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「──大本営より多段階中規模作戦が発令されました」
提督の隣に並ぶ秘書艦である大淀さんが発した言葉によって、講堂内の艦娘達がざわめいた。
「またなの?」
「ラバウルでドンパチをやったばかりだっていうのに、せわしないね」
近くにいた暁と響が小声でやりとりをしているのを聞きながら、提督に視線をやる。彼はどこか疲れたような表情で胸ポケットをいじりながら大淀さんの言葉をついだ。
「知っての通り、僕ら横須賀鎮守府の任務は海上護衛だ。ここにいる何人かは残ってもらっていつも通り物資輸送護衛任務を続けてもらいます」
……ここにいる、何人かは? その言葉に内心頭を傾げていると、何人かがため息をついた。なんだろう、と見回していると、苦笑いしながら提督が言葉を続けた。
「で、これもいつも通り。本作戦に参加せよと呉鎮守府から要請が出ています」
「つまるところ引き抜きですね」
「今、どこもかしこも人手不足だからね。皆には迷惑をかけるけど……」
そうして今作戦の概要が提示される。作戦海域はガダルカナル島近海。そこを中心としたE海域の終息を目標とする旨が伝えられた。
「本作戦に参加する艦娘はサイパンを経由しトラック基地に向かってもらいます。詳細はそこにいる本作戦の旗艦より聞くように」
「それでは本作戦に要請されている艦娘を読み上げます。第六駆逐隊、暁、電──」
かなりの数の艦娘が読み上げられる。ここにいる半分くらい呼ばれてない? と思ったところで。
「──それから、舞風、野分」
「……え?」
「以上、名前を呼びあげられた者はここ、大講堂に残ってください。今後の作戦行動について伝達します」
「野分も!? まだろくに輸送任務にだって従事してないじゃない!」
「そうは言っても、上の命令だからね……」
雷が小声で憤り、響がそれを窘める。まさか呼ばれると思っていなかった私は、少なからず動揺していた。ちらりと響がこちらに振り返りながら、安心させるように声をかけてきた。
「気負わなくていい」
「う、ん……」
「野分は運がいい。響達も、舞風も那珂さんだってついている」
そうやって笑う響に、ざわついていた心が幾ばくか落ち着く。決しておしゃべりな方ではないけれど、響の静かで、それでいて自信に満ち溢れた言動はいつだって自分を勇気づけてくれていた。
そうだ、私は艦娘なんだから。戦うためにこの場所にいるんだ、こんなところで怖気づいてどうする、と頭を思いっきり振って恐怖心を隅に追いやる。駆逐艦は度胸。度胸すら失ってしまったら、それこそどうしようもない。
話が一段落したところで、一瞬間があく。そうして提督は、喉元の咽頭マイクをいじりながら、
「"みんな、どんなときも自分と仲間の命を第一にね"」
と静かに告げた。
ぴり、と講堂内の空気が一瞬揺れたような気がした。微かな違和感に戸惑っていると、そこで一旦解散となり、引き続き護衛任務に従事する艦娘達がはけていく。
「なんか、今、変じゃなかった?」
「うん? ああ、野分は強制命令執行権受けるの初めてかい」
強制命令執行権。その物騒な響きの言葉は聞き覚えがある。思わずぎょっとしていると、電が笑いながら話しかけてきた。
「横須賀の提督さんはこれしか命令しないから大丈夫なのです」
「そもそもこんな曖昧な命令じゃほぼ効果もない。願掛けみたいなものだよ」
強大な力を有する艦娘を御するために提督という職についた人間に与えられる力、強制命令執行権。どんなに嫌でも、各提督の首元についている咽頭マイクを通して命令を受ければ従わざるを得ない。その命令は単純であれば単純であるほどに効果が大きいのだという。
「今回の作戦指揮は呉の提督だから上書きされればそれまでなんだけど、そもそもあの人は強制命令執行権をつかわないしね」
「外聞もあるから滅多なことでは使われないのよ、安心しなさいったら!」
「そ、そっか」
響と暁の言葉にほっと胸をなでおろす。そうして本当に自分はなにも知らないのだな、と少し心配になってきた。皆が当たり前に知っていることを私は知識としては知っていても、経験としては蓄積してきていないから。
「今回は別作戦だねぇ」
「隼鷹さん」
途中隼鷹さんとすれ違う。どうやら隼鷹さんは今回は護衛任務側らしい。
「ま、隣で景気づけはしてやれないけど、野分達の血肉になる燃料諸々はあたしらが死ぬ気で届けてやるからさ」
「……隼鷹さん」
ぽんぽん、と私の頭を叩いて隼鷹さんが笑いかける。うん、私自身はなにもかもが足りないかもしれないけれど。人に、恵まれていると思う。こんなに弱くて要領も悪いのに、こうやって周りは私を信頼して、支えようとしてくれる。
私も隼鷹さんに笑いかける。そうしてそれを見てに、と笑った隼鷹さん越しに飛鷹さんを見ながら。
「飛鷹さん、お酒の管理よろしくお願いします」
「ちょっと!?」
「言われなくても」
そうして飛鷹さんとサムズアップにて心を通わせながら、講堂を出ていく彼女らを見送るのであった。
※
横須賀をたち、サイパンを経由してトラック前線基地へと向かう。横須賀をたつ頃はまだ秋の肌寒さを感じ取れたものだけれど、南へ進み、サイパンに着く頃には灼熱の太陽がすべてを燃やし尽くさんとばかりにさんさんと輝きはじめた。
鉄の塊であった艦艇の付喪神の力を借り受ける私達艦娘は、寒さにはある程度の耐性がある。の、だけれど、さすがに暑さには耐えきれないのか、じりじりと焦げるような暑さのなか海の上を延々と航行し続けるのは中々に骨が折れた。
気がかりもあった。今回の多段階中規模作戦に組み込まれたことが発表されたあたりから、舞風の元気がない。それはサイパンをたち、トラックに向かう頃にはより顕著になり、いつもは陽気に皆に話しかける彼女にしては珍しく、黙り込むことが多くなっていった。
「大丈夫?」
「え?」
おりをみて、すいと舞風に近寄り話しかける。
「なんか、元気なさそうだったから。体調、悪い?」
「あ、んーん! 全然、そんなんじゃないの!」
慌てて否定してみせて、あはは、と笑ってみせる。どこか無理をしているのは、誰の目にも明らかだった。気づかわしげにじっとみていると、はたと笑うのをやめ、逃げるように視線を逸らされた。
「別にね、体調は大丈夫だよ」
「……そう?」
「うん……ただ」
そこで言葉を切って、舞風はぽつりと呟いた。
「トラックは、あんまり好きじゃないから」
どういう、意味だろう。
その真意を聞きたくとも、なんとなく舞風から拒絶の空気を感じ取った私はそこで黙り込んだ。
トラック諸島。西大西洋に位置する、天然の環礁に囲われた火山島群。今はこの辺りは雨季に当たるらしく、道中何度も雨に降られ、日中もじっとりと湿度を含んだ空気がまとわりつくこの海の先にある島。今でこそ落ち着いているらしいが、それこそ数年前はそのトラック諸島ですら深海棲艦の制海権内で、戦火はなはだしいものだったと聞く。
それは、はたして姉に関する記憶なのか、あるいは。私では感じ取れない、なんらかの“舞風”のしがらみなのか。
いつもいつも笑ってその場を和ませてくれる舞風は、滅多なことではその内面をさらそうとしない。付き合いも決して短くないけれど、私は彼女が怒ったりだとか、泣いたりだとか。そういった負の感情を発露させる瞬間を未だ見たことがなかった。そんな彼女だからこそ、よく周りを見て自分の気持なんか二の次で他人を気にかける彼女であるからこそ私は彼女を好ましく思っていたけれど、それと同時に、無性に、ひどく不安にかられることがあった。
『──次は、私の番だ』
なんで今この言葉を思い出すのだろう。縁起が悪い、と頭を振ってその言葉を追いやる。だめだ、初めて大きな作戦に参加するからって弱気になるな。
適性も低い、経験もない。センスもなければ、艦種としても頼りない。なにもないからこそ、心だけはしっかり保たねば、それこそこんなところにいる資格すらないだろう。
ぱん、と思いっきり両手で頬をはたいて気合を入れると、それにびっくりした舞風が目を瞬かせながらこっちに振り返った。
「他の鎮守府にいる艦娘達と滅多に喋る機会がないから、ちょっと楽しみだな」
なんて、から元気でもって笑いかける。よくわからない不安なんて考えるだけエネルギーの無駄だ。それからいつも私を元気づけてくれる相方の元気がないというのなら、こうやって笑いかけるのがいつももらってばかりの私のやるべきことだろう。
そうやって笑いかけていると、舞風は少し困ったような顔をして、色んな子がいるよ、ほんと、とぽつりと返してくれた。
『──見えた』
無線で、先をゆく那珂さんが皆に声をかける。それに釣られ、水平線の彼方を見やる。白く泡立つ珊瑚礁に囲まれ。ぽつんと、小さな島が視界に入った。
『あれがトラック基地の中心地。夏島だよ』
鮮やかな青空の下。青々と木々が生い茂る、自然豊かな島々。それを遠目に捉え。
思わず、目を細めた。
※
おじさんの手伝いをしていた私は、ふと手を止めて海を見やった。珊瑚礁の外礁に囲まれたここ、夏島の礁内の水面は普段はさざなみひとつない静かなものだった。だというのに今日は、白く泡立つ外礁の切れ目の水道から、何人もの人達が波を蹴立てて滑り込むようにこの島に上陸していた。
「……なんか、騒がしいね」
「ああ、ラバウルかソロモンか。あの辺でまたなんかあるみたいだな」
「ふぅん」
さらさらと椰子の葉が奏でる葉擦れの音に耳を傾けながら、私とそう年も変わらなさそうな少女達を見送っていると、おじさんが漁船の上からぶっきらぼうに声をかけてきた。
「よそ見してないで手伝ってくれ」
「あ、ごめんなさい」
積み荷を運び入れる作業を再開する。意外に力持ちで、それでもって中々に不器用だった私は、結局おばさんの手伝いよりもこういった力仕事がメインなおじさんを手伝っている方が性に合っていた。なにより、こうやって船の上から見渡すトラック諸島の海はとても綺麗なのだ。紺碧を溶かし込んだかのように美しい
よいしょ、と最後の積み荷を運び入れ、ふうと一息ついていると、おじさんがこちらに歩み寄ってきた。なんだろう、ときょとんと彼を見上げていると、彼はおもむろに私の前髪をかきあげた。
「……傷、残っちまったな」
「生きてるだけで十分だよ」
トラック諸島の公用語は英語だ。もちろんこの島の言語もあるけれど、大抵の人達は英語でもってコミュニケーションをとっている。そんな中、第一次世界大戦後から第二次世界大戦まで日本の委任統治領となり、海軍の基地を建設されていた関係で日本語を流暢に話せる人達もこの島にちらほらといた。
おじさんもそんな人達のうちのひとりで、記憶を失い、英語でのコミュニケーションすら怪しかった私の面倒をよく見てくれていた。
おじさんがさらりと私の髪をかきあげたついでに、いつもは前髪で隠れている、額の右、髪のつけ根付近に残る大きな傷跡をそっとなでていった。
「生きてて、自分が誰なのかもわからない私の面倒を見てくれる優しい人達に囲まれて。これ以上望んだらバチがあたっちゃうよ」
乗っていた船が襲われたのかなんなのか。このトラック諸島の外礁に息も絶え絶えな状態で引っかかっていたらしい見ず知らずの私を助け、そうして衣食住まで与えてくれている。これ以上にない幸運だと思う。それに、英語でのコミュニケーションは未だに手こずるけれども、私はこの島に住む優しい人達が大好きだから。だから傷が残ろうがなんだろうが、この生活に不満なんてない。そうやっておじさんに笑いかけると、彼は難しい顔をして黙り込んだ。
「……髪」
「ん?」
「すっかり、真っ黒だ」
「ああ」
そう言われて自身の毛先をつまんで見やる。カタコトの英語しか喋れなく、知り合いだと名乗り上げる人すらいなかった私がこの島の住人だとは思っていなかったけれども。ついでに言うと日本語しか流暢に話せなかったし、まぁ日本人なんだろうなぁと当たりはついていたけれど、それにしても。
「髪染めてたなんて、不良だったのかなぁ私」
「そりゃねぇな」
「そう?」
「居住まいが不良のそれじゃない」
そう言っておじさんは大きめの麦わら帽子を私にがっぽりとはめた。
ぞんざいだけれども、おじさんのこういう気遣いは心地が良かった。ぎゅ、と麦わら帽子を被りなおして、くすくすと笑いながらおじさんを見上げる。
「うーん、でもやっぱり不良だったんだと思うよ、私」
日本人であんな色に染めている人なんて、滅多にいないし。
「全部抜け落ちちゃったとき、ちょっともったいないなぁって。思っちゃったんだよね」
それでも。あの色を失ってしまったことは、妙に悲しかった。だからきっと、思い入れがあったのだと思う。
「綺麗な銀色だったから」
その理由を。今の私は、知る由もないのだけれど。