雷発射管を操る。敵の針路予測、倒そうとするな、やられて嫌なことを考えろ──!
次弾装填が完了した音が鳴り響く。その音を聞くや否や、一番、二番、そして少しの時間をおいて三番、四番。圧搾空気の開放により魚雷が放たれる。海面に潜り込んだ魚雷は調停深度まで浮上したのち、赤く染まる海に
「ぐっ!!」
直後、かわし切れなかった砲撃に魚雷発射管がかすり、破片が飛び散る。顔を庇うように左腕を動かし、目をやられないようにしながら右に舵を切る。そうして体勢がととのったところで、魚雷の行く末を見やった。酷く単調で、かわすのも容易いつたない攻撃。それを馬鹿にするかのように嵐は余裕をもった動きで回避行動に移る。
そうだ、それでいい。こちらを馬鹿にしてくれればくれるほど、私は動きやすい。
まだだ、まだ足りない、他にできることはなんだ。やられたら嫌なこと。味方から意識を逸らし、油断を誘う私にしかできないことは──。
砲を握りなおし、背部アームで今度は右の砲塔を操作しながら嵐の方に向けてがむしゃらに砲弾を打ち込む。めくら撃ちもいいところだ、もちろん当たりなんてしやしない。嵐の周りに無数の水柱が立ち昇る。
『■■■!!』
嵐が苛立たしげに吠える。私の攻撃が鬱陶しいのか、へったくそな雷撃、砲撃にイラついているのか、はたまた両方か。一際大きな不協和音が耳に響いて、あいつの砲がこちらを捉えた時。
『──ううん、上手だよ』
この戦場に似つかわしくないほど静かな舞風の声が、無線で届いた。
『あたしの魚雷の誤作動も見越して、わざとやってくれてるもん』
瞬間。爆発が起こる、嵐がよろける。そうして狙いがそれた砲弾はあらぬ方向へと飛んでいき、荒れ狂った海面へとのまれていった。
ああ、やっぱり舞風は強いや、と息を切らせながら思わず笑ってしまった。そう、私の相方はこんなにも強い。だから私は、全力で囮に専念することができた。
──九三式酸素魚雷は、
「はぁ? あんた、陽炎型の利点殺す気!?」
旧式の魚雷を持っていきたいと大井さんに進言した時、それはそれは猛烈に反対された。それはそうだ。陽炎型は最新型の駆逐艦。装備は旧式なんかよりも断然優れたものが配備される。それは、威力が強く、雷跡が見えにくいという利点をもった九三式酸素魚雷にしてもそうだった。
「陽炎型の利点は殺すかもしれませんが、きっと大井さんが最大戦果を得るためには私はこっちを持っていった方がいいと思うんです」
そういうのは、きちんと当てられる人が持つべきだ。旧式装備を馬鹿にしているわけではない。弱いからと自暴自棄になっているわけではない。私は陽炎型ではあるけれど。私なりの、野分として戦うならば。
「見えない魚雷はうまい人が使ってこそです。だから私は、下手くそでも扱いやすいこちらを使いたいです」
「……どういうこと?」
「見える魚雷は、避けられる。だから、あえてそれで敵の針路を妨害します」
「……」
「相手は駆逐艦だから。当てにくいですよね、魚雷」
「そうね」
「なら私は、皆が当てやすくなるように敵を誘導します」
きっとこれが最善手であると、信じて疑わなかった。
「……あんた、直属の上司、誰?」
「? 那珂さんです」
「ああ、なるほどね」
じっと私の言葉を聞いていた大井さんは、ふとそんなことを尋ねてきた。そうしてなぜそんなことを聞いてくるのだろう、と不思議に思いつつも答えると、合点がいったとばかりに、
「そういう搦め手、すっごい那珂っぽいわ」
とだけこぼして許可してくれたのだ。
──見える雷跡による敵の誘導。衝撃尖を過敏に設定することで生じる、航跡波などの衝撃で魚雷が目標に命中する前に自爆する早爆の可能性と、それにより仲間の雷撃を察知される可能性。それを見越した上で、至近弾でそれをカモフラージュする。
舞風のことが見えていたわけじゃない。逃げるのに必死で、そんなところまで思考を割くにはあまりにも経験も、技量もなにもかもが足りない、だから。だから私は、舞風の強さを信じて囮に徹することにした。
『のわっちー、陣形崩れてるよ』
『え!? あ、本当だ』
艦隊全体の動きを見てサポートに入るような視野の広さ。百発百中とは言えないものの、当てるべきところで当ててくる勝負強さ。
ずっと、ずっと見てきた。私なんかよりもずっとずっと先を歩んでいる彼女の後姿を、彼女のその強さを。だから、こっちの意図を絶対にわかって動いてくれるって信じていた。
げほ、と思わずむせる。酸素が、圧倒的に足りない。喘ぐように息を吸い、そうして悲鳴を上げ続ける体に鞭を打ち、どうにか之字運動を継続しながら嵐と舞風の様子を見やる。嵐は割れた面を押さえながら舞風へとがむしゃらに砲弾を撃ち込んでいるところだった。それを予見していたかのように、舞風は通常の操舵ではありえないような弧を海面に描きながらかわしていく。
──あ。
滑り込むように波を蹴立てて綺麗な半円を描いた終着点。そこで舞風はいつの間にか落としていたのであろう錨を回収しながらすい、と嵐から距離を取った。
『──あと、舞風ちゃんとか』
ああ、本当に。舞風は、強いなぁ。
一体いつになったら私は彼女の背中に追いつけるんだろう。こうやって海の上で綺麗に踊る彼女を見る度に。私は、憧憬と焦燥感がないまぜになったような気持ちに襲われながら、それでもそれに追いつきたいって、もっともっとこの姿を見ていたいって、いつだって思ってしまうのだ。
嵐の動きが、ゆっくりになる。艤装は先ほどの爆発で至る所から火の手があがり、黄昏時で真っ赤に染まるこの南の空、海の中で、嵐は一際赤く燃えながら、ついにはその足を止めた。
──ぽたり。
『──■ン■、オ■■■』
割れた面から、それを押さえる指の間から、ぽたり、ぽたりと血が滴る。
『ナ■■、■■デ■ァ!』
ざりざり、ざりざりと。耳障りな、おと。
ぽたり、ぽたり。奴の顔から流れる血は止まらない。その手で覆い隠された、あいつの表情も、何を言っているのかも私にはわからない。
だと、言うのに。
舞風が、嵐のその様子を見て動きを止めた。
──ぽたり。
ああ。とめどなく流れる血が、まるで涙のようだ。そうして、そいつの口からこぼれるのはこんなに耳に不快に届く不協和音だったっていうのに。
「──なんで俺達はこっちで、お前らはそっちなんだよ!!!」
最後の言葉だけは、幻聴にしては、あまりにも。あまりにもクリアに、悲痛に私の耳にも届いたのだった。
嵐が、舞風を睨みつけながら砲を向ける。舞風は、そんな嵐の様子に微動だにできずにいて。
『──きっと野分ちゃんなら、最後まで生きることを諦めないでしょ?』
──そうして私は、考えるよりも先に、弾けるようにその場を駆け出していた。
※
踊りが好きだった。音に身をゆだねて体を動かすという行為自体が楽しくてしょうがない。だから小さい頃から、とにかくなにかしら音楽が聞こえてくると踊りだしてしまうような落ち着きのない子供だったから、それならば何かしらの教室に入れてしまえば少しは落ち着くかしら、と両親に入れられたのは近所にあったアイスダンスの教室だった。アイスダンスと踊りって結構違うと思うんだけど、ダンスってついているし同じでしょ、という感覚でそこにあたしを入れた両親はさすがあたしの両親としか言いようがない。
「君と僕の違いはなにか。わかるかい?」
「んっとー、先生の方が指先まで綺麗!」
あまり人気のない教室だったのもあり、あたしの先生をしてくれた彼は結構な時間をあたしに割いてくれていた。あたしと先生が滑っているビデオを見せられて静かにそうあたしに問いかけた彼に元気よく答えると、彼は少し嬉しそうに目を細めた。
人気はない教室だったけれど、それでもあたしは先生が氷上で踊る姿がとても好きだった。
「なんで僕の動きが綺麗に見えるか、わかるかい」
「ん? んー?」
首を捻るあたしに笑いながら、先生が目の前で振りつけの一部を披露する。ああ、やっぱり綺麗だな、と彼の指先を追うと、彼は笑ってその秘密を教えてくれた。
「いいかい、人は一番ゆっくりと動くものに目がいく」
肩、肘、指先、と動きの支点をひとつずつ指さして、丁寧に、ゆっくりとした声音で。
「だから体に近い部分から素早く動かしていくと、最後に目に残るのは指先になる」
「へー!」
小さかった私に対してもまるで大人に対応するかのように丁寧な態度で教えてくれた。
「重心を意識してごらん」
「重心ってなーにー!?」
「体重をどこにかけると一番綺麗に滑れるのかを探してごらん。こういう風に」
そう言って気をつけの状態で微動だにせず立っていた先生は、すぅっと後ろ向きに静かに滑っていった。
「えっ!? なんで!?」
「正しい位置に体重をかければ、あとは氷とブレードが僕らの体を運んでくれるんだよ」
あたしが思っていた踊りとは違ったけれど。アイスダンスの練習は新発見の毎日で、あたしはこの教室に通うのが楽しくてしょうがなかった。
「力任せに動いていたって、綺麗には踊れないよ」
元々落ち着きがなかったあたしを先生はただたしなめるのではなく、綺麗に踊るために何を少し我慢すればいいのかを少しずつ教えていってくれたから。
「綺麗な踊りには、ゆっくりした動きもいっぱいあるんだ。そうしてそのゆっくりを綺麗に見せるには、じっとするための我慢が必要だ」
だから、あたしも少しずつ。今でも落ち着きはない方だと思うけれど、それでも以前に比べれば大分落ち着いた動きをするようになっていった。
最初は、ただ踊れればよかった。だけど、そうやって少しずつじっと我慢することを覚えていくと、今度は周りが綺麗だね、って笑ってくれたから。だからあたしは、もっともっと踊りが好きになっていったんだ。
『舞風は綺麗に航行するよね』
でもそんなの、生死のやり取りをする海の上じゃ、なんの役にも立たない。海上でどれだけ綺麗に踊れたって、なんの意味もない。
なんの取り柄もない私は、ただただ相方であった野分にくっついていって、そうして最後には彼女の足を引っ張って殺してしまった。
──弱いあたしは、最後にすがってしまったの。そんなの無理なの、わかるのに。彼女がこちらに駆けつけてしまったら、きっと彼女も死んでしまうことがわかっていたのに。
弱いのに、出しゃばってしまったから。だから、迷惑をかける。だから、分相応な場所で、私のやれることをやるしかない。あたしは、野分みたいにはなれないから。贖罪の方法すらわからないあたしは、ただただ、おこがましくも彼女を失った喪失感を抱えながら、任務をこなしていたのだ。きっとこれが、国に貢献しているのだと信じて。これが、少しでも贖罪に繋がればいいと思いながら。
『──仲間なら、助けなきゃ』
だから、本当を言うと、彼女に少しの苛立ちを覚えていた。丙適性という落ちこぼれなのに、どこまでもどこまでもまっすぐに歩んで行ける彼女に。
ねぇ、弱い子が出しゃばるとね、迷惑なんだよ。そうやって。
『大事な、仲間なら』
そうやって、まっすぐと進んでいけるのは。一部の、強い人だけなんだよ。
多分、きっと。あたしは、そんな彼女にずっと、少なからず苛立ちを覚えていたのだと思う。弱いくせにそうやって強い人みたく前を向いて歩んでゆける彼女に。彼女の姉と違って、全然頼りないのに。
「──のわっち!!!」
そうやってまっすぐ。自分の信じたもののために躊躇いもなく手を伸ばせる彼女が。心底煩わしくて、眩しくて、うらやましかった。
※
『ナンデ、オ前ラハ』
彼女の、嵐の声は、ざりざり、ざらざらとした不協和音に紛れて耳に届いていた。それこそ耳をふさぎたくなるような不協和音に紛れて。
──彼女と、正面から向き合うのが怖かった。こちらに敵意を向けてくるかつての仲間と。変わり果ててしまった、大好きな仲間と。
『ナンデ、ナンデサァ!!』
ざりざり、ざらざら。脳に直接響くかのような、得も言われぬ不協和音。その奥で、どうしようもない苦しさを吐き出すかのように響く彼女の声。それはまるで、駄々をこねる子供のようで。
「──なんで俺達はこっちで、お前らはそっちなんだよ!!!」
最後に届いた、彼女の悲痛な叫びを聞いて、理解した。
ああ、嵐も同じだったんだ。あの頃にずっと囚われ続け、逃げ出すことができずにいる。
──最期に野分にすがることしかできなかった弱いあたしは、ずっとあの時から抜け出すことができずにいる。どうせ、なにをしたって結局弱いあたしは大切な人の足を引っ張ることしかできないんだと。そんな自分が嫌で、そんな弱いあたしを知られるのが嫌で、それを誤魔化すように笑うことしかできない。そうやって笑っているうちに、いつの間にかどんどん心は渇いてゆき。そうしてこの渇きをどうすればいいのかすらわからず、諦めてそれすらも誤魔化すように笑う。そんな自分が、大っ嫌いだった。だから。
だから、ずっとずっと、目を逸らしてきたのだ。自分自身からも、そうして、こうやって助けを求める、大切な仲間からも。
全てを理解し、後悔するにはあまりにも遅すぎた。体は嵐のそんな様子に微動だに動くことすらできなかった。ああ、本当にどうしようもない。あたしは、こんな場面になってもなにもできないんだって。こんな場面ですら、ああ、これであたしも向こうにいけるのかな、なんてそんなことまで考えてしまったのに。
──なんでこんなどうしようもないあたしをためらいもなく庇いに来るんだ、この子は!
あたしと嵐の間に滑り込むように駆けてきたのわっちは、被弾する最後の瞬間までそれから目を逸らさず、そうして右腕でもってそれを払うような動作でそれを跳弾させると同時に、その衝撃で普段ならありえないほど遠くまで吹っ飛ばされていた。
今まで言うことを全くきかなかった体は、それを見て反射的に駆け出していた。ああ、本当にどうしようもない。あたしは、何度同じことを繰り返せば。
『──歴史ハ繰リ返スンダ。ワカッテンダロ?』
何度、野分の心を、野分自身を殺せば、気が済むって言うんだ。
あたしを庇って吹っ飛ばされたのわっちに駆け寄り、助け起こす。それにかすかにうめき声をあげた彼女に、どんなに救われただろうか。いき、てる。まだ、死んでない。
は、と浅い息を吐いて素早く彼女の状態を確認する。右腕の損傷が目も当てられないほどにひどかった。逆に言ってしまえば、紙装甲である駆逐艦であるというのにそれだけで済んでいることに少なからず驚いた。
──艤装接続時に発生する流動結界の再配分による、ダメージコントロール。それは、強さを与えられた、戦艦や重巡洋艦の人達の中でもさらに限られた者にしかまともに扱うことができない、いわゆる味方を身を挺して守る技だった。
なんで、のわっちがこれを。彼女の艤装をチェックする。魚雷発射管も主砲も軽い破損が見られるけれど、大したことはない。主機も、問題なさそうだった。
「……、か、ぜ」
どうにかこうにか彼女を担ぎ上げると、息も絶え絶えののわっちがうわごとのように呟いた。
「喋らなくていいから!」
「ごめ、で、も……」
主機の回転数をあげその場を離脱しながら、嵐がいた場所を見やる。いつの間にか、彼女は姿を消していた。そうして。
気づけば、ゆらり、ゆらりと他の敵深海棲艦達があたし達を囲うように距離を詰めてきていた。駆逐ロ級、ハ級。軽巡以上の姿がないのは不幸中の幸いだと、しても。
絶望的な状況に思わず言葉を失う。大分流され、他の仲間達からははぐれてしまった。無線は、近距離ならまだしも、長距離だと深海棲艦の制海権ではまともに機能しない。
どう、しよう。この状況に思わず怖気づく。だっていうのに、意識すら朦朧な、あたしに担がれている彼女は。
「あと……は、任、せた……」
なんて、随分無責任な言葉を残して気を失ってしまったのだ。
なんだ、それ。後は任せたってなに? 周りが見えていないから、この絶望的な状況を理解してないからきっとそんな勝手な言葉が出る。
『──舞風は、綺麗に航行するよね』
綺麗に海の上で踊れたって、なんの意味も、ないんだよ。あたしは、あたしはね。
『足引っ張ってばかりだけど。いつか、追いつきたいな』
あなたが思うような。強い人間じゃ、ないんだってば。
ああ、なんてこの子は勝手なんだろう。勝手に囮になって、察してくれと言わんばかりにこちらを振り回す。あんなのは本来連携っていわないんだよ、のわっち。あたしが合わせられたから辛うじてうまくいったんだよ。
後はよろしく、ってなんだ。勝手に庇って、後はよろしくって。あたしに全部丸投げしといて、それでいて生きることを諦めていないかのような身勝手な言葉。
──この子が飛び出したとき、ああ、また繰り返すのかと思った。あのとき“舞風”を救えなかったことを“野分”は後悔しているから。だから、またあたしの弱さがこの子を殺すんだって。だけど、そうじゃない。そりゃそうだ、だってこの子は“野分”のしがらみなんて知ったこっちゃない。この子はこの子の意志でもって、きっといつものように、単純に、素直に。
──これが生き残る最善手だと信じて、私の前に飛び出したのだ。
意識を飛ばしている彼女を抱えなおして、深呼吸をする。
『スピードを出せばいいってものじゃないんだよ』
しゃり、と伸ばした錨鎖を空いている手にとった。
『リンクを俯瞰的にとらえて。どこでどう動けば綺麗に魅せられるのか考えてごらん』
のわっちを抱えているから、いつもよりスピードは出ない。こんな体勢では、砲撃だってろくに狙いをつけられないだろう。──上等だ。
「──海の上は」
観客、審査員の視線。次にどこでターンを決めれば一番美しく見えるだろうか。
──敵深海棲艦の数、五体。駆逐艦ロ級にハ級、eliteも一体混じっている。こちらを見つめるやつらの視線。大丈夫だ、
足を痛めてしまったから、スピードが出せない。ならば、どういう構成にすれば少しでも皆を魅せることができるだろう。
──スピードが出ないのならば、他の手法で砲弾を交わせばいい。加減速を織り交ぜて、錨を使って急旋回すればもっともっと動きにバリエーションが出る。この辺の潮流図だって頭に入ってる、それに乗れば速力を上げられる。それから、それから砲撃は無理かもしれないけれど、虚をつけば魚雷の一つや二つくらいあてられる。このくらいの並行処理なんて、
一度目は、無様にもすがってしまった。二度目は、その弱さから彼女を殺してしまった。なら、ならば三度目は。
「あたしの、リンクだ!!!」
──今度こそ、二人で生き延びるんだ。