そうして夜は明ける   作:moco(もこ)

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拾弐

 

 偶然にも私と同じ野分になっていた妹。そうして偶然にもその妹に駆け寄り、その野分の艤装に触れることで、私は全てを思い出していた。甲適性という特殊な適性ゆえだろうか、無理矢理艤装から引きはがされたことで、私は私自身についても見失ってしまっていたようだった。

 この偶然を、誰かは運命と名づけるのかもしれない。そうかもしれないし、そうでもないのかもしれないし。結局はこんなの結果論だ。ならば私は、私のやりたいようにひた走る。そうして切り開いた道を、誰かが運命というのならば勝手にすればいい。

 

「ね、これ、借りるね」

 

 応急処置を終え、未だ意識を取り戻さない妹に声をかける。できることなら思いっきり抱きついて再会を祝いたいものだったけれども、それは全てが片付いてからのお楽しみということにしよう。

 予備であった野分の神衣を勝手に借り、ついでに洗濯したもののろくに使えそうにない、妹が身に着けていたぼろぼろの神衣の中から比較的状態がマシだったすすけた黄色のネクタイを拝借した。

 見えてるわけがないんだけれど、ひら、とそれを振ってみせて身に着ける。

 

「……大きく、なったなぁ」

 

 時の流れは年頃の女の子にとってとても早い。元々そこまで似てはいなかったけれど、童顔な私に比べ、妹はここ数年で益々な美人さんになっていた。うん、これじゃどっちが姉さんかわかんないな。

 

「目が覚めたらいっぱいお話をしよう。それから……ありがとう」

 

 妹の頭をひとなでして、ちらりと彼女の横で寝ている、同じくまだ意識が回復していない舞風に視線を移す。私が沈んだ後、何があったのかはわからない。それでも、舞風が必死に生き延びようとしてくれていたのはきっと妹のためだっただろうから。

 いつもいつもそうだった。妹は、私のできない、私がやりたかったことを平気でやるのだ。ヴァイオリンだって本当に好きだったけれど、結局私は周りの期待を裏切りたくなくて続けていたところがあった。両親からの圧力が息苦しいこともあった、だけれどもこの子だけは純粋に私の音色を楽しんでくれていたから、だから妹は私の拠り所だったのだ。

 だけれども、大好きな妹だったけれど。それでも、たまにちょっぴり羨ましく思うこともあった。

 私、向いてないなって。そう言って妹はすっぱりとヴァイオリンをやめた。歌だって絶対才能があるのに、嫌いになりたくないから、と誰にも悟られないようにする。その誰にも縛られない心の自由が、心底羨ましかった。

 

『私、姉さんのヴァイオリンが一番好き』

 

 そうして、そんな妹だったから。彼女が紡ぐ言葉に裏なんか全くないのを、私は知っていたから。

 ──だから私はそんな妹に負けないよう、めいいっぱい格好をつけて、この子が尊敬するできた姉でいようと思えたのだから。

 

「あとは、任せて」

 

 ぎゅ、と手袋をはめ直して呟く。

 ここからは私達が頑張る番だよね、ね、野分。

 

 

「……イロモノばっか」

 

 ぐるり、と最終決戦に向かう面子を見回して、旗艦である川内さんがうんざりしたように言葉をもらした。それに時雨が苦笑し、江風が抗議の声を上げる。

 

「イロモノってなンだよー、失礼しちゃうよ、なぁ北上さん」

「話しかけんなつってんだろ。……つき合わされるこっちの身にもなってくれない?」

 

 そうして川内さん以上にうんざりした北上さんが川内さんに八つ当たりをする。

 

「今動ける雷巡が北上しかいなかったんだからしょうがないでしょ、あいつの雷撃とやり合えるのなんてあんたらくらいしかいないんだから」

「一生恨むよ、大井っち、木曾……」

 

 結構、顔見知りがいるものだな。時雨と雪風は言わずもがな。江風も私が呉に着任した当初、彼女が転籍する前に少しだけ言葉を交わしたことがある。なンだ、お前野分の姉貴だったのか、んじゃアイツの代わりに気張らないとな! とからからと笑った彼女に悪い気はしなかったけれど、その後ろで時雨がぼそりと江風の流れ魚雷に気をつけてね、とつぶやいたのがいささか不穏だった。

 

「お願いがあるんですけど」

「……言うだけ言ってみろ」

 

 舌打ちをしつつもこちらの言葉に耳を傾けてくれる川内さんは、根はもしかしたらいい人なのかもしれない。その実力はわからないけれども、それはこれから拝見させて頂こう。

 

「未分類人型個体──嵐が出てきたら、話をさせてもらえませんか?」

「……正気か」

「ええ」

「あんたらの感傷に付き合う義理も余裕もこっちにはないんだけど」

「わかっています。だからもし嵐が攻撃してきたら、遠慮なく沈めてもらって構いません」

 

 心底面倒くさそうに頭をがしがしとかいた川内さんは、少し考え込んでからぼそり、とひとり言のようになにかを呟いた。

 

「……この戦いそのものが()()だから。今更か」

「?」

「一回だけだ。話の途中であってもあたしの判断によっては沈める、いいな」

「はい、ありがとうございます!」

 

 そういってピシッと敬礼をきめると、なぜかまた憎々しげに舌打ちされた。なんでだろ。

 

「……足を引っ張らないように」

「こっちの台詞なんですけど」

 

 と、いうか私的には最終決戦に向かうこのイロモノ面子よりも後ろの支援艦隊の方がよっぽど気になる。ギスギスとした空気がこれでもかと伝わってくるんだけど、大丈夫だろうか。ギスギスの張本人達である加賀さんと瑞鶴さんの周りでは護衛の駆逐艦の娘達がおろおろしていた。大丈夫なんだろうか……。

 別動隊だし、そもそも瑞鶴さんは初めて会うし、加賀さんは私に気づいてないっぽいから声もかけづらいしなぁと思いながら私は考えるのをやめた。うん、きっと、大丈夫。なんだかんだ加賀さんは与えられた任務をこなす人だ、多分、きっと。

 

「──最終決戦だ」

 

 ざわざわと落ち着かない空気が、川内さんの一言で静まる。その一言で、皆の視線が彼女に集中した。

 

「勝てばここ、トラックはしばらくは安泰だろうね。負ければしっぽ巻いてここからも逃げる羽目になる。そうしたらどうなるかわかるだろう、ラバウルの二の舞だ」

 

 ラバウル奪還作戦にも参加していたのであろう数名が口を噛んで悔しさをかみ殺す。このトラック諸島の平和は、危ういバランスのもと成り立っている。それは皆がわかっていることだった。

 

「しんどいったらない。率いるのはどいつもこいつもアクの強いやつらだし。こんな奴らをまとめて出撃するこっちの身にもなってみろ」

 

 それを聞いて数人が笑う。その様子を見て、川内さんは不敵に笑った。

 

「上等だ、それが旗艦ってもんだよね。責任は全部あたしが取ってやる、だからお前らは難しいこと考えないで敵をぶっ倒すことだけ考えな」

「それなら得意だぜ!」

「そ。ま、でも」

 

 江風に短く相槌を返し、そうしてぐるりと一同を見回して。

 

「どうせなら勝って、そんであたしの評価と給料アップに貢献してもらいたいもんだね」

 

 と笑い、一呼吸で真顔に戻る。

 ああ、やっぱり旗艦を任されるだけはある。この人は、紛れもない駆逐艦(わたしたち)のボスだ。

 

「──勝つぞ。川内、水雷戦隊、出撃する!!」

 

 皆の心はひとつだった。鬨の声と共に一人、また一人と桟橋から海へと飛び出していった。

 

 

 トラックを出発して、結構な時間が経った。途中何度も下位個体とすれ違ったけれど、そんなものは障害にすらならなかった。

 イロモノはイロモノかもしれないけれど、この艦隊にいる人達はどの人も頭一つ分は飛びぬけていた。改式であの大規模作戦を生き残った時雨、奇跡の駆逐艦と謳われる雪風。この一年でさらに力を伸ばしていた二人にとっては、こんなものは敵ですらない。それから。

 

「はっはぁ! どけどけー!!!」

 

 なるほど、これは曲者だ。艦隊運動なんてまるで意識せず、敵を見つけたら突っ込んで行く。江風の戦い方は、抜き身の刀のようであった。

 ──刀身が短いのなら、一歩、二歩と踏み込み。その身自身を長刀となせ。

 駆逐艦が好む格言の一つ。魚雷の射程が短いのならば近づけばいい。その足は、短い射程をどこまでもどこまでも伸ばすためについているのだから。江風は、まさにその格言を体現するかのように縦横無尽に駆け回り、敵を食い散らかしていた。

 

『邪魔』

『どぅわぁー!!!』

 

 そうしてときたま北上さんからの魚雷が江風に当たりそうになっていた。駆逐艦が嫌いらしい彼女は態度はぞんざいではあるものの、しっかりとした艦隊行動をとっていればわざと私達に魚雷をあてるような真似はさすがにしなかった。

 いや、当たり前のことなんだけど。なんなんだ、この二人は……と呆れながらも感心していると、大湊ってこんなんばっかりだよ、と時雨が疲れた表情で教えてくれた。なるほど、常識人枠である時雨はどうやらこの二人に苦労してきているらしかった。

 旗艦である川内さんの采配もさすがだった。言うことを聞かない江風を存分に遊ばせながら、比較的従順な雪風と時雨をうまく使って無駄なく敵を散らす。そうして試しに、といった感じで野分に指示を飛ばして実力を見極めようとしているようだった。

 深部にいるあいつのために力を温存した、無駄のない戦い。別動隊がその数を減らしているといってもさすがの采配だな、と思った。ただなんかつまらなさそうに戦うのが少々気になっていたのだけれど、それも日が落ちるにつれて徐々にご機嫌になっていった。……ただの夜戦バカ? という言葉が脳をよぎる。いや、まだそうと決めつけるには早……いや、やっぱり夜戦バカっぽいな。

 一夜を越えて、明け方にショートランドへと到着した。補給中継地点として機能していたショートランドの防衛に残っていた艦娘達も中々にギリギリの様子だったらしく、皆どこか疲れた顔をしていた。

 燃料を補給し、艤装のチェック、取り換えなどをしてもらっている間、ここに滞在して最後まで防衛していた艦娘に川内さんが歩み寄って声をかけた。

 

「由良」

 

 きっと一番疲れているだろうに、それをおくびにも出さずにひらりと手を振る。そんな彼女は、私もよく見知った人だった。

 

「残っててくれてありがとう」

「ううん、これくらいしか由良はできないから」

「それくらいができないやつがこの世にはごまんといるんだよ」

 

 由良さんが手を挙げ、それをぱし、と川内さんが叩く。

 

「夕立も頑張ったっぽい!」

「あーあーそうか、よしよし」

 

 はいはい! 褒めて褒めて! と由良さんの陰から飛び出した夕立の頭を川内さんがぞんざいにぽんぽんと叩きながら問いかける。

 

「いい子にしてた?」

「今回は、割と?」

「……お願いだから大破しないでよね、あいつとやりあった後のぼろっぼろな状態で由良をトラックまで引っ張ってくのきっついから」

「善処はするけど」

「確約できないのも、知ってんだけどさぁ」

 

 二人の会話にはてなマークを浮かべながらきょとんとしている夕立も、相変わらずのようだった。呉のわんこ、もとい狂犬、ソロモンの悪夢。彼女は夜戦に関して言えば頭ひとつ分もふたつ分も抜きんでる存在ではあるものの、相変わらず由良さんくらいしかまともに扱える人がいないっぽい。

 

「大丈夫よ、死んだら泣いてめんどくさそうな人も呉にいるし。そもそも()()は、死なないために戦ってるから」

「うん。……一日経っても帰ってこなかったら、先にトラックに帰ってて」

「了解」

 

 先の大規模作戦の生き残りの一人である由良さんは慣れたもので、川内さんのその言葉にも動揺することなく簡潔に返事をした。普段は穏やかで優しい人だけれど、こと戦場に立つとドライというか。淡々と自分の任務をこなす割としたたかな人だったな、と少し遠めにそのやり取りを眺める。

 夕立を抱え込みながら、あとひと踏ん張りしましょうか夕立ちゃん、と由良さんがのほほんとしている。この見た目、態度にだまされる人が多いんだよなぁ。呉鎮守府の駆逐艦にひっそりと伝わる格言がある。曰く、由良さんを弱いと判断する奴は、二流。戦場に出れば個人としての目立った功績をあげることは滅多にない。だけれども全体としての戦果を見れば、彼女がいるといないで雲泥の差なのだ。普段が目立たないから軽く見られてしまうこともある人だけれど、本当にいるといないとで作戦の安定感が違う。それは川内さんもわかっているようで、短いやり取りの中にも信頼関係が透けて見えた。

 

「ていうか、なんで野分がいるっぽい?」

「え?」

「ありゃ、気づかれたか」

 

 時間もあまりないことだし、どうせなら全てが終わってから再会を喜び合おうと思ってあえて声をかけずにいたのだけれど、勘が鋭い夕立にはあっさりと気づかれてしまったようだった。

 

「ええと、お久しぶりです」

 

 苦笑いしながら歩み寄って声をかける。まだあまりぴんときていない由良さんに、ヴァイオリンを弾く真似をしてみせる。

 

「……え、え? 野分ちゃん? え、でも髪が黒いし……え? だって、沈んだはずよね、ね……?」

「由良なに言ってるの? 目の前にいるっぽい」

「え、んん……?」

 

 あ、この由良さんレアだな。

 最終決戦前で気を引き締めなければならないのはわかるんだけれども。なんとなくそんな二人のやりとりになごむのであった。

 

 

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