この回がシリアスのピークです。
多分イベントは15節くらいで終わります。
そういえば……カルデアスの炉心が停止したタイミングっていつだっけ………セイレム編であってたっけ……
倒れて動かないルーナの顔色は酷く火照っており赤らんでいた。
呼吸は弱々しいというのに体が異常な程に熱い。重篤な熱中症患者の症状そっくりだ。
霊基が壊れているのか、何かに蝕まれているのか。しかもそれは霊核にまで達している。そんな予感さえした。
「先輩すみません——」
一番早く動いたのは、やはりマシュだった。
マシュは彼女をゆっくり、しかし早く抱き上げて移動を開始する。
重症患者を無闇に動かしてはならない事は百も承知だが、その場に横たわらせている事の方が危険なら話は変わる。
浜辺という直射日光の下では状態は良くならない。
「"立香"先輩良いですか」
「——! あぁ良いよ分かった!」
短い言葉それだけで、二人は互いの意図を完全に理解した。
立香はマシュに追従して、魔術礼装と支援礼装を起動する。戦闘の補佐以外にも、それなりの即時回復という中々破格の治癒魔術がこの礼装には備わっているのだ。
先の戦いの疲弊はあるが、しかしそんな事言っている場合ではない。
「円卓の皆さんも何やってるんですかっ!
——そこであたふたしているアーサー王っ! 突っ立って動揺しているランスロット卿っ! 後、他騎士っっ! 海から水を汲んでくるとか出来ないんですか!?」
「え……あ、あぁ……」
「あぁそうでしたね!! 水を汲む道具がないんでしたね!
私の盾にダ・ヴィンチちゃん特製の非常時用調査キットに簡易の鍋やらコップがあるので早く持っていって下さい!!
というか私は今倒れた先輩を抱えているんだから大声を私に出させるような真似はよして下さい分かりました!?」
叫ぶマシュの言葉に、円卓の騎士達は無理矢理動かされて行動を開始した。
ダンッ! と片手でその場に盾を突き刺した後、その盾に円卓の騎士達は群がる。それを確認する前に、マシュはルーナをおんぶの体勢に変えて歩き出した。
「……大丈夫ですか先輩?」
「…………………」
「大丈夫ですからね………すぐ良くなりますからね」
反応はなかった。
ただ背中から聞こえてくるのは、弱々しい呼吸の音。しかし、背中から伝わる体温だけは異常な程に熱い。明らかに意識が混濁している。
それでも、マシュは彼女に呼びかけ続けていた。
「立香先輩、良いですか」
マシュは先程の極光によって開けた森の木々の下にルーナを運び、そこに横たわらせる。
日陰となり、尚且つ風通しの良い場所。
「良いよ、OK。カルデアからの支援がないから、礼装の補佐は其方側に任せて良い?」
「OKです先輩。盾に詰め込んである予備魔力を詰めたバッテリーと、治癒魔術を織り込んだ
「うん大丈夫。魔力のバッテリーは礼装に接続して。
後……私が気絶したらお願いね」
そう告げて、藤丸立香は礼装と自らの肉体の調子を確かめる。
カルデアからの通信があれば、魔力の転換等や補佐は管制室がやってくれていたが、今は通信途絶中。
こう言う非常時の為にマシュからの補佐があるが、絶対に魔力は足らないだろう。つまり、ほぼ自分の体力で補わなくてはならない。先の戦闘の疲弊がある中で。
だが、全然構わない。
気絶で済むなら安いものだ。彼女を助けられるなら、特に躊躇いもない。
「……
遠くに突き刺した盾を霧散させ、虚空より再び盾を取り出して側に呼び寄せたマシュは、盾から緊急用の魔術道具を取り出していく。
マスターとの魔力充填も大事だが、それと同じくらいサーヴァントへの魔力充填も大事だ。カルデアと深い繋がりがある盾を地面に敷き、簡易の魔術陣とする。霊脈に二人を置けるなら万全なのだが、今はこれしか出来ない。
「よし、
一回目。マシュが包帯のように巻いた
「……ッ
即座にもう一度礼装のスキルを使用する。マシュからの補佐があるとはいえ、確かに抜ける自らの力。身体に重しがかかっているかのように襲う負荷。しかし、変化はない。焦る気持ちが立香を急かす。
「——…………ッ
三回目の使用。
治らない。回復しない。彼女の様子に変化がない。いっそ無情な程に効果がない。目の前には、ただ光っているだけの己の腕がある。
荒い呼吸を繰り返す自分と、弱々しい息を繰り返す彼女は何処までも対照的だ。
「くそ………くそ………ッ!!」
嘆き、怒りを叫んでも何も変わらない。無情にも彼女は息を吹き返さない。
自分に力がないという事を実感するのは、いつだって誰かを取り零す時だった。
つまり、このまま迎える運命とは——ルーナという人間の死。
「嫌だから………私は嫌だから……………」
「先輩………」
「——
超短時間で同種スキルの四連続使用。
ただでさえ疲弊した肉体であるというのに、平常時でも危惧しなければならない自滅行為。
故に、当然の如く支払わなければならない代償がある。
「——ぁ」
——肉体の全てから力が抜ける。
全力疾走していていきなり足を引っ掛けたように、肉体と意識が落下する。
ガクンと落ちる視界。途端に上方の視界が暗闇に包まれ、そのままキャンバスに黒の液体をぶち撒けるように目が見えなくなって、何もかもが停止する。
息が出来ない。金縛りにあったように身体が動かない。
疲弊が限界を超え、それでも尚動いた者の末路がこれなのだろう。たとえどれだけの心持ちであろうと肉体が追いついて来れないように、藤丸立香は意識を落としていった。
心が折れた事がある。
もうどうしようもなく、私には無理だと感じた事がある。
それは、竜の魔女として君臨したジャンヌ・ダルク・オルタ率いる、邪竜ファヴニールと対峙した時か。
それは、圧倒的な殲滅力を無慈悲な機械の如き思考回路で周囲に振り放つ、軍神アルテラに襲われた時か。
それは、数人がかりで相対しながら、まるで此方を有象無象のように弾き飛ばしてくる大英雄ヘラクレスと戦っている時か。
それは、魔術王を騙るゲーティアと初めて相対し、魔神柱4体で此方のサーヴァントをゴミのように扱われ弄ばれた時か。
それは、女王メイヴを暗殺する為に発ったレジスタンス勢力のサーヴァント五騎が、狂王クー・フーリン一騎に壊滅させられたと知らされた時か。
あぁ、一体どれだっただろう。分からない。何回心を折られたかは分からない。
歴史に名前を刻んだ英雄達は歴史に恥じない偉人達で、きっと伝説に嘘はないんだろうなぁと思える程に凄い人達で、だからこそ一切の容赦はなかった。
必要とあれば殺し、躊躇いもなく誰かの思いを踏み躙り、それに何も引っ張られる事はなかった。しかも当たり前のように彼らは背負う。
故に、彼らは皆等しく英雄だった。敵であろうと味方であろうと、英雄という人類の頂点者なのだ。
それを前に、命のやり取りも自分の在り方も分からない、考えた事もない一般人が相対すればどうなるかなど、火を見るより明らかだった。
取り零す命。守れなかった思い。容易く消し飛ぶ誇り。
歯を食い縛り、それでも立ち上がろうとしても、肉体は絶対に付いて来ない。
他の人が生き残っていれば。
自分以外の力ある人が人類最後のマスターだったなら。
そんな考えに至ってしまう事もあった。
でも、それでも——逃げる事だけは許せなかった。
そうだ、己はどうしても許せないのだ。
ここで負けるという運命も、逃げたいと思う自分の心も。
だって、言われたから。
あの日、最初に私の心を完膚なきまで砕いた人に言われたから。
でもその癖、それだけは許すなって言う人が居たから。
今、私の目の前にいる彼女とは正確には違うけれど。
私達の立場を尊重しながら、それでもその思いを踏み潰すと告げ、躊躇いなく黒い聖剣を振って来て、此方の心を砕きに来たけれど。
所長の魔術も全て無効化して、キャスターのクー・フーリンが呼び出す炎の巨人を内側から砕いて、マシュの盾を数撃で弾いて、私の首を掴んで殺しに来て………失望する様な視線を向けて来たけれど。
それでも、彼女に言われたのだ。
震える程に冷たいのに、魂の奥底を燃え上がらせるような声色で。
今までの戦いの中でも、この言葉以上の物はないと確信している言葉を。
ずっとずっと己を魂の真髄から駆り立て、絶望の中、無理矢理にでも引き上げてくれるその言葉を。
"——お前は、ここで報われない死を迎えるのが許せるのか?"
「ッ…………嫌だ………嫌だから……私は」
ガクンと落ちていく視界。肉体は動かない。
でも意識が落ちるその瞬間、最後に抗う事だけは出来る。出来なければおかしい。
だから、藤丸立香は思いっきり唇を噛んだ。凄まじい激痛。溢れ出る血液が口を汚し、白い礼装を赤く汚す。
「それを受け入れるのも……誰かにそうさせるのも………私は絶対に嫌だからっ……!」
でも耐えた。故に藤丸立香は起きた。
吐き気がしてならない。
それは肉体の限界を迎えているが故の吐き気が、自分が人類最後のマスターたる所以を作り出してくれた彼女よりも早く、自分が倒れてしまいそうになった事への吐き気か。
「せ、先輩………」
「ごめんマシュ。私は大丈夫。まだ何とかなる」
口元の血を拭いながら、立香は告げる。
ただの強がりだ。当たり前のようにマシュには見抜かれている。しかし前提として、死にかけている彼女とまだ無茶が出来る自分なら、優先すべきは彼女だろう。
彼女がサーヴァントだからなど関係ない。
ようやくカルデアに召喚出来て、しかも極めて特殊な現界をしている彼女は、もしかしたらもうカルデアには召喚されないかもしれないのだ。
それは、ルーナという一人の人間の死ではないと誰が言い切れるというのか。
「マスター、少し良いか」
「……エミヤさん?」
「
ルーナの右腕に手を当て、エミヤは詠唱の言葉を告げる。
エミヤの手から走り、ルーナの右腕、そして心臓へと繋がって光っていく青い回路。
「霊核にヒビが入っている。
これでは君の礼装でも応急処置にしかならん」
「そっか……分かった。でも応急処置にはなるんだね?」
「……あぁ」
頷く言葉に、藤丸立香は柔らかに微笑んだ。
それに、まだ手がない訳ではない。彼は口にしづらいからか言葉を濁しているけれど、エミヤも思い至る事があるのだろう。
だから、私が敢えてそれを告げる。だってそういう役割だから。
「マスター………」
「アルトリアさん。
次、礼装の回復でルーナさんが目を覚まさなかったら、令呪と魔術教会礼装を無理矢理繋げ、霊子譲渡のスキルでアルトリアさんの霊基を半分程ルーナさんに分けます。
あまり選びたくない手段だけど、大丈夫ですか?」
「………——えぇ、それで構いません。貴方とルーナ。二人が命をかけているのです。死なない程度の事など安すぎます」
アルトリアの決心に、藤丸立香は小さく頷いて精神統一をした。
正直言うなら超辛い。瞳を閉じているだけで意識が落ちそうになる。それに、さっきの応答の時も、半分くらい目が見えてなかったし、1メートル先のエミヤさんとアルトリアさんの顔に目のピントが合わせられなかった。
「支援礼装、起動」
しかし、それでも藤丸立香は意識を繋ぎ止めていた。
既に同種スキルを四連続で使用している。ここからは五回目。骨折した足で全力疾走しろと言われるのとどちらがマシかは分からない。
だから、まずは他の礼装のスキルを使用する。限られた回数の礼装は、慎重に選択しなければならない。
「——イシスの雨」
その言葉に、柔らかい光がルーナを包み込んでいった。
アトラス院礼装にて使用出来る、浄化の魔術。状態異常を洗い流す癒しの雨。回復効果自体はない。気休めだ。その気休めにも頼っていくのだ。
「……
告げる言葉。
ほぼ連続で五連射目という、本来なら危惧すべき事。気絶してくれた方が楽だろう。怖くないと言ったら嘘になる。でも、それ以上に許せない事がある。
だからやる。天秤にかけて比較した結果の単純な話だ。
「——………
淡い光がルーナを包んだ瞬間、明確に黒く滲んでいく視界。遠ざかる意識に、周囲の音。
なのに、自分の心音だけは嫌に響いて、身体中の血が頭に集まっているんじゃないかというくらい苦しい。自らの首を何十秒も思いっきり締め付けた後みたいだ。
「——ぅ」
「ルーナ先輩!」
しかし、視力も聴覚も麻痺しながら藤丸立香はその僅かな声と、手の平から伝わる胸が上下する振動を確かに感じた。
「やった……! 息を吹き返しました……霊核の損傷が収まっています!」
「マスター、ありがとう。もう大丈夫です。後は私の霊基を彼女に分けて下さい」
俯き、側から見れば死にそうな表情の立香。
マシュの報告を聞いて、もう礼装による回復は大丈夫だとアルトリアは告げる。
「
「——な、マスター!?」
「……もう一回。
もう一回だけ、私が耐えれば…………そうすればっ………アルトリアさんまで巻き込まずに済む………これ以上、戦力を削れない」
「ですが、そうすれば貴方が……!」
「——マシュっ!」
アーサー王からの制止の声も振り切って、藤丸立香は叫んだ。
水に濡れたタオルで、必死にルーナの体温を下げようとしていたマシュの姿が見えてないまま。
「私が倒れたら、後はお願いね」
「……………分かり、ました」
「ごめん。護衛は任せた」
あぁ、マシュに辛い思いさせちゃうなぁ。多分後ですっごい怒られるなぁ、と思いながら、藤丸立香は詠唱を唱える。彼女を救う為の、その言葉。
「——
「ぅぅう………——がっ……はぁ……は、ぁ………」
六回目の礼装による緊急回復。
ようやく彼女にまで届いたのか、光に包まれた瞬間ルーナは荒々しく咳を吐き出していた。
血交じりの咳は酷く、側から見れば先程よりも苦しんでいるように見える。しかしそれは確かに治療が届いて痛みを感じられるまで意識が回復したからだった。
「マスターッ!」
ついに糸が切れた人形のように倒れる藤丸立香をアルトリアは支える。
しかし、己が支えられているという感覚も分からない程に衰弱した立香は、眩んでいく視界に見えた血を吐くルーナを見て、心の中で謝り続けていた。
「(あぁ………ごめんね……痛いよね……もっと私が優秀なら、こんな中途半端な状態まで回復させるなんて事しないのに………ごめんね………)」
もうどうやっても無理だと気付きながら、実はもう一回出来るんじゃないかと強がって手を伸ばして、自分の手すらノイズがかかっていて見えなくなっている事に気付く。
「(………くそ………っ)」
落ちる意識。
遂に気絶して立香の瞳が落ちようとした時——彼女は光を見た。
「え…………」
掠れた瞳が痛む程の光量。見えない筈の光が見えている。
それは視線の先、マシュの盾から放出されていた。周囲を劈く稲光に吹き荒れる風。盾より宙に浮かぶ紋様の光が最高潮となった瞬間、それは召喚された。
「——良くやりましたねマスター。後は私に任せておきなさい」
その声。その姿。見間違う訳がない。だって今さっきまで救おうとしていた人物の母親だから。そして同時に、世界の中でも飛び切り有数の魔術師であり魔女の——モルガンがそこに居た。
「は……な、姉上——」
「…………フン。邪魔です。時間の無駄にしかならない」
嫌悪の表情を隠しもせず、何故この場に現れる事が出来たという円卓の騎士達の驚きには一切の考慮もせず、モルガンは倒れたルーナの元に向かう。
そんなどうでも良い事より、まずは優先しなくてはならないモノがあるのだ。
血の交じった咳を吐きながら、荒々しい呼吸を繰り返しているルーナ。
マスターの礼装によって死の淵からは逃れられたが、内側が崩れる痛みに焼かれているだろうその苦痛は想像に難くない。
不意に、ルーナと目があった。
焦点の合ってない、弱々しい瞳。
「………ぁ、モルガン……?」
「えぇそう。私は貴方のモルガン。
だからもう安心して。ゆっくり。ゆっくり呼吸をして、そうして目を閉じなさい。次に起きたら、もう貴方は大丈夫だから」
焦点の合っていない瞳に手をかけ、ゆっくりと手を降下させる。
それと同時に輝く淡い光。途端に顔色が良くなるルーナと、安定した呼吸に戻っていく。
モルガンが手の平を外せば、そこには瞳を閉じて穏やかに眠るルーナが居た。先程の様子はなく、誰がどう見てももう安全だと思える姿。
その様子に、何とか峠は越えたと周囲の円卓の騎士達は胸を下ろし、安堵をする。しかしただ一人、その光景に安心しながら、単純には居られない人間が居た。
「本当に凄いなぁ……モルガンさん」
「えぇ。別にこの程度造作もありません」
「………ごめんなさい。私のせいで。私の治療がもっと上手くいっていたら、ルーナさんは早く助かったし……中途半端に苦しむ事もなかったのに………ごめんなさい」
「………………」
もはや意識を繋ぎ止めている事すら大変なのか、立香は項垂れながら謝っていた。瞳には悔し涙が流れ、頬を伝って地面に落下している。
「はぁ……全く」
「え……?」
頭を撫でられている感覚がした。
そして、それは嘘ではなかった。途端に軽くなっていく身体。淡い光が自分を包んで、吐き気も頭痛も収まっていき、途切れそうな意識が回復していく。
流石の事態に顔を上げると——穏やかに微笑んでいるモルガンがいた。
「マスター。貴方に感謝を。貴方のお陰で私の娘は一命を取り留めた。
貴方の魂からの献身。自らの命すら天秤にかけた行いは、確かに娘に届いていたのです。その献身をどう恨めば良いというのか。えぇ。もし恨むとすれば、それは円卓の騎士達」
「…………………」
「それに——貴方のような少女が己を汚すものでないでしょう?」
そう言って、モルガンは頭を撫でていた右手を藤丸立香の——唇に当てた。
顎を持ち上げるように手を当て、親指で唇を上書きするようになぞり、先程噛みちぎって血塗れになっている唇の血を拭っていく。
「〜〜〜ッ……!?」
「ほぅら」
穏やかな微笑みから、魔女のような澄ました笑みをモルガンは浮かべていた。
弄んでいるのか、この反応を可愛がっているのか。唇の血を拭い、しかし同時に治癒させていく姿は艶かしく、しかし嫌になる程整っている。
あぁ、本当に魔女だなぁ、と立香は現実逃避していた。
「それで、貴方の傷の方はどうですか?」
「ぁ……ぁあ、えっと………もう大丈夫です……完治しました」
「そうですか。それは良かった」
先程の怪しい笑みは消え、穏やかに微笑んでモルガンは踵を返し、穏やかにルーナの元へと歩む。
ルーナさんみたいに、複数種類の笑みを意識せず当たり前のように切り替えて他者の心を揺さぶってくるの本当にずっるいなぁ………血は繋がってないのに親子なんだなぁ……と意識がそれて、立香はその場に立ち尽くす。
「ん………んぁ……ん!? ま、待って! 何で当たり前のようにモルガンさんここにいるの!?」
「今更? まぁ私くらいになれば単独でレイシフト出来るので。それに解析だけで済みます。カルデアの霊子変換投射システムをそのまま乗っ取れば良いのですから」
「………………嘘」
「あぁもう本当に面倒ですね。私は手間な事は全て丸投げしてバカンスを楽しみたいと言うのに。どうせここから、この特異点を解析してなり、協力して欲しいなり言うんでしょう?」
「あー……その、はい出来れば」
藤丸立香がそう告げれば、モルガンは地面に手を向け、瞬時に何かの陣を刻んだ。
その陣が輝き、この魔術陣はなんだろうと思った瞬間、急に鳴り響く通信の音と、マシュが急に反応した様子で覆る。
『ようやく繋がった!! 立香ちゃん達大丈夫かい!?』
「え、あ……ダ・ヴィンチちゃん!? というか通信繋がった!!」
右腕の通信器から浮かび上がるホログラムには、焦った様子と安堵した様子のダ・ヴィンチちゃんが居た。
状況から見て、今モルガンさんの何かでカルデアからの通信が回復したんだと確信した瞬間、モルガンはホログラムのダ・ヴィンチちゃんに向けて喋り出す。
『いや、ちょっと待って……なんでモルガンが——』
「勝手に解析して通信が途絶していたようなので単独でレイシフトしました。助かりましたよね?」
『え、あぁ……まぁうんそうなんだけど——』
「ご心配なく。個人的には面倒など心底嫌ですが、そうやって円卓の騎士共に丸投げすると余計に手間取り、娘に負担がかかると悟ったのでそれなりに協力はします。心底嫌なんですが」
『あー………』
「では当初の予定通りバカンスです。中止は許せません。良いですね? 数時間後再びそちらに接続出来るよう、貴方達でいうアンチフィールドを特異点内部に張るのでそれでは」
『あ、いや、ちょっと待っ——』
相手の言葉を先読みし、一方的に自分の意思を告げた後、容赦無くモルガンは通信を切断した。元よりここは通信出来ない場所で、モルガンのお陰で通信出来ていたのではあるが、かなり自分勝手である。
「——ふぅん………」
虚空の先の太陽に視線を向け、何かに確信したようにモルガンは言葉を溢す。
何に気付いたのか。この特異点の異常に合点がいったのか。それは彼女以外には分からない。もはや娘が安静になって周囲の何もかもはどうでも良いのか、あらゆるものを置き去りにしていた。
「あ、あのモルガンさん……何か分かったんですか……?」
「はい。もうほとんど分かりました。乱雑な癖に効果だけは大したモノですね。吐き気がする。
そういえばマスター。貴方はもう動けるので?」
「……そういえば、全然もう辛くないです。ちょっとだけ体力が消費されて疲れた感覚はあるけど、もう大丈夫です」
「では貴方の指揮の下、そこの円卓の騎士共を動かして拠点作成をお願いします」
「あの……ちょっと、この特異点内の説明を……」
「あー……面倒臭い。今説明したところで出来る事は増えません。まずは簡易でも良いので拠点を作りなさい。六面を壁で覆うだけで結界になります。後は私がそこにカルデアと接続出来るように空間を作ります」
「……………」
「とりあえず私の娘が八割近い呪詛を消失させたので暫くは安全です。
それに、貴方達のシバが言っていたでしょう? 100%でいずれこの特異点は自壊するのだと。
はい、その通り自壊します。後数日かそこらで。それまでに私はルーナとバカンスを楽しまなくてならない。早くしなさい」
「………………」
「早く」
「は、はい!」
さっきの献身故か、終始周りがどうでも良いと表しているモルガンさんの割にはかなり優しかったというのに、もう何の容赦もないなぁ……と思いながら立香は行動を開始した。
呆れた目を向けるアーサー王と、微妙に不満気な騎士達を宥めながら。
「あの……! ルーナ先輩は任せました!」
「——フ、一体何を当たり前の事を」
最後に振り向くマシュに、モルガンは勝ち誇るような余裕の笑みで返した。
その場に他の人間達が居なくなると、彼女はルーナを引き寄せ、木に背中を預け始めた。
「……………ん」
「大丈夫? まだ眠っていなくていいの?」
「あぁ、いや…………分かった……もう少し横になってる」
意識が回復して、ルーナの虚ろな視界に映るのは、母親が自らの顔を覗き込んでいる姿だった。
木陰の中、穏やかな表情をしているモルガンだが、この状況をどこか喜んでいるような感覚がする。このまま、彼女のしたいように膝枕の状態で好きにさせていようと、ルーナはこの状態を受け入れた。
「まさか……単独でレイシフトしたのか」
「えぇ。だって——貴方から剣を捧げられてしまいましたからね?
だからアルトリアにはこう言いなさい。 私は王でも国でもなく、ただ一人の魔女に剣を捧げたのだと」
「それは、ちょっと……王が本当に悲しそうな表情で、でもそれは当然の事だと堪えるから………」
「ふーん……じゃあ私が悲しむのはいいと?」
「勘弁してよ…………」
此方は此方で結構心苦しいというのに、モルガンはやっぱりどこか楽しげに語っていた。
「身体は本当に大丈夫?」
「別に……もう普段と変わらない。少し、何か上手く力が働かないけど」
「そう。ならマスターに感謝なさい。マスターの献身がなかったら、貴方はさらに酷かったから」
「あぁ……霊核が半壊してるのか」
「えぇ、今はもう私が処置をしましたから大丈夫だけど、貴方の霊基にはヒビが入ったまま。だから無理はよしなさい。次は本当に危険だから」
「そうか………ならマスターには感謝しないとな。この恩はいずれ返さないといけないから」
「…………………」
そう告げると、モルガンは少し不満気な表情になっていた。
自分以外が褒められていてそれに嫉妬しているという、あの魔女からすれば優しい嫉妬。
「勿論モルガンにも感謝してるよ。モルガンが助けてくれなかったら、私は死んでいたかもしれない。もしくはずっと胸と肺に穴が空いたような痛みに悶えていたかも」
「じゃあ、マスターよりも感謝している?」
「それは………いやでも藤丸立香は命をかけるくらいの献身をしてくれたから……どっちが良いとかそういうんじゃなくて………」
「でも私はこの一瞬の治癒を行う為に、生涯をかけているのですが?」
「本当に勘弁してよ…………」
この反応を楽しんでいるのか、不満気な表情をしていたモルガンは次の瞬間には楽し気に微笑んでいた。
どこからどこまでが本気なのかは分からない。きっと全部本気でもあって、でも私の反応が期待しているモノとは違っても構わないのだろう。
「じゃあ私に申し訳なさを感じているなら、代わりに楽しみましょうか」
「何を………」
「夏」
「………………」
「だってここにはバカンスに来たんでしょう? そして貴方は暫く戦える身じゃない。なら面倒は誰かに押し付けて私達は遊んでいましょう。だって生前は、ずっと貴方が誰かの面倒を肩代わりしていたじゃない」
「……でも流石に、ちょっと気分というか」
「別に良いんじゃない? 手軽な水着になって、浮き輪を着けて、ただ海の上に浮かんでいる。それだけでも良いじゃない」
「……………」
「あぁ、勿論私はメディアとは違いますから。
彼女は貴方で楽しむ事しかほとんど頭にない。でも私は、貴方と一緒に夏を満喫したい。ルーナは私が貴方を辱めたいとでも思っているの?」
「はぁ……もう全く」
「何か憂いはある?」
「ないよ、もう」
ここまで私の事を考えてくれているというのに、更にここから彼女を裏切るのは嫌だなぁ……これすらもモルガンの策略なのかなぁ……。
きっとそうじゃないのだろうから本当にモルガンは天性の魔女だなと、暫くルーナはモルガンに膝枕されながら、安らかに横になっていた。
次話から雰囲気が柔らかになります。
後水着(第一再臨)になります。