そうして夜は明ける   作:moco(もこ)

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 合流した木曾さんに促され、幸い大きな被害もなかった私達は距離の近いショートランドへと引き返すことにした。木曾さんに先導され、雨でけぶり、日も落ちて視界が不良な中必死についていくと一人、二人、と彼女は迷うことなく分断され、はぐれた仲間を道中拾い上げていった。あんな乱戦であったというのに、一人として沈んでいなかったことは不幸中の幸いだろうか。

 肉体的にも精神的にもぼろぼろのままショートランドへとつく。入渠施設なんてないここでは、それこそ簡単な応急手当しかできない。それでもないよりはましだ、と受けていると、どたどたと足音荒く医務室に駆け寄ってくる人がいた。

 

「木曾!!」

 

 荒々しく扉を開きながら、呉鎮守府所属の大井さんが大股で木曾さんへと歩み寄る。それを見て包帯を巻いてもらっている途中だった木曾さんは、やべ、というような顔をした。

 

「使うなっつったでしょうが!」

「ね、姉さん。あれは、やむなく」

「しかも夜ですらなかったって聞いたわよ、あ゛ぁ゛!?」

「ぐぇ、ちょっと、首、首……!!」

 

 マントを思いっきりひっつかみ、きりきりと締め上げる。なまじ綺麗な顔立ちの大井さんがぶちギレると、迫力が半端なかった。

 

「カウンセリングいくわよ!」

「だ、大丈夫だって」

「そう言ってそれをぽんぽこ使ってりゃ世話ないってのよ!!」

 

 そう言って思いっきり木曾さんの額へとヘッドバットをかます。すごく、いい音がした。ベッドの上で転げまわる木曾さんを担ぎ上げ、ずんずんと出入口へと向かう。

 

「お、降ろしてくれ、自分で歩ける!」

「うるっさい、そう言って何回あんた逃げ出した!?」

「姉さんは過保護すぎる!」

「あんたが無頓着すぎんの!!!」

 

 ぎゃあぎゃあと言い合いをしながら、嵐のように二人は医務室から去っていった。その様子をぽかん、と一同見送る。

 

「……どこの姉妹も、姉には勝てないものですね」

「そ、そうですか?」

 

 彼女らを見送り、しみじみと私を担当していた医療班の人が呟いた。この人も勝てない姉というものをもっていらっしゃるのだろうか。私はあんな大喧嘩をしたこともないし、そもそも姉さんはあんな唯我独尊じゃなかったけれど……。

 未分類人型個体に絡まれた私ではあったけれど、これは私の手に負えないと一瞬で逃げに転じたのがよかったのだろう。幸いにして大きなけがをすることなく帰ってくることができた。訓練とはいえど、遠慮なく殺気を飛ばしてくれていた那珂さんには感謝だな、と嘆息する。

 そうしてちら、と隣の簡易ベッドに腰掛ける舞風を見やる。外傷らしい外傷はない。だけれども、彼女は誰の目から見ても精神的に憔悴しきっていた。

 

「……嵐」

 

 ぽつり、とその言葉をつぶやくと、びくりと舞風の肩が跳ねた。

 

「って、誰?」

「……」

「もしかして、あれ? 昔、ええと、(ふね)の頃、同じ駆逐隊にいたっていう」

 

 確か、その名は第四駆逐隊。同じ陽炎型から構成された四人組の中に確か嵐、という(ふね)があったはずだ。

 

「……」

 

 私の言葉にも舞風は反応せずただだんまりを貫いた。

 どうしよう、かな。丙適性である私は、(ふね)同士の機微がわからない。艦艇の夢と呼ばれる(ふね)の記憶を共有することもなければ、野分の付喪神の感情なんかも全くわからない。噂に聞く、海に呼ばれるって現象すら体験したことすらないのだ。

 だからきっと。私にはノイズにしか聞こえなかったあの未分類人型個体の言葉を、彼女は聞いたのだ。そうでなければ、この状態に説明がつかなかった。

 どうしたものだろう、と嘆息していると、また医務室の扉が開いて今度は大井さんが一人で現れた。

 

「舞風、それからー、野分だっけ?」

「あ、はい」

「あんたら、比較的軽傷よね? 次、私旗艦で出るわよ」

「え」

「悪いんだけど、回転率上げなきゃなんないのよ」

 

 ため息と共に大井さんが告げる。

 

「トラックまで引き返して治して出撃、ってちんたらやってられなくなってきてんの。だからショートランドに帰還した中で比較的軽傷なやつらで艦隊組みなおしてもう一度出撃するよう上から指示出てんのよ」

 

 悪いわね、と言っている本人だって疲れがないわけではないだろう。大井さんは、じっと私と舞風を見つめて、

 

「私は木曾みたく優しくないから。守ってやるなんて言わないわ、精々最大戦果を叩き出せるようこきつかってやるから出撃まで休んどきなさい」

 

 と言い放って医務室を後にした。

 

「……また、行くの?」

 

 大井さんが医務室を出てしばらくして。ぎゅ、とかけられた毛布を握りしめながら、舞風が絞りだすように呟いた。

 

「……舞風」

「……」

「舞風は、あいつと戦いたくないの?」

 

 仲間だ、と言っていた。私からしたらおどろおどろしい敵でしかない一深海棲艦であるあれを、仲間だと。それが真実ならば、色々と思うところはあるのだろう。だからといって、じゃあ作戦から外してもらおう、なんてできるはずもなかった。

 首をかきながら、なるべく言葉を選んで舞風に話しかける。

 

「私は、詳しいことはよくわからないんだけど。でも、嵐? が仲間ならさ、あんな状態のままになんてしちゃいけないんじゃないかな」

 

 なにが正しいかなんてわからない。舞風の言うように、あれがかつての仲間だというのも私には判断できない。それでも、だからこそシンプルに思ったことを口にした。

 

「仲間なら、助けなきゃ」

 

 少なくとも、あいつを見逃してあのままの状態で好き勝手させることがいいことのようには思えなかった。

 

「大切な、仲間なら」

 

 倒したとして、その嵐が救われるのかすらわからない。それでも。

 きっとあんな状態の仲間を見逃して、そのままにしてしまうことの方がだめなような気がした。

 

「っ、のわっちは!!!」

 

 声を荒げた舞風にびっくりして、思わずそちらを見やる。

 

「……なんで、怖くないの? なんで、そうやってさ」

 

 怖くて、強い敵に向かっていけるの、とか細い声が続く。

 その質問は、意外なもののように思えた。だって舞風の方がずっとずっと強い。私なんかよりもずっと長く海を翔けているし、一時期は呉で前線すら支えていたのだ。そんな彼女が、こんなへっぽこ丙適性の私になぜそんなことを聞くのだろう。

 生来他人の感情の機微というものにうとい。こと、舞風は本音を隠すタチであるから、そんな彼女の真意を察することができなかった私は、素直に思っていることを告げることにした。

 

「目を逸らすことの方が怖いから」

 

 そうきっぱりと言い切ると、微かに舞風の瞳が揺れた。

 

「目を離して、大切なものがいつの間にかなくなるよりは。怖くても、私は目を逸したくない」

 

 私の拠り所であった姉さんは、目の届かぬところへと赴き、そうして死んでしまった。

 ずっと、ただなんとなく。私は姉さんが私のそばに居続けてくれるものだと思っていた。姉妹という絆は、ここまでもろいものだと思っていなかった。こんな、ある日ぷっつりと途切れてしまうほどには。

 だから今度はしっかりと目を離さないようにしようと思った。舞風から姉の話を聞くたびに、やっぱり姉さんはすごいなと思いながら、そんな姉に泥を塗らないよう、私も精一杯“野分”として生きていこうと思った。

 

「それくらいしか、私はできないから」

 

 この場所が、横須賀鎮守府の皆が好きだった。才能もなく、弱くて、要領の悪い私を笑うでもなく支えてくれる皆がいる場所が、好きだった。その中にはもちろん舞風だっている。那珂さんの訓練でのびている私を笑って励ましてくれる彼女がいたから。だから、明日も頑張ろうと思えた。

 そういった、大切なもののひとつひとつを恐怖という名の敵が奪おうとするのなら。倒せなくても、せめて目は逸らしたくない。最後まで、できることをやりきりたい。

 私がここにいる理由は、それだけだった。

 

『──からっぽってことは、これからいっぱい素敵なもんをそこに詰め込めるってことさ』

 

 隼鷹さんはたまにいいことを言う。どこか空虚だった私の中には。いつの間にか、こんなにも大切なものが、詰まっていたのだ。

 うん、よし、と自分の気持ちを再確認して満足していた私は気づかなかった。私のその言葉に、舞風が言葉を詰まらせた理由を。その、様子を。

 このときのお互いの認識の齟齬が、まさかあんなことに繋がるなんて、今の私はまるで知らずにいたのだった。

 

「悪い、大破してる奴がいるから誰か無事な奴を護送につけたい。本当は直接トラックに行きたかったんだけど」

「手当てはどうされますか」

「大破だよ、こんなとこで艤装外したら死んじゃう。ここの防衛も大変なのはわかるんだけど、なんとかさ──」

 

 慌ただしいな。今度は医療班の人と話ながら川内さんが中へと入ってきた。気難しそうな顔で話を続けていた川内さんは、こちらに気づくとぴたり、と動きを止めた。

 

「お前、ホント、よく生きてたな」

 

 上から下まで確認され、驚いたといわんばかりに言葉を漏らす彼女に、思わずムッとする。なんだその物言いは、死んでるかと思ったとでも言われたようで不快だった。

 

「さっき大井に担がれてる木曾とすれ違ったときに口頭で簡単な報告受けたけど。サシで上位個体とやりあったって?」

「……脇腹ぶん殴ったら勝手にあっちが逃げただけです」

「ハハッ」

 

 そう笑うと、ぽんぽん、と川内さんは私の頭を軽く叩き。

 

「度胸は認めてやるよ」

 

 と言って、医療班の人との会話へと戻っていった。

 どこまでも上から目線の人だな、とむすっとしていると。

 

「わーレアだよ野分ちゃん」

「わぁ!?」

 

 音もなく那珂さんがひょっこりと現れた。なんで毎回毎回この人は気配がないんだ。忍者か、本当は忍者の末裔だったりするのか。

 どきどきとしているこちらのことを知ってか知らずか、那珂さんはのほほん、と言葉を続けた。

 

「川内ちゃんの頭ポンポンはね、呉ではお赤飯炊くレベルの出来事なんだから」

「大げさですね」

「いや本当に。出会いは悪かったかもしれないけどね、川内ちゃん、口は悪くてもあれでいてひとりひとり気にかけてるんだよ」

 

 遠くで医療班の人とやりとりしながらがしがしと頭をかいている川内さんへと視線をやる。そんな風には、見えないけれど。口を開けば嫌味ばっかで、常に小馬鹿にしてくるし。

 

「川内ちゃんはわかりづらいんだよねぇ。知った風な口聞かれるのも嫌がるし。めんどくさい!」

「……聞こえてんのわかってて喧嘩売ってる?」

「川内ちゃんが那珂ちゃん無視するからだよ!」

「あー……悪かったって、今、結構アレで」

「だから、そういうときは頼ってって言ってるの! ほら! 那珂ちゃんぴんぴんしてるよ! 今フリーだよ!」

 

 むん、と両手でガッツポーズをしてみせる那珂さんを川内さんが見やる。なにかを言おうと口をひらきかけ、つぐみ。

 

「……お願い」

 

 そうして那珂さんから視線を外しながら、ぼそり、と呟いた。

 

「相変わらず頼るの下手だよね」

「うるさいな」

 

 なるほど、いやな奴ではあるけれど。

 決して、悪い人ではないようであった。

 

 

 ──強く強く願った。守れるだけの力が、あればと。

 

 爆撃、雷撃、機銃掃射。それはあっという間の出来事であったはずなのに、まるで永遠の時の中にいるかのような。次の瞬間にはこの身は海へと没するのではないかという生死の狭間において、ただひたすら、自身の限界を超える速度で逃げ回った。

 

「──戦闘中止!!」

 

 敵の航空攻撃がやみ、安堵の息と共に自身の(からだ)を見渡す。あの鉛の嵐を掻い潜ったというのに傷一つないその様子が信じられず、思わず笑ってしまった。

 そうだ、舞風と、香取さん。ハッとなって振り返る。そのときには、既になにもかもが手遅れだった。今にも沈んでしまうのではないかというほど頼りなく海上を漂う二人。

 ──助から、ない。

 一目でわかった。何が駆逐艦だ、己を守るのに必死で、僚艦の様子も把握できず。気づいた時には全てが手遅れだった。

 艦橋で艦長が舞風の救出ができないものか、と検討を始めていた。そうだ、次の航空攻撃が来る前に。野分は、野分のすべきことを、やらなきゃ。

 

「──右百六十度水平線上戦艦、大巡各二隻を発見!!」

 

 そう思って手を伸ばした瞬間にそう叫んだ見張員の言葉を、理解出来ずにいた。

 その方向に視線をやる。ちょうど、真昼間だった。真昼間だったから、よく、見えた。

 ──水平線の向こう側に、いくつもの大型艦が。悠然と、姿を現していた。

 敵水上部隊の発砲火炎。その橙色の閃光の不気味さに慄いたのもつかの間。それは、航行不能になっていた二人へと集中して降り注いだ。

 最初に、香取さんが沈んでいった。そして、集中砲火を受けた舞風の艦首から艦尾まで、炎が燃え上がる。燃料がさらに炎に力を与え、海面からごうと黒煙が立ち登る、その向こう側に。灼熱の炎に身を焼かれ、それでも逃げることもできず。その苦しみに涙を零しながら、それでもこちらと奇跡的に視線が合った彼女は。

 

『──』

 

 今までずっと、寄り添うかのように共に海を翔けた彼女は、最後にすがるようにこちらを見て。一際激しい轟音と共に深い深い海底へと沈んでいったのだった。

 

 ──なんで、こんなに無力なのだろう。

 

「……反転しますか」

 

 航海長の言葉に艦長が黙って首を振り、退避方向を指し示す。

 駆逐艦一隻で、この戦艦群になにができよう。そんなのはわかっている。次々と海へと沈んでゆく仲間の戦闘記録を残しながら、記録係が涙する。私は、この戦場において。なにもできず、ただひたすら敵戦艦を背に必死に逃げた。沈んでいった仲間達に想いを馳せる暇もなく。

 

「敵戦艦射程外まで後三分!!」

 

 ただただ、この海原を全力で逃げていく。

 

「ジャストォ!!」

 

 逃げのびたのだ、という安堵が艦全体に広がった。逃げのびた、生き残ったのだ、野分は。

 激しい戦闘の最中、九時間もの間最大戦速で逃げまどった影響で燃料タンクは空っぽになっていた。低速で、緩やかに横須賀へと向かう。

 ──自身の心は、まるでこの空っぽの燃料タンクのようで。空虚な悲しみが体を満たした。

 ただ逃げることしかできなかった自分。一方的になぶられる仲間の姿を見ていることしかできなかった自分。乗組員すら、救助することができなかった自分。気づけば、乾いた笑いと共に一筋の涙が頬をつたっていた。

 ああ、自身は、こんなにも無力だ。

 

 だから願ったのだ。もしもう一度、チャンスがあるのならと。もし、願いが叶うのだとしたら、今度こそは手を伸ばすんだと。

 

「──野分!!!」

 

 だから、この行動は間違ってはいないはずだ。その、はずだった、彼女の顔を見てしまうまでは。

 ああ、なんて自分は、無力で、愚かなのだろう。彼女にそんな顔をしてほしくて飛び出したんじゃない。彼女を救ったって、これじゃあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 愚かな野分は、また過ちを繰り返してしまったのだ。そのことに気づいたときには全てが手遅れだった。

 だから、艦魄の奥底に引きこもっていた。もう何もするべきではないのだと。どうせ何度繰り返しても結局同じなのならば。野分がここにいる意味なんて、なにもない。

 

『……?』

 

 だから、あれは本当に偶然だった。野分達艦艇の付喪神も、すこしばかり人の影響を受けるから。だから、懐かしい匂いがして、たまたま少しだけ反応をしてしまったのは先の戦いで沈んでしまった子の妹だった。

 野分の気持ちを手に取るように理解してくれていた姉と違って、この子は全くもって野分の声を聞き取ることができなかった。塞いでいたこともあり、ちょうどいいや、と投げやりな気持ちで彼女の様子を見ていた。

 へったくそな砲撃、と思った。航行も頼りない。何度も何度も失敗して、膝をつく。それでもその子は、何度でも立ち上がった。

 ああ、違う、そこはそうじゃない。そうイライラしても、声が聞こえないその子はどこ吹く風。そうして。失敗し続けるその子は、どこか楽しそうですらあった。

 

「ねぇ、なんでそんなに楽しそうなの?」

 

 その様子を不思議に思った軽巡洋艦の那珂が問う。そこでそんなことは初めて気づいた、とでも言わんばかりにぱちくりと目を瞬かせる。

 

「楽しそう、ですか」

「うん」

 

 濡れてはりつく髪を払いながら、ううんと、と自分でもよくわからないそれをなんとか言葉の形として紡ぐ。

 

「……自分から選んで何かをするのって、初めてだから、ですかね?」

「全然うまくいかなくても?」

 

 その言葉にきょとんとすると、なんだそんなことか、と言わんばかりに。

 

「伸びしろ、ハンパないよ。そう言ってくれたのは那珂さんじゃないですか」

 

 と、綺麗に笑った。

 

「なにもできない私にそう言ってくれた人って、那珂さんが初めてかもしれません。それから」

 

 ──野分なんかよりも全然弱くて、要領も悪くて。出会った当初は、どこか空虚さすら漂っていた、ただのちっぽけな女の子。

 

「そんな風に期待されたら、応えたくなるじゃないですか」

 

 弱いくせに。失敗ばっかりなのに。なんでこの子はこんなにまっすぐでいられて、綺麗に笑うことができるのだろう。

 理解ができなかった。それと同時に、イライラして、それから、それから。

 多分野分は、ほんの少しだけ、羨ましかったのだと思う。

 

『──仲間なら、助けなきゃ』

 

 この子の意見はいつだってまっすぐで、単純で。そうやって失敗を恐れず歩んでゆけるちっぽけな人間が、羨ましかった。

 

『大切な、仲間なら』

 

 野分、は。

 野分の、本当の願いは。一体、なんだったっけ。

 

 

「えっらい目にあった……」

「お疲れ様です、無事でなによりですよ」

 

 自室にて不機嫌そうにしながら、椰子の実からジュースをすすりつつ姉である川内がこぼす。姉はこういう時には決してお酒を飲まない。全てが片付いて、平穏が戻ってきたときにようやっと、ひっそりと一人で酒を飲む。トラック諸島に生える椰子の木から腐るほどに落ちている椰子の実からとれるジュースはその代わりなのだろう、私もさっぱりした味は結構気に入っている。

 駆逐水鬼の元までたどり着けた艦隊は限られる。今回は姉がたどり着いたらしく、それについての愚痴を首元を緩めながら続けた。

 

「だいったいさぁ、夜が怖いって言ってんならわざわざ夜に待ち伏せして雷撃ぶちかましてくるんじゃないよ、言動くらい一致させろっての!」

「夜が怖い、ですか?」

「? ずっとそんなこと叫んでんじゃん、あいつ。神通は聞こえなかった?」

「いえ……私には不協和音としか」

 

 キリキリ、ザリザリとした不協和音が時折奴の口から発せられていたけれども、それを声として認識はできなかった。

 

「……江風も聞こえてるみたいだったから、全員聞こえてるもんかと」

「乱戦で聞き落としていたのかも……あ」

「なに、どうした?」

「そういえば、時雨さんが」

 

 ふと帰投中に彼女がこぼした言葉を思い出す。

 

「こんなこと思っちゃいけないと思うんだけど、なんだか泣いてるみたいだ、あいつ、と」

「……」

 

 あの口ぶりは、なにか聞こえているようでもあった。自身がなにも聞こえなかったので軽く流していて失念していた。

 私の言葉に、しばし姉が黙り込む。

 

「神通」

「はい」

 

 短く名前を呼ばれ、返事をする。姉が次に言うであろうことは想像がついた。

 

「駆逐水鬼に限らず、何かしらの“声”を聞いたやつ、リストアップしてくれる?」

「確認のために聞きますが、なんのために?」

「──海に呼ばれる」

 

 ごと、と椰子の実を机に置きながら呟く。艦娘ならば、一度は体験するであろう現象。長く海に出ている娘ほどふとしたときにこぼす。誰かに、呼ばれたような気がすると。

 

「火のないところに煙は立たぬ。その“声”ってのは、なんだと思う神通」

「……さぁ」

「ここにはあたししかいない」

 

 気配にさとい姉が言うのならばいいだろうか。とにかく、この手の話題はデリケートなのだ、色々。

 

「……艦娘は、深海棲艦と同じ存在なのではないかという噂が、ありますね」

「うん」

「声のことをよく口にするのは、陽炎型、夕雲型が多いのだとか。前線に多く投入され、多くの仲間を失う、彼女らに」

 

 ただのオカルトだ、そう断じるのは簡単だろう。だけれども、皆、本当は薄々感づいている。ただ、そんな事実はないのだという強い意志を軍内部からこれでもかと感じていたものだから、噂程度で留まっているそれについて深く話すのははばかられた。

 

「縛り、もっと絞れるかもしれない」

「なら私は、姉さんがその事実に気づいたことを上に感づかれないようにうまくやりますね」

「頼んだ」

 

 やりようはいくらでもある。戦闘成績に色をつけたり、負傷状況をいじったり、駆逐水鬼に到達した艦隊からあくまで確率論で導き出したのだという風を装ったり。後で戦闘報告書を見直し、不都合がありそうなところはそれとなく修正してまとめておくことにしよう。

 

 

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