共喰い少女の彷徨譚   作:コットン・コットン

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04-02.白状

 ザルグ、ああ善き人ザルグ。

 

 貴方は命を捧げると言った。

 

 でも、心まで捧げても良いの?

 


 

 

「いいぞ」

 

 あっけらかんと彼は言った。

 

「本当にいいの?」

「ああ。…葛藤はある。でも、手を下すのはエリーだろ」

「うん」

「決めたのか?」

「まだ。本人を見て、それから決める」

「そうか。背負うべきだと思ったモノを背負うつもりなら、言うことは無い」

「シュルシュルシュル…」

 

 暗部ギルドとの関わり。リコリスさんの窮状。そして、ギリアの滞在するアイリス邸への潜入と、場合によっては殺害。今伝え得る全てのことを、彼には伝えた。

 

 この2週間、彼は本当に逃げなかったし、私を助けてもくれた。というか身の回りの世話のうち料理以外は私には出来ないのでそこからもう助けられている。

 

 だからと言って、全幅の信頼を寄せるのは早計だとは思う。別に裏切られても、いい。私が信じて言葉を交わせるとしたら、それはもう、ザルグを置いて他に無いのだから。一度は完全にその命を手中に収めた彼しか。一度は私を殺した、彼しか。

 

 残り360時間の供を、任せられるのは。

 

「それで、協力はするけど。具体的な方法はあるのか?ギリアって奴をどうにかしただけじゃ終わりそうにないよな」

「そうだね…」

 

 現在、リコリスさんは少なくとも2つの脅威に晒されている。一つはクラウス家による誘拐計画。もう一つは、リコリスさんの実家アイリス家の次女、ギリアによる殺害計画だ。

 

 私は、恐らく理不尽に命を狙われているリコリスさんを守りたい。しかし、まだ決意はしていない。リコリスさんが何故命を狙われるのか、それは家督の継承権のためだけなのか、それを知らなければ、決め切れはしない。

 

 それに、私の信条に引っかかる部分は他にもある。彼らは今はまだ犯罪者ではないのだ。将来、高い確率で、悪事を働くであろう人間たちであって、今はまだそれを、極めて高解像度で想像している段階である。エルザさんにも言われた、自分の意思と信念の問題に関わる大事な部分だ。もちろん、彼らが決定的にその計画を実行に移してしまったのなら、例え未遂でも躊躇いはしないけれど。その点、ギリアはもう偽名での依頼を済ませているからかなり黒に近いグレーゾーンだ。いただきますまであと一歩と言った位置にいる。

 

 エルザさんと言えば…客観的に、彼女も怪しくはある。

 

 彼女は法を犯してでも、誰かを殺めるつもりがある。なぜなら、私にそう諭したから。輪廻の神は殺人を禁じていないし、彼女の信念には反していないだろう。だが、その刃が何処を向いているのかが分からない。

 

 誰が私の餌で、誰が餌にするべきでないのか。これを見定めなくてはならない。これは信念のための戦いであると同時に、私を生かす糧を得るための狩りでもあるのだから。呪いに食わせる餌はどんな下郎の(もの)でも良い。しかしエゴに食わせる方の餌は、上等でなければならない。なぜなら、自らが自らに行った欺瞞は簡単に剥がせてしまうから。私が信念を———悪人でないことを捨てないためには、手間をかけて悪を見定めなければならない。

 

 即ち、何がギリアに姉を殺させるのか。

 

 私も妹の立場であるけれど、確証を持って言える。たとえ残りの猶予が半刻も無く、目の前に姉一人しか人間が居らず、他に殺せる当てがないとしたら…死への恐怖に暴れるこの身を磔にしてでも、姉を殺しはしない。私にとって家族は、あの屋敷の者は全て敬愛すべき相手だった。数秒先に生まれただけの姉であっても、私よりずっと真人間だった。ちょっと魔法が使えただけで、成長するにつれ虚弱が浮き彫りになった私と比べれば、そのために消費して良い命とは思えない。

 

 この世に消費して良い命など、無いかもしれないが。

 

 


 

 

 根城にしている宿屋の一室。すっかり帰り慣れたこの部屋では、常に消音魔法を張っている。気が抜けて、うっかり秘密にすべきことを誰かに聞かれてしまうかも知れない。

 

 依頼にあった指定日時まで、あと1週間ある。つまり24×7で、ええと。

 

「168時間。360から引いて、192時間になるな。」

「はやっ…ていうか、覚えてくれてるんだ。私のカウント」

「少ない取り柄の一つだからな、咄嗟の頭の回転は」

 

 死ななくなってから、私の危機回避能力はかなり弱まっていると感じる。人は学ぶ生き物だ。本来なら死ぬ様な状態を何度も経験した結果、”それは大丈夫だ”と身体が学習してしまったのだろう。

 

 それでも、この前のジルコンとの戦いではザルグを守るのには成功したので、判断力そのものは無事だと信じたい。

 

「それが取り柄なら、接近戦とか得意そうな気がするんだけどなー」

「実際、小盾(バックラー)を持てば持久戦はできるんだが…持たせて貰えなかったんだ」

「あー、うん。そういう…」

 

 ザルグの素性は知らない。語りたがらないし、聞こうとも思わないが、きっと何処かの家の三男か四男あたりだろう。

 

「そんなことより。大丈夫なのか、エリーは」

「え?」

「震えてる」

 

 ……。

 

「やだな、そんなこと無いよ」

「目も泳いでる。たまに焦点があってない…集中力が落ちてる証拠だ」

「ねえ、どうしたのよ。やめてよ急に…」

「呼吸だっていつもより浅い。昨日寝てる時は、心拍も———」

 

「止めてって言ってるでしょう!?」

 

「…」

 

 違う。彼は私を心配してくれただけだ。悪いのは怒鳴った私だ。落ち着かないと。

 

「私———私だって———」

 

 深呼吸すれば、それで落ち着く。そうしなさい。深呼吸するのよ、私———。

 

「私は———…私は、いいから……」

「良いわけ無いだろう」

「———ッ!」

 

 激情に駆られ、ベッドに座る彼の襟首を掴んで押し倒す。

 

 ダメだった。ダメだろう。仕方ないんだ。

 

「貴方にっ…!貴方に分かるとでも言うの!?たった2週間過ごしただけの貴方に!私の恐怖が!苦痛が!貴方に!!」

 

 1週間!

 

 あと半月で死ぬ人間が、1週間も座して待つ!!

 

 そして自分のために!!あれこれと理由をつけて!!

 

 生きた、自分と同じ形の生き物を惨殺しなくちゃならない!!

 

 何度も殺した?人の血も、死体も、見慣れた?だから怖いことない、エサだと思って…殺せると!?人をペットにも出来る、化け物なら殺せるだろうと!?そんな風に、誤魔化して———!

 

「———全部怖いに決まっているじゃない!!!」

 

 顔をこれでもかと近づけて、全てを叫ぶ。ああ、そうだ。もうペットでもない、玩具(おもちゃ)にしよう。どうとでも扱ってしまえ。

 

「怖いって、言ったな———はは、ははは」

 

 笑った?私の、私のこの、叫びを、笑うのか?

 ふざけているのか?怯える私の感情を弄んで、遊んでいるのか?

 

「ふざけ———」

 

「———良かった。それで良かったよ」

 

 ……?

 

「俺も怖かったんだ。エリーが、殺しても死なない化け物なのは知ってたが、いざ暗い所に通うのを見たら心までそうなっているんじゃないかと思った」

「そうに……そうに、決まって……!」

「違う。怖がっているうちは人間だ。死ぬのが怖くない人間なんていない。死んでもいいと思ってる人間は、その怖さより重い理由があるだけだ。怖くないわけが無い」

 

 何も、答えられない。

 

 胸の内を、無理やり封を切られた感情が荒れ狂っているのに、どれも今は出てこようとしない。

 

「怖いんだろ?慰めに俺を殴りつけたって良い。人間なら、そういうことだってするさ」

「……それで?格好つけてるつもり?」

「違う。それは違う!俺を分かってくれたのはお前だろ、エリー」

 

 のしかかられたまま、ザルグが袖で私の目元を拭う。

 

 はて、私はいつの間に泣いていたのか?

 

 言葉にして吐き出して、この男を殴りつける筈だった感情は…なぜこの眼から流れているのか。

 

 望まぬ初夜と、野犬どもの餌と、凍える様な野ざらしの風に枯れ果てた涙はなぜまた流れているのか。

 

「お前が人間で居たいなら、そのためなら何だって分かって見せるし、何だって捧げるよ」

「…今だって馬鹿でしょ。女の目元を拭うのにハンカチも出せないの」

「悪かったな…さっきも言ったが、ほとんど身一つで追い出されたんだよ。襲撃の時の報酬あるし、今度買う」

 

 分からないよ、ザルグ。子供みたいに馬鹿で、男女のことは驚くほど知らないし…勝手に貴方のこと連れ回してる私にこんなことしてくれる。

 ねえ、女の子のこと勝手に抱きしめるなんて変態だよ。髪を撫でるとか、女の子の命をなんだと思ってるの。そこまでして、私のこと何とも思ってないんでしょう?

 

 貴方が分からないよ、ザルグ。

 

「殴らせてよ…貴方を、物のように扱わせてよ…私は、私は…」

「それで()()で無くなれるほど、人間は潔白な生き物じゃないだろ」

「私には、神さまみたいなことだってできるから」

「神さまが人にやってもいいって言った力だろ。良かったな、神さまのお墨付きで人間だ」

「家族に…何も言ってない…」

「よくあるらしいな。若気の至りって言うんだと」

「人を…殺して、善人のように…」

「ああ。お前は悪人だ」

 

 悪、人…。

 

「それでも人間だろう」

「それじゃ…お姉ちゃんに会えないよぉ…!」

「会ったっていいじゃないか。胸張って行こうぜ、頑張って生きてるって」

「できないよ!」

「できる。やるんだよ。会わなきゃ始まらないだろ。追い出されたんじゃないなら、会えるって」

「会いたく、ないよ…」

 

 私は良い子じゃ無いのに。会えやしない。あの素晴らしい姉に、こんな薄汚れた悪人の自分を見せられない。この呪いを背負わせられない。オブリビアスだって貴族の家だ、ただでさえ長男が居なくて、次女が出奔したあの家が、それでも貴族の体を保っているのは姉の尽力あってこそだ。女性の身で、いつプチっと潰されてもおかしくないような小さな家をどのようにして支えているのか、最早私には想像すらつかない。元々政治は得意ではなかった。

 

「今すぐじゃなくてもいいんだ。その呪いをどうにかする方法が見つかったら行けばいい。何も背負わせなくて良い様になって、それから会いに行って安心させてやればいい。開き直れよ、生きてるお前より死んでるお前の方が好きだなんて、そんな家族じゃないんだろ」

「そんな楽には…」

「人間が怖がるのなんて死ぬ事だけで十分だ、違うか」

 

 …違うよ。

 

「…そうか」

「でも…考えてみる」

 

 身体の震えは止まらない。ただ、少しだけ、今までよりはっきりとものが見える気がした。自分が怖いもの、それが死なのか、それとも別の何かなのか。

 

 ありがとうね、ザルグ。ごめんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 座して待つ、とは言ったが。本当にただ待っているだけで良いはずも無い。

 

 これから1週間ほど、リコリスさんの周辺を警戒しなければならないのだ。あの依頼を受注した暗殺者が張り込んでいるかも知れないし、誘拐犯だっていつ来るかは分からない。その辺りを知っていそうなギリアが1週間後を指定したのだからそれよりは後に来るのだろうが、確証は無い。

 

 今は、『遠路洋々』が借りている宿の近辺を目指して街を歩いている最中だった。

 

「第一にさ。リコリスさんの居場所なんて分かるのか?」

「分からないわよ?」

「じゃあどうすんだよ」

 

 そもそも私はプロでは…いや、立派に依頼を一つこなした以上はプロであるべきなのかもしれないが、専門家ではない。猫探しならともかく、相手が専門の暗殺者だというなら簡単に探し出せはしないだろう。人探しでも、リコリスさんを探して怪しまれるのは嬉しく無い。

 

 だから、専門家を頼った。

 

「情報屋から、この街の有力な人物の居場所は聞いてあるわ。トップ探索者(クローラー)の『遠路洋々』もね」

「準備がいいな」

「この街について、最初の()()の報酬で買ったのよ。こういう事するなら必要かなと思って」

 

 実際には、そんな有力者をどうこうしようなんて大きな依頼はそうそう無い。あの『クラウス家』に関する2件の依頼も、ずっと前から塩漬けになっている依頼だ。ここから現場までの距離が遠すぎる。なんで王都に住んでもおかしく無いような「F」格の家の依頼がガストにあるのか。どれだけ恨まれているんだ。

 

「着いたわ…風に暫しの別れを(Air Dome)

「街で魔法使っていいのか?」

「他の魔道具とかに紛れて分からないものよ。気付く人は気付くでしょうけど、どんな魔法かまで分かるのはそれこそノーフェイスみたいなお化けぐらい」

 

 今回の消音の範囲はほとんど私たち2人分のスペースだけ。周りの人が半端に範囲に巻き込まれると、会話中にいきなり相手の声が聞こえなくなって驚いたりするかも知れない。これを避けるためだ。

 

「あの宿よ。流石にいい宿ね」

「むしろ家を買えないのか…いや、買うわけにいかないか」

 

 そうだろう。いざとなったら移住しないといけないだろうから。

 

「誘拐犯なら白昼堂々ってことは無い。暗殺はあり得るけど」

「あの姿を消す魔法で何とでもできるんじゃないか?」

「あれ、説明しなかったっけ?あの魔法バレやすいのよ。よほどの魔法使いじゃないとリコリスさんくらいの魔法使いにはバレバレよ。普通に忍び込んだ方がマシなくらい」

「エリーは?」

「無理。寝ててもバレる。逆に、リコリスさんが寝てる私に透明化して近づこうとしても分かる」

 

 ジルコンの時みたいに魔力の気配で満ちていたら分からないが、こんな魔道具があって紛らわしい程度では誤魔化せないだろう。基本、あれは戦いで活きる魔法だ。

 

「まあ、気長に張りましょう。ほら、いい宿の近くにはいいカフェがあるものよ?」

「カフェかあ。コーヒーどんなのがあるかな」

「私は飲めないからミルクかしら。注文お願いね」

「お前いいとこのカフェでミルク頼むのが恥ずかしいからってよ…はあ」

 

 何でも捧げるって言ってくれたもの。料金は別で払うんだからいいじゃない。

 

 

 

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