そうして夜は明ける   作:moco(もこ)

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 作戦会議後、自由時間ができたので舞風と一緒に中心街に出てみた。何度か来たことがある舞風は慣れた様子で近くのローカルマーケットに私を連れてってくれた。

 色とりどりの掘っ立て小屋に並ぶその日に取れたであろう魚、野菜。今まで日本からろくに出たことがなかった私は、すいすいと歩いていく舞風におっかなびっくりついていきながらもあらゆるものに興味津々で、ついつい目移りをしていた。

 

「あ、ココナッツ売ってるよ、のわっち」

 

 そう言って舞風がとある屋台で立ち止まり、ララニン、と男の人に声をかけて緑の大きな実を指さしてちょうだい、とジェスチャーする。

 

「ららにん?」

「現地語でこんにちはー、みたいな。これしか知らないけど」

 

 そう言って懐から適当に取り出した米ドル紙幣を屋台のお兄さんに見せる。それを見たお兄さんはそこから数枚適当にとってちゃらちゃらと小銭を渡し、作業へととりかかった。

 ……ココナッツって、なんか、茶色でもじゃもじゃしたやつじゃなかったっけ。私の知っているココナッツとは全く異なる青々しい実をひとつ手に取ると、豪快にそのお兄さんが鉈でもって叩き切り、ぞんざいにカットされた実にストローをぶっさしてはい、とそれを舞風に手渡した。それに躊躇いもなく口をつけた舞風に思わず問いかける。

 

「だ、大丈夫なの、それ?」

「少なくともそこら辺の水道水よりは安全だと思うよー、飲む? 冷えてておいしいよ」

 

 はい、と差し出され思わず固まる。いやでも何回も来ているらしい舞風がこう言うのだからと思い立ち、こわごわ口につけてみた。

 ……ほぼ味はない、と感じたあと、仄かな甘味が口に広がった。なるほど、確かに変に癖がある飲み物よりは幾分か飲みやすいかもしれない。慣れるとおいしいかも、と感じ、せっかくだからと自分も買ってみることにした。ワン、プリーズとカタコトの英語でもって話しかけると、ひとつ手に取ってこれ? とジェスチャーで聞かれたのでこくこくと頷く。いくら、と言われたような気がしたけれど正確な値段、というかそもそも米ドル紙幣すらよくわかっていなかったので舞風同様適当に広げてみせると、また勝手にとって小銭を数え始めた。の、だけれども、途中で考え込みはじめたので、はて、なんだろうと見守っていると小銭と共になぜか飴を渡された。

 

「……なんで、飴?」

「あー。多分、お釣り足りなかったんじゃない?」

 

 ゆ、ゆるい。

 深海棲艦と戦う前に、まずは洗礼として軽いカルチャーショックを受けるのであった。

 

 

 舞風と夏島の中心街をぶらぶらと歩いた後、日も暮れてきたので港から春島へと移動し、宿泊設備の割り当てられた部屋へと向かった。

 

「雑魚寝……」

「まぁ駆逐だしねぇ」

 

 開けて驚く。四人部屋と聞いているけれど、まず面積が狭い狭い。四人川の字になって寝れば寝返りすらろくにうてそうもない狭さに、同室の子の寝相が悪かったら悲惨だな、と先に到着していたもう一人へと視線を移す。

 

「修学旅行みたいでちょっと楽しいよな!」

「えーと、確か」

「大湊の江風だよ、よろしくな」

「横須賀の、野分です」

「同じく舞風でーす」

 

 慣れた手つきでよいしょ、と布団を敷く舞風の隣でとっくに自分の陣地を築いていた江風は、胡坐をかいてその上に座り込み、こちらを楽しそうに見上げていた。

 

「今回まぁじで人足りないみたいだな。大湊はいつもこういうの我関せずなんだけどさぁ」

「横須賀からの引き抜きもいつもより多いっぽいしね」

「そうなんだ?」

「うん、今頃舞鶴辺りが悲鳴上げてると思うよ、いつもは南方資源航路の護衛中心だけど、こういう時は人数減った横須賀と一緒にとばっちり受けるから」

「あ〜……そういや偵察から帰ってきた舞鶴の潜水艦が虚ろな目でオリョール……って呟きながら沈んでいったぜ、海に」

「潜水艦ってブラックだよね」

「な」

「ちなみに佐世保は?」

「あそこンとこの駆逐は航空機動部隊の護衛専門だから別作戦だぜ」

 

 最前線に常に投入される呉、護衛の横須賀、北方海域防衛を務める大湊に、資源航路開拓の舞鶴、航空戦力を多く保有する空の戦いの専門家の佐世保。なるほど、それぞれの場所ではそれぞれの事情があるらしい。

 やんややんやと三人であれこれと話していると、静かに部屋の扉がノックされて最後の一人が姿を現した。

 

「盛り上がってるところ邪魔しちゃったかな」

「おー時雨ー!」

「江風、久しぶり。舞風も」

 

 どうやら時雨と呼ばれた落ち着いた雰囲気の女の子は、江風と舞風とは顔見知りらしかった。

 

「……うん」

 

 名前を呼ばれた舞風は、一瞬間をおいてへら、と力なく時雨に笑いかけた。

 

「そっちは初めましてかな、呉の時雨です」

「ああ。横須賀の、野分です」

 

 呉での仲間だったのか、と先ほどの舞風の態度に合点がいく。転籍理由が理由だし、気まずさもあるのだろう。

 時雨はそんな舞風の心情を知ってか知らずか、ぐるりと部屋を見渡して苦笑した。

 

「うん、思った以上に狭いね」

「なー、蚊帳だけは立派だけどな」

 

 そう言って江風が部屋全体に張り巡らされている蚊帳を引っ張る。蚊帳の中で寝ること自体初めてだった私も、敷いた布団に座り込みながらそれを手に取り疑問をこぼした。

 

「ていうか、これ、いる?」

「いるいる、デング熱怖いし」

「デング熱?」

「ここら辺じゃ有名な、蚊が媒介する感染症だよ」

 

 時雨の説明にへぇ、と相槌をうつ。一応これ、意味あったんだ。

 

「一般人より頑丈とはいってもベースは人だからね。夜戦用のビタミンAも支給されただろう」

「うん」

「戦闘に対する怪我は艤装と接続してる限りはある程度なんとかなるけど、意外とこういう非戦闘時の生活で倒れる子も少なくないんだ。感染症関連は下手すると深海棲艦より怖かったりするしね」

 

 ここは一年中高温多湿でカビや細菌も繁殖しやすいし、日本にいる感覚でうっかり水道水飲んじゃう子もいるし、とすらすらと時雨が説明を続ける。なんというか、慣れている。思わずぱちくりと目を瞬かせ、素直な感想をこぼす。

 

「色々考えなきゃいけないことがあるんだね。親玉倒せばいいとしか考えてなかった」

「のわっち、結構脳筋だよね」

「うっ」

 

 ばっさりと舞風に言われ、思わずうめく。まさか那珂さんに続き舞風にまで言われるとは思っていなかった。そんな野分の様子を見ていた江風がからからと笑う。

 

「いーじゃんいーじゃん、江風も難しいこと考えンのは苦手だ! そういう細かーいことは時雨みたいなやつに任せときゃいーんだって!」

「江風はもう少し自分で考えてもいいと思うけど」

「えー? 誰だって得手不得手あんだからさ」

 

 そこで言葉を切ると、江風は不敵に笑いながら、

 

「親玉ぶっ飛ばす。それだけ考えて突っ込むくらいしか江風にはできないよ」

 

 と続けてごろんと寝ころんだ。

 

「そうやって誰の命令も聞かないで好き勝手やるから大湊に飛ばされるんだよ。ていうか、そんなんであの北上さんとやってけてるの……?」

「うん? あの人そもそも江風のことなんか見てねーもん、めっちゃ動きやすい。たまに魚雷の流れ弾で死にそうになるけど」

「ある意味適材適所か……」

 

 なんか、すごいな、この江風って子。呆れる時雨に楽しそうに答える江風を見て、多分、この子は参考にしちゃいけないタイプの駆逐艦だな、とひっそりと思ったのであった。

 

 

 しっかりと縄がドラム缶に結び付けられていることを確認し、それを担いでそろりと海へ出る。

 

「私達自身で輸送するんだね」

「前線はね。特に制海権が怪しい海域で通常の輸送船を使うのは色々危ないからね」

「民間船舶をぽんぽこ沈めてみなさい、あっという間に軍と民間で資材の取りあいになるんだから」

「……なるほど、身軽な私達が運ぶ方が被害が少なくなるわけか」

「そういうこと」

 

 今回は旗艦那珂さん、野分の他は第六駆逐隊の面々という、顔見知りばかりの艦隊へと編成された。ドラム缶輸送任務は初めてだ、と少し緊張していると、那珂さんが振り返って緊張をほぐすように話しかけてきた。

 

「だいじょーぶだよ、野分ちゃん。支援艦隊の皆はベテランさんだから、思うよりは怖くないと思うよ」

「だからといって油断していいわけじゃないけどね」

「そうね、でもま、がちがちに緊張するくらいなら笑い飛ばしちゃうくらいがいいわよ!」

「電達もついているのです、大丈夫なのです」

 

 代わる代わる皆が軽口を叩く。決して、言うほど簡単な作戦ではないのだろう。それでもそういう風に気遣ってくれる皆がとても頼もしく思えた。

 南水道の沖合に出ると、艦娘が二人、哨戒に出ていた。それに手を振って挨拶をして、那珂さんに続き増速していく。夏島が徐々に遠のき、やがて水平線の彼方へと消えていった。そうして眼前に広がるのは、見渡す限りの青、青、青海原だ。ときおり飛び立つ飛び魚に少々びっくりしながらも進んでいると、ふと響が無線で皆に話しかけてきた。

 

『そういえば、駆逐水鬼以外にも未分類人型個体がいるって噂を聞いたんだけど。誰か詳細、知ってるかい?』

『ああ、要注意個体ね。まだデータ集まってないから伝達は後手後手になってるけど、ある程度は知ってるよ』

『未分類人型個体?』

 

 思わずおうむ返しに聞くと、那珂さんが知っている範囲のことを教えてくれた。

 

『雷巡チ級にちょっと似てて、顔を面で隠してるんだけど、それよりもっと小型なんだって。だから新型の駆逐艦じゃないかって言われてるんだけど……ただちょっと、動きが変らしいんだよね』

『変、なのですか?』

『うん、なんか艦隊を引っ掻き回すだけ引っ掻き回してどっかいっちゃうんだって』

『それはなんとも深海棲艦らしくないわね』

『らしくないって、どういうこと?』

『深海棲艦っていうのはしつこいんだ。自分の命が尽きるまで執拗に追いかけてくるのが普通なんだよ』

 

 暁の言葉に疑問を呈すると、響が解説してくれた。そういうものなのか。まともに接敵すらしたことのなかった私は、その言葉に改めて気を引き締めることにした。

 

『ああ、あとね、もう一つ報告があがってるの』

 

 そうして思い出したかのように那珂さんが付け足す。

 

『──逢魔が時。昼から夜に移り変わる、黄昏時にそいつは現れるって』

 

 それは、また。駆逐水鬼といい、今回の敵は時間的制約でもあるのだろうか。

 謎は深まるばかりだ、とうーん、と皆で頭をひねっていると、雲一つなかった空にいつの間にか、さっと絵筆でなでたかのような雲が現れた。進むにつれて広がるそれは、やがて一陣の冷たい風と共に雨を運んできた。

 

『あちゃー、スコールか』

『南方海域だ、しょうがない』

『みんな、はぐれないでね! あとドラム缶も流されないように注意して!』

 

 いつの間にか辺りは暗くなり、さきほどまで感じていた熱気は急激に温度を失っていく。荒れる海面に四苦八苦しつつ、このドラム缶はなにがあっても手放すまい、とぎゅ、とそれを抱えなおした。

 

 

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