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第六駆逐隊の皆と駆逐の食堂へと向かうと、珍しく一人で、なおかつこれまた彼女にしては珍しく不機嫌さを隠そうともせず黙々と食事をしている舞風をみつけた。
「ご機嫌斜めかい?」
「……響」
声をかけながら目の前の席に座ると、舞風は食事の手を止めてこちらを見やった。
遠くで未だにA定食かB定食かで決めあぐねている暁と、それに少しばかりうんざりしながら付き合っている雷と苦笑している電をちらりと見つつ、会話を続ける。
「野分は?」
「おいてきた」
なるほど、どうやらこのお姫様が不機嫌な原因は彼女にあるらしかった。
「今度はなんだい?」
「今度はって……あたし、そんなにのわっちに怒ってる?」
「うん、露骨に不機嫌になるのって野分に対してくらいだからね、舞風は」
味噌汁を啜りながらそう言うと、舞風は口をへの字にして黙り込んでしまった。
「響は別に悪いことじゃないと思うけどね。それだけ舞風にとって野分は気のおけない仲ってことだろう」
少なくとも無理をして笑っているよりかはこうやって怒ったり不機嫌をあらわにすることが出来るようになった彼女のほうが断然親しみが持てる。今までは良好な仲を保ちつつも、どこか距離を感じるところがあった彼女であればなおのこと。
「……そう思ってるのは、あたしだけだもん」
ぼそり、と不服そうに舞風が言葉を漏らす。これはまた珍しいな、と思いつつ黙ってその先を促すと、舞風はつっかえながらも自身の心情を吐露し始めた。
「あたしとのわっちって、バディだよね?」
「そうだね。ここでは珍しい陽炎型同士っていうのを差っ引いても、いいコンビだと思うよ」
「……でも」
どうやら雷がA定食を頼み、暁がB定食を頼んではんぶんこをするということで落ち着いたらしい三人を手招きで呼び寄せながら、舞風の方をじっと見て言葉を促す。すると舞風は少し居心地悪そうに体を揺すりながら、若鶏のみぞれ煮を箸でつっつきつつ重い口を開いた。
「のわっちは、そう思ってないもん」
話の途中であったのと、雰囲気から会話を聞いていいものかとちょっと困った顔をした皆に舞風に了承を取りつつ軽く説明をする。
「あたし、のわっちが思うほど強くないもん。それにのわっちだって自分が思うほど弱くないもん。……でも」
舞風は、自分がなにを言いたいのかいまいちわかりかねているようだった。舞風が小さく箸で切ったみぞれ煮をもぐもぐと咀嚼しながら黙り込んでいると、話を聞いていた雷がさらりと核心をついた。
「舞風は、野分と対等な関係になりたいのね」
雷の言葉に、舞風が箸を止める。
「たい、とう」
「野分ってどこか後輩気質が抜けないわよね、だからそこがちょっと舞風的には寂しいんじゃないかしら?」
この場に雷がいてくれて心底よかったと思う。横須賀一の世話焼きとして有名な雷は、それこそ老若男女問わず色々な人から相談を受けることが多い。そうして彼女はそんな人達に対して的確なアドバイスをいとも簡単に返していく。だからこそ相談者は後を絶たないし、相談した後は皆晴れ晴れとした表情で去っていくのだ。
そういえば前提督も相談というか愚痴をこぼしにきていたな、と思ったところで、雷からの追撃が入る。
「それに、野分って舞風にとって二人目の相棒よね?」
その言葉に、舞風の肩がぴくりと跳ねる。
「だから野分も比較して気負っちゃってるのもあるんじゃない?」
「……のわっちには、のわっちのいいところがあるもん」
「それ、本人に伝えたことあるの?」
「……」
暁からの質問に舞風が黙り込む。うん、わかりやすいな。
ずず、とみそ汁をすすりながら口を開く。
「野分も言葉足らずだけど、舞風もどっこいどっこいだね」
「……う〜」
「普段は素直なのに、肝心なところはダメなのねぇ」
「案外面倒くさいね、舞風」
「乙女心は複雑なの!」
「乙女心って」
うめき声をあげながらテーブルに突っ伏した舞風をちょっと面白いな、なんて思っていると、そのやり取りを今まで黙って見ていた電がぷんぷんと怒り出した。
「皆からかいすぎなのです! 舞風ちゃんは真剣に悩んでるのに!」
「いやごめん、面白くてつい」
「響、本音漏れてるわよ」
「う~!!」
「悪かったわ、機嫌治しなさいってば、間宮行く?」
「今日は特製プリンの日なのです!」
「行く!!!」
「うん、素直なのはいいことだ。響が奢ってあげよう」
よしよし、と舞風の頭をなでてやる。しかし、あれだな。舞風が荒れているということはすなわち野分もあれということで。
あっちはあっちでどこで落ち込んでいるのだろう、などと考えながら、舞風を連れて間宮へと向かうのであった。
※
一方、その頃。
「あ、野分が露骨に落ち込んでる」
舞風に置いて行かれた身としてはその後ろをついて食堂に行く気にもなれず、気を紛らわそうと一心不乱に書類を完成させて執務室に届けたところで、緊張の糸が切れてしまった。
庁舎の廊下の窓を開け放ち、その淵に顎を乗せながら自分の心とは裏腹な快晴を恨めしく見上げていると飛鷹さんに声をかけられた。
「ほっといてください……」
不貞腐れていた私は、その言葉を受けて逃げるように上半身をだらりと窓の外へと投げ出した。もういっそこのまま落ちてしまいたい。
「なんだなんだぁ~? ……あははは、マジ凹みじゃん! パナイ!!」
「痛いです、鬼怒さん……」
「ていうか鬼怒、マジで野分落ちるから」
飛鷹さん達と一緒にいた鬼怒さんに爆笑されながらバシバシと背中を叩かれ、力なく抗議をしていると哀れに思ったのか隼鷹さんがそっとずり落ちかけていた私を引き戻してくれた。そうしてぐう、と私のお腹の虫がなる。こんなときでも生きるのに貪欲な己の体が恨めしい。
「あ~、飯、飯食いに行こうぜ。空母のでいいかい?」
「お、いいですねぇ! 空母の食堂って空母と一緒じゃないと入りづらいよね」
「いや、鬼怒には聞いてないんだけど」
「ほっといてください……」
「あー! 野分は野分でめんどくさいわね!! 鬼怒! 連れてってあげるからちゃっちゃと野分連行して!」
「アイサー」
はいはい、と手を叩いて一声。飛鷹さんの言葉に鬼怒さんが私を背後から、両腕を脇の下に通してがっちりと抱え込むようにホールドした。横須賀所属軽巡一の力持ちである鬼怒さんに力で勝てるはずもなく、私の抵抗もむなしく、ずりずりと引きずられるように食堂へと連行されるのであった。
※
「で?」
食べるのを拒否しているとまた鬼怒さんに抱え込まれ、身動きのできない状態で飛鷹さんに無理矢理食べ物を口へと突っ込まれるという拷問が続いたため、渋々とご飯を口へと運んでいると、落ち着いたところでようやっと飛鷹さんが口を開いた。
「また舞風?」
「なんでわかるんですか、飛鷹さん……」
「誰でもわかるわよ」
「それ以外で落ち込んでるところ見たことないもんなぁ」
「そうそう、滅多に落ち込まないから落ち込んでるの見るとついつい笑っちゃう」
けらけらと笑う鬼怒さんを恨めしく見上げる。ちょっとばかりデリカシーが足りないこの人は、何かがあっても筋トレをして寝てしまえばすっぱりと忘れてしまうという羨ましい性格の持ち主であった。
長良さんといい、鬼怒さんといい。健康的な生活を心がけている二人だからだろうか。健全な肉体には健全な魂が宿るといわんばかりの突き抜けた明るさといい、長良型ってこういう爽やかな人達ばかりなのだろうか。
飛鷹さんに促され事のあらましを伝えると、あ~と隼鷹さんが言葉を濁し、飛鷹さんが微妙な顔をした。鬼怒さんは相変わらずにっこにこだ。
「毎回思うんだけど、その野分のアンガーマネジメント能力の高さはなんなんだ?」
「……?」
「隼鷹、ダメよこれ理解してない」
「あはははは!!!」
「鬼怒、うるさい」
バシバシとテーブルを叩きながら笑っている鬼怒さんの頭をすぱーんと軽快な音を立てて叩きつつ、飛鷹さんが尋ねる。
「ほんと、野分って怒らないわよね。少なくともそんなこと言われたらいい気しなくない?」
「はぁ」
ずず、とみそ汁をすすって気のない返事をしながら、のろのろと答える。
「昔から嫌味を言われるのは慣れているので。こう、なんていうか相手は機嫌がわるいんだなーとか他人事のように流す癖がついたというか」
「それで済むもんか……?」
「相手の感情に当てられなければどうとでもなりますよ?」
「野分、あなたどんな修羅の世界にいたわけ?」
修羅の世界というか、女の世界なんてそんなものじゃないだろうか。まぁ、主にこの癖は姉と比較してお小言をこぼす両親によって培われたところもなくはないけど。
「でも舞風はそれで流せないんだねー」
そうしてさらりとそんなことを言った鬼怒さんに、思わず固まる。
「あ、フリーズした」
「鬼怒、お前さ、オーバーキルだぞ……」
「えー?」
言われてみれば、そうだ。
正直、今まで負の感情をぶつけてくる人って割と私にとってどうでもいい人ばかりだったというか。喧嘩をするほど仲がよかった友達もいない。強いて言うのならば、姉さんとはしばしば喧嘩をすることがあったけれど、あの喧嘩はその空気に耐えきれなくなった姉さんが真っ先に謝りに来て、でもそういうの私やだから、と怒った理由をきちんと伝えてくれたから。だから素直に、こちらもごめんなさいと謝れた。だから、どうすればいいのかわからない。
「……舞風、は。どうでも、よくない、から」
怒られれば、動揺する。舞風も舞風で言いたいことを直接言ってくれることは滅多にないから、毎回、そうやっておろおろとしているうちに終わってしまうのだ、この喧嘩にも満たない衝突は。数日経つとそんなことは忘れたと言わんばかりの彼女の態度によって、強制的に。
「駆逐の癖に喧嘩がへったくそぉ」
「……駆逐は、関係なくないですか」
「火事と喧嘩は駆逐の華ってやつだよ。ていうか長月にしてもそうでしょ? ああいうタイプはきちんと喧嘩した方が仲良くなるもんだって、うんうん」
「まぁ、一理あるわね」
鬼怒さんの言葉に、飛鷹さんが深く頷く。そんなものなのだろうか。
「……必要のない暴力は、ちょっと」
「うん、野分のいいところであり悪いところはそのクソ真面目さよね」
「クソ真面目……」
なんかさっきから言われたい放題だ。いつもはどちらかというとからかう側に回るはずの隼鷹さんが同情の視線をこちらに向けている。
「もういっそ、クソ真面目に喧嘩できる場を設けちゃいますかー」
「え、どういうことよ」
「んー」
ぽちぽちと携帯端末をいじり始めた鬼怒さんに、飛鷹さんが顔を寄せる。なんだろう、私の気持ちを置き去りにして事がとんとんと進んでいる気がする。
私そっちのけでああだこうだと相談を始めた二人をしり目に、隣に座っていた隼鷹さんがこっそりと私に話しかける。
「なぁ、野分。自分の気持ちって、言葉にした方がいいときもあるんだぜ、嫌なら嫌とか」
「はぁ」
別に、嫌なわけではない。私のためを思ってお節介を焼いてくれる二人は少々強引ではあるものの悪い気はしない。
「野分って聞き訳がいいからなぁ。隼鷹さんはもうちょっと野分はわがままになってもいいと思うわけよ」
「……わがまま」
「自分がどうしたい、とかさ」
『──何ならいいの』
だから、私はなにもしたくないのだと。芸術を表現する側でなく、楽しむ側でいたいのだと両親に伝えるのに疲れたのは、いつ頃だっただろうか。
伝えたところで伝わらない人には伝わらないのだと気づいたのはいつ頃だろう。そうして、だからなんとなく自分の気持ちを口にしなくなったのは、いつの頃からだっただろうか。
『──呉に戻らないの?』
自分の気持ちを真っ向から伝えて、それを何度も否定されて。あれは疲れるのだ、本当に。だから、私は。
「少なくともそんくらいのわがままでつぶれるほど、ここにいる奴らはやわじゃないって」
そんなことを、真剣な顔で言ってくる。なんとなく見透かされているようで、それが心からの心配なのだとしても居心地の悪さを感じてもぞり、と体をゆすった。
「……とりあえず」
あ、もしもしー? と鬼怒さんが誰かに電話をかけはじめた。一体全体なにを企んでいるのだろう。
「この場は、先人を信じて身を任せてみようと思います……」
「……野分」
お前は、甲斐甲斐しいやつだな……。そんなことを言って静かに頭をぐりぐりと撫でる隼鷹さんに、なんとなく今度からもう少しだけ優しくしよう、と思うのであった。