※
ひゅっと錨を右舷方向に投げ入れた。しゃららら、と錨鎖が涼しい音をたてて錨が沈んでゆく。
那珂さん、まだ来てないみたいだし。ちょっと試してみたいことがあったので、彼女が来るまでにやってみようと準備をしていると。
「アンカーを用いた操舵法?」
「わっ」
気配もなく、ひょっこりと那珂さんが現れた。
「び、び、びっくり、した」
「それね、思った以上に難しいよ」
普段は艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー! と騒々しいことこの上ない直属の上司である軽巡洋艦、那珂さん。その騒々しさに反して、彼女の航行はえらく静かだった。彼女を見ていると思い出す。下手な人が泳ぐとばしゃばしゃと水しぶきが跳ねてうるさいけれども、本当に上手な人が泳ぐとそれこそしぶきひとつ上がらず、すうっと水面に溶け込んでいってしまうのだな、と思ったかつてのクラスメイトが泳ぐ様を。那珂さんの航行はとかく無駄がなくて、綺麗だ。
「そうなんですか?」
「うん。戦闘中だとね、大体の娘は横転しちゃうから」
丙適性の私は、通常の演習に加えてこうやって那珂さんから追加の個人練習を受けていた。その内容は航行訓練から砲雷撃戦、戦術論と多岐に渡る。なんだか贔屓をされているみたいで申し訳ないと以前こぼしたら、思いっきり頬をつねられた。
『いい、野分ちゃん。艦隊戦はチームプレー。お互いの足りないところをお互いの得意なことでカバーするのは当たり前のことなの!』
私の長所って、なんでしょう、と頬をさすりながら聞いてみれば、新人はすくすく成長できることが長所です、伸びしろハンパないよ! といい笑顔を返された。
腰抜け艦隊、出来損ないのたまり場、
落ちこぼれが集う人気のない鎮守府と言えば横須賀。ないないづくしの色々と残念な場所であるから、艦娘の士気を上げるために間宮の拠点はここなのだと揶揄されるくらいであったけれども。実際に着任してしまえば、そんな噂が嘘のようにここにいる人達は優秀なように思えた。
「よっぽどセンスがないと。例えば呉の雪風ちゃんとかー、島風ちゃんとか」
特に那珂さんは呉から転籍してきた人だから、元々の実力もある人なのだと思う。転籍理由も、ただ単に広報活動にもっと専念したいからというものであったのだけれども、それを聞いて戦うのを避けた腰抜けと揶揄する人すらいるらしいので、なんかもう噂なんてあてにならないな、と思った。
「あ、それから舞風ちゃん」
思い出したかのように付け足した那珂さんに、思わず聞き返す。
「舞風?」
「うん。ほら、呉で一緒だったんだけどね。前の大規模作戦で一緒だったことがあって」
ああ、そういえば舞風も呉からの転籍組か、とその言葉で思い当たる。
「酷い乱戦だったんだけど、舞風ちゃんが体勢崩す姿、ほとんど見なかったなぁ」
駆逐艦の長所は、その足の速さだ。敵の攻撃をその足でもって交わし続け、懐に入って魚雷をお見舞いする。いかに相手に接近できるか、それが魚雷の命中率に寄与するのもあり、ついでに駆逐艦は血の気が多いのもあり我先にと突っ込んでいっては気が高ぶってすっ転びまくる娘もいるのだとか。沈まなければ最終的にいいとはいえ、駆逐艦の長所である速度を殺す行為であるし、アイドルっぽくないから禁止だよ、と口酸っぱく言われていた私は、誰か参考になる人はいないかと周りを観察し始め──そして、気づいた。
「……綺麗ですよね、舞風って」
「ん?」
「ダンス、してるからかな。いつでも背筋がすっと伸びていて」
こんなことを思うのは、もしかしたら場違いなのかもしれないけれど。
「海にいるとき。まるで踊ってるみたいに航行するなって」
砲撃をしているときも、回避行動をしているときも。他の人に比べ、航行スピード自体は決して劣っているわけでもないのに、彼女の所作は指の先まで綺麗に見えた。
誰が見ているわけでもない、だから綺麗に航行をすることなんてきっとなんの評価にもつながらない。それでも演習での彼女の姿は、誰よりも力強く自身の目に焼きついていた。
「そっか、野分ちゃんは舞風ちゃんのことよく見てるんだね」
私の言葉を受けて、ぽつりと那珂さんがそんな言葉をこぼした。
「……でもね。他でもない、舞風ちゃんが。その強さを認めてないから」
那珂さんは大規模作戦後に横須賀に転籍となったはずだから、その後の輸送作戦での舞風と姉の顛末は事細かには知らないはずだ。それでも、その後に、姉が持っていたヴァイオリンケースを抱え、憔悴しきった様子で横須賀へと転籍してきた舞風を見て察しているのだろう。だから余計に、私や舞風を目にかけてくれているのだと思う。
「……せっかくなんで、やってみます」
暗くなりかけた空気を振り払うように、そう言ってすい、と錨鎖を伸ばした方と反対方向へと進んでゆく。錨鎖をあるだけ伸ばしておき、回避行動時に全速前進で鎖側に動くことでドリフト回避行動ができる、というようなことが書かれた書物を見つけて、気になっていたのだ。知識は頭に入れるだけではやっぱりだめだよね、やってみなくちゃ。たとえうまくいかないのだとしても、挑戦することに意義がある。
「うん、那珂ちゃん、野分ちゃんのなんでもとりあえずやってみる精神嫌いじゃないよ!」
「ありがとうございます」
「ついでに那珂ちゃんのバックダンサー、どう?」
「遠慮します」
隙あらばどさくさに紛れて自分のアイドル活動のバックダンサーに私を据えようとする那珂さんのお誘いをにべもなく断り、改めて主機をふかすのであった。
※
「ぶ、はっ!!」
「ねー、難しいでしょ?」
盛大にずっこけもろに海水を飲んでせき込んでいる野分ちゃんにのんびりと声をかける。海水に濡れた彼女の綺麗な銀髪が、日の光を乱反射してキラキラと輝いていた。
最初に思ったのは、綺麗な子だな、というもの。それから、あまり感情の起伏がないのでクールさんなのかな、とも。だけれども、こうやって付き合っていくうちにそれは彼女の本質ではないのだということに薄々気づき始めた。
「……もう一回」
まず第一に、結構頑固。一度決めたら愚直に何度でも何度でも挑戦する。ガッツがあるのは那珂ちゃん的には高評価だ。
それから、判断がとかく早い。やるか、やらないか。多分本人も気づいていないんだろうけれど、本能的にそういうのを瞬時に決めているのだと思う。それがいいか悪いか、普通の子ならば悩んで立ち止まるところを、即こっち、と選んで失敗したらこっち、という風に修正していく。いい意味で失敗に恐れがないのだろう。だからこそ、丙適性というハンデがあってもこんなに成長が早い。先の先の行動を本能的に掴み取っていくこの子は、
「停止状態からの急加速回避行動としてはそれ、いいけどね。駆逐は滅多に止まることはないから、敵の位置、波の動き、それからアンカーまでの距離とか並行的に考えながら動かなきゃいけない。俯瞰的に位置関係を把握できてかつ高速並行思考ができる自信があるならおススメするんだけどね~」
「……う」
「野分ちゃん、結構脳筋だから。向いてないと思うよっ!」
「那珂さん、結構毒舌ですよね……」
相性の問題なんだけどな。野分ちゃんはその一つと決めたらまっすぐ突っ込んでいくのが美点なのだから、ごちゃごちゃと色々と考えながら動いていくのは向いていない。丙適性なら尚更だ、判断の遅れが致命的なミスにつながりやすいし。
「野分ちゃんは違う事の方が合ってると思うな」
「……?」
ごし、と肩口で濡れた顔を拭いていた野分ちゃんが不思議そうにこちらを見返す。
「那珂ちゃんの弾、全部避けられるようになったら必殺技教えてあげよっか」
「必殺技」
その言葉にそわりと彼女が反応する。なんだかんだ言って、やっぱり駆逐艦娘だよねぇ、野分ちゃんも。こういうの、皆大好きだ。
野分ちゃんのもう一つの美点。それは、どんな恐怖からも目を逸らさないこと。どんな子でも、被弾する瞬間、恐怖から反射的に目をつぶる。それを、この子はしないのだ。
「でも約束してくれる?」
「何を、でしょうか」
「何があっても、自己犠牲のために使ってほしくないの」
「……えっと、どういう必殺技なんですか、それ」
私の言葉に、野分ちゃんがひるむ。それににっこりと笑いかけながら。
「一回だけ。誰かを守るための必殺技」
「……それって」
「身代わり? でも前向きな身代わりっていうのかな」
もし、この子が戦艦であったのなら。最低でも重巡洋艦であったのなら、もっと早くに教えていた。艤装稼働時の流動結界の再配分による、砲弾の反射。重巡洋艦以上の装甲であれば、うまくいけば無傷でいられる。だけれども、この子は駆逐艦だから。精々味方の身代わりに被弾して、そうしてその時に
じっと彼女を見つめると、彼女は戸惑いながらこちらを見つめ返した。
『──川内が、自分の体を犠牲にしてすくいあげた艦艇だ』
たくさんの艦娘が命を落とした大規模作戦の、少し前。まだ呉に今の川内ちゃんや神通ちゃんはいなくて、私は彼女が言及した川内という人すら知らなくて。
『おめおめ、死なせられるか』
ただそれでも、自身の右手を犠牲に体を張って私を守ってくれた彼女がいなければ、きっと今の私はいなかっただろう。あれがあの人の引退の引き金となってしまったことに申し訳なさを覚えたものの、なに、戦う方法は色々ある、と彼女自身は存外に飄々としていたから拍子抜けをしてしまったけれど。
「……野分ちゃん、もう少し大きくなったときに適性検査受けてたら戦艦適性あったかもね」
「いや、ないと思いますけど」
「わっかんないよー? 複数に適性を示す娘は結構いるんだよ?」
あのまっすぐさが、少し似ていると思ったのだ。
彼女は戦艦で、この子は駆逐艦。もしかしたら馬鹿なことをしているのかもしれない。それでも、どこかわくわくしている私がいた。なるほど、確かに彼女の言う通り、人を育てるということはこんなにも面白い。
「まぁでも」
びく、と野分ちゃんが体を揺らす。
「まずはきちんと避けられるようになってからだけど、ね」
さてと、雑談も楽しいけれど今日はこの辺にしておかないと。
軽巡洋艦は駆逐艦のボス。彼女らが戦場で死なないよう、日々しごいてあげるのも立派な務めの一つだ。
「絶対に、足止めちゃだめだからね?」
そういえば川内ちゃん、今鬼の川内とかこっそり呼ばれているんだっけ。川内型の訓練は地獄、どいつもこいつも頭がおかしいなんて言われているみたいだけど、失礼しちゃうよねぇ、川内ちゃん。
那珂ちゃんから見たら、あれ、大分優しいと思うんだけどな。
※
「のわっち~、生きてる?」
二段ベッドの上でうつ伏せになってうめいていると、梯子を上って舞風がひょっこりと顔をのぞかせた。
「いきて……る」
「だから言ったのに。那珂ちゃんさんとの訓練の前はご飯食べない方がいいよって」
「吐かなくなったら、勝ちだと思ってるから」
「のわっち、何と戦ってるの……?」
私もよくわからない。でもご飯はしっかり食べないと強い体は作れないし。そんなわけで那珂さんの砲撃の雨をかいくぐって踊りまくれ! 訓練を終え、無事にお昼をすっかりと戻してしまった私は、これじゃダメだ、と晩御飯を無心にかきこみ、そうして今気持ち悪くなってベッドに倒れこんでいるのである。
「見送り……」
「そんなんじゃ無理でしょ、寝てなよ」
「うぅ」
「でも寮に自力で帰ってこられるようになったのは進歩じゃない? 偉い偉い」
そう言ってよしよし、と舞風に頭をなでられる。いや、うん。私よりも幼い見た目の舞風にそうされると、なんというかむずがゆいんだけれど。
ああ、でも実際には年上なんだろうか。艦娘になると見た目が変わらなくなるというし。
──そもそもこの子は、呉で姉と一緒に戦っていたというのだから。
「帰ってきたら一緒に間宮いこ?」
「……うん」
そうして笑って軽やかに梯子を降りていく舞風を、のそりと上体を起こして見送る。その拍子に、部屋の隅に立てかけられているヴァイオリンケースが視界に入った。
「いってきまーす」
部屋を出ていくときにそう言ってひらりと手を振った舞風に手を振り返す。バタン、と扉が閉まり、静寂が部屋に満ちた。
「……疲れないのかな」
ああやって、いつもいつも笑っているのって。
誰に聞かせるでもなく呟いて、そうして私はばふ、と枕に顔をうずめるのであった。
※
「のわっち、結構子供っぽいよな~」
バタン、と後ろ手で扉を閉じ、ひとりごちる。
「……」
とん、と一歩蹴りだして、軽くその場でターンを決めてから歩き出す。うん。今日もあたしは絶好調。やっていたのはアイスダンスだから踊り自体は我流だけれど、中々に様になっていると自画自賛。やっぱりこうやって体を動かすのはいい。ひと時でも、全てを忘れることができるから。
※
同じ艦艇の艦娘なのに、姉妹であるというのに。あの二人はどこまでも違っていた。
野分は、あの子の姉はあたしが呉鎮守府に配属された頃には既に艦隊のエースとして活躍していた。
「……舞風?」
私達艦娘は、艦艇の付喪神の心に引っ張られやすい存在だ。野分と初めて会った時、彼女はぼろぼろと涙をこぼしながらすがりつくかのようにあたしを抱きしめた。そのときわけもわからずあたしも泣いてしまっていたのだから、きっと
いつでもどこでも一緒だった。第四駆逐隊の中で、特に野分とは仲がよかった。いつ、いかなるときも。あの日まで、二人は仲睦まじく過ごしていたのだ。
艦娘は多かれ少なかれ艦艇の付喪神の心に引っ張られる。だから、艦艇の舞風が野分を好きだったようにあたしも艦娘の野分を好ましく思っていたし、野分もそうだった。これがあたし自身の心なのか、そうでないのか。そういうのは、どうでもよかった。
だから気づかなかった。野分が、今度こそ『舞風』を失うまいと少々行き過ぎた行動をとっていたことに。
だから気づかなかった。練度不足のまま前線に投入される恐怖を、彼女に依存することで誤魔化していた自分自身に。
──自身の弱さで置き去りにされたというのに。その弱さから彼女に縋っていた
気づいた頃には、全てを失っていた。
「取り上げないから。まずは僕に顔を見せてくれないかな」
もめ事を起こしたあの日から、あたしはろくに戦えなくなってしまっていた。そうしてついに、お前はもう用済みだとこの横須賀鎮守府に転籍させられたのだ。艦娘は死んでもその形見を家族に手渡すことができない、死んだことすら伝えられない。だから、形見分けは近しい艦娘で行う。だから、あたしは。彼女のヴァイオリンを誰にも渡すまいと、頑なに胸に抱えながらこの鎮守府へと訪れたのだ。
彼のその言葉に恐る恐る顔をあげると、どこか困ったかのように彼は笑った。彼は、随分呉の鎮守府の提督と性格も見た目も異なっていた。頑強な体躯と猛禽類のようにぎらついた目。呉の提督はまさに軍人という風体だった。そしてその態度は常に何かを馬鹿にしているかのようで、苦手だった。だというのに、この横須賀の提督はまるで逆。どちらかというと文学青年といった雰囲気で、線は細く、軍服を着こなすというより軍服に着られているかのような印象。柔和な目のその下にはうっすらとくまができていて、言ってしまえば頼りない雰囲気を醸し出していた。
「ここは呉と結構違うから、最初はちょっと戸惑ってしまうかもね」
彼の言う通り、この場所の雰囲気は呉とは大分異なっていた。呉鎮守府に所属する艦娘は好戦的な娘が多く、また、最前線を支える拠点ということもあり、あの場所はいつもどこかぴりぴりと張り詰めた空気が漂っていた。一方ここは海上護衛をメインとする艦娘が多く存在しているせいか、もちろんやるときはやるのだけれども、基本的には穏やかな娘が多いように思えた。
海上護衛を馬鹿にするわけではないけれども、それでもあの大規模作戦、大規模輸送作戦を通して多くの仲間を失ってきたあたしにとっては、ここで過ごす日々は穏やかなものだった。だから、いつまでもいつまでも、この心にぽっかりと空いた穴はふさげずとも、こういう形で人を支え続けるのもいいのかもしれないと思えるようになってきた頃に。
「──陽炎型駆逐艦十五番艦、野分。着任いたしました」
彼女はこの場所にやってきたのだった。
嫌がらせかな、と思った。今空きがある部屋があたしの二人部屋だけだったのも、よりによって新たに着任してきたのが“野分”であったのも。
提督は気を使ってくれて、部屋割りを変えようか、と提案してくれた。でも、あたしはそれをつっぱねたのだ。
「やっほー、あたし、舞風! よろしくね、のわっち!」
「の、のわ……?」
だってあたしの野分はあの子だけだもん。この子が同じ野分という艦艇の艦娘なのだとしても関係ない、だってこの子は赤の他人なのだから。この子のことを頑なに野分、と呼ばないのはあたしなりの抵抗でもあった。それを多分、誰も気づきはしないだろうけれど。
綺麗な子だな、と思った。新人は大体髪の毛の色が落ち着いていないのだけれど、彼女の銀髪はムラひとつない美しいものであった。緊張のせいもあったのだろうけれども、仏頂面であたしの後ろをついて回る彼女を見て、やっぱり全然違うやって。
「……Своя ноша не тянет」
そうやってどことなくほっとしていたのに。
「え?」
「ロシアの諺で、好きでやっていること、自分のためになることは苦にならない、って意味」
「……読める、の?」
これは、あんまりじゃあ、ないだろうか。
部屋に立てかけてあったヴァイオリンケース。寮の自室に案内をすると、彼女はそれに目を留め──そのヴァイオリンケースの一部に書かれていた文字を見つけ、目を見開いたのだ。
「おじいちゃんが、ロシア人だったから。少しだけ」
『──おじいちゃんがロシア人でね』
そういうことだって、あるのだろう。響ちゃんだってお母さんがロシア人だと言っていた。だから、そういう偶然があったって、別に。
『妹の髪が、ちょうどこんな綺麗な銀色なんだ。せっかくお揃いになったんだけどな』
おかしく、なんて。
ないはずだ、と自分に言い聞かせていても、どくんどくんと跳ねる心臓が、うるさくてしょうがなかった。
「……あのね。私の姉さん、数年前に艦娘になったの。私と同じ、野分」
ああ、神様。いるのかどうか、知らないけれど。
「一年前くらいかな。今までずっと定期的に届いていた手紙がぱったり途絶えて。……これって、やっぱりそういうことかな」
いるのだとしたら。この仕打ちは、あんまりじゃあ、ないだろうか。
だって私は、この子のお姉さんを殺してしまった張本人なのだから。
※
くるくる、くるくる。この関係性は、いったい何なのだろう。
結果的に言えば、のわっちはあたしを責めることをしなかった。その代わり、艦娘として過ごしていた野分についてよく尋ねてきた。最初はそれに戸惑っていたものの、恐る恐る、とつとつと語れば、静かに頷きながら彼女は耳を傾けてくれたから。だからあたしは、罪悪感を抱えながらも野分と過ごした日々を彼女に語ったのだ。思えば、それはあたしにとってよかったのかもしれない。皆、死んだやつのことなんて忘れろって言うから。だから死んでしまった野分の話をせがむ彼女に促され、野分との思い出を話すことで、ああ、あたし、まだ野分のことを忘れなくてもいいんだな、ってまだ胸の内でくすぶっていた感情を理解して、少しばかり気が楽になったから。
そうして、野分に比べれば言葉足らずで寡黙なのわっちではあったけれど、彼女もまたぽつり、ぽつりとあたしの知らない野分との時間を話してくれた。
休日に、姉が演奏するヴァイオリンを目の前の特等席で聞くのが好きだったこと。
自分はヴァイオリンの才能がなかったものだから、それに耳を傾けながらつたない歌でもってそれを返すと姉が嬉しそうに笑ってくれていたこと。そんな、他愛もないことを、とつとつと。
歌、聞きたいな、と言えば、やだよ、恥ずかしいとにべもなく断られ。そうしてたまたま、今となっては彼女のお気に入りスポットになっている庁舎の一角、表通りから少し離れたところにぽつんとあるベンチに腰掛け、本を読みながら彼女が歌を口ずさんでいるのを聞いて。すっごい上手! っと思わず声をかければ、うっすらと頬を染めて、それを見られまいと手に持っていた本でもってその表情を隠した彼女は、存外に可愛いところもあるな、と思った。
くるくる、くるくる。あたしとのわっちの間には、野分という一人の女の子の存在が常にあった。そこに特別な感情はなく、ただただ、野分という存在を介して繋がる関係。この関係性は、一体何なのだろう。
暗いのは嫌いだから。だからどんなに辛くても笑うようにしている。楽しそうに皆を巻き込んで踊りだせば、皆も最後には笑ってくれるから。だからあたしは、そうやってずっと笑い続けて。そうして、あたしは、あたしの心がよくわからなくなってしまった。
くるり、くるり。彼女が笑った姿は、いつもの仏頂面とのギャップもあって可愛らしいと思う。野分のヴァイオリンが好きだったという彼女の歌に合わせてステップを踏むのだって、楽しい。そう、思うはずなのに。
──時折。あの子を見ているとどうしようもなく苦しくなってしまうのは。一体、なぜなのだろう。