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第一段階のショートランドへの輸送作戦。それは、思っていたよりも厳しい作戦となった。支援艦隊の艦娘達は佐世保や呉の航空機動部隊を中心としたベテラン勢から構成されていたとはいえ、それでも先の大規模作戦で数を減らしていたこちら側に対し、あちら側の手数が幾ばくか勝っていた。
資源輸送についても中々はかどらなかった。そもそも南方資源航路およびトラックまでの輸送船団を護衛する艦娘の人数が圧倒的に減っているのだ、回転数は当然落ちる。中にはまともな護衛すらつけられず、ええいままよと海に出て運悪く敵潜水艦と遭遇し、沈められた輸送船もあったという。そうしてトラック基地まで必死に届けられた物資をショートランドへと送り届けるのもまた至難の業だった。敵潜水艦がうじゃうじゃといる。敵の艦載機が飛び回る不気味な羽音のような不協和音が響くたび、息を潜め、どうにかこうにか島影などをつかってやり過ごす。そうやってどうにか届けられた物資だって、限られたものだった。
「中々に厳しいな。俺達の前に川内を含め何人か出ていったが……果たしてどれくらいが辿り着けるか」
ばさり、と自前のマントを羽織りながら、今回の旗艦である木曾さんが呟いた。どうにもこうにも厳しい局面が続く中、このままではじり貧になる、とある程度ショートランドへ物資が送り込まれた段階でショートランドへの輸送任務と並行して駆逐水鬼打倒任務も進められることとなった。そうして私、野分は今作戦で初めて敵の本拠地であるバニラ湾沖に殴り込みをいれる部隊へと舞風と共に組み込まれたのであった。
『いい、野分ちゃんのお仕事は、生き残るための最善手を常に選び続けることだよ』
トラックでの作戦会議の後、那珂さんに言われた言葉。それは、お前は役立たずであるという意味で言われたわけではなかった。そういう人だから、たとえ吐こうとも、死ぬほどきついと思ってもついていこうと思えたのだから。
『砲撃も魚雷も、新人が実戦に出てすぐに当てられるわけがないの。だからね、野分ちゃんは嫌がらせをする感覚でいいから』
『嫌がらせ、ですか』
『うん、例えば一人の仲間に砲火が集中したらそれを逸らすように砲撃を加える。魚雷が当てられないなら、せめてその魚雷でもって敵の針路を妨害し、仲間の攻撃を当てやすくする。当たらなくてもいい、だけど自分がやられたらやだなってことを相手にする』
駆逐ロ級、後期型。軽巡ホ級のflagshipや、重巡リ級だって遭遇した。そうして、彼女の言っていることを本当の意味で理解した。
『いい、沈めなくていいの。周りにこんなに強い仲間がいるんだから、私達を頼って、それでもって少しサポートしてくれるだけでいい』
『……』
『足手まといって言ってるわけじゃないよ?』
『ええ、わかってます』
いかに、自分が弱い存在であるのかということを嫌でも理解した。それはそうだ。改式艤装だってまだ身につけられておらず、経験すらろくすっぽない。演習で何度も何度も繰り返した行動も、実戦では逡巡してしまうことがざらであろう。その一瞬の判断の遅れが丙適性の私にとっては致命的になる。攻撃を外したことで動揺をすれば隙を与えてしまう、致命的な隙を。だからこそ気負うんじゃないという言葉だったのだろう。
当てようと気負うな。外したってなんだって、そういった小さな嫌がらせで敵に隙を作れば、十分にお前は役割を果たしているのだと。彼女は今現在の私の実力をしっかりと理解した上で、全幅の信頼を寄せてくれていた。だから、私もそれに応えようと思った。
「お前、野分だったか」
「は、はい」
「大きな作戦に参加するのは初めてなんだってな」
じっと目をまっすぐ見つめられる。その風貌といい、立ち居振る舞いといい、那珂さんと違って少々威圧感を覚える。それに押し切られまいと奮い立って、敬礼をしながら答える。
「はい! 実力不足は承知ですが、やれることを最大限やらさせて頂きます!」
「……ふむ」
顎に手を当て、上から下まで見られる。川内さんのときはやな感じ、と思った行為も、不思議と木曾さんがやると気にならなかった。
木曾さんがふ、と笑う。
「なるほど、那珂の秘蔵っ子か」
「……えっと、秘蔵っ子と呼ばれるには、少々」
「いや、お前は胸を張っていい。初めての前線でそれだけ堂々とできてりゃ十分だ」
そう言ってぽんと肩を軽く叩いて先をゆく。
「俺がついてるから大丈夫だ。俺がいる限り、部下にゃ指一本触れさせねぇよ」
そう言葉を残して先にドックへと向かっていった。
「……」
「のわっち?」
「かっこいい……」
「あー、ね。木曾さん今呉で上司にしたい軽巡洋艦ナンバーワンなんだって」
「ちょっとわかるかも……」
不覚にも少しときめいてしまったことは、心のうちに留めておいた。
※
夜の戦いにおいて恐ろしいもの。それは、こと魚雷である。砲撃ならば砲火でもって位置をある程度把握することも可能だ。だが静かに放たれた魚雷は、夜の海ではその息を殺してこちらへと静かに忍び寄る。こと、酸素魚雷であれば。
『生きてる奴は返事しろ!!!』
島影で待ち伏せをされていたことに気付いたときは遅かった。ああ、なるほど。ありゃ大井の四十門酸素魚雷とどっこいどっこいだ、笑えりゃしない、なぁにが
無線機に向かって怒鳴りつける。
『なンだよ、あれー!! 北上さん並みじゃんかー!!』
一匹元気な奴がいるな。耳元でキンキン響くそいつの声に、少しばかり勇気づけられる。じゃじゃ馬でうちの狂犬並みに扱いづらくてたまらなかったが、なるほど、こういうしぶとさは腐っても大湊か。
江風に続いて数人から返事がくる、返事がないやつもいるな、と高速で頭を回しながら奴から距離を取った。
火の手がいくつか上がってるのが見えた、あれじゃいい的だ。ち、と舌打ちをしながら照明弾を打ち上げる。それにより敵の全貌が露わとなった。
『ヨルノヤミハ……コワクテ……フフフ……!』
巨大な両の手のような不気味な艤装。ぎちぎちと不快な音を立てて駆動するその両手を操り、そいつが海の上で炎に包まれている一人に狙いを定め始めた。
『っ、の! 燃えてるやつ! 意識あんなら火ぃ消せ!! それから江風!!』
『なに!?』
『喰っていいぞ!!』
駆逐水鬼に砲撃を食らわせる。それを煩わしそうに右の手が緩慢な動きでもって払った。そうだ、それでいい。
『そういう命令なら、いつでも任せてくんなぁ!!』
御せないなら、うまく使え。あれは使いようによっては最強の矛になる。
どんなに強い戦力を揃えたところで、頭が弱ければただのガラクタへと成り下がる。ならあたしは、この頭でもって一癖も二癖もある、それこそガラクタに分類されるであろうやつらを使いこなして勝利へと導いてみせる。
「そうだ、こっち見ろ」
ゆらり、と照明弾より明るくなった空の下でも煌々と赤く光る奴の目がこちらを捉える。
「夜が怖いだぁ? オタク、損してんね」
軽口を叩きながら探照灯を照射して挑発する。その間に動けるやつに炎上して意識を飛ばしているらしい一人の周りに煙幕を張らせ、鎮火指示も伝える。
──闇に乗じた奇襲、探照灯を掲げて敵陣に突っ込むのもいい。見えないからこそ逃げのび、見えないからこそ敵の喉元に食らいつける。
昼戦なんかでは扱えないような、多種多様な戦術。
「魅せてやるよ、本物の夜戦ってやつをね!」
絶体絶命は起死回生のチャンスに過ぎない。そういう浪漫が夜戦にはあんだよ。
完全にこちらに狙いを定めたそいつに、冷や汗が伝う。ああそうだ、こういうスリルなんて、いつも潜り抜けてきてんだろ。
駆逐水鬼からの猛烈な鉛の雨、そうして闇に乗じてこちらへと発射された魚雷をかいくぐり、なおも探照灯を照射し続ける。
『そぉら! おみまいだぜ!!』
その隙に闇夜に乗じて懐に切り込んでいた江風が伝家の宝刀の魚雷をこれでもかとお見舞いしながら離脱していった。なるほど、殺れ、っていう指示をすれば最善手を本能でもって選びとれるわけね。囮の意図を言外に汲み取り、きれいに魚雷を決めた江風を見届けて探照灯を落とす。さってと。
こっからどうやって死に体のやつらと艦隊行動を持ち直して、そんでもってあんのじゃじゃ馬と同士討ちをせずに連携すっかね。
状況は絶望的だ。何人かは、もしかしたら死ぬかもしれない。だけれども、そんなことはあたしがさせない。
夜はあたしの庭だ。戦争孤児として夜の闇に紛れてスリをしていた頃も今も、それは変わらない。命のやり取りをするこのスリルだって、毎日生きるのに必死だったあの頃、それこそばれて腹を蹴飛ばされて死にそうになりながらスリの技術を磨いていた頃のそれと変わりゃしない。
「楽しもうか? あたしと、この夜をさ!!」
少なくとも夜を怖いとかほざいているこいつには意地でも負けてやるものか、と思いながら、あたしは夜の海を翔けた。
※
ショートランドを出発し、バニラ湾沖へと向かう。時間差でいくつもの艦隊が出撃している影響か、はたまた支援艦隊の奮闘のおかげか。道中、大した敵に遭遇することなく深部へと進んでいった。
いやな、空気だな。じっとりとまとわりつくような不快感。常になにかに見張られているかのような落ち着かなさ。潜水艦がいたらたまらない、と数少ない護衛任務で培った経験をもとに、海面にも注意を払って進んでいく。
気が付けばショートランドを出発して結構な時間が経っていた。日が落ち、空が赤く染まる。南の空は、日本の空よりも鮮やかに、それこそ燃え盛る炎のような赤に染まっていた。この空を越えれば、親玉の元へとたどり着ける。思わずごくり、と唾を飲み込んだところで。
『■、■■■■──!!!!』
不意に耳障りな不協和音が届いた。それと同時に、単縦陣で長く伸びていた野分達の艦隊を真っ二つにするかのように何かが高速で横切る。
「っ、な……!?」
速い。手元の砲をしっかりと握りなおし、高速で大胆にも私達の艦隊の間を横切ったそいつを目で追う。
──深海棲艦特有の、白い髪が夕陽ににじみ、真っ赤に燃え上がる。それをたなびかせながら、こちらを馬鹿にするかのようにすいすいと海を泳ぐそいつの面から覗く瞳、らしいものがぼう、と揺れた。
逢魔が時に現れる。雷巡チ級のような風貌。那珂さんとの会話を思い出し、こいつか! とにらみつける。
『駆逐ロ級後期型elite、駆逐イ級後期型elite、それから軽巡へ級flagshipに重巡リ級flagship! くっそ、またお前か!!』
旗艦である木曾さんが苛立たしげに敵対勢力を読み上げる。
未分類人型個体だって厄介なのに、連れてきているやつらも手ごわいやつらばかりだった。
周囲の状況を確認し、そうして再度そいつを見やる。すると、そいつと目が合った。
『──』
微かにそいつが動きを止める。なんだ? と訝しげにそいつを見ていると。
『──■■■■!!!!』
一際大きな不協和音が耳に響いた。それは、壊れたラジオカセットのような。調律の狂ったピアノを滅茶苦茶に叩いたかのような、えも言えぬ不快な音。
それがこいつの笑い声なのだ、と気づいたときには。そいつはまっすぐ、こちらへとその砲を向けていたのだった。
※
形容しがたい不快感を覚える。それは、あの未分類人型個体が現れてから、隊列を崩され、乱戦へとなだれ込んだ後もずっとまとわりついていた。
いつの間にかスコール領域へと突入していたあたし達に、大量の雨粒が降り注いだ。雨粒で視界はけぶり、さっきからがむしゃらに撃っている熱を持った砲身から蒸気があがる。
気持ち、悪い。この状態はよくない、と思いつつも、どうにも集中しきれなかった。水雷戦隊は一糸乱れぬ艦隊行動でもってその力を最大限発揮する。魚雷しかり、砲撃しかり。例え練度に多少のばらつきがあろうとも、艦隊が一丸となって動けばそれは各個人の戦闘力を足し算したものよりずっとずっと強くなる。
それが分断され、乱戦へと持ち込まれているということは、各個人の能力でもって各々対処せざるをえない状況へと持ち込まれてしまっているということだった。
──まずい、な。
目の前の駆逐ロ級後期型eliteを再起不能にしながら、周りを見やる。心配した人物は、最悪の状況に陥っていた。よりによって、あの未分類人型個体に絡まれている。
ダメだ、あれは、のわっちの手に負えるやつじゃない。どうにかあいつの注意を逸らそうと、そいつに相対しようとした時。
『──』
たまたま。たまたま、そいつの面から覗く、ぼうっと光っている瞳と視線が、絡んだ。
──気持ち、悪い。
なに、これ。ざりざりと、不協和音が耳にこびりついて離れない。本能が、あいつと向き合うのを拒んでいる。
なん、で。は、と喘ぐように息を吸った。なに、なにこれ。
──ねぇ、やめて、やめてよ。
あたし、は。
──なん、で?
「……あら、し?」
なんで、あたしは。
呆然と呟いた言葉は、一段と強くなった雨音と砲火により激しく爆ぜる波間へと消えていった。呼吸が、うまくできない。思考が、まとまらない。しっかり、しなくちゃ。あたしは、舞風は。
──あたしは、舞風は、あの子と。
『アハハハハハ!!』
不意に、壊れたラジオのように。眼前のそいつが高らかに笑いだした。
『オイオイ、ナンノ冗談ダ?』
ざりざりと。耳障りな不協和音が、意味をもった言葉として形作られる。は、と浅い呼吸音が零れ落ちた。
『舞ハサァ、コッチダロ?』
いつの間にかほぼゼロ距離まで詰められ、腕を掴まれて。耳元でそう囁かれた。
──ザリザリザリ。
痛い。熱い、苦しい。
『見捨テラレタンダロ? 海ガ教エテクレタゼ』
熱い。動けない、動かない。怖い、助けて、助けてよ。ねぇ。
『ナーンデ、見捨テタソイツノ傍ニインノ?』
ねぇ、──。
──ガァン!!!!
鈍い金属音が響いた。その音に無理矢理現実へと引き戻され、忘れていた呼吸を取り戻すように、息をする。
「──なに言ってるかわかんないけど。不快だ」
横滑りしながら、右側の砲塔アームでそいつを思いっきり横殴りに吹っ飛ばして。あたしを庇うようにそいつの前に立ちふさがったのわっちは、静かに激昂していた。
『……ハハ』
脇腹を思いっきり殴打されたはずのそいつは、そんなもの屁でもないと言わんばかりに荒れ狂う波を器用に乗りこなして距離をとった。
「舞風」
「……、あ」
まいかぜ。そうだ、あたしは、舞風で。あのこ、あのこは。
「の、わっち。ダメ……」
思考が混ざる、わけがわからなくなる。ここ、ここは海だ。あのこ、あれは、深海棲艦で、敵で。そう思うのに、気づけばのわっちの肩を掴んで引き留めていた。
「ダメ、ダメだよ。だって、だって嵐は」
「……」
「嵐は、あたし達の、仲間だよ」
『おーい、のわっち、舞!』
涙が、一筋流れ落ちた。いつも一緒だった。一番お姉さんの野分を中心に、あたし達四人はいっつも一緒にいたんだ。それが、あの日を境に。二人が沈んだあの日に、あたしが沈んだあの日を境におかしくなってしまったのだ。
「──舞風」
あたしに肩を掴まれ。ちらりとこちらに視線を寄越した彼女は、そんなあたしの様子を見ても冷静に、そして淡々と。
「あれは、敵だ」
そう、静かに言い放った。
『──ホラナ』
ざらざらざら。相変わらず耳障りな、そのこの声。壊れたスピーカーのように機械的な音のはずなのに。どこか、物悲しく響く。
『人ハ、忘レル。ソシテ、歴史ハ繰リ返スンダ』
なにを、言っているのだろう。繰り返すって、なに。
──やめてよ、嵐。
『ワカッテンダロ?』
──目の前で崩れ落ちる彼女の姿。
違う、そうじゃないの。あたしは、そんなことを望んでいたんじゃ、ない。
──じゃあなにを望んでいたの?
あたしは、ただ。
──ねぇ、よく見なよ。
ただ。
──これは、あたし達が引き起こした、あのときに起こっていたかもしれない歴史の
──野分を、殺したんだ。
──ドォン!!!
不意に嵐とあたし達の間に、大きな水の柱が立ち上がった。
『俺の部下に手ぇ出すな』
激しい雨が降りしきり、視界不良の中。正確無比に威嚇の砲撃を落とした本人であろう木曾さんが無線で唸るように吠えた。
雨の向こう側から現れた木曾さんの、いつもは眼帯で隠されている右目がゆらりと金色に輝く。
嵐は、そんな木曾さんをつまらなそうに見て、そうしてもう一度、あたし達を静かに見つめて。
『……勝手ニ忘レルナンテ。絶対ニ許サネェ』
そう、呪うように呟いた。
──気がつけば。嵐は雨でけぶる視界からいつの間にか姿を消し。
そうして後には、激しく海を叩く雨音と、辺りに漂う砲煙の匂いだけが、残された。