そうして夜は明ける   作:moco(もこ)

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こちらは横須賀の野分ちゃんと舞風ちゃんを中心とした後日談になります。全四話。ゆるりとお楽しみ頂けたら幸いです。


そうして季節は廻り


 

 寮の自室に戻ってきて、部屋の明かりをつけようとしたところでふと手を止める。

 

「……また床に落ちてる」

 

 ため息と共に電源を入れながら、おそらくベッドに戻る前に力尽きたのであろうルームメイトに歩み寄った。こういうことは前からよくあった。丙適性である彼女は、追加で那珂ちゃんさんの個人訓練を受けている。彼女自身体力も実力もつけてはきているけれど、それに合わせて那珂ちゃんさんも訓練の負荷を上げているものだから、昔から変わらず、こうやって電源が落ちたかのように床に倒れ込んで爆睡していることがままあった。

 この二人、結構ノリが体育会系だよなぁとぼんやりと思いながら安らかな寝息を立てているのわっちを担ぎ上げる。さすがに二段ベッドの上に引き上げるほどの力はないので、下段の自身のベッドへと彼女を転がす。ぞんざいに扱おうとも起きる気配すら見せない彼女に、どうやら今日もこってり絞られたみたいだなぁと嘆息した。

 寝間着に着替え、ごそごそと彼女の隣へと潜り込む。朝は目覚ましがなくとも自然に目が覚め、そうして一人早朝のランニングへと赴く彼女の邪魔にならぬよう、壁際に陣取っていると、もぞりと彼女が寝返りをうち──右腕のやけど痕が、目に入った。

 

「……」

 

 そっとそれに指先でふれると、ぴくり、とかすかに彼女が身じろぎをしたので反射的に手を引っ込める。しばらく息を詰めて様子を見ていると、彼女は起きることなくそのまま微かな寝息をたて続けた。

 

『──呉に戻らないの?』

 

 そうあっけらかんと尋ねられ、反射的に彼女の背中をひっぱたいてからもう数ヶ月は経っていた。冬が来て、春が来て──そうして気づけば梅雨入りを宣言される程に、季節は移り変わっていた。それは、この子との付き合いもそこそこに長いものとなってきたことを意味する。

 

『姉さん、いるんだし』

 

 あのときのもやもやの理由が、未だよくわからない。移籍が個人の希望により行われることは滅多にないにしても、彼女の言うことに一理はあった。それでもなんとなく、この子の口からそれがついて出てきたのが無性に腹立たしくて、ついつい背中を叩いて彼女になにがなんだかわからない、という顔をされてから。いや、多分それよりも前、彼女にだいっきらいと言ったあの瞬間から、あたしはこのよくわからないもやもやに度々悩まされていた。

 大体、この子が単細胞にすぎるのだ。鈍感だし。自身が割と内面を隠すタチではあるけれど、それにしたって噛み合わないこと多数。

 

『──姉さん、いるんだし』

 

 思い出して、なんだか無性に腹が経ってきた。多段階中規模作戦での一悶着を経て、この子の言動の裏なんて読んでもしょうがないという結論に達したはずなのに、結局あたしはああだこうだと一人で悶々としては最終的に八つ当たりをしてしまうのである。

 あたしが呉に行くってことは、つまりのわっちとはお別れってことになるのだけれど、それをわかっていて彼女はああもあっけらかんと言い放ったのだろうか。そりゃあ野分とはコンビを組んでいたし、過ごした年月だってのわっちより長いだろう。それでも、それでもさぁ。

 

『溜める前に、言って、ね?』

 

 今のあたしのコンビは、のわっちじゃん。

 あのとき言えなかった言葉が、ふとしたときに浮かんではぐるぐると心のうちに渦巻く。

 溜める前に言えるものなら言ってしまいたい。それでも、この言葉をそのまま伝えたところでうん、そうだね? って少々の困惑と共に相槌を打たれ、彼女がその言葉の裏に気づくことなく会話が終了してしまうことは、日の目を見るより明らかだ。

 さりとてあたし自身も、じゃあこのもやもやは何なのだろうと考えてみてもうまく言語化することができずにいた。

 彼女とコンビを組んでから、結構な月日が流れた。これだけ一緒にいれば、好きなところも嫌いなところも出てくるのは自然なことだろう、実際彼女の姉とコンビを組んでいるときだって喧嘩くらいはしたものだ。

 ──喧嘩。ふと、そういえばこの子と喧嘩らしい喧嘩をしたことがないことに気がついた。この子が死にかけたときに怒ったことはあれど、あれはどちらかというとあたしの八つ当たりに近い。野分と違ってどこか一歩引いたところがある彼女だからだろうか。野分が沈んだ後はことさら自身の負の感情を隠す癖がついてしまったあたしとのわっちは、相性がいいのか悪いのか、喧嘩らしい喧嘩というものをしたことがなかった。

 

『舞風は、綺麗に航行するよね』

 

 そうやって紡がれる言葉は純粋に彼女の心の内から来ているのだと知っている。この子は、そうやって心から人を尊敬できる子だから。

 ──だから。それが無性に、腹立たしいだなんて。そんな最低なことをふとしたときに思い、そうしてもやもやとしてしまう自分の心の内を、この子にぶつけてしまうなんて。できるわけが、なかった。

 

 

 たったった、と軽快な音をたてながら夜が明けきらない横須賀の街並みを走る。今日はいつもより起伏の多めのコース取りをしようか、と考えながら走っていると、こちらに並ぶ人影が、ひとつ。

 

「おっはよー、気持ちのいい朝だね!」

「長良さん」

 

 早朝ランニングの常連というものがいる。長良さんもその一人で、特に彼女は私とコース取りが似通っていることもあり、特に待ち合わせなどはしないものの偶然会えば一緒に走るのがいつもの習わしだった。

 長良さんは横須賀では割と古参に分類される気のいい軽巡洋艦だ。呉の予備艦隊、お飾り艦隊、廃棄処理場(スクラップ)。落ちこぼれが集うことで有名な横須賀ではあるけれど、その中には活躍する機会が巡ってこなかった、というタイプの人もいる。長良さんもその一人で、最初に配属された泊地では主に空母のトンボ釣りを主任務とし、それ以外でも面倒見の良さも相まっていいよいいよとあらゆる雑務をこなしていたところ、最終的に戦闘よりかは後方支援のエキスパートのような評価を受け、横須賀へと流れ着いたのだという。私が私が、と前に出たがる艦娘が多い中、こういった穏やかな気性の艦娘が流れ流れて後方へと回されることは珍しくない。そうしてそんな人達すらまとめて”落ちこぼれ”と揶揄されるのは、慣れたとはいっても世の無常を感じざるを得なかった。

 

「いや〜、でも時が経つのは早いよね!」

「? はい?」

「野分がここに来てもう一年近いでしょ?」

「そう、ですね」

 

 軽く息がきれる程度のペースで走りながら会話を続ける。最初の頃はすれ違う度に遅い、全然遅い! と煽られることもあったが(長良さんはランニング中だけは人が変わる)、今では彼女が満足いくスピードまで合わせられるほどにはなったので、こうやって走りながら近況報告などを交わすのが常だった。

 昨日の夜露に濡る青々とした木々の間を抜け、海沿いへと出る。五月晴れの日差しに照らされる海の眩しさに思わず目を細める。

 

「もう後輩もいることだし。どう、うちの子達と仲良くやってる?」

「……あ〜」

 

 長良さんの下には二人の睦月型駆逐艦、皐月と長月がついている。天真爛漫で気さくに話しかけてくる皐月とはそこそこ仲良くなれたような気がしなくもないが、とりわけ、長月に関しては。

 

「……もしかしたら私、長月に嫌われてるかもしれません」

「ええっ!?」

「いや、多分、なんですけど」

 

 そもそも自慢ではないが私は人見知りである。初対面の人に対しては緊張してしまい、怒っているのではないかと勘違いされてしまうくらいには顔がこわばる。そんな私がここに簡単に溶け込めたのは、ひとえに駆逐艦娘というものが人懐っこい性格の子ばかりであったからだろう、それこそ皐月のような。

 それに比べると、長月はどちらかと言えば私に近い気質のように思えた。いつもにこにことしている皐月とは対照的に、憮然とした態度で誰にでも接する。それだけならまぁこういう子なのかな、くらいで私も済ませられるのだが、時折、妙に噛みつかれるというか、話していてギスギスとしてしまうことがあるのだ。それをぽろりと第六駆逐隊のメンツにこぼせば、どうやらその態度は私に対してだけであるらしいことが判明した。

 

「ええ、なんでだろ。ちょっと気難しいところはあるな、とは思ってたけど」

「純粋に、相性が悪いんじゃないでしょうか」

「……嫌われてるかもしれないのに、なんか妙に落ち着いてるね?」

「そうですか?」

 

 湾岸に並ぶ船を見送りながら、淡々と答える。

 

「人がこれだけいれば、嫌いな人の一人や二人出てくるのは仕方ないんじゃないでしょうか」

「まぁ、それはそうだけど」

「仲良くしたくないわけではないんですけれど。ただ、ああ、そうか」

 

 そこで言葉を切ると、長良さんが不思議そうにこちらを見やった。その視線を受けてから、ぽつり、とこぼすように。

 

「こういう感覚、久々で逆に新鮮なのかもしれません」

 

 と、呟いた。

 そもそもが今、恵まれているのだ。祖父から受け継いだ銀の瞳と髪。それは日本という社会に属していれば否が応にでも人目を引く。それに加え、裕福な家庭で育ったとくれば奇異の視線に妬み、嫉みなどの負の感情が混ざってくることも珍しくなく。だからこそ出自や髪色を気にせず笑いかけてくれる人達がいるこの場所こそが、私にとってかけがいのないものとなっていたのだから。

 

「……野分、結構タフだね」

「そうでしょうか」

「うん。まぁ長月については私も気にかけておくね。それから」

 

 昨日の雨の名残で道のところどころにある大小の水溜り。そのうちの一つに軽やかに飛び込んで。

 

「野分は野分が思うよりも皆に好かれていることを、もっと自覚してもいいんじゃないかと長良さんは思うよ」

 

 ぱしゃん、と水溜りを跳ねさせながら、長良さんは笑いながらこちらを振り返った。

 

「さて、お互いねぼすけさんな相方を起こして朝ごはんといきましょうか」

「今日はひっかかれないといいですね、鬼怒さんに」

「舞風は手がかからないようで羨ましいよ……」

「いや、舞風、朝弱いんで自分で起きるには起きるんですけど、そこから結構ぐずるんですよ」

「でも殴られないでしょ?」

「そんなバイオレンスな寝起きは鬼怒さんくらいなのでは……」

 

 明け方特有の色素の薄かった空が、いつの間にか青々と色づいている。

 人々が起き出す気配を感じながら、今日も今日とて変わらぬ横須賀での朝を迎えるのだった。

 

 

 長良さんと一緒に補給艦の人達とやり取りをしている舞風を遠目に、響と一緒にのんびりと沿岸の倉庫を背に海を眺める。

 今回の任務は、サイパン経由で資源をトラック諸島へと輸送する船団をサイパンまで護衛し、その後サイパンからはその船団の護衛を別艦隊に引き継ぎいでもらい、私達は逆に南方資源航路へと資源を詰め込みに行く船団を呉まで護衛するというものだった。ここしばらくはE海域の発生も鳴りを潜めていたため、これ幸いとばかりにトラック基地の構築に専念しているのだ。

 今日の旗艦は長良さん。その他の面子は私、響、舞風、そして長月と皐月である。私はこの時期はまだろくに任務に就かずにひたすら那珂さんに絞られていたなぁと思っていると、ふと足元にまとわりつく気配。

 

「あ」

「おや、ヘーハチローじゃないか、久しぶりだね」

 

 響のその言葉に答えるように、なぁん、と三毛猫が鳴く。白、茶、黒色の毛がまだら状に生える少してっぷりとした猫。艦娘がかわるがわる可愛がるものだからここに居着いてしまったこの猫を、第六駆逐隊の面子がヘーハチローと名づけて久しい。ちなみにこんな名前だがまごうことなきメスである。

 梅雨の雨を嫌ってかここ最近はとんと姿を見なかったのだけれども、どうやら五月晴れに誘われて姿を現したようだ。

 

「出港前に幸運の女神さまに会えるとはついてるね」

「参ったな、今何も持ってないや」

 

 ごろごろと喉を鳴らしながら甘えるヘーハチローを軽くなでてやる。この可愛さに騙される人が多いが、これはただの餌を寄越せという催促だ。何も持っていないと気づけばふいとどこかに行ってしまうだろう。

 猫が騒げば時化、眠れば好天。古くから船の守り神として船乗りたちから親しまれる彼女らは、やはりというかここでもどこかゲン担ぎ的な存在として扱われている。神出鬼没でありながら人懐っこい彼女は、艦娘達からは会えたら今日はいいことがあるというラッキー猫として扱われている。そうしてそういう娘達がちやほやと色々と餌を与えるものだから、最近はちょっとメタボ気味だ。

 

「あー、もしかしてその猫が皆がよく言ってるヘーハチロー?」

 

 ごろんと横になったヘーハチローの腹を響がなでていると、一際明るい声が響く。

 

「うん。皐月は初めてかい」

「うん! 触っていい!? ご利益ご利益~」

 

 わしゃわしゃと遠慮のない皐月の接触もなんのその。ここのアイドルとして生きる術を身に着けているヘーハチローは、しょうがないなぁとでもいうような表情で皐月の好きにさせている。そんな彼女の様子に気づくことなく、皐月はわはー、と楽しそうにわしゃわしゃと触り続けた。

 

「……出港前なのに、気が緩みすぎじゃないか、皐月」

「あ、長月。長月も触る? 横須賀の幸運の女神さまだよ?」

 

 少し遅れて長月が歩み寄る。相変わらず憮然とした様子で、いい、と断って私達と少し距離を置いたところで立ち止まる。この距離が、なんというか彼女との心の距離を如実に表しているようだった。

 睦月型は他の駆逐艦に比べても小柄な子が多い。恐らく年齢も私より二人共下なのではないかと予想している、それくらい二人は私と比べても一回りは小さい。そうして長月はその小さな体格に対してお堅い喋り方、そうして切れ長の目をいつも不機嫌そうに細めているのもあって、なんとなくアンバランスな印象だ。

 

「……なんだ」

「あ、いや」

 

 なんてことを考えながら長月を見上げていたら、睨みつけられてしまった。立ち上がって長月に歩み寄りながら、ただ見ていただけと言ったらなんとなく怒られそうだなと思ったのでなんとはなしにこの前の演習での評定に触れた。

 

「そういえば、前艤装に身体が流されてるって長良さんに言われてたよね」

「……」

「あのね、この前舞風がいい体幹トレーニングを教えてくれて──」

「嫌味か?」

 

 一際低く響いた長月の声に、しまった、と思ったものの後の祭りだ。

 

「陽炎型はいいよなぁ、体格にも恵まれて、艤装は最新式だ」

 

 この話題に触れたのに他意はない。強いて言うなら私と長月の共通の話題を探したらトレーニングくらいしか思いつかなかった、そんな程度である。恨むべくは自身の話題のレパートリーのなさである、これなら天気の話題にでもした方が数倍はマシだった、と後悔したところで自嘲気味に笑う長月の機嫌は回復はしない。

 

「バランスの悪い睦月型を直々に指導してやろうって?」

「いや、そういうつもりじゃ」

「自覚がないのか、尚更タチが悪いな」

 

 まさかここまで長月が自分の体格にコンプレックスを持っているとは思っていなかった。

 睦月型はバランスが悪いという言葉をよく聞く。その原因として幼い体格と艤装が釣り合っていないのではないかということが囁かれている。ならば逆に神衣を弄って伝導率を変えてみたらどうか、と開発部の人が昔少し手を加えようとしたところ、それこそ海の上に立った瞬間に沈没してしまうほどバランスが狂ったらしく、そこからは触らぬ神に祟りなしとでも言わんばかりに睦月型の基本艤装は放置されているのだとか。

 そのせいで睦月型の艦娘は二極化するのだという。感覚的に癖のある睦月型の艤装を理解し、誰よりも上手に海を泳ぎ、たちまち改二艤装まで乗りこなしてしまう娘と、いつまでたっても艤装に振り回され、落ちこぼれと揶揄される娘。

 

「悪いが陽炎型のくせにこんなところにいる落ちこぼれのアドバイスなどこっちから願い下げだ」

「ちょっと、長月!!」

 

 長月のその言葉を聞いて、慌てて皐月が仲裁に入る。

 

「言いすぎだよ!」

「うるさい!」

「あ、ちょっと!」

 

 皐月の制止を振り切って、長月が駆け出す。そうしてその後をワンテンポ遅れて追いかける皐月をぽかんと見送っていると、いつの間にか隣に来ていた響が眉をひそめた。

 

「さすがにあれは、よくないね」

「響」

「……と、いうかなんで野分はそんな呑気にぼけらっとしていられるんだい」

「え? あ、ええと」

 

 半ば呆れるように響がこちらを見上げる。ぽりぽりと頬をかきながら、それに答えた。

 

「久々に面と向かってはっきりと嫌味言われたから、新鮮で」

「……」

「あと陽炎型の能力を十全に使えないのは確かに私の問題だし」

「……野分」

 

 はぁ、と響は長い長いため息をついた。

 

「響は、時々野分が大物なのか、大馬鹿者なのかわからなくなるよ」

「……ええと、それは褒めてる? それとも嫌味?」

「少なくとも嫌味である可能性を考慮してくれたのは嬉しいね」

 

 どうやら本気で呆れられているらしい。

 なぁん、と一際大きくヘーハチローが鳴く。その表情は、人間ってやつは面倒くさいやつらばっかりだな、とでも言いたげであった。

 

 

「長月、なんであんなこと言ったの?」

 

 野分の元を離れ、ずんずんずんずんと歩を進めていた長月だったが、案の定というかなんというか、人目がなくなってきたところでそのペースは落ち、最終的に立ち止まって自己嫌悪で頭を抱えて座り込んでしまった。

 

「……すまん」

「謝る人、間違えてるよ」

「わかってる……」

 

 訓練所からの付き合いだ、そこそこ長月のこともわかってきた。他人に当たってしまうのは自信のなさの裏返し。とりわけ、自身の体格に関する話題ではそれが顕著だ。それを本人も自覚しているのか、こうやって他人に噛みついた後は一人でよく落ち込んでいた。

 

『皐月は、悔しくないのか。横須賀に入れられるということは、落ちこぼれって言われたようなものじゃないか』

 

 根は悪い奴じゃないし、何事にも一生懸命なのも知っている。それが空回りしてうまくいかないことの方が多かったけれど、それでもどこか憎めない、それが僕にとっての長月だった。

 そんな僕と長月が仲良く横須賀へと配属になったとき、そりゃあもう長月は荒れた。そうしてその頃から同室だった僕にそう同意を求めたのだ。その返答にちょっと困っていたら、この意気地なし、と罵られた。

 

『しょうがないじゃん。同じ睦月型でも僕達と違って立派に前線に配置される娘達だっているんだから』

 

 なまじ、同期の睦月型である文月が優秀であり、佐世保に配属されたものだからスペックを言い訳にできないのも地味にきつかった。

 

「見ててイライラするんだ、あの人」

「そう? 野分、いい奴じゃん」

「ただの腑抜けだろう」

 

 もどかしい気持ちはわからないでもないけれど、それにしても僕は長月の野分に対する敵愾心だけは未だに理解できずにいた。陽炎型だからってだけじゃなさそうなんだよね、実際舞風には噛みつかないし。まぁあの笑顔を向けられればさすがの長月も気概を削がれてしまうのかもしれないけれど。

 

「落ちこぼれの肩書を甘んじて受け入れて、罵られても言い返しもしない。これが腑抜けじゃなくてなんなんだ」

「大人なだけじゃないかなぁ」

「と、いうか、皐月! お前もだぞ!」

 

 あ、まずい飛び火した。思わず首を竦めていると、長月がぎゃんぎゃんとこちらに噛みついてきた。

 

「へらへらへらへら! 悔しくないのか!」

「え~?」

「私は! 絶対にこんなところから出てってやるからな!!」

 

 うがー! と吠えてずんずんとひとり先に行ってしまった長月の背中をなんとはなしに見送る。怒ったり泣いたり、とにかく長月は感情の起伏が激しいけれど、彼女のいいところはその負の感情をモチベーションへと変え、努力できるところだろうか。生きづらそうな性格してるよなぁと思いつつ、それでも全身全力で生きてる! って主張しているような彼女の生き方は、時たま羨ましくすらあった。

 

「……しょうがないじゃんね」

 

 胸元を軽くひっかきながら一人ごち、海を見やった。久々の青空を映した美しい海。その上空では、ゆるやかに海鳥がたゆたっていた。旅に出るには、いい日和だ。腹立たしい程の快晴を少し疎ましく思う自分に気づき、人知れず深く息を吸って、吐き出す。

 

「ねーぇ、置いてかないでよ、長月!」

 

 人に当たってしまうのは、自信のなさの裏返し。人のこと、言えないよなぁ、と内心自嘲しながら、いつものように。長月の嫌いな、へらへらとした陽気な自分の仮面を人知れず被りなおすのだった。

 

 

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