04-01.実録!要塞都市の闇に迫る!!
どんな街にも、裏側というものは存在する。その違いは統制されているか否か。それだけだ。
たとえばこのガスト市にも、暗部はある。
「おや、エリーちゃんか。こんな早くから飲みに来たのか?成人したって言っても、その体じゃアルコールは早いと思っているんだけどね…」
「余計なお世話よっ!…リンゴジュースで」
「はは、毎度!…追加注文はあるかい?」
「そうね。ドリアンはあるかしら。エールのつまみに食べてる人を見て、気になってたのよね」
「あー、すまないね…それなら今は切らしてるんだ。今度入荷する予定なんだけど」
「そう?残念ね…あ、少しお手洗いに行ってくるわね。良いリンゴジュースを頼むわよ?」
「…ああ。自慢のを用意しておくよ」
洒落たバーのカウンター席を立ち、カウンター脇の扉からお手洗いへ。入り口は左だ。手前は男子、奥が女子用の入り口になっている。周囲に人の目が無い事を確認し、私は一番奥の「STAFF ONLY」の扉を開ける。
「よう。待ってたぜ、期待のルーキー」
暗部世界の案内人。情報屋兼、裏のギルドの受付。前回、最初に来た時の挨拶は「新顔か。裏へようこそ、小娘」だった。
「ふざけないで。この世界でルーキーに期待する奴がいるわけないじゃない」
「そりゃそうだ、誰だって自分の畑を荒らされたくは無い…今日は?」
「情報が欲しい。それと、一応依頼も見たい」
「依頼は手頃なのが来てるぜ。情報から行くか?」
「ええ。…オブリビアス家の情報、なんでも良いわ。どんなのがある?」
「まあ、特に隠蔽もされてないちっこい家だからな。なんでもあるぜ。…ああ、長女は最近動きがあったな…パン一切れだ。聞くか?」
無言で相応のお金を手渡す。パン一切れというのは、金額を言い換えた隠語だ。しかしその単語が示す通り、大した金額ではない。よかった。もし大金が要るような情報があるなら、それは何か大きな物事に巻き込まれているということだから。
「確かに。それじゃ、これを。説明も要るかい?特に入り組んだ情報でもないが」
そこには、姉がある都市で小さな商会を立ち上げ、一家を巻き込んで慎ましやかな商売を始めたという旨の情報があった。その都市の名はミンドラ。このガストからは地平線の向こうに位置しており見えないが、そう遠くはない。馬車を急ぎ走らせれば2日で着くだろう。
姉は賢く、利に聡く、慎重ながら決断力がある。きっと上手くやるだろうな。
もう、あれから2週間が経った。魔女との邂逅以降、ゴーストの謎が解けることもなく時間は過ぎ…カウントは362まで減っていた。前にここまで減った時も、ここで
頭の奥に耳をすませば、遠くで、声がする。
———……れ……ころ……。
まだ聞き取れない。だが、聞き取れずとも言っていることは分かる。知っている。
「…いいえ。商会の名前は分からない?それだけ聞きたいわ」
「まだ決まってないらしい。とりあえずオブリビアスの名をそのまま使っているが、ゆくゆくは別の名前を付ける気でいるらしいぞ」
「そう。それじゃ、依頼を見せて」
「他は良いのか?」
「ええ。彼らが無事だと分かったもの」
「そうか。…その手の情報がもし入ったら、宿まで知らせを遣る」
「いいわよ。手間でしょ?」
「こう言う仕事をしてるとな、手が震えてるような子供にはいい顔して、自分を慰めたくなるんだよ。黙って慰み者になってくれりゃいい」
「…もう、子供じゃ、ないけど。ありがとう」
「ガキだよ、俺には。じゃ、今の依頼はこんな感じだ」
並ぶのは、
「俺としては、これとこれはオススメしない。ヤバい案件って奴だ」
「どうして?」
「コッチはよく見りゃ分かる」
『討伐対象:ベルトランド・F・クラウス』
「F?どうして…」
「なんでこんな偉い奴が狙われるのか、理由を考えりゃロクなことがないだろう?」
「…そうね」
「そんでコッチは…ここだ」
もう一つの“ヤバい”依頼書の補考欄には、こうあった。
『確実に証拠は残さず、生捕りにすること。それ以外は問わない』
「対象は…ゴンドラム、”F・クラウス”…」
「な。匂うだろ」
「…うん。本当ね」
「依頼書一枚だけじゃなく、全てを相互に組み合わせて考えるんだな。ここはまだ安定してるほうだから単純に見抜けるが…王都みたいなぐるぐる渦巻いてるような所は魔窟だ。多分俺も、あそこで仕事はできねえな」
「私は、一人殺せればいい。報酬は安くても構わない。…多分、私もそこでは働かないわ」
「ああ。良い心がけだ。裏は報酬がいいが、それ目当ての奴が生きていける場所じゃない」
さて、今の2枚を除くと依頼書はあと3つ。『殺し』、『誘拐』、そして『工作』だ。当然私に必要な依頼は『殺し』…だけど。
『依頼人:アンベラル・フューリー』
『討伐対象:リコリス・メイヤー』
『補考:対象はトップ
これは、どうしよう。
「…依頼人の情報を買うのは、タブーだっけ」
「いいや?多少高くはなるがな。情報屋は信用の商売だ。情報とは信用だ。なら、情報を取引するのが仕事である以上は、”信用”にも値を付けなくちゃならん」
机上のパイプを咥えて火をつけようとするが、私をチラと見て思い直した様に机に置き直す。恐らくは鎮静効果のある
「ここに来た以上、その情報と信用は質に入ったも同じ。お前も例外じゃない。利用するなら、そのリスクを受け入れるか…或いは、自分からの”信用が持つ価値”を高めるか、どちらかを選ぶものだ」
「それなら2つ買いたい情報がある。この依頼人の素性について、そして依頼の動機について」
「ふむ。コイツはそれなりに高いぞ。合わせて”ケーキ1ホール”だ。先述の理由で値引きは通らない」
『ケーキ1ホール』。その金額は物品の価値で例えるなら、小貴族がプロポーズに送る指輪程度か。平民なら、家を建てるのと同じくらいだろう。人生によっては、この額の支払いの機会などないかもしれない。
彼女とは特別親しくはないが、悪人には見えなかった。この依頼が悪意に基づいたものならば、もはや私はこの依頼を受ける気はない。しかし、他の…もっと腕のいい暗殺者がこれを受けたら?
私が彼女にこのことを伝えたら、警戒するはずだ。『遠路洋々』の実力ならば安心できる。しかし、私の信用の価値は地に落ちるだろう。
真相を聞き、依頼人が悪意で動いているのなら…場合によっては、
この情報は、私にとってのリコリスの命の価値を知ることは、それだけの大金を支払う価値があるだろうか?
「…お前、考えが読みやすいな」
「えっ?」
「一つ、教えてやろう。信用の価値は、一種類じゃない」
きょとんとした顔を浮かべているだろう私に、再び男は説明を始めた。
「お前が想像したように、この依頼書は悪意で出されることもあれば、義憤や正義心のような善意…とは言えなくとも、純然たる悪意とは言えない感情によって出されることもある。情報を売るとき、相手によってお前の信用の価値も変わる」
「売る相手によって?私じゃなくて」
「そうだ。もしお前が、悪意を許さないような奴なら…政治や、嫉妬のために盗みや殺しを依頼するような奴への売値は、高くなる。黒く汚れた奴らが高潔な人間と親しくなり、その詳細を知ることは難しいからな。そして、その逆も然りだ。この世界は決して光に満ちた世界じゃないが、闇だけじゃない。全てが混ざり合って無秩序、それが暗部なんだ。分かるか?」
「…分かる。全てが、悪じゃない…」
「そうだ。ここに来てしまったお前が、悪でしかないということもない。そうでなければならない、なんてこともない。ある意味で、誰もが自由。だからこそ…どうなりたいかは、お前が決めるんだな」
彼女を身を削って助ける?彼女のために?
私はそんな英雄じゃない。もし英雄がこの世に居るなら、英雄が道半ばに倒していくような化け物の類いだ。たとえ
けれど、それでも人でありたいと思ったから、もう一度お姉ちゃんに会いたいって思うから、私は殺す相手を選んでいるんだ。
いつも、人間でありたい自分と、人殺しの人でなしだと諦める自分が私を取り合っている。けれど。
もし人間でないなら——人間であればこそ——悪”人”には。
「おじさん」
「ああ…いいんだな?」
私は、私の現金財産の6割にあたるその額を、払った。
「うん。ありがとう」
「ふん…無秩序と言っても、商売人としては最低限の常識くらいは知ってて貰わなきゃ張り合いが無いからな。それじゃあ、まずはこれを受け取れ」
紙一枚。依頼書と同じくらいの大きさ。片面は白紙、もう片面は箇条書きの文面で埋められている。私にとって重要な点をまとめると、こうだ。
『依頼人名アンベラル・フューリーは、「G」のミドルネームを持つ貴族家フューリーの三男であった男の名である。今代のフューリーの家督の相続についての争いがあった記録は無く、彼は自ら現職への道を選んだようだ。現職は、「F」のクラウス家における、家令である』
「…?おじさん、この下…」
「祝いだ。お前は、お前らしく選んだ。中身を見抜いた上で、な」
「…いくらだったの?」
「男に贈り物の値を聞くものじゃない」
『クラウス家は現在、一つ下の家格「G」を持つ貴族アイリス家と政治的抗争の状態にある。その詳細については別料金。現在はアイリス家の優勢でほとんど決着した状況。これについても詳細は省くが、クラウス家は悪評が多く多方面から恨みを買っている。その最後の起死回生をかけた策が、行方不明扱いであるアイリス家の長女の
「ちなみに、その起死回生の策とやらはクラウス家の手の者でやるつもりらしいな。少なくとも、俺らの元への依頼は来ていない」
『この依頼の依頼人名、アンベラル・フューリーはなりすましの偽名である。本名はギリア。アイリス家次女、ギリア・G・アイリスである。アイリス家長女の死亡が確定すると、彼女は家督相続権を得る立場である』
なりすましか。ここでは珍しいことではないと聞いた。
『なお、アイリス家長女の名はリコリス・G・アイリスである』
「リコリス…そう」
そういうことか。エルザ司祭との関係も、おかしなことじゃ無い。いやむしろ、リコリス名のまま身分を隠して生活できているのは何者かの手引きがあってこそ…待て。
エルザ司祭との繋がりが、アイリス家長女としてのものだというのなら、エルザ司祭はアイリス家そのものとも繋がりがあるはずだ。高位聖職者という立場は貴族との関わりが深く、当人が相応に格の高い貴族であることも珍しくない。「G」の格を持っていた、アルベルト司教*1のように。
———『血に、塗れていますから』
———『暗部上がりなんですよ、私は』
———『キルター
———『エルザさんから頼まれたのです』
———『起死回生の策とやらはクラウス家の手の者で———』
「エルザ司祭の近況について。いくら?」
「そいつは無理だ。…あの女は硬い。情報が欲しければ、それ自体が一つの依頼になる。一つ有るには有るが、
「この、リコリス殺害依頼の現時点での受注者数は何人*2?」
「1人だな。依頼が発注された当日のことだ」
…まずい。
「ありがとう。もう行くわ」
「ああ待て。まずは、と言ったろ。もう一つ渡さなきゃならん情報がある」
「なに?」
「今のは依頼人の動機だ。多少色は付けたがな。で、素性がまだだろう」
「それは…偽名とか、某お嬢様がどうとか…」
「ギリアはこの街に居る」
…!?
「当然だ。ここに来てこの依頼書を書いたんだからな。名義を代行できるったって、あの風貌でアンベラルの部下の使用人を名乗るのは無理だ。化粧までしてやがった、世間知らずだな」
「どこ、どこに住んでるの?」
「ここだ」
簡易の地図。しかし、記された地名と地形を記憶に照らせば、一つの地点が浮かび上がる。
住宅街と隣り合わせの、貴族街。その外れにある、邸宅。
「アイリス家の別荘だ。つい先月竣工したばかり…このタイミングでな」
教会と、壁一つ挟んだ向こうだ。
———『なんだか奥まったところまで来たな』
———『お、この家新築か?壁塗りが真新しいな』
———『猫!…対象じゃなくて目撃されてた方ね』
———『ちょっと待って…向こうを見てみるわ』
あの時、すぐ隣に居たのか———!
「これで全部だ。さ、自由にしな」
「おじさん、次は依頼受けるから。報酬は貢がせてね」
「バカ言え」
階段を駆け上がり、扉を開けようとして———寸前、息を整える。いけない。一般人には、この向こうはトイレでしかなく、この店はただのバーなんだから。
「ふう」
いかにもスッキリした風を装って、トイレの扉を開ける。カウンターには、すっかり温度差で汗をかいたリンゴジュースが。
「飲み干すには、いい塩梅ですよ」
「ありがと。お代、置いとくね」
お礼、お礼だ。人殺しでなきゃ生きられないのに、私はお礼を言わなきゃいけない人ばかりだ。一息に飲み干したリンゴジュースは、程よく甘く、酸っぱい。それらを引き立てるのは、微かな塩だろうか。汗をかくのにちょうどいい一杯だ。
「ぷはっ…」
「頑張って下さいね」
「うん」
洒落たバーを飛び出し、宿に向かう。ああ、でも。
彼を巻き込んで良いのだろうか———。