騎士王の影武者 (外伝・仮)   作:sabu

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 本編と平行しながら書いていて、今本編の方では主人公が本気の殺し合いをしているから情緒が破壊されそう。
 周囲の人々が主人公の特殊な二面性を感じているのと同じモノを、多分今感じている。自分で言うのもなんだけど、ルーナ複数の側面がありすぎじゃない?
 


第8節 海のお姉さん

 

 

 

 

 視界の先、木々の外れ。日暮れの柔らかな光景の中、穏やかに寝る娘と、それに柔らかな表情を向ける母親がいた。

 特に、母親である魔女は誰しもが想像が出来ない程に柔らかな視線で、膝枕をしている娘の髪を梳かしている。

 平和的な光景だ。きっと誰もがそう思うだろう。ただ一人を除いては。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 簡易でもいいから拠点を作るぞと始まり、いや何日も過ごす可能性があるんだから本格的な物を作るぞと繋がり、エミヤが投影魔術を駆使して十人近くが寝泊まり出来るコテージを作ろうとしている中、円卓の騎士達と一緒に周囲の木々を運んでいるアルトリアは、遠くの母娘の光景に視線を向けていた。

 

 何か憐憫を抱いている訳でもなく、少女の姿に寂しさを抱いている訳でもない。

 普段は気にしないようにしているが、穏やかな姿の姉上を見ていると抱いてしまう感情。

 

 

 いや、本当はおかしいのだと理解している。

 

 

 だって、彼女と自分は違うのだ。

 確かに彼女が自分を演じている時のアレはドン引きするくらいにはソックリだが、それでもやはり違うモノは違う。普段の所作とか、態度とか、口調とか、佇まいとか、性格とか。だから違うのだ。

 …………顔が同じでも違うのだ。

 

 

 

「うぅぅ…………」

 

 

 

 ………いやダメだ。はっきり言おう。

 自分と同じ顔の彼女に姉上が微笑んでいる光景が非常にむず痒い。

 

 言い知れない感情を抱くとはこう言うものを言うのか。目を逸らしてしまいたくなる。

 何せ顔が同じなのだ。何なら声も同じだし、身長体重も同じである。

 この事を突ついても誰も幸せにならないから、カルデアの者や特に円卓の騎士達は突っ込まないが、当の本人である自分が気にし始めてしまうとドツボに嵌っていく。

 

 つまりどう言う事かと言うと、彼女の立場と己の立場を頭の中で入れ替えてしまうのだ。

 即ちアルトリアの脳内に浮かんでいるのは——姉上に穏やかな表情を向けられ、膝枕をされながら髪を梳かされる自分。

 

 

 

「………………………」

 

「………………………」

 

 

 

 不意に、アルトリアとモルガンは目が合った。

 それもそうだろう。何せさっきからずっと、アルトリアはモルガンとルーナの事をガン見しているのだから。

 

 

 

「…………フ」

 

「ッ…………!?」

 

 

 

 暫く互いに視線を交わしていると、モルガンは勝ち誇るような澄ました笑みを浮かべてアルトリアを嘲笑した。

 どうだ悔しいか? この子はお前の物じゃなくて私の物だからな? という笑み。

 

 

 

「な、なな——今のはどう言う意味の微笑みですか!?」

 

「…………はぁ?」

 

「いや……今なんかこう………不気味に微笑んだじゃないですか!?」

 

 

 

 だが、その笑みの真意はアルトリアには伝わらなかった。

 むしろその笑みが、何か意味深なモノに見えて仕方がなかった。

 

 

 

「チ…………」

 

「え……えぇ!? 今の一体何なんですか!?」

 

 

 

 あぁ、どうしてこう言う時に限って勘が悪いんだとモルガンは思いながら、暫くアルトリアを無視し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……つまりこの特異点は二重の固有結界だと?』

 

「そうらしいです……モルガンさんが言うには」

 

 

 

 簡易な拠点で良いと思っていたのに、意外と興が乗ったのかもしくは凝り性だったのか、途中からモルガンの協力もあってエミヤと円卓の騎士達はまぁまぁのコテージを作成してしまった。

 今は日没を過ぎて大体八時。太陽が落ち、辺りは夜の帳が支配する中、立香はコテージでカルデアとの通信をしていた。

 

 

 

『この特異点が二つの固有結界内……か。

 確かに君達がこの特異点内部に突入した瞬間、此方からのシグナルがロストしたから焦っていたけれど、そんな理由だったなんて』

 

「一時間近く移動したにも拘わらずマップが更新されていなかったのは、そもそも私達は特異点内部を移動していなかったからですか………」

 

 

 

 ダ・ヴィンチの言葉に、マシュが納得するように同調する。

 その後、頭を抱えながらダ・ヴィンチは愚痴を零した。

 

 

 

『あぁ………これは面倒だぞぉ……特異点内部ではなく、特異点の中にある固有結界内にレイシフトしたって事か?

 確かに、固有結界そのものにレイシフトするなんて実例がないし、その場合どうなるか分からないけど………あぁいや、でも……うーん』

 

 

 

 唸りながら、ダ・ヴィンチは続ける。

 

 

 

『正確には固有結界内にレイシフトした事はある…………あぁでもあれ、固有結界というか特異点そのものになった世界というか……収束させた人理そのものというか……宇宙の極小モデルケースというか………レイシフトしたというよりカルデアそのものが接触したというか…………あぁもう分からん!」

 

 

 

 匙をぶん投げたダ・ヴィンチちゃんに、藤丸立香は苦笑いをする。

 ダ・ヴィンチちゃんが言うのは……終局特異点。冠位時間神殿、固有結界ソロモンの事だろう。しかしアレは固有結界というにはあまりにも異質で、あらゆる時間軸から切り離された魔力が続く限り存続し続ける特異点だった。しかもそれ以外にも差異は激しい。

 

 今回のケースは、特異点と化した固有結界にレイシフトしたのではなく、特異点内部にある固有結界にレイシフトして突入してしまったのだ。

 "過去、果てには未来すら観測出来ても、異界そのものは観測出来ないでしょう?"と告げたモルガンさんの言葉は的を射ている。

 

 

 

『固有結界内部にレイシフトか……何かに引き寄せられたのかな…………というか、固有結界内部に居るのに立香ちゃん達は大丈夫だったのかい?』

 

「うん、大丈夫。ちょっと暑かっただけだから」

 

『暑かっただけ…………あぁ、昼の異常気象かい?

 心象風景を映しだす固有結界内部で、ただ異常気象があるだけなんてあるのかな……それとも心象風景ありきの固有結界ではない?

 ……いや、それ以外にもあったみたいだね。謎の黒い影。無限に思える程の大軍か』

 

「はい。今からそちらにデータを送ります」

 

『ありがとうねマシュ。ようやくカルデアからの支援が出来るってものさ!』

 

 

 

 モルガンさんによって、異界そのものである固有結界内部でありながらカルデアと通信出来るのもあって、此方の状況は自由に送れる。

 しかもなんなら、召喚サークルも設置出来てしまった。普段は全くと言って良い程力を貸さないというのに、今回は力の入れ具合が段違い過ぎる。

 

 

 

『成る程………シャドウサーヴァントに近い怨念の塊……しかも固有結界内部だからか、空間そのものに焼き付いている呪詛の集合。

 故に、焼き付いたメモリーを磨耗させる程に倒すか、もしくは特効の入る武器で貫くか…………呪詛そのものであるルーナの聖剣で焼き払うか、か。

 君ってば本当に運が良いね! いや逆に運が悪いのか? ともかくこの黒い影を相手にルーナが居なかったらやばかったね!』

 

「えぇ本当に………また助けられてしまいました」

 

『彼女なら許すんじゃないかい? それに取り敢えずは無事だったんだ。それを喜ぼう。

 ………おっと、解析が終わったみたいだ。これは……あぁー…………やっぱりかぁ………』

 

「どうしたんですか?」

 

『特異点Fを覚えているかい? そこで見た聖杯の泥。数々の英霊を黒化した汚染物質。私達はちゃんと見てないし、多分これはルーナの方が理解が進んでそうだけど。

 まぁ良い。話を戻そう。この人影はそれに非常に似た霊基パターンが現出された。なんと類似率80%超え。ここまで来ると逆に何が違っているのか気になるね?』

 

「ふむ………」

 

『それとこの特異点……いや固有結界内部? も調査が済んだ。

 ……ややこしいな。まずは前提から話そう。特異点自体はまずこの島だ。そしてその内側にそのまま特異点と同じ大きさの固有結界が二枚張ってある。

 面倒だが、固有結界が特異点化している訳ではない。特異点というテクスチャに固有結界が張られているんだ。

 そしてこれが妙手なんだが、二枚の固有結界が常に起動している訳じゃない。昼という概念を持つ固有結界。夜という概念を持つ固有結界。それが混じり合い、時間と共に少しずつ交代し合っている。普通はあり得ないんだけどね」

 

「んん………ちょっと待って……頭がこんがらがって来た」

 

 

 

 重なる説明に、立香は頭を抱え始めた。

 固有結界という物は知っているが、原理とかは良く知らない。そもそも固有結界を使用出来る英霊はカルデアの中でも極少数なのだ。

 

 

 

『アハハ。まぁこう言うのは後からエミヤにでも聞こう。いや彼はダメかな? エミヤは魔術を編み、術式を以って固有結界を発動しているのとは違うから。

 それに、この特異点内部の固有結界は異常だ。何というか……もう壊れかけている』

 

「壊れている?」

 

『うん。ボロボロもボロボロ。

 もはやこの固有結界には空間内に絶対的なルールを敷く法がない。こんな惨状だと、元から有ったかすら怪しいけどね。

 例えるなら、白と黒っていう完成した色だったのに、混じり合ってダメになってしまったって感じだ。

 本来なら干渉し合わず、また特性が引っ張られないモノ同士がぶつかり始めてしまった。対消滅と言えばいいのかな。これではいずれ自壊して何事もなく正常化するだろう。

 成る程これはE−の判定すら下されない』

 

「私達は……?」

 

『いいや何も起こらない。巻き込まれて死んでしまうとかもない。

 言っただろう? これは特異点化した固有結界ではなく、特異点の裏に張られた固有結界だと。固有結界が壊れた後、君達は特異点に戻り、次の瞬間には異常がなくなった特異点から当たり前のように帰還出来るという事さ』

 

「つまり…………極論を言ってしまえば、もう私達は何もする必要がない?」

 

『そうその通り。おめでとう立香ちゃん! 特異点修復完了だ!!」

 

「ハハハ………」

 

 

 

 その発言に、藤丸立香は苦笑いをせざるを得なかった。

 特異点突入前は本当に微小な異常と判断しており、しかし特異点突入後は、あっこれやばい特異点だ。と意識を完全に引き締めたというのにこれである。

 謎はまだ残るが、何もしなくてもこの特異点は修正される。なんなら今この瞬間、カルデアに強制退去しても大丈夫なレベルで。

 

 

 

『それにだ、元より固有結界なんて大魔術を長い時間維持出来る訳がない。抑止力の干渉が上手く働かない特異点でもね?

 いや、その問題を解決する為に二枚、昼と夜で切り替わる固有結界になっているのかなぁ。でもそれで結局混じり合って自壊が加速しているんだから、何というか色々乱雑なのに効果だけは凄い。いや凄くはないか。これは矛盾の塊だな』

 

「矛盾……矛盾か」

 

 

 

 何かを思案し始めた藤丸立香を見て、彼女が誰を思い浮かべているのかをダ・ヴィンチはすぐに把握した。

 そしてそこから思案が飛んで………あぁこれもしかしたらと、意識を飛ばす。

 

 

 矛盾した固有結界。

 矛盾を抱えながら自滅するように走り続けて、そのまま何の意味もなく自壊するだろう呪詛の固有結界。

 恐らく夜側を司っていた筈の、亡霊の群れ。

 呪詛の集合を一撃で消失出来る、呪詛を束ね上げた黒い聖剣。

 アイル島という、あまりにも彼女の故郷ブリテンから近過ぎる島。

 先程マシュから貰った情報に付随していた、円卓の騎士達にのみ関係する何らかの異常。

 何らかの理由で引き摺り込んで来ただろう固有結界。

 ルーナはこの空間に固定しようとしていると語った、単独行動スキルの付与。

 

 

 成る程。驚く程にルーナという人物が事態の中心にいる。

 彼女が引き寄せたか、彼女が何かに引き寄せられたか

 まだ謎は残るが、この段階でも色々こじつけられそうだ。ほぼ彼女は被害者なのだろうが、彼女が事態の中心になっている以上、この特異点の真相はきっと碌でもないモノなのだろう。

 伝説の影。流伝の闇。そういう類いのモノ。

 

 

 

『それでどうする立香ちゃん?

 この特異点は勝手に自壊して消えてしまう訳だから、一度カルデアに戻るかい? まぁ、これを引き起こした何かが判明出来てないから、また同じ特異点が観測されるかもしれないが』

 

「あ、それはないってモルガンさんは言ってました。

 "これを引き起こしたモノはこのまま自滅し、有象無象の如く無価値に滅ぶ"……と。何の痕跡も残さず、伸ばした手が誰かに届く事もなく」

 

『えぇ……!? もしかして彼女はもう、全ての事柄を把握しているっていうのかい?』

 

「いや……正確にそうじゃないらしいですけど………知っている事しか知らないので、みたいな事を言っていたから。

 でもこの特異点の状態を見た時、結構うわぁ……って言う気分が悪くなる不愉快なモノを見たみたいな表情だったんで、根底の何かは掴んだじゃないかとは思います」

 

『思います? 何もモルガンは言っていなかったのかい?』

 

「はい。こんなモノに関わる必要などない。首を突っ込む必要もない。

 この空間を盛大に利用して幸せに笑い続けてやれ、って。その為に必要な事だけは私が整えてやろう、とも言ってました」

 

『ハハハ………本当に気ままで自分勝手で、興味がないものに関しては一切の目を向けないんだから。でもまぁ、多分彼女の言う通りなんだろうね。彼女はルーナが関わるとルーナにとっての最善だけを選び続ける』

 

 

 

 苦笑いしながらダ・ヴィンチは告げた。

 敵ならこの上なく恐ろしい存在で、味方ならあまりにも頼もしく、しかし彼女はある者にしか味方しない。つまり彼女はまぁまぁ傍迷惑だ。

 

 

『じゃあ、本格的にどうするんだい立香ちゃん?

 もはやこの特異点にこれ以上関わる必要がない以上、疲れを癒す為カルデアに戻るかい?』

 

「いいえ。確かにモルガンさんの言う事が最善なのかもしれないけれど、まだ私は気になります。それに——」

 

 

 

 次の瞬間、立香は満開の笑みで告げた。

 

 

 

「私達はここにバカンスに来たんですよ!

 それに、このままじゃルーナさんが手負い損です。絶対に楽しみます」

 

 

 

 その発言に、ダ・ヴィンチは一瞬だけポカンとした後、爆笑しながら返した。

 

 

 

『アッハッハッ!!! そうだねそうだね忘れていた!そうだよ君達は真夏を楽しむ為に来たんじゃないか!

 うんうん……そうだね。なら楽しみなさい。特に君もだ。何があろうとも立香ちゃんは笑い飛ばさない。君が背負う必要のあるものなんて、こんな辺鄙な特異点にはないんだから』

 

「うん! マシュも良いよね!」

 

「勿論です! 明日から早速召喚サークルからカルデアの皆さんを召喚しましょう!」

 

『ハハハ!! これは傑作だね!

 いいよいいよそうしよう! モルガンのおかげで本格的な接続が出来た以上、限られた突入メンバーなんて制約はもう存在しない。

 不気味な固有結界だかなんだか知らないが、カルデアの皆で思う存分蹂躙してやろうじゃないか!』

 

 

 

 コテージの中、三人の楽しげな声が響く。

 それから暫く、ダ・ヴィンチは明日には特異点の異常を正面から力押し出来るよう、召喚システムの接続を急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁモルガン……………本当にメディアとは違うんだよな……?」

 

「えぇ勿論」

 

 

 

 ルーナの視界にあるのは、コテージの自身の前にずらっと並んだ衣服。しかもその全てが水着。

 ちょっと……布面積少ないなぁ……と思う水着もある。ヒラヒラとした、俗に言う少女趣味的な可愛い系の水着もある。つまりは危惧すべき水着。

 

 

 

「でもそれはそれで、これは貴方に着せたい。という水着はあった」

 

「………………」

 

「だからカルデアの工房から運べるだけ取り寄せた」

 

 

 

 それってつまりダ・ヴィンチちゃんの工房では………?

 まぁまぁの非常事態のこの時に、どう考えても優先される物資とかを押し退けて水着を霊子転送したのか……?

 ダ・ヴィンチちゃんは? まさか許可したのか? 脅した? いや無許可か? 転送のリソースとかは?

 

 

 

「そっか………」

 

「気に入った?」

 

「まぁ……選択肢がなくて実質好き放題に押し付けられるとかじゃなくて良かったよ………」

 

 

 

 結局、藪蛇だと判断したルーナはモルガンの意向に任せ、尊重する事にした。

 聞いても何の意味もないなと、彼女は諦めた。

 

 

 

「なら今日中……いえ、夜中の内から何を着るか決めましょうか」

 

「え………」

 

「そして明日の朝からバカンスです。それで良いでしょう?」

 

「いや………あー………………今から私は着替えると……?」

 

「勿論」

 

 

 

 冗談でも揶揄っている訳でもなく、当然の如く語るモルガンにルーナは硬直していた。

 いや、確かに着るとは言った。もういいか、とも告げた。でもこう……ちょっと……想像と違ったというか。

 

 

 

「——ふぅん? 着替えているのを見られたら嫌?」

 

「うぅいや…………その………うん………」

 

「そう。なら私は部屋から出ていましょうか。ここを魔術工房化する必要もありますし」

 

「…………………」

 

「強制はしないから好きなのを着なさい? それで一緒に浜辺に行きましょう?」

 

「…………今から?」

 

「今から」

 

 

 

 そう言ってモルガンは出て行った。

 残されたのは、ずらっと並ぶ水着の数々。そして私にファッションセンスなどはない。じゃあ着替えを見て貰えばいいのだろうが………まぁ、うん。

 

 

 

「……………うわぁ………もうこれ下着なんじゃ……………」

 

 

 

 ざっと目を通して時折水着を手に取るが、大抵が布面積が少な過ぎて震える。

 もうこれは、四捨五入したら実質裸なのではないか。こんなモノを着て何故女性は恥ずかしくないのか。いや……私も女性ではあるのだが。

 

 くそ………適当な水着で良いとは言ったが、いざ着るとなるとやばい。頭が真っ白になる。

 もう全部下着にしか見えてこない。下着で知り合いの前に出るとか……そんなの想像するだけで恥ずかしい………そのまま死ねる。

 あぁダメだ。誰か具体的な人には見られたくないとかそう言う話ではない。もう誰にも見られたくないのだ。何なら水着を着ている姿を鏡で見るのすら恥ずかしんだ。

 

 

 

「ぅぅぅ………何で布面積の多い物はヒラヒラとした物が多いんだ…………」

 

 

 

 もう、何もかもが私の味方をしていない。

 こればダメだ。水着を着ている自分を想像してはいけない。そこからでは私は進めない。袋小路だ。どうすれば良い……どうすれば私は水着を着られる………?

 まずは思い浮かべよう。水着の姿を。

 

 

 思い浮かべるなら……知り合いの水着姿。

 

 

 最初は……マシュか。

 マシュの水着………マシュの水着は質素で、飾り気がなくて…………あぁやばい、無理。あんな少女姿の水着は絶対私に似合わない。はっちゃけ始めたマシュの水着も無理。

 

 次はモードレッド……モードレッドの水着は………無理だ。

 何なんだよあれ。布面積少な過ぎだろ。もうほとんど紐じゃないか………——いや、いやいや……! 違うそうじゃない。想像するのはその姿じゃない。

 まだだ。モードレッドの様に、まだセーラー服みたいなのもいける。女性用のラッシュガードを着るという選択肢も、ある——!!

 

 

 

「ない………そんな……! ない!」

 

 

 

 嘘だ……そんな………と、その場で立ち尽くす。

 希望が潰えた。もう下着姿みたいな水着を着ろと言うのか。

 

 ダメだ……まだだ。

 他の人の水着には何かないのか。水着…………アルトリアの水着…………うぅぅぅぅ無理だ。なんだよあれ。確かに活発さが出てるし。紐じゃないんだけど………やっぱり布面積が少な過ぎる。

 というか何で女性の水着とは布面積が少ないんだ。おかしいだろ。そして何で全然恥ずかしがらないんだよ。カルデアの女性がおかしいのか? それとも私がおかしいのか? もしや女性は私だけなのか? それとも私は女性じゃないのか……?

 

 

 

「あぁもうダメだ………水着という物そのものに拒否反応を示し始めた……」

 

 

 

 俯瞰的に見て、私はかなりやばい。

 もう思考が変な方向に飛ぶのを抑えられない。

 

 水着。水着…………そうだ発想を変えれば良い。

 下着だって、別に着るのが恥ずかしいという訳ではないのだ。だってその上にちゃんと服を着るから。つまり水着の上にも何かを着れば良い。水着以外の服を重ねれば良い。

 

 

 そうだ、そうじゃないか………!

 

 

 だって、モードレッドも上に着てたりしていた。

 アルトリアもジャージを羽織ったりしていたじゃないか。だから、何かを着て良い。

 なんなら、反転したアルトリアの水着だって、何か当然の如く新宿のパーカーを着ていたりした。だから何かを上に着ても良い。

 

 あぁ………やっと何とかなりそうになって来た。

 もうここからは自分自身を何処まで騙していけるかだ。どれだけ私が納得出来るか。どれだけ私に相応しいかという話だ。

 というか、私の普段着のアレは別に恥ずかしくない。

 素足とか生足とか、そう言うのが結構露出しているのにだ。何というか、反転した彼女も着ていたから大丈夫だと言う思いが強い。

 じゃあ反転した彼女…………メイドの彼女の姿が大丈夫かと言われたら………ちょっと……うん。恥ずかしい。というか何だあの水着。なんであんなに胸を強調するんだ。見せつけているのか。

 

 

 …………いや、似合う事は分かっている。

 

 

 そもそも私に似合わない訳がないだろう。だって姿形が同じなのだから。じゃあ大丈夫かと言われたら大丈夫じゃない。アレはキツい。

 あぁ、私もあれくらいに吹っ切れられたら良いのに。もしくは自信が欲しい。とどのつまり、私は私自身で納得出来ないのだ。

 

 

 

「——ふぅぅぅ…………」

 

 

 

 大きく深呼吸をして、精神を落ち着かせる。

 もう分かった。私はずっとこのままだ。水着を着て覚悟を決めるまでは。だから着なくてはならない。覚悟を決めなくてはならない。

 

 よし着るぞ。もう着るぞ。まず着るぞ。とにかく着るぞ。

 そして着て……その姿に納得するぞ。

 

 

 

「大丈夫……私はかわいい、私はかわいい……私はすっごいかわいい……見た目に関してはまず間違いなくかわいい………アルトリアと同じなんだからかわいくない訳がない…………だから別に恥ずかしくない………」

 

 

 

 誤魔化しながら、すぐに行動する。

 ちょっとくらいなら上に服を着て良いのだ。だから全然恥ずかしくない。

 

 まず普通の水着は………アルトリアのような普通のビキニタイプの水着で良い。色……色はもう私にあった黒い系色の奴で………あぁもう目に映ったこれで良い。

 

 

 

「う………い、いやもう一個上に着れば良いから………!」

 

 

 

 身につけて鏡を見て……ちょっとこれ胸が…………と怖気付いてすぐにもう一枚、上に大きな物を着る。もう良い何でも良い。早く隠せればそれで良い。

 しかしまだ薄い。目立つ。

 でも私服をそのまま羽織る訳には行かないから、なんかそれっぽいもの………何か浜辺に居てもおかしくない感じの服……!

 

 そうして着ると、今度は上ばかりで下に違和感が出て来る。

 くそ……私にファッションセンスなんてないからただ足していく事しか出来ない……! と悪態を吐きながら、ショートパンツを穿く。違和感はない。私から見たら無い。だから良い。

 良し出来た。さぁどうだ——

 

 

 

「あ——あ、あれ……?」

 

 

 

 そうやって茹で上がった頭で一目散に水着を着たが、何だか——すっごい似合っている気がして来た。

 

 

 

「…………………」

 

 

 

 ぼーっとして鏡の自分を見る。

 肌面積はもう諦めにかかっていたが、何なのだろう。意外とこれでも良い気がして来た。二の腕とか素足とかすっごい晒しているのに。

 というか、普通にこのファッション良くない? 何なら普通に私可愛くない? そんな余裕すら出て来る。

 

 

 

「おぉ………おぉ……!!」

 

 

 

 余裕が出来たからか、体を捻って鏡の自分を見たりもする。

 ちょっとここにアクセサリーも足していけるくらいには気分が良い。バンドを巻いて、ファッションっぽく黒鍵を太股に着けたり、手頃なバッグも持ってみたりもする。ちょっとリボンも頭に着けてみたりもする。髪型を弄ってみたりもしちゃったりする。

 

 その姿で、まだ体を捻って鏡を確認する。

 やばい。テンションがおかしくなってしまったんだろうか。分からない。とりあえず——今の私絶対に可愛い。普段の鎧甲冑から来る堅い感じじゃなくて、なんか柔らかい感じがする。しかもすっごい似合っている。会心の出来だ。

 これはもう、完全なる海のお姉さんだ。何処の浜辺に居てもおかしくない——海のお姉さんだ。

 

 

 

「——よし」

 

 

 

 もう大丈夫だ。凄い。全然恥ずかしくない。

 心持ちも完全になって、扉の前に立って少し深呼吸すれば、もう私は無敵な水着のお姉さんだ。これはきっとモルガンも驚く。

 

 

 

「モルガン、着たよ」

 

 

 

 そう言って、静かに扉を開けた。

 恥ずかしくはないし、普通に自信があるから柔らかな表情で。

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 

 

 そして部屋から出た先に居たのは——エミヤとアルトリアだった。

 

 

 

「——ぁ」

 

 

 

 コテージの広間。キャンプ場みたいな形状のコテージ。

 カウンター席に座るアルトリアと厨房にて皿を磨いているエミヤ。

 何かアイスでも食べていたのか、アルトリアはスプーンを口に咥えたまま、私を凝視して硬直している。

 エミヤも皿を磨いている姿勢のまま、私の水着姿に凝視して硬直している。

 

 

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「————————」

 

 

 

 なんでモルガンがいないんだ。

 もしかして私の性格だから、着替えには長くなるだろうと悟ってしばらく席を外していたのか。

 モルガンと一緒の時の、完全に気を緩ませていたところを二人に見られた。

 やばいやばいやばい。

 完全に私の水着に硬直している。

 こんな夜に素肌を晒しまくっている姿を見られてる。

 二人は普通の普段着なのに私だけ水着とか何なんだよふざけんなよ。

 私はかわいいから恥ずかしくない 私かわいいから恥ずかしくない 私はかわいいから恥ずかしく——

 

 

 

「——えっとその…………頑張りましたね…………?」

 

「〜〜〜ッ……!!!」

 

 

 

 やっぱり全然ダメで、すぐに慌てて扉を思いっきり閉めた。

 その音で円卓の騎士達が飛び起きる音と、モルガンが慌てて戻って来る音がしたが、その夜はずっと部屋に篭って毛布に丸まり続けていた。

 

 

 

 




 
 
【CLASS】——— (現在霊基半壊)


【プロフィール】

 キャラクター詳細

 影武者だって水着を着る。
 紆余曲折あったが、遂に着た。
 それでも私服感は否めなかった。

 尚、かなり悩んで選んで、羞恥心すら何とか出来る程の会心の出来だと判断していたのに、今の彼女は自信が無くなっている。
 しかも、何とか頑張って円卓の騎士達に自らの水着姿を披露するくらいの精神力を取り戻したというのに、皆の反応が悪くて彼女はかなり拗ねている。
 似合っている。かわいいと慌てて言われても耳に入らないくらいには拗ねている。

 もう知らない……! もう皆の意見なんか聞かない……!!

 故に彼女は暴走している。
 夏の暑さと病み上がりなのも影響してか、彼女に何か変な事を吹き込めば、それはもう、すっごい事をしてしまうくらいには。




 花水樹様より、ルーナの水着イラスト(第一再臨)をいただきました。
 
【挿絵表示】

 やばいね。やばいね…………
 
 
 
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