そうして夜は明ける   作:moco(もこ)

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 夏島の北から左回りでぐるりと回り込み港へと向かう。途中、左手に見えたまっすぐ一本伸びた滑走路が目に止まった。本当に一本だけ、異物のように島に横付けされたそのコンクリートの白さに思わず目をすがめた。

 

『飛行機、飛んでるの?』

『今はね。本数は本当に少ないけど』

 

 へぇ、と呟いて、島の全容を見渡す。青々と茂った小高い丘とも山ともとれぬその頂の向こう側に空全面を覆うかのような大きな積乱雲。サイパンに寄ったときも思ったけれど、空の青さも、そして海の色も日本と何もかも違う。なにもかもが鮮やかな島だな、とついつい見入っていると、那珂さんが無線で注意を飛ばした。

 

『よそ見して珊瑚にひっかからないようにね』

「……っと!」

 

 その言葉に思わず海面を確認する。透き通った海であるからこそ、珊瑚礁がよく見えた。慌てて針路を調整し、素直に後ろをついていく。港は、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 到着と同時に休む間もなく大広間に集合するよう伝達される。どうやら横須賀組が一番最後にトラック入りをしたらしく、現段階の情報の共有及び作戦の再確認を行うという。

 少し早めに大広間に向かうと、定時までまだ時間があったこともあり、人はまばらだった。

 

「いっつも北だからこうも暑いと調子狂うよなぁ、北上さん?」

「うるさい話しかけんな」

「ひゅーぅ、ブリザード級塩対応で江風の体温調整してくれてンの?」

「……なんでよりによってこいつと」

 

 知ってる人まだ来てないや、どうしようかなと思っていると、不機嫌そうな軽巡っぽい人とその隣で対照的にからからと陽気に笑っている女の子が私の隣を通り過ぎていった。何の気なしにその二人を視線で追う。

 

「あ」

「げっ」

 

 そうしてとある人物を見かけた途端、不機嫌だった女の人が急に上機嫌になってその人に近寄っていった。

 

「英語要員でいると思ってたけどさぁ〜、人の顔見てそりゃないでしょ、大井っち」

「……北上さん」

「なんだ、雷巡そろい踏みだな。大湊からは二人だけか?」

「二人も出してるだけいいでしょー、あそこホント人数カツカツなんだよ」

 

 あの人、眼帯してる。戦闘による後遺症かな、と思っていると、隣にいた大井っちと呼ばれた綺麗な女性が半目でその人をにらんだ。

 

「木曾、夜戦メインだからってそれあんま使うんじゃないわよ」

「善処はするさ」

「あんたのそれはアテになんないの!! やっぱり補給艦にバリさん括りつけて連れてくればよかった!」

「やめてやれよ……あの人、船酔いひどいんだから」

「木曾のカウンセラーだっけ? なんかさ、聞けば聞くほど……その人、本当に元艦娘?」

「ああ。ただちょっと、ほとんど海に出たことがないだけで」

「夕張さんにも色んなタイプがいるンですね……」

 

 がやがやと喧騒が強くなる。そろそろ、定刻か。入口からようやく見知った顔ぶれを見つけ、少しほっとしながら彼女らに歩み寄るのであった。

 

 

 駆逐の列に並び、体育座りでもって前方のボードを見つめる。前方に並んでいるのは今回の旗艦である呉鎮守府所属の川内さんと、妹の神通さんだ。

 E海域発生報告が上がった当初はガダルカナル島周辺海域に姫、鬼級の根城があると思われるという程度の情報しかなかったが、私達がトラックの前線基地に到着する頃には足の早い艦娘達による強行偵察、潜水艦による敵地偵察などが進み、拠点はバニラ湾沖であるというところまで突き止めたらしい。

 

「本作戦の撃破目標を、駆逐水鬼と大本営は名付けた。艦種が駆逐だからと侮るな、あれは正真正銘のバケモンだ」

 

 川内さんが紙を受け取り、ひとつ頷いてからそれをボードに貼りつけ全員に見せる。

 

「これが駆逐水鬼だ。秋雲の趣味も役に立つもんだね」

「光栄でーす!」

 

 へへ、と笑って秋雲と呼ばれた女の子が下がる。

 ──人、みたいだ。

 それを見たときにまず思ったのは、そんなこと。そもそも人型自体資料でしか見たことがなかったけれど、そこに載っていた戦艦ル級などはまだ異形らしさが残る顔立ちだったのに対し、そこに描かれる駆逐水鬼はその不気味な艤装に目をつぶってしまえば、それこそどこにでもいるような女の子のようにすら見えた。

 

「姫、鬼級と初めて相対するやつもいるだろうから改めて言っておく。いいか、見た目がか弱そうに見える奴ほど、えぐい。火力は戦艦、雷装は雷巡並みだという報告が上がっている」

「はいっ!」

「なんだ島風」

「それ本当に駆逐なんですか!」

 

 ぴょんっと跳ねながら挙手をして、誰しもが思いつつも聞けなかったことをさらりと島風が聞く。と、同時に思いっきり川内さんが舌打ちした。

 

「大本営に聞け、あたしが決めたんじゃないし」

「まぁ、過去にも艦種区分に疑問が残る個体は何体かいましたし」

「とりあえずすっごい強いやつって覚えとけ」

 

 隣の神通さんがフォローをいれつつ、川内さんが座れ座れ、と島風をぞんざいにあしらいながら話を続けた。

 

「今までのところ、こいつは夜にしか観測されていない。だから今回の作戦ではあたしら水雷屋にお呼びがかかったってわけ」

「ただしバニラ湾沖を中心にあの海域は制海権および制空権がとれていませんので。他の艦種の方々には支援艦隊としてこれらの露払いをしてもらう手筈となっています」

 

 本作戦は多段階作戦であるため、まず第一の目標をショートランド島と定め、そこまでの前路掃討およびそこに駆逐水鬼攻略に十分な物資量を輸送すること。そしてそこが一段落したところで、バニラ湾沖に出没する駆逐水鬼を集中的に叩く旨を伝えられた。

 

「ラバウルが取られたから前線基地はここだ。おかげさまでショートランドまでの往復だって結構きつい。おまけに今はあの辺は深海棲艦の制海権、制空権内だ。厳しい作戦になる」

「まずはショートランド周辺の制海権及び制空権の奪回。別動隊で空母機動部隊には敵空母機動部隊を叩いてもらう手筈になっています」

「ま、一時的に奪回して十分量の物資を運び込めたとしても、あそこは物資補給地点くらいにしか機能しないだろうから。小破程度ならまだしもそれ以上の応急処置は難しい、その場合は悪いんだけどトラックまでその体を引きずって帰ってきてもらうことになる……こっからショートランドまで千海里くらいだっけ?」

「そうですね。三十五ノットで何事もなく直線距離で往復したとして二日と少しですから。往復三日、四日程度の距離でしょうか」

 

 その言葉にうへぇ、と辟易した声があがる。これは長い戦いになるな、と思わずぎゅ、と腕を掴む手に力が入った。

 その後、次に出撃する艦隊の発表、と続いてトラック基地での生活にまで話は広がった。

 艦娘用の主な宿泊設備は春島にあるのでそこで寝泊りをすること。トラック基地全体はまだまだあっちこっち突貫工事だらけで、夏島の即席で建てられた療養設備には限りがあること。艤装の破損がひどい場合やすぐに戦線復帰が難しそうな負傷をした艦娘は応急処置後、横須賀や呉に帰港させ、トラック、バニラ湾間の出撃回転数を極力維持する旨などが伝えられ、作戦会議はそこで解散となった。

 

「ラバウルが取れてりゃね」

「深海棲艦と一進一退を極めているラバウルでの前線構築に固執して資材を無駄にするよりかは、基地構築がある程度完成しているトラックを拠点にしてE海域の攻略を進める方がロスが少ないという判断なんでしょうね」

「わかるんだけどねぇ」

「呉からサイパンよりは近いでしょう」

「ラバウルに基地構築できてりゃ六百海里だったけどね」

「それだけ敵からの攻撃も苛烈になりやすいと考えれば、妥当なリスクヘッジだと思いますよ、姉さん」

 

 がやがやと喧騒と共に人がはけていく中、駆逐の列に並んでいた私は那珂さんを探していた。後で自分のところへくるようにって言ってたけれどなんだろう、ときょろきょろとしていると、今回の旗艦である川内さんと神通さんが先遣隊があげたのであろう戦闘報告書の束に目を通しながら私の横を通り過ぎていった。

 

「やっほー、川内ちゃん」

「那珂」

「今回旗艦だって? 大出世だね!」

「責任ばっか重くなってしょうがない。お金はなぜかそれに比例しないしね」

 

 そして、彼女らの前にぴょん、と人混みをかき分け探し人が登場。どうやら川内さん達とは顔見知りのようで、楽しそうに話している。

 どうしよう、どこで声をかけようか。川内さんが笑って那珂さんの頭を軽くぽんぽんと叩いたところでようやくこちらに気づいた那珂さんが、手を振って私に声をかけた。

 

「やっほ野分ちゃん。ごめんね、待っててくれたの?」

 

 それにつられ、隣にいた川内さんもこちらを見やる。さっきまでの那珂さんに対する態度が嘘のように冷めた目線を投げかけられた。

 

「なに、こいつ」

「野分ちゃんだよ、那珂ちゃんの秘蔵っ子です!」

「ふーん」

 

 じろじろと上から下まで値踏みをするかのような眼差しに不快感を覚える。なんだろう、すっごく感じが悪い。

 

「本当にこいつ大丈夫なの、那珂」

 

 そんでもって、はっと小馬鹿にするようにそう言われれば、いくら今回の旗艦とはいえ、いくら軽巡洋艦であるとはいえカチンとくるわけで。

 

「お、態度は結構露骨じゃん」

「……なんなんですか、あなた」

「ん? あたし? 旗艦様だよ、口の利き方、それから態度に気をつけな」

 

 ひゅっと川内さんが右手に持っていたものを上空へと放る。どこか見覚えのあるそれを目で追って。

 

「……あ! 私の財布!!」

 

 一拍おいてバッと自分のスカートのポケットを上から押さえた。そこにあるはずの膨らみがなかった。

 

「姉さん、いつの間に……」

「さっきすれ違ったとき。隙だらけなんだもん、こいつ」

 

 ぽーんぽーんと私の財布を弄びながら、にやにやと癇に障る笑みでもって挑発してくる。こ、この人……!! 

 

「那珂ちゃんちょーっぷ!!」

「あいてっ」

 

 キッと川内さんを睨みつけてると、那珂さんが川内さんの背後からチョップを食らわせた。

 

「いくら川内ちゃんでも那珂ちゃんの部下へのおいたはめっだよ!」

「ちょっとしたスキンシップじゃん」

「相変わらず手癖悪いんだから」

「ちゃんと返すよ、もうお金には困ってないからね」

 

 ほら、という掛け声と共に投げられた財布は、きれいな放物線を描いて私の手の中へと収まった。

 

「と、とと」

「新入りっぽいけどそんなの関係ない。今回の作戦、基本的な指揮はあたしだから。使えないと思ったら外す」

「……! できます! 足手まといになんかなりません!」

「威勢だけはいいねぇ~」

 

 ひらりと手を振り、話は終わりだと言わんばかりにこちらに背を向けて川内さんが去っていく。その姿を見送っていると、那珂さんがこっそりと耳打ちしてきた。

 

「川内ちゃん、口は悪いけど優しいから。あれ、無駄死にさせたくないってだけだからね」

「なーかー。聞こえてる」

「あと地獄耳だから気をつけてね」

「なーかー!」

「はいはーい」

 

 最前線で常に戦い続ける呉鎮守府所属のエースであるという川内さん。その後姿が見えなくなるまでにらみつけ。

 

「……私」

 

 そうして、彼女の姿が見えなくなったところで、万感の思いを込めて吐き捨てた。

 

「あの人、嫌いです」

「あちゃ~、ファーストコンタクト、ミスっちゃったかぁ~」

 

 そうして私の言葉に思わず那珂さんが頭を抱えたのだけれども、こればっかりはどうにも譲れそうになかった。

 

 

 ふと、遠くで軽やかにその金色の髪をなびかせながら一人の艦娘にかけよる女の子が目に留まった。そうしてその女の子は、むっつりとしていた子の頬をむにむにと引っ張って笑いかけていた。

 

「……」

「初風」

「わかってるわよ」

 

 遠くからその女の子──舞風をじっと見ていたら、雪風が心配そうに私の服の裾を引っ張った。それに短く答える。

 

『無理して笑ってんじゃないわよ!!』

 

 我慢の限界だったのだ。舞風は呉鎮守府におけるムードメーカーだった。自身のしんどさなどはおくびにも出さず、にこにこ、にこにこと相手を気にかけ場を和ませる。それは彼女の相棒である野分が沈んだ後も変わらなかった。

 舞風は、場の空気を読む。その場にそぐわない自身の気持ちは押し殺す。だからあの日、かっとなってへらへらしてる舞風の胸ぐらに掴みかかってしまったのだ。自分はそんなに頼りないかと。同じ陽炎型として舞風の友達だと思っていた私は、内面を頑なに晒そうとしない彼女にあたってしまったのだ。

 

『……じゃあ、どうしたらいいの?』

 

 だから、あたってから後悔した。彼女だって、一人のただの女の子だということを。明るい表情の下に、どれ程の怯え、後悔、弱さをを隠していたのかということを。あの瞬間まで、本当の意味で気づけなかった自身の愚かさを。

 

『暗い雰囲気は、苦手だもん。皆だって悲しいのも、それに浸ってる暇がないのも知ってるよ』

 

 すぅっと一筋の涙が彼女の頬を伝う。それがきっかけとなって彼女の瞳から次々と雫が溢れ落ちる。

 

『……舞、風』

『ねぇ、どうしたらいいの? ねぇ』

『ちょっと、何事!?』

 

 騒ぎを聞きつけ、駆け寄ってくる霧島さんが私達の間に入るまで。

 

『どうしたらいいか、教えてよぉ……!!』

 

 掴みかかった私の手にすがりながら、崩れ落ちそうになりながら。今までに聞いたことのないような彼女の悲痛な声を聞いて。私は、今までどうにかこうにか危ういバランスでもって立っていた彼女に、決定的なとどめをさしてしまったことをひどく後悔したのだった。

 

「とりあえず表面上は元気そうでよかったわ」

「初風」

「別に喧嘩なんか売らないから。心配しすぎじゃない?」

 

 ぺしっと指先で雪風のおでこを弾くと、あいたぁ、と気の抜けた悲鳴が上がった。

 

「あんたも舞風も。どうして陽炎型ってのは内に溜め込むのかしら」

「雪風は、別に……」

「はいはいはい」

 

 言い訳を封じるために今度は両頬を引っ張ってやった。この程度で涙目になるコイツがやれ稀代の天才だ奇跡の幸運艦だ呉のエースだなどと持て囃されているのだから呆れる。そして未だこいつの足元にすら及ばない自身の未熟さにも。

 

 ──どうせ死ねないですから。

 

 そう言って笑ったコイツの顔をぶん殴ったあの日が懐かしい。短気で喧嘩っ早く、きつい物言いでしょっちゅうトラブルを起こす自覚があった私は、最初は大人しくしていようと心に決めていたのだ。だというのにまさか着任して数日で傷害沙汰を起こすとは思っていなかった。

 はぁ、と指を雪風の頬からはなしてため息をつくと、少し赤くなった頬をさすりながら雪風が気づかわし気に声をかけてきた。

 

「初風は、優しいですよ」

「なに、急に」

「……なんとなく」

 

 自己嫌悪におちいってそうだなって、という言葉は恐らく飲み込んだのだろう、言えばもれなく私の手が出るから。

 

「私、これから艤装の点検してくるけど」

「あ、雪風も行きます!」

「ん」

 

 過ぎたことだ。今の彼女の所属は横須賀で、彼女の周りにはあの頃と異なる仲間がいて。それでもって、内心はどうか知らないけれど、ああやって笑えるようになったというのならよかったのだ。ならば私がかけるべき言葉などない。

 

「……初風って、損してますよね」

「蒸し返すな」

 

 思わずイラっときて雪風のつむじをぐりぐりと攻撃すると、なんとも情けない悲鳴が彼女から上がった。

 

 

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